ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

【感想】BBCのジョン・マルコヴィッチ版『ABC殺人事件』(ネタバレあり) かつてないほど「弱いポワロ」

はじめに(ネタバレなし)

ジョン・マルコヴィッチ主演のポワロ作品『ABC殺人事件』が、2018年にBBCで放送されました。そのDVDが2019年に発売したので購入し、感想を書きます。「はじめに」のみネタバレなしです。



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ABC殺人事件




最近、アガサ・クリスティーの作品の映像化が活性化しているように思います。様々なポワロ 作品がある中で、最も原作に近く、原作を映像化しきったデビッド・スーシェ主演『名探偵ポワロ』(1989-2013年)が終了したことも、新しい作品を生み出すことにつながっているかもしれません。デビッド・スーシェのポワロ解釈は深く、ポワロに寄り添うものであり、個人的には彼以外のポワロを見ると違和感を覚えるほどです。



Poirot and Me (English Edition)

Poirot and Me (English Edition)





スーシェが人生をかけて演じた状況は彼の自伝に詳細に書かれていますし、また『ポワロと私』というタイトルで自伝を書ける資格は、著者のクリスティーを除けば、スーシェだけに許されたものでしょう。



スーシェ版ポワロは時間と限りないリソースを使った完璧な作品であるがゆえに、「スーシェ版以降」に出る作品は、様々な点で原作のストーリーを変更したり、ポワロ解釈を改変したりする必要に迫られていると言えます。



その代表的なものが、ケネス・ブラナー主演による『オリエント急行殺人事件』で、予告編や冒頭のポワロ解釈は誇大化した・戯画化したように思えるもので、個人的には好きではありませんでした。物理的なアクションにも強く、精神的にも自身を神と思えるぐらいに、「最強のポワロ」です。







しかし、この作品は原作で「少しおかしくないか?」と思える箇所をケアする設定を盛り込んでおり、この点では原作以上のシナリオを表現することに成功した面もあったと思います。そこには、スーシェ版という完成品がありながらも、あえて作る意味がきちんと存在しています。その点については、以下で考察しました。



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そして、その先に続くジョン・マルコヴィッチ主演のポワロ作品『ABC殺人事件』は、どのようなシナリオになるのか? というのを確かめた感想が以下になります。ブラナー版との対比で言えば、「ここまで弱い・活躍できないポワロは見たことがない」という作品になっています。



なお、日本でも三谷幸喜氏による『オリエント急行殺人事件』や、『アクロイド殺し』の映像化がなされています。日本を舞台にしている点で作る意味はあると言えつつも、こちらもそれぞれに原作にはない作品解釈を盛り込むことで、スーシェ版と異なるアプローチで原作の魅力を際立たせるオリジナリティが発揮されています。





以下、ネタバレです。
















マルコヴィッチ版『ABC殺人事件』は、「ポワロ」が「探偵役となる機会を与えられなかった場合」の物語

「最弱のポワロ」

端的に言えば、本作品の「ポワロ」はかつてのポワロ 作品で「最弱」です。何故ならば、彼が事件に関わり、捜査に協力する機会が与えられないからです。



元々、『ABC殺人事件』は劇場型犯罪であり、また殺人の中に本命の殺人を隠すトリックが著名なものです。ポワロはその知名度を利用されて(アリバイ作りにも)、犯人から殺害の予告状を受けます。この予告状から、Aの地名でA.A.、Bの地名でB.B.のイニシャルを持つ人たちが殺害され、現場にはABC鉄道時刻表が置かれている、そして犯人は犯行の度にポワロへ次の殺人の予告状を送る、という仕立てになっています。



ところが、本作品のポワロは、冒頭で述べたように警察の支援を得られません。予告状の話を警察へしにいったポワロは、親友ジャップ警部の引退を知らされます。後任の若い警部クロムはポワロを信用していません。さらに、舞台は『名探偵ポワロ』でポワロが大活躍した1930年代と同じ1933年にも関わらず、ポワロの探偵稼業は衰退しており、もはや屋敷を舞台にした殺人事件の捜査に需要はない、というようなことも語られています。さらに、老いを隠すために白髪となっている髭を染めていったものの、クロムとの対話中に溶け出した染料の指摘を受ける、という恥もかきます。



警察内のサポート役だった引退したジャップも、ポワロと会った場面で亡くなります。相棒のヘイスティングスも登場しません。ここで描かれているのは「ポワロの足元の弱さ」です。



1. 老いている。

2. 探偵としての名声は過去のもので、需要がない。過去の人。

3. 信頼できる警察の味方がいない。ジャップ警部は引退・死に、後任のクロム警部からは拒絶される。

4. ヘイスティングスもいない。



その上、クロム警部は外国人で移民となるポワロの前歴を怪しいものと考え、第一次世界大戦以前にはベルギーで警官をしていたというけれども記録がない(原作ではベルギー時代を扱った『チョコレートの箱』があり、この点は原作から外れた解釈)として、ポワロを全否定です。また、「外国人」であることへの反感も描かれています。



というところで、ポワロ作品を知っている視聴者は、かつてないほどに「弱いポワロ」を見ることになります。


「殺人事件の不気味さ」の演出の強化

「探偵作品としては全然面白くないのでは?」と疑問に思いながら見ていくことになりますが、どこに重点が置かれているかと言えば、「ABC殺人事件の犯人」とされることになる、アレキサンダーボナパルト・カスト(ABC)と、それぞれの事件の被害者に焦点を当てています。「謎の殺人事件をポワロが解決していく」スタイルではなく、「巻き込まれていく人々の人間関係や悲劇性」、そしてこの「拡大していく謎の殺人事件の不気味さ」がメインに思えるのです。音楽も全体として不安を煽るような構成になっており、画面の色調も暗く、コントロールされています。


「原作にない、ポワロと事件の繋がり」

ブラナー版の『オリエント急行殺人事件』が、原作にはなかったユニークで、原作にあってもおかしくない、むしろそっちの方が自然だったのでは、と思えるポワロと事件との繋がりを描いたことに続くように、本作品でも「事件の被害者」とポワロは繋がっているように描かれました。当初の被害者のそれぞれが、ポワロと何かしらの形で接点を持ち、犯人はそのことを知った上で、被害者を選び、殺しているのです。



中でも際立っていたのが、サー・カーマイケル・クラーク(Cの被害者)との連なりです。かつてポワロは最盛期となる時代(1928年)に、この屋敷卿夫人ハーマイオニーの誕生日のサプライズゲストとして訪問していたのです。卿夫人はポワロの崇拝者であり、そこでポワロはエンタテインメントとして、「殺人事件の犯人探し」の場を提供します。そして、ゲストにとっては「ゲーム」でも、ポワロ自身は翌日からいつも通りに「本物の殺人者を捕まえる」ことに戻ると語りつつ。列席者、そして主催のカーマイケル卿は、「Brithday murder」と歓声をあげるなど、やや悪趣味な上流階級らしさが描写されます。ポワロはここで「殺人をエンタテインメント」化し、また卿夫妻と列席者と一緒に写真を撮りました。



そして、そのポワロを招いたサー・カーマイケル・クラークが殺され、「Birthday murder」を捧げられたハーマイオニー卿夫人は、本当の死に直面するという悲劇に見舞われるのです。



真犯人のカーマイケルの弟フランクリンは、この時のポワロとの出会いに影響を受けました。



原作でフランクリンは遺産相続のために兄を殺し、その殺人をバレないようにするために関係ない人の殺人事件を作り上げ、「殺人の中に殺人を隠す」ことを試みます。ポワロを挑発し、さらにはABCの名を持つカストを犯人に仕立て上げました。その本筋は変わっていないのですが、本作でフランクリンはポワロとパーティーで関わり、彼がエンタテインメント化した殺人事件を進めていくことに情熱を持ちました。また、卿の秘書グレイも、フランクリンが真犯人と知り、彼と付き合っていくようになることは原作との大きな違いです。


ポワロの動きが遅い=事件の拡大

そして、本作が非常に興味深いのは、「もしもポワロが警察の協力を最初から得られず、犯人探しに遅れをとっていたら?」という状況で事件が推移するところです。原作では4番目の殺人となる「D」で殺人が停止します。なぜならば、そこで「犯人」とされたABCことカストが逮捕されるからです。しかし、本作でカストは逮捕されないまま5番目の殺人「E」に至ってしまいます。



これは好みは別として、新しい解釈です。


「ポワロの過去」

最後に、本作では「ポワロのベルギー時代」が明かされます。元々、警官だった経歴を持ち、ジャップ警部とも知り合いであったことが前提で英国で活躍するポワロの設定を覆したかった理由は私にはわかりませんでした。ただ、「原作とドラマの11の違い」というテキストによれば、1933年にあった「レイシズム」「反移民」の環境に直面する外国人移民の立場を、「ポワロ」を通じて描いたようです。そのテーマ自体は現代に通じるものであるために盛り込み、また若きクロム警部の協力を得難い状況を作る理由になったとは思います。



以下、引用です。


www.radiotimes.com


4. The racism – and Poirot’s past
TV drama: Racism and anti-immigrant feeling in the Britain of 1933 is a central theme of this Agatha Christie adaptation, as the public mood shifts against foreigners. The rise of the British Union of Fascists and the facts of the ABC case force Poirot to look back at his own past, when he fled Belgium in 1914: it is revealed that he was a Catholic priest who encouraged his congregants to shelter in his church and then saw the building (and its inhabitants) torched to the ground.

Novel: This dramatic storyline about Poirot’s past does NOT come from the novel, although anti-foreigner feelings are present in the original story. Poirot detects a “a slight anti-foreign bias” in the first ABC letter, which reads: “You fancy yourself, don’t you, at solving mysteries that are too difficult for our poor thick-headed British police?” And when Franklin is identified as the killer, he yells: “You unutterable little jackanapes of a foreigner.” Which is a brilliant line.


まとめ

全体として、本作品はアガサ・クリスティーの「ポワロ作品シリーズ」にある探偵小説としてのカタルシスという文脈からは、外れているものです。本作でポワロは尊敬されず、反発を受け、探偵として能力を発揮する機会もなかなか与えられず、それでも自ら動き、苦闘しています。また、本作のポワロは「過去の人」であり、全盛期が去った境遇にも置かれています。



個人的に興味深かったのは、「この状況に置かれたことで、Dで終わっていた殺人事件が終わらず、Eまで被害者が出たこと」です。そして、そうした被害の拡大を続けた真犯人のフランクリンが、原作では「相続のため」に殺人をしていたことを、「ポワロと過去に出会い、殺人事件のゲーム化」にインスパイアされたことなどは現代的な解釈に思います。



作品としては、『名探偵ポワロ』とは全く違う解釈のもので、またクリスティー原作を換骨奪胎して、「もしもポワロがこういう状況だったら?」「ジャップ警部の不在で警察の協力がなかったら?」という変化が生まれたことで起こり得たものとして、「派生シナリオのひとつ」と考えることができます。



そういう点では、あまりにも原作から始まりの境遇が違いすぎるため、ポワロに感情移入してしまい、「ジョン・マルコヴィッチがどのようにポワロを演じるか?」というある種の比較する視点に立てなかったのかもしれません。ポワロ作品なのに、「ポワロが活躍を楽しむ作品ではない」「ポワロの魅力で押す作品ではない」、というのが私なりの解釈です。


余談:サー・カーマイケル・クラークの屋敷はNewby Hall

卿の屋敷が映った時、壁の色彩や階段の模様などから、私が大好きな建築家Robert Adamの手によるものでは?と思って調べたところ、その通りでした。
www.newbyhall.com

秘書グレイが風呂に入っているシーンでも、この屋敷の風呂が使われたようで、背景にはAdamの特徴的な装飾が見えていました。一度でいいので、宿泊してみたいです。どういう色彩かと言えば、同じAdamが手がけたOsterlery Houseの画像から。

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英国の屋敷訪問記は、noteの方で更新しているので、興味ある方はそちらも。

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2018年の振り返りと2019年のロードマップ

はじめに

今年も恒例、これまでの活動を振り返ります(2017年には、振り返りをできていませんでした)。



2年前:2017年の振り返り(2018/01/01)

4年前:2015年の振り返り(2016/01/02)

5年前:2014年の振り返り(2015/01/01)

6年前:2013年の振り返り(2014/01/01)

7年前:2012年の振り返り(2013/01/01)


出来た事

1. 『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』出版

ここ数年、最大級の課題だった「日本のメイドブームに関する本を作る事」は2017年に『日本のメイドカルチャー史』星海社から出版する事で実現できました。



その過程で「執事ブーム」に関しての情報も集まり、星海社から『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』を出版することになりました。この執筆に取り掛かり、ようやく2018年8月に実現できました。



この本はある意味で、私のこれまでの活動の集大成です。



1. 同人誌1巻(2001年刊行)で執事について書いた。

2. その後、研究を続け、2008年に総集編『英国メイドの世界』を刊行。

3. 2009年に執事のマネジメントに特化した『英国執事の流儀』を刊行。

4. 2010年に『英国メイドの世界』を講談社から出版。

5. 2011年に「近代日本の女中(メイド)事情に関する資料一覧」を公開。

6. 2017年に『日本のメイドカルチャー史』を星海社から出版。



というような流れがありました。「英国執事」だけではなく、「日本の漫画・アニメ・ゲーム」などの領域を経験し、かつそこで「雑誌・新聞でのイメージの広がり・ブームの可視化」の手法を身につけました。また「日本の女中が仕えた華族」についても研究を広げていたので、それらを総合して書くことができました。



運命的というのか、2001年に最初に作った同人誌では「執事」について、大学時代に読んでいた雑誌『Foresight』(1998年4月号、新潮社)に載っていた「執事養成学校」記事掲載のエピソードに言及しました。その記事を約20年ぶりに取り寄せ、『日本の執事イメージ史』では参考文献として引用しました。



これらは、スティーブ・ジョブスが言うconnecting the dotsについて、実現できていると思います。



幸いにも本書の感想を当事者の方達から個人的に伺う機会にも恵まれました。


2. 『名探偵ポワロ』の同人誌の続編・理想に近い同人誌

昨年から開始した同人誌冬コミ新刊『名探偵ポワロ』が出会った「働く人たち」ガイド 上巻の続編となる下巻を、無事に刊行できました。



冬コミ新刊『名探偵ポワロ』が出会った「働く人たち」ガイド 下巻



その過程で、刊行時に買ったまま読んでいなかった、ポワロを演じた俳優デビッド・スーシェの自伝を読み始めたところ、非常に面白く、ドラマの理解に役立ちました。さらに、この本を通じて、私は「スーシェが解釈し、演じて作り上げた『名探偵ポワロ』が大好きだった」と再認識しました。






3. 『ミステリマガジン』2018年5 月号「特集/アガサ・クリスティーをより楽しむための7つの法則」に寄稿

ポワロの同人誌を作ったことで、イラストを描いてくださったウメグラさんとともに『ミステリマガジン』2018年5 月号「特集/アガサ・クリスティーをより楽しむための7つの法則」に、"法則5 使用人でクリスティーを楽しむ エッセイ クリスティー作品を照らす「家事使用人」"を寄稿しました。







同人誌では『名探偵ポワロ』のドラマに限定しましたが、クリスティー作品全般に広げました。原稿の文字数が限定的で十分に語り尽くすことはできませんでしたが、ウメグラさんとご一緒できたこと、そして何よりも私の原点であるクリスティーの名を冠する「クリスティー文庫」を刊行する早川書房に、「ポワロ」についてテキストを書くことができたのは記念になりました。



補足しておきますと、これまでにも2回、『ミステリマガジン』には寄稿しています。


4. 英国旅行・聖地巡礼の旅

2017年に英国旅行に行きたかったものの出版で行けなかったので、2018年は絶対に行くと決めて行きました。



■目的

1. 田中亮三先生の著作の影響で建築家ロバート・アダムが大好きなのでその屋敷巡りをしたい。これは英国旅行の主な目的で2005年から継続。

2. 映画『日の名残り』の舞台になったDyrham Parkへ行きたい。執事本を書いたので尚更に。

3. クリスティーの生地トーキーの博物館と別荘Greenwayに行きたい。ポワロ本を作っているので尚更に。

4. アニメ『Fate/stay nightUnlimited Blade Works]』の舞台となったグラストンベリーアーサー王の墓に行きたい。

5. 『アーネスト式恋愛術』や『英国王のスピーチ』で憧れていた玄関ホールの屋敷Lancaster Houseに行きたい。政府機関の建物で、Opne Houseというイベント期間しか入れない。



以下、これまでに訪問できた場所です。2018年の多さが際立ちます。


2004

Buchkingham Palace
Somerset House
No.1 Royal Crescent

2005

Spencer House
Kenwood House
Apsley House
Kensington Palace
Buchkingham Palace
Osterely Park

2016

Shugborough
Harewood House
Chatsworth
Windsor Castle
Buchkingham Palace
Heartford House

2018

Blenheim Palace
Lancaster House
Admirality house
Carlton House Terrace(Royal Society, British Academy)
42 Portland Place
Embassy of the Republic of Poland in London
Home House
Saltram
Mount Edgcumbe Country Park
Greenway
Dyrham Park
No.1 Royal Crescent
Osterely Park
Syon House


このうち、Greenwayは『名探偵ポワロ』「死者のあやまち」の舞台となり、またSyon Houseも「ヘラクレスの難業」と「ビッグ・フォー」の舞台となりました。さらに気づかなかったのですが、Blenheim Palaceもドラマ『ミス・マープル』の「復讐の女神」の原作・ドラマの舞台となっていた場所でした。



旅行記はそのうち書きます。


5. 1920-30年代のメイド服製作

コミケに参加する際、サークルスペースで同人誌頒布を行う作者以外の手伝いの人を「売り子」と呼んでいます。その売り子にメイドさんを起用すること自体は以前から、池袋のメイド喫茶ワンダーパーラー・カフェ」の協力で実現していました。



そこに加えて、今年は『名探偵ポワロ』に登場する1920-30年代のメイド服を着て欲しいと思い、相談しました。日本でイメージされるメイド服は肩紐ありのエプロンタイプですが、ポワロ登場のメイド服は全く違うのです。



そこで、自腹で製作費を負担するので、オーダーメイドで作ってもらいました。何を言っているかよくわからないかもしれませんが、勢いです。







2018年の抱負のレビュー

2018年に実施したいとしていたことを、どこまで実現できたか書きます。

執事本の出版 from 星海社:達成

無事に作りました。


3冊目の本の出版が決まりました。『日本のメイドカルチャー史』を書いていた時に、同時期の執事ブームについても調べていました。ただ、メイドがメインだったのでバランスが崩れることと、調査不足の観点から掲載を見合わせました。その切り離したテーマが面白いということにて、星海社から出版の提案を受け、新書で作ることになりました。



『日本のメイドカルチャー史』と似たコンテクストを持ちつつ、異なる切り口で書きます。


メイドアワードの創設:未達成

これは企画しきれず、時間もなく、でした。


メイド作品を追いかけるのが物理的に無理な段階になったので、作品を表彰するアワードを創設して、メイド作品が集まる仕組みを作る。アワード自体は読者投票も取り入れる。



・主演メイド作品賞:メイドが主役の作品

・助演メイド作品賞:主役ではないメイドがいる作品

・ピンポイントメイド作品賞:単発でのメイド出演

メイド喫茶賞:作品内で出てくるメイド喫茶の描写からの表彰

・殿堂入り作品賞:『エマ』『シャーリー』『まほろまてぃっく』など

・新作品賞:その年に連載を開始、発売した作品のみ限定(続刊がその年に出ても対象外)

・審査員各賞



賞金は、私の自腹です。


メイドライブラリー公開:未達成

これも推進力やモデル構築ができず、未達成です。


メイドブーム研究の時に集めた資料(漫画やラノベが大半。秋葉原系や、ゴスロリ関係の所有雑誌も含む)を公開できる場所を探しています。自分では読んでいない本が多くなっているので、死蔵させないためです。現在、興味を持ってくれている店舗があるので、話を詰めています。



※汚れてしまうことや紛失する可能性があることを前提に、超希少品は出せません。



未練があるので、つぶやいていたのをまとめておきます。






インタビュー・対談:部分達成


当事者としてメイドブームを駆け抜けた方達に、話を伺う。話を聞いてみたいのはメイド喫茶の創業者、店員、表現者など様々にうかがいます。年明けに星海社の方で、1回目の対談が公開される予定です。

対談としては『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』の嵯峨景子さんとの対談を実施できました。



ただ、その後、『日本の執事イメージ史』執筆にリソースのほとんどを割いてしまったので、続いていません。


メイドコラムの寄稿の依頼:計画分は達成


自分以外の詳しい人に、メイドブームの周辺領域を語っていただく計画を進めています。メイド喫茶全体、エロ漫画やニコニコ動画、pixiv、小説家になろうなどのCGMにおけるメイドの出現傾向など。既に周囲にお願いできそうな方が多いので、進行中で、3-4月に幾つか形をお見せできればと思っています。

このテキストを書いた時点で想定していたありらいおんさんと牧田翠さんには依頼をして、寄稿いただけました。

同人誌即売会:提案中

こちらは提案中で、その後、動きがありません。




メイドオンリーイベントを代表する「帝國メイド倶楽部」的なるものを考えています。以前、ちらっとつぶやいた時に、企画に興味を持った経験者の方からお声がけいただいたので、今、実現可能か相談しています。



メイド同人誌が読みたければ、メイド同人誌が集まる場を作れば良いのでは?との思いにて。



あと、個人的には、過去にメイドコスプレをされていた方に、その当時の衣装を着ていただきたいのです。日本のメイド服(コスプレ衣装)アーカイブということで、記念に残せないかと。100人ぐらい集まると素敵ですね(どんなお屋敷だろう……)


メイド喫茶とコラボイベント:未達成

先方提案企画との調整がつかず、流れています。


企画中です。公開できる段階になったら公開します(実施できるかは未定)。



ニュースサイトの創設:未達成

時間の問題で未達成です。


メイドアワードをやる前に、まずは企業が公開するメイドウェブ漫画作品などを集めてみたり、数万RTされるメイドイラストをアーカイブしたりと、メイドイメージにまつわる記録の散逸を防ぎつつ、メイドイメージへアクセスしやすい環境の整備を計画中です。


メイドメディアの創設:未達成

こちらも同じく。


ここのみ、実現可能性やまだ何も見えていない「夢」です。ヴィクトリア朝をテーマとした創作メディアを作りたいです。創作プラットフォームを作り、メイド作品制作を大好きな作家の方たちに依頼してみたいです。


2019年の抱負

今年は充電期間にしたいと思います。特にこの3年は出版に膨大な時間を費やしました。2016年から『日本のメイドカルチャー史』の出版準備の本格化、2017年での出版とポワロ本作成がありました。2018年は『日本の執事イメージ史』出版と、ポワロ本の完結を行いました。出版2冊と、大好きで原点となるポワロの同人誌を作ることで、行いたいことは叶いました。



以下、今時点で考えているものです。


1. 雑誌的なもの(ヴィクトリア朝やメイド)

元々私の同人誌のタイトルは『ヴィクトリア朝の暮らし』でした。家事使用人に特化したものの、今あえて「ヴィクトリア朝」をテーマにした同人誌を作ってみるのも面白いかと思いました。



もちろん、私個人では扱いきれない領域なので、これまでに縁があった方や原稿をお願いしたい方たちへお声がけして、雑誌のような形でできないかと。それこそ小説から漫画、イラスト、そして専門領域に特化したコラムまで。



これは「メイド」をテーマにしたものでも良いと思っています。私自身はそろそろ活動をして20周年になることもありつつ、元々が創作のための資料を作るという活動をベースとしていますので、創作をする人を巻き込み、発表機会を作るというところはやってみたいと思っています。



同人誌に限らず、ウェブでも。ウェブ漫画やイラストレーターの方なども増加しており、以前存在していた「ニュースサイト」を立ち上げることに意味があるようには思えています。これも自分一人で行わず、編集部を立ち上げても良いかもしれません。



本来的には関わる方達へお金が還流し、好きなことを続けやすい環境を作ることに寄与したいとは思っています。



これと「私の蔵書を公開する図書館」をセットにできると、資料を提供して創作しやすい環境を作ることもできるのですが。ただ、安全でアクセスしやすく持続的な場所を維持するのはお金がかかりそうで、そこのめどがまだ立っていません。



段階的に進めて、会社作るのかな?


2. ゲームキーパー特化本

日本ではゲームキーパーに関する家事使用人の資料はほとんどありません。私の『英国メイドの世界』が相当な分量を割いているもので、そこに掲載しきれなかった資料・間に合わなかった資料から、もう一度、「ゲームキーパー」について書きたいなと思っています。



メインどころの「メイド」でも「執事」でもないのですが。


3. メイド・執事作品ガイド(各100作品ぐらい紹介とか?)

『日本のメイドカルチャー史』でも『日本の執事イメージ史』でも作品への言及を均等に数多くできていないのと、目的別・年代別に紹介する本を作りたいと思いました。



同人誌ではなくネットでも構わないのですが、メイド漫画の最高峰『エマ』も完結から10年以上が経過しており、接していない人も増えているように思います。


4. 執事セバスチャンの謎・決着編(取材する)

「執事といえばセバスチャン」はいつ成立したのか? 執事ブーム以前のセバスチャン考察というコラムを公開しました。



取材せずに調べきれる範囲では大体網羅していると思います。逆を言えば、当事者に聞かなければわからない段階にも入っています。時間とコストと相手の都合があるのですぐにできない・結果が出ない可能性もあるので後回しにしていましたが、進めてみたいとは思います。


5. ミス・マープルを含めたクリスティーと家事使用人の総括

何かを始めると別の何かが広がる、というのはよくあることです。メイドブームを研究していたら執事ブームの本を書くことになったと同じように、『名探偵ポワロ』の同人誌を作れば当然、クリスティー全作品での家事使用人の描写が気になり始めるのです。



特に家事使用人を実際に雇用していた『ミス・マープル』については、扱わざるを得ないのではないかと思う次第です。ミス・マープルの時代は主に戦後となっているので、家事使用人雇用の状況が大きく変わっています。クリスティー作品は概ね発表時期の時代を背景としているので、作中でかなりその当時の認識が語られていることもあります。


6. 旅行記を書く

2016年と2018年に英国旅行をしましたので、その旅行記を。あと、2018年にOpen Houseに参加したので、あのイベントで行きたい場所へ行くためのノウハウを公開しようと思います。抽選・予約についてのノウハウを書くことは自分の当選確率を下げるのですが、個人的には行きたい場所に行くことができたので、もう良いかな、と思っています。


7. 現代の労働環境と「使用人問題」について

労働環境について、英国の家事使用人の歴史は現代への示唆に富んでいます。

1. 不人気でなり手不足に陥る。

2. 政府が対策に乗り出す。

3. 移民や安価ななり手を探す。

4. 拘束力が強い住み込みから、通い・複数の家庭への勤務になっていくメイドから家政婦化。

あとは労働基準法の適用外になっていることや、構造的に家事使用人雇用者が支配的になってしまうことについても考察をしたいとは思っています。日本以外の家事使用人・家事労働者事情も学んでいるエリアですので。

終わりに

そろそろ自分自身のフェイズも変わってきました。当初の予定になかった「メイドブーム」「執事ブーム」について決着をつけられたので、リソースの使い方を変えていこうと思います。



それでは本年もよろしくお願いいたします。


コミケ95(2018/12/ 31、3日目)東1-K60bで参加

2018/12/31(月)開催のコミケ95に、サークル参加する予定です。



コミックマーケット公式



: tweet
: tweet

当日は池袋のメイド喫茶ワンダーパーラー・カフェのメイドさんが売り子をしてくださいます。その制服も、私の依頼で製作していただいた1920-30年代の『名探偵ポワロ』のドラマの時代のメイド服です。

冬コミ新刊『名探偵ポワロ』が出会った「働く人たち」ガイド 下巻

27冊目の本です。冬コミコミケ95)の新刊はNHKで放送された、デビッド・スーシェ主演のドラマ『名探偵ポワロ』の同人誌の続編になります。内容はドラマ全70話から、各話に登場する働く人たちとして、「家事使用人」(メイド、執事、庭師など)をリスト化して、個々の立ち位置や着用する制服を、イラストを交えて紹介する本です。



このページの下部にサンプル画像を貼り付けておきます。



今回は「上巻」の続きとして35話分までを扱い、本来は第35話「負け犬」から第70話「カーテン」までを扱います(第65話「オリエント急行の殺人」は上巻で扱いました)。また、全70話のドラマを俯瞰して、本当にクリスティー作品は屋敷を舞台にしているのか、どの作品に執事やメイドがいたのか、家事使用人は事件の犯人・被害者になったのか、そしてクリスティー文庫の家事使用人職種の翻訳についてなどの考察も行いました。



イラストは、上巻に続き、ウメグラさん(梅野さん)をお迎えしました。



なお、当日は池袋のメイド喫茶ワンダーパーラー・カフェ」の協力を仰ぎ、1930年代のドラマ登場の「メイド服」を新たに作り上げ、それを着用したメイドさんが売り子になる予定です(10-13時を予定)




タイトル:『『名探偵ポワロ』が出会った「働く人たち」ガイド〜執事・メイドから、ホテルスタッフ、ウェイトレスまで〜下巻』

著作:久我真樹、装画/デザイン:梅野隆児(umegrafix)様

仕様:A5サイズ、180ページ

内容:解説+イラスト

サークル:SPQRコミックマーケット3日目東1ホールK60bで頒布開始

価格:1500円

Webコミケカタログ:https://webcatalog.circle.ms/Circle/11919725

委託先(委託先の手数料の関係で、即売会の頒布価格と異なります)
メロンブックス

COMIC ZIN

booth



ポワロの時代は1930年代のため、メイド服は日本で見慣れている「クラシックなメイド服」ではありません。そのイメージを物語る動画があるので、ご紹介しておきます。




Ideal Home Exhibition (1920-1929)






同人誌の概要を示すために、以下、同人誌本文から画像を抜粋します。
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コミティア126(2018/11/25) た13a(壁)で参加告知

2018/11/25(日)開催予定のコミティア126に、サークル参加する予定です。今年は2月に参加して以来となります。



コミティア公式・126開催概要


コミティア126・頒布予定物

コミティアは商業出版の持ち込み(著者の本)がOKなので、『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』と『日本のメイドカルチャー史』を持っていきます。



また昨年制作したポワロ本も持ち込みます。



※『英国執事の流儀』は手元に在庫がないので、今回は持ち込めません。

※本が多いので、種類を今回は絞ります。



『名探偵ポワロ』が出会った「働く人たち」ガイド 上巻(ドラマに登場する執事、メイドに特化した解説本)1,000円
『英国メイドがいた時代』(ポワロの時代を含むメイド衰退の歴史資料本)1,000円
『日本の執事イメージ史』星海社から出版1,300円
『日本のメイドカルチャー史』上巻星海社から出版2,500円
『日本のメイドカルチャー史』下巻星海社から出版3,500円
『メイド表現の語り手たち 「私」の好きなメイドさん』(メイド好きが語るメイドブーム)1,000円
『屋根裏の少女たち Behind the green baize door』ワンダーパーラーカフェとのコラボ)500円

『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』校了

昨日、星海社から刊行予定の『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』が校了となりました。新書ながらも384ページと分厚く、約20万字以上書いたところを14万字ぐらいまで削り込みました。税抜き1300円の予定で、8月末発売です。

どのように日本では漫画や小説で執事が描かれており、そこから執事ブームと呼ぶべき「執事が主役の作品の爆発的増加」が生まれたのかを、丁寧に追いかけました。元々、「日本のメイドブーム」研究が本書執筆のきっかけであり、メイドブーム同様に、突然、執事ブームが生じたわけでもありません。ブームに至るまでに、表現が少しずつ増えていく「トレンド」があり、その積み重ねが臨界点を超えたときに、「ブーム」として観測されて、拡散していく、その様子を描き出しました。

英国屋敷での暮らしと、そこで働く家事使用人の研究から始まった活動は、講談社から『英国メイドの世界』の出版に結実しました。同書では英国メイドや執事、ガーデナーなどを詳細に扱いました。その後、日本の女中や華族の生活、並びに世界中の国々のメイドの調査を始めつつも、縁があって「日本のメイドブーム」に踏み込み、『日本のメイドカルチャー史』を書くこととなりました。

その『日本のメイドカルチャー史』執筆に観測できたのは、同時代に発生していた「執事ブーム」でした。そこから作品で描かれる執事と実在の英国執事を比較するはずが、明治時代以降の日本の華族の家にいた「家令」や富裕層の家にいた「執事」、あるいは「バトラー職」を比較したり、「メイド喫茶ブーム」考察で行ったように大宅壮一文庫でキーワード「執事」に紐づく雑誌を全部読み、日本の雑誌上で語られた執事イメージの多様性をお伝えしたりする内容になりました。

その中で見つけた記事のひとつは、私がこの研究活動を始める前となる1997年の大学在学時に読んでいたものでした。2002年に刊行した2冊目の同人誌『ヴィクトリア朝の暮らし 貴族と使用人(一)』の「執事」の解説では、この記事を思い出して、内容について触れています。そこから2018年になって、この記事と再会し、執事の解説に使うことになりました。

学生時代に読んで記憶にあった雑誌の「執事」記事を、約20年ぶりに読む巡り合わせに驚くとともに、「英国執事の1980年代以降の状況」を知ることにもなりました。さらに、「世界中の国々のメイドの調査」をしていたおかげで、英国執事と王室に関する記載があるテキストも見つけており、今回、取り込むことができました。

というように、これまでの研究が積み重ねって成立している本です。

華族の家令」の調査はまた難航しました。これも、近代日本の女中(メイド)事情に関する資料一覧にまとめていたので少し貯金があったものの、その後、だいぶ調べ直すことになりました。この辺が読んだ資料の大半です(あとは電子書籍国会図書館でのコピー)。

華族の家に家令がいて、主人たちの目から見てどういう仕事をしていたのか」が語られる資料は出ていますが、英国執事や英国家事使用人と同じような分量で「職業・仕事」として商業出版でしっかりまとまった形では出ておらず(天皇家の侍従は別)、経験者の日記や家政の記録が幾つかあることは確認できていますが、「それだけを扱った本」ではないのです。

新書の本文では触れませんでしたが、「志賀直哉の祖父・志賀直道は、旧相馬中村藩主相馬家の家令を勤めていた」という話もあります。
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/70456.html


この辺りの「情報はあるけど、欲しい切り口だけでまとまった情報がない」という状況は、自分が「英国メイド研究」をするために、英書を取り寄せ始めた頃を思い出させました。あの時、日本の本だけを読んでいた時は、あちこちのいろいろな資料に家事使用人の情報が点在していて、「家事使用人だけを解説する本」が存在しませんでした。なので、英書でそうした本が山ほどあることを知った時は、すぐに取り寄せました。誰かが「家令」や「華族の家にいた執事」でも、将来、手をつけてくれることを願いします。

なお、華族関係の資料のリストと内容紹介などのコラムは、別の機会に更新します。


いずれにせよ、ほぼ休みなく、2年ほど本の執筆・研究(『日本のメイドカルチャー史』と、2017年冬コミポワロ本、そして今回の『日本の執事イメージ史』)していたので、しばらくのんびりします。

『チャーチルの新・秘密エージェント』と、英国の暮らし再現ドキュメンタリー/リアリティーショー

はじめに

英国の屋敷っぽい風景があったので、何気なく第1話を見始めたNetlifxオリジナル番組『チャーチルの新・秘密エージェント』は、1940年代の時代を再現し、そこで第二次大戦中の英軍が組織した、敵地に潜入して工作を行う特殊作戦執行部(Special Operations Executive、SOE日本語版wikipediaは充実していましたので、FYIで)として、一般の応募者が当時のSOEと同じ選考試験を受け、さらに通過者はSOEとしてのトレーニングを受けるという番組です。

この番組は、英国で定番化している「一般人が参加するリアリティーショー」の観点と、「歴史を伝えるドキュメンタリー」の観点、そして「当時の技術・手法」を再現する番組として、英国で数多くある番組の系譜として、非常に面白いものでした(日本では、『ザ!鉄腕!DASH!!』がこれに近しいでしょうか)。

英国が好きな人、ミリタリが好きな人に、おすすめです。

「秘密エージェント」の訓練を受ける現代人

第1話では「選考過程」として、1940年代の格好をした、様々な職業経験・バックグラウンドの14名の現代人が「スコットランドのあるカントリーハウス」(あらすじでは、人里離れた邸宅)に集められて、エージェントとしてのスキル・資質を審査されました(外国語、勇気、判断力、適応力、身体的強さ、リーダーシップ、観察力など)。

実際にあった4日間のSOEの選考をできるだけ再現し、参加者をフィルターにかけるプロセスを担うのは、番組に協力する軍隊出身者たちの教官・選考官と、SOEを研究する歴史家です。彼らは多様な軸で日々審査を行い、秘密にされていたSOEの選考・トレーニングを体験して、「エージェント」として鍛え上げていくのです。

面白かったのがテストの内容で、たとえば記憶力や観察力をチェックするテストでは、「建物の地図を覚えて」と記憶力を試す教室でのテストのように始まりますが、突然、「追いかけられている人」と「銃を撃つ人」が乱入し、教室の中を通り過ぎていくのです。あまりの出来事に反応は様々ですが、教官は冷静に「今、撃たれた銃の回数は?」「二人組のうち、どちらが衣服をはだけていたか?」など、本番の審問を始めました。

審査過程で様々な個性も出てくる中で、私が一番気に入ったのは「チームを組み、いかだで、池の真ん中にある箱を回収する」テストです。樽や木の棒、ロープ、櫂などがある中、リーダー役の人が指示を出しながらいかだを組み上げ、回収に向かうのですが、最初の班は「全員で乗り、途中で転げ落ち、いかだも解体」されて、失敗します。

ところが、第二班ではひとり特殊な人がいて、「池の周りを歩き回って観察」して、「隠されていたいかだ」を発見しました。そして前の班とは異なる結果を出すのです。

勇気を試すために、高い木と木の間に渡したロープを渡るテストもありました。より高い場所と、低い場所と、ふたつの渡る場所があり、どちらを渡るかで結果も変わるのです。

最終日には、「誰と一緒に任務をしたいか」だけではなく、「誰とは組めないか」を各人が全員の前で発表するという、テストも課されました。ここは、リアリティーショーの系譜を受け継ぐものでしょう。

歴史番組としての構成

もうひとつのユニークさは、「第二次世界大戦の当時を、SOEという視点で伝える」歴史ドキュメンタリーとしての要素です。SOEを創立した戦時経財相ののヒュー・ダルトン(エージェントによる敵地でのゲリラの組織化・遂行)や、SOEが実戦投入されるまでの経緯が語られます。

当初、敵地への潜入への協力に必須となるイギリス空軍は「暗殺者の一般人への偽装は信義に反する」として反対し、海軍も「海峡より先へ輸送しない」と、非協力的な時期がありました。

実在した隊員の写真やプロフィールも、合わせて紹介されます。そこには、祖国フランスのために志願した女性がいたり、教員だった背景の志願者が敵地で武装レジスタンスを組織する指揮官になっていたりと、「普通の人の戦争との関わり」も伝えられます。

番組では、1941年のポーランド侵攻後、ポーランドからの避難者・亡命者が英国の防空に貢献した経緯もあり、ポーランドへの潜入工作にSOEが起用されることが決まり、イギリス空軍の協力で、3名がポーランド南部に降下しました。

第1話はここまでで、第2話「戦闘技術」として武器・爆発物の扱い、近接格闘術や作戦行動、第3話「サバイバル訓練」で極限まで追い込まれ、第4話「卒業試験」で開錠や暗号、尋問への対応、そして第5話では厳選されたメンバーで24時間の最終計画を遂行する、というものになっていきます。

まだ全話を見ていないのですが、「技術の再現」「リアリティーショー」、そして「SOEの歴史」がこの後も描かれていくのでしょう。

個人的にふと思ったのが、もしもこれば「番組」ではなく、「本当のエージェント」を探すもので、最後に実戦に投入されるというものです。それはフィクションの題材にもなるでしょうし、既にあるとは思いますが。

英国で定番化している「暮らしの再現+歴史+リアリティーショー」

補足で、なぜ私がこの辺りの番組を見ているかについて。

私個人は英国メイドや執事を研究する立場から、「過去の英国の暮らしを再現・体験するドキュメンタリー」が大好きで、英国ヴィクトリア朝の料理を再現しつつ当時を解説する『The Victorian Kitchen』や、屋敷の菜園(キッチンガーデン)を当時のガーデナーの技術で野菜や果物を育てる『The Victorian Kitchen Garden』、あるいはヴィクトリア朝の農場の技術を再現する『Victorian Farm』や、薬局を描く『Victorian Pharmacy』など、このジャンルを見ています。

そうした主流の「技術の再現と、当時歴史を解説するドキュメンタリー」に加えて、英国では一般人が作品に応募・参加する「リアリティーショー」が根強く存在します。

私がそのジャンルに初めて出会ったのが、1900年の中流階級の生活を家族で体験する『THE 1900 HOUSE』で、以降、エドワード朝の貴族の邸宅で「主人たち家族」と「メイド・執事など家事使用人」を体験する『MANOR HOUSE』(The Edwardian Country House)、1940年代の戦時下の暮らしを体験する『THE 1940s HOUSE』といった作品もあります。

日本では恋愛系では『あいのり』や、『バチェラー・ジャパン』などもありますが、英国では「当時の生活と歴史ドキュメンタリー」とを融合させたジェーン・オースティンの『高慢と偏見』をテーマにしたリアリティーショー、『REGENCY HOUSE PARTY』の放送がありました。軸が難しく、あまり面白くなかったので全く話題になりませんでしたが。

他にもいろいろな時代があり、中世の農場を再現する『Tales From The Green Valley』や、『Victorian Farm』を主導したRuth Goodmanが中世のお城の生活の再現を試みる『Secrets of the Castle』などもありますし、ヴィクトリア朝シリーズの新作・パン屋さんを扱う『Victorian Bakers』や、ある通りを舞台に家族で商店を営み、年代ごとに取り扱う商品が変化してスーパーマーケット的な業種が勝利を収める『Turn Back Time: The High Street』などもあります。

「接収された屋敷」

「人里離れた邸宅」なのは、当時、軍が屋敷(領地に囲まれたカントリーハウスを含む)を接収して軍事施設に利用した故事にならったものです。第二次大戦中、人里離れた領地にある屋敷は人を集める軍の駐屯地としての利用に適しており、接収されました。建物はダメージを受け、戦後、それが理由で取り壊した屋敷も多くあり、研究書『Requisitioned: The British Country House in the Second World War』なども出ています。

Requisitioned: The British Country House in the Second World War

Requisitioned: The British Country House in the Second World War

この戦時下の屋敷を舞台にした私が思いつく作品では、『Brideshead Revisited』(ブライズヘッド再び)と、NHKで放送した戦時下の生活での事件を描いた『刑事フォイル』などがあります。

終わりに

この辺は、そのうち、紹介するテキストを書いていきます。私の情報収集力が低いので日本での類似した展開ですぐ思い起こされるのが、『ザ!鉄腕!DASH!!』だったというのが、少し驚きでもあります。

過去の伝統料理の再現などは様々に見かけることもありますが、「その時代の生活レベルに、一般人を放り込み、数週間〜数ヶ月生活をさせる」という番組は、自分の情報圏内に入ってきません。ただ、私が今回取り上げた作品群も、10-100万人にひとりしか日本では知らなさそうなので、このジャンル自体がそういうものかもしれません。

Netflixオリジナルでは、そのあたりの生活技術再現+歴史ドキュメンタリー系を期待したいと思います。

なお、日本の生活史を描くものは、書籍ではいろいろとあります。今回のテーマに近い強いものでは「昭和のくらし博物館」の小泉和子氏による、『くらしの昭和史 昭和のくらし博物館から』や、『パンと昭和』、そしてメイド研究者として欠かせない『女中がいた昭和』をあげます。

パンと昭和 (らんぷの本)

パンと昭和 (らんぷの本)

女中がいた昭和 (らんぷの本)

女中がいた昭和 (らんぷの本)