ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英國戀物語エマ』第一話

ついに放送開始しました。ストーリーや展開は時間差があることを考慮して、細かい背景描写の解説などを。ヴィクトリア朝を丁寧に、原作の雰囲気を大事にしている、原作『エマ』への深い敬意を感じた作品に仕上がっています。道具類や描写については小説と比較しつつ読むのがいいのかもしれません。



原作ファンには、十分、楽しめるクオリティに仕上げっているかと思います。



描写の解説面で説明の都合上、描き方に踏み込んでおります。まだ見ていない方はネタばれになるかもしれませんので、ここから先は読まないようにお願いいたします。





声優

冬馬由美さんの落ち着いて、しっとりした声がとてもマッチしています。ケリーの中西妙子さんも落ち着いて声に綺麗な響きがあり、いずれも上品な雰囲気を出しています。



外出は外出用の服で

1巻で原作と違うところは手袋のエピソードの扱いでした。1年前にコラムで書いた、『メイドはメイド服で外出したか?』に関わりますが、その辺り、時代考証というか、社会的価値観の面から、「メイド服を着た女性と肩を並べて表を歩く」描写を、避けたのだと思います。



オープニング/白い階段

いつか描こうと思っていた光景です。『M.O.E.』に寄稿した短編小説では、朝の光景を描きましたが、ここを含めるかどうか悩みました。結局書けなかったのですが……



都市の邸宅には、玄関に通じるまでの短い「白い階段」があります。メイドは毎朝、玄関前の鉄柵、ドアノブ、この白い階段を綺麗に掃除しなければなりません。ヴィクトリア朝より後ですが、メイド経験者のMargaret Powellによる『Below Stairs』(ASIN:0745102964)では、彼女がきちんとここの掃除をしているか、女主人は厳しくチェックしていたと記しています。



この描写は、他に『Tipping The Velvet』でも使われました。





なぜこの描写が重要なのかと言うと、あまり外出する機会を持たないメイドにとって、空を、外の空気を感じられる数少ない機会だったからです。そして、自分と同様に、同じ時間、外で階段を掃除するメイドと顔をあわせられた時間でもあります。



メイドを描写する人ならば、憧れる光景です。小説版に覚えた違和感のひとつは、仕事について精密な描写をしながら、この光景を描かなかったことです。



イギリスに行った時、まずこの写真を撮りました。詳しくは『階段の下』:イギリス旅行記1をご覧下さい。



もうひとつ、メイドさんの描写として使ってみたいのは『ダロウェイ夫人』に出てきた、この光景です。

ダロウェイ夫人 (角川文庫)
ともかくも美だ。肉眼に映る露骨な美ではない。純粋で単純な美ではない――ラッセル広場に通じるベッドフォード街。これはもちろん一直線と空虚さだ。一つの廊下の均斉だ。だがまた、明かりのともった窓々でもあり、ひびいてくるピアノ。蓄音機でもある。遊楽の感じがかくれているが、時折それがあらわれるのは、窓が開いたままで、カーテンも閉めていないその窓から、テーブルを囲んでいる一座の人々が、静かに踊っている若い連中が、男女の語らっている様が、ぼんやりと表を見ているメイドが(これは仕事を完成したあとで、メイドさんがかならず付加する奇妙な注釈なのだ)、いちばん上の張り出し棚に乾かしてある長靴下、鸚鵡、いく本かの植木が、見える時なのだ。

『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ:著/富田彬:訳/角川文庫よりP.260〜261より引用

19〜20世紀初頭のロンドン、街を歩いていてふと顔を上げて、家々の明かりのついた窓を見上げると、街を見下ろすメイドさんの姿があったかもしれないのです。



オープニング/馬車に乗った人々

現在のコヴェント・ガーデンは劇場があったり、市場があったりする観光地として知られていますが、昔は野菜や花を売る市場として賑わっていました。『ヴィクトリア朝万華鏡』第十一章に当時の絵画による情景と、解説が出ています。

市場の活動はちょうどオペラが終って最後の観客も帰路についた頃に始まり、早朝六時〜七時にピークを迎える。周囲の道路は狭く込み入っているので、明け方には野菜を満載した馬車や手押し車が長い列をなしてひしめき合い、その交通渋滞は人々の頭痛の種だった。しかしタキシードやイブニング・ドレスに身を固めた紳士淑女の方が馬車で悠然と到着する頃には、市場はひとけもなく静まり返っているという次第で、実に見事な「棲み分け」と言わなければならない。

ヴィクトリア朝万華鏡』高橋裕子・高橋達史:著/新潮社P.125より引用

何気なく『シャーロック・ホームズの冒険』で主演を務めたジェレミー・ブレッドが出演していた、映画『マイフェアレディ』(原作はバーナード・ショーの戯曲『ピグマリオン』)の主役イライザ(オードリー・ヘップバーン)が声を荒げていたのも、この場所でした、と上記の本に出ています。



風景の中に織り交ぜられ、生活の中ですべてが繋がりあっている。こういう描写は大好きです。



オープニング映像

花売りの少女と、一転した社交界の映像。見事です。



ネコ

Inside the Victorian Home: A Portrait of Domestic Life in Victorian England
ネコはネズミ対策で必須でした。殺鼠剤もあるにはあったようなのですが、読みにくい本『VICTORIAN HOME』(別名でペーパーバックも出ています。ASIN:0007131895、間違って買ってしまいました……差は巻頭部分の辞書)によると、「毒で殺す→ネズミの遺骸が残る→見えないところなので取れない→そこで腐敗」という流れがあり、結局、衛生的にはよろしくなかったので、ネコを飼って退治させていたとのことです。



手紙

基本的に主人に渡す手紙は銀のトレイに載せなければなりませんでした。知識として知っていたものの、それがどのように思われていたかを示したのは、上記のMargaret Powellです。彼女はある日、玄関から手紙か何かを手で持って運んでいた途中に女主人に出会い、それを手渡しますが、女主人は非常に不愉快そうにしました。



この事件が、Margaret Powellに大きな心の傷を残しました。銀のトレイで渡すのは、「直接使用人と、手で物をやり取りしない」ことを意味したのです。何人も使用人がいる裕福な家庭でのことなので、エマのいるところでは無かったかと思いますが。



三編みエマさん

眼鏡のエピソードで出てくる、若い頃のエマさんは三つ編みです。眼鏡ばかりが注目されますが、こちらのエマさんいいですね。



あと、エマさんが帽子を拾いに行くときの画面移動(ウィリアムの視点)はこだわりを感じました。ひとまずこんな感じで。

関連するコラムなど

・映像:『Tipping The Velvet』

・コラム:『階段の下』:イギリス旅行記1

・映像:『MANOR HOUSE』

・第二回目の感想はこちら

・第三回目の感想はこちら