ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

トマス・ハーディ原作の映画

手元にあるものを中心にした、トマス・ハーディのDVD紹介です。意外と映像化しているんですね。


Far From the Madding Croud(『狂乱の群れを離れて』)

最高の使用人映画『ゴスフォード・パーク』で執事を演じたアラン・ベイツが主役でした。ハーディの作品が映像化されると、だいたいヒロインは綺麗(というか好み)な人が多いです。



悲劇といえば悲劇ですが、そんなに悲劇ではありません。そういえばこれもある意味、スカーレット・フィーバー(しょう紅熱を転じて、陸軍兵の着ていた緋色のチュニックに恋する女性)の話だった気が。

Far From the Madding Croud感想(2005/02/11)


Under the Green Wood Tree(『緑の木陰』)

手元にDVDがあるものの、未視聴です。小説は絶版でしたが、岩波文庫が再版しました。しかし、翻訳は古いまま、文字フォントも昔のままで、正直、「読者を馬鹿にしているのか」と、買っていません。翻訳を易しい言葉で書けとは言いません。せめて、読みやすいフォントに変えて下さい。


Woodlanders(『森林地の人々』)

こちらも未視聴ですし、原作も読んだことがありません。


The Scarlet Tunic(『憂鬱な騎兵』)

後で紹介します。この話、素晴らしいです。


Mayor of the Casterbridge(『キャスターブリッジの市長』)

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キャスターブリッジの市長 [DVD]

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翻案して映画化した際、邦訳の分厚い本が出ています。翻案していない、原作に忠実な作品は、BBC版があり、BBCドラマをよく日本に輸入してくれるIVC(英語DVDを買うようになってからは、原版との差額が大きすぎるので買わなくなりましたが)が日本で出しています。



が、実はこれ、未視聴です。なぜかというと、原作があまりにも救いが無く、悲しすぎて可哀想だからです。小説を読んでいるから映像を見たい場合と、読んでいればこそ見たくない、という気持ちがあり、この作品はどちらかというと、後者です。



翻案した映画版はマイルドらしいです。
めぐり逢う大地 [DVD]

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Tess of the D'Urbervilles(『ダーバヴィル家のテス』

テス プレミアム・エディション [DVD]

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今のところ、手元には2種類あります。ひとつはナスターシャ・キンスキー主演の『テス』。こちらは超・有名です。感想を書きましたが、イギリスで撮影できなかった影響が建物に出ており、正直、建物好きな視点では評価できません。撮影技術・映像美、キャスティングは最高でした。



Tess of D'Urbervilles [DVD] [Import]

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もうひとつは、イギリスでドラマ化したもので、こちらはイギリスで撮影した分、建物や雰囲気は完璧です。しかし、ヒロインが好みではないので(英国AMAZONでも低評価?)、第一話を見てから、まだ続きを見ていません。



テス感想(2006/03/05)


Jude the Obscure(『日陰者ジュード』)

日蔭のふたり [DVD]

日蔭のふたり [DVD]

ケイト・ウィンスレット主演、なのです。ケイト・ブランシェットとか、ケイト・ベッキンセールとかいろいろいますが、クラシックドラマで言うと『いつか晴れた日に』(ジェーン・オースティン)、20世紀初頭のピーター・パンの原作者ジェームズ・バリが主役の『ピーター・パン』にも出演していますので、久我の中ではハリウッド女優です。(『タイタニック』もですね)



原作は岩波文庫で絶版でしたが、映画のDVDは最近ようやく再版されました。待ちきれなかったので英語版を買ったものの、先に原作を読んだが為に、映画を見れないままです。『カスターブリッジの市長』と同じ理由です。



しかし、映像は非常に見たい、あの小説をどのように映像化したのか、あの有名なシーンを、どう描いたのか、魅力的な女性だったスー・ブライドヘッドが、向学心のあったジュードが変容していく様が、どう描かれるのか……連休中にでも見るつもりです。



ネバーランド [DVD]
いつか晴れた日に [DVD]

The Return of the Native(『帰郷』)

Return of the Native [DVD] [Import]

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これもあったはずです。テレビ東京の映画で見た気がします。紅を作る職人が真っ赤だったのを記憶しており、確かそれが『19世紀のロンドンはどんなにおいがしたのだろう』に紹介されていたはずです。



まだまだ他にもありそうですが、今のところ、入手できそうなものは以上になります。ちなみに、英国版(日本と同じRegion2)は、サブタイトル(字幕)がほとんどありませんので注意が必要です。


『The Scarlet Tunic』

『The Scarlet Tunic』

トマス・ハーディの小説は偶然・運命に翻弄される人々が階級に関係なく、描かれています。そこを悲劇に見るのか、ユーモアに見るのか、見方は分かれますが、少なくとも、そこに翻弄される小説の当事者にとっては、残酷なまでの悲劇、しかしそれが現実の持つ一側面です。



ストーリーの好みはありますが、描写において、彼の作品は「古きよきイギリス」の姿を残しています。中でも、彼が愛した故郷をモチーフにした田園や田舎の光景、「ウェセックス」で生きる人々を、美しく描き出しています。



日本では『テス』が有名ですが、ロマン・ポランスキーナスターシャ・キンスキーの功績が大きいでしょう、大学で英文学を学ぶか、何かきっかけが無ければ、ハーディの作品に触れる機会は極端に少ないです。『日陰者ジュード』の岩波文庫が絶版、それ以外も短編集が少し、という扱いです。



しかし、ハーディの作品はイギリス人の気質にあうのか、意外と映像化されており、リメイクも繰り返されています。記憶に新しいか分かりませんが、映画『めぐりあう大地』は『カスターブリッジの市長』(映画化のおかげで小説が出ていました)を翻案したものです。



話が長くなりましたが、この『The Scarlet Tunic』は、ずっと見たかった作品です。ハーディの短編集で最も好きな作品は『束ね髪(The Son's Veto)』で、同人誌の中でもこの日記の中でも、何度か褒め称えています。



その一方、完成度と純度が高く、洗練された美しい小説は『憂鬱なドイツ騎兵』(『The Melancholy Hussar of the German Legion』)です。岩波文庫新潮文庫、いずれの短編集でも前半に配置されています。



最初に買ったのは2000年ぐらいで新潮文庫版。それから2004年に岩波文庫版を2004年の再版時に買いました。その本のあとがき、「ハーディの短編をドラマ化したものを、NHKが放送した」との記述を読んで以来、「ドラマがあるんだったら、どうしても見たい」と思ったのです。



とはいえ、日本ではそんなものは売っていません。それからしばらくその存在を忘れていましたが、「イギリスのクラシックドラマ」をAMAZON.CO.UKで買うようになったある日、「関連商品」を見ていると、この『The Scarlet Tunic』にぶつかりました。



予約するも絶版、再版と聞いてもなかなか届かない、などいろいろな障壁がありましたが、無事に届いた作品は、予想を超える完成度の作品でした。ハーディの映像化は様々にされていますが、田園の風景、映像、音楽、キャスティング、そして翻案されたストーリー、そのすべてにおいて、今まで見た作品の中では一番素晴らしい映画です。



以下、ネタバレです。

ご注意ください。












原作のあらすじ

原作では、開業医(ほぼ隠遁)の父を持つフィリスが主人公です。語り手はフィリスの孫の少年、なのです。



若かりし頃、フィリスの村の近くに、ドイツ人騎兵隊が駐屯します。新潮文庫の注釈によると、ジョージ三世は先祖の出身であるドイツ人を親衛隊にしていたそうです。そのドイツ人騎兵の一人、マテウスとフィリスが恋に落ちます。フィリスの家の近くからは、駐屯地が見える距離でした。



しかし、フィリスには婚約者、と呼ぶには親密ではない、かといってまったく縁が無いとも言い切れない、グールドという男がいました。彼は名門の出身であり、一時はフィリスに熱上げて、婚約にまでこぎつけていましたが、実は貧乏で、様々な口実をつけて、しばらくフィリスから遠ざかっていたのです。



フィリスはグールドが気になるものの、マテウスと激しい恋に落ちますが、その恋はマテウスの軍人としての責務を放棄させるものでした。フィリスとの逢引で宿営に戻るのが遅れて降格、さらに恋するがあまり、彼は軍隊を捨てることを考え、実行に移します。



元々、若いドイツ兵たちは故郷を遠く離れたイギリスに駐留するのを嫌っていてい、マテウスもそのひとりでした。彼は故郷に残した母を想い、何度かそれを口にします。それにあくまでも彼は若い軍人に過ぎず、フィリスの父親が結婚を許すはずも無いと……



マテウスは、僚友たちと船でイギリスを出てフランスに逃げ、故郷のドイツで暮らそうと持ちかけます。なぜ逃げるのか、それは軍隊からの離脱は、場合によって「死罪」だったからです。



そして約束の場所へ向かう途上、フィリスは偶然(これがハーディの特徴です)、自分の元へ向かうグールドを見かけます。グールドはフィリスに気づかぬまま、同乗者へ話します。フィリスが騎兵と付き合っているという噂を一笑に付し、さらに長い間、会おうとしなかった不実を詫びるため、贈り物まで用意したと。



フィリスの気持ちは揺れに揺れて、結局、彼女は自宅に帰り、グールドと時を過ごします。しかし、グールドが語ったのは、「実は妻がいる」という現実でした。婚約は解消、です。



その後、フィリスはマテウスと逢引していた家の近くの場所に足を運び、残酷な現実に直面します。フランスに渡ったはずのマテウスは、運悪く捕まって、仲間の分も罪を背負い(4人で逃亡、もうひとりと一緒に、ふたりで罪を負う)、目の前で銃殺に処されたのです。



もしも、あの時、グールドを見かけなかったら。



グールドに誠実になろうとしたフィリス、しかしその結果、彼女はグールドの裏切りにあい、さらに彼女はマテウスを裏切り、ある意味で死に追いやった、そういう、悲しい話です。



この短編をどのように加工するのか、興味がありました。


映画の展開:原作との相違

ヒロインの名前はフランチェスカ、彼女の母親はフランス革命を逃れた貴族の娘、という設定です。父親は医師、屋敷にはハウスキーパーとメイド?の小さな女の子Amyがいます。フランチェスカを演じるのはEmma Fielding、知らないです。



彼女と出会うマテウスは、Jean Marc Barr。髭です。よい紳士です。それに、この物語では弟がいます。最初は深く考えませんでしたし、見終わってから気づいたのですが、この人物設定は、物語を翻案したStuart St Paulが、ハーディの作品を単なる悲劇として終わらせないためのものでした。



映画では冒頭からグールドが登場し、彼は裕福な男として描かれます。グールドはフランチェスカに求婚し、彼女はそれを受け入れる、という部分が、原作より協調されています。



マテウスフランチェスカが恋に落ちる、というところは同じです。これが映像となると、非常に美しく、フランチェスカの屋敷のMaze(迷路)を舞台に、まるでアーサー・ヒューズ『四月の恋』のような光景が繰り広げられるのです。



ふたりが親密になる一方、マテウスの同僚が村娘と恋に落ち、脱走。捕まって銃殺になる、という事件があり、マテウスフランチェスカの恋の先行きを暗示します。この後、様々なエピソードを織り込みつつ(残忍で厳格な上官フェアファックス卿とマテウスの度重なる衝突、逢引の後で馬が死に、馬の管理をしていた弟が鞭打ち、父とハウスキーパーの恋、小さなメイドのマテウスへの思慕)、マテウスの逃亡劇にいたる終幕は同じです。


ラストシーンへの激しさ

が、そこにいたるまでの話の展開は見事です。ハーディの悲劇的要素を十分に盛り上げました。仲間たちと脱走するマテウス、海岸で彼女を待ち続けます。



途中で家に引き返すフランチェスカ、グールドから持ちかけられた婚約解消、ここで話は終わらず、フランチェスカは贈られた鏡でグールドを殴り、マテウスの後をもう一度、追いかけます。



グールドはフェアファックス卿と知己があり、事件の後、すぐにフランチェスカへの意趣返しとばかりに、その元へ行きます。マテウスたちの脱走が発覚、追っ手が差し向けられます。マテウスは忠実に最後まで待ち続けましたが、追っ手の方が早く、マテウスの弟だけが船に乗って脱走に成功、残りの兵は捕まりました。



フランチェスカは間に合わず、ただマテウスが剥ぎ取られた緋色のチュニックが、海岸に残されていました。屋敷に戻ったフランチェスカはその後、マテウス処刑の話を聞き、彼の最期を看取るものの、銃殺現場に立ち会っていたグールドを見つけると狂乱し、手近な兵の手から銃を奪い取り、グールドを狙う……しかし、フェアファックス卿が先に彼女を撃ち、物語は悲劇に終わりました。



はずでした。


優しい結末

ハーディの物語に忠実ならば、ここで終わりますが、脚本家はそこで終わらせませんでした。舞台は数年後、墓参りをするフランチェスカの父、その父の前に姿を見せたのが、逃亡に成功したマテウスの弟、クリストフでした。



クリストフはそこで、成人したメイドの?Amyと、彼女の傍にいる小さな女の子、その子の名前はクリストフィー――あの事件の後、わずかに生き延びたフランチェスカが産んだマテウスとの子供?:感極まっている演技で英語が聞き取れませんでした――を紹介するのです。



肩を並べて、歩き出す三人。



なぜマテウスに弟が必要だったのか、なぜ弟だけが生き延びたのか、そこには家族想いだったマテウスの性格と、ここでの再会、救いのある終わりにしようとした脚本家の優しさが感じられます。素晴らしい伏線だったと感動しながら、見終わった後、原作を読み直すと、弟の名前がクリストフだった理由が、わかりました。



原作でマテウスと一緒に逃亡し、さらに捕まった後はマテウスと共に他の仲間の罪をかぶった忠実な同僚の名前が、クリストフだったのです。



原作の味を殺さず、原作の持つ雰囲気を殺さず、その上で脚本家の個性を発揮し、見終わった後にさわやかになれるような結末、見事でした。



こういうのを見た後、原作に忠実な作品を見るのは、また辛くなりますが……



ボーナストラックには出演者インタビュー、予告編、それに脚本家によるオーディオコメンタリーまで盛りだくさんです。

ちなみに、アメリカ・ビデオ版もあるようです。



Scarlet Tunic [VHS] [Import]

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