ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

相互の資料で補い合うことで、多面的に光を当てる

最近、各所へ手を広げているように見えているかもしれませんが、男性使用人の再整理を行っています。『英国メイドの世界』は4〜7年以上前のものを書き直したので「作り変え」になっています。同様に、2007年に作った男性使用人を見直しているのですが、2年前とは言え、まだまだ隙がありました。



当時集めていた資料と今とでは、資料が質的に変わったものもありますし(資料選定の正確性が増した)、その意味を当時読み取れていなかったこともあります。これにはきっと、昨年関わった自分の仕事も影響しています。



以前部署移動した際に、小さな事業部とは言え、事業部がどのようにして関係各所と関わってお金を生むのか、そのプロセスを整理し、効率化していく設計に携わりました。事業部全体で誰がどんな仕事を何のためにしているのかを再整理するのです。



その観点で「屋敷の運営」を見ていくと、仕事の見え方も変わります。特にガーデナーを含めたアウトドアの使用人は維持に莫大なお金がかかりますので、なぜその業務が必要だったのか、どのような仕事があったのかを、フローとして見ると把握しやすくなります。



元々の同人誌の目的は、「わかりやすく」「把握しやすくする」することで、「すべてを伝えること」ではありません。久我が編集している時点でバイアスが入るので、すべて知りたければ、参考文献を読んでくださいとしか言えませんが、何を伝えたいのかを明確にしないと、情報に埋もれてしまいます。



『英国メイドの世界』は時間的な余裕が無かったこともあって、その視点ではまだ改善の余地はありますが、元々すべての使用人の情報カテゴリを揃えようと思ったのは、その前に作った七巻男性使用人編のおかげでもあり、いろいろな経験を積んで前に進んでいるとは思いたいです。



この一環でガーデナーの話を再整理しており、前回屋敷の技術集団ガーデナーとコスト感覚というのを書きました。ガーデナー自体にも改善の余地はあり、昔参考にした資料は日本人による研究なので、「イングリッシュ・ガーデン」や「美しい屋敷の庭園」がメインになっています。その観点ではガーデナーの仕事のほんの10%にもいきません。



久我はキッチンメイドやコックの資料を通じて、生産力を持つ場所としての「キッチン・ガーデン」「フラワー・ガーデン」を知っており、そこで当時の風景を再現した『THE VICTORIAN KITCHEN GARDEN』などを資料としても使っていましたが、キッチンガーデンの歴史そのものはあまり知りませんでした。



現在はその補強で「王やヘッド・ガーデナー主体の歴史」を描いた本を読み終え、それでは物足りない感じがしたので手元の本を探したところ、「キッチン・ガーデンから見た歴史」の本が見つかり(昔買っていた)、相互に補い合うことができました。



どの本がどの視点や文脈で書かれているかは買ってみないとわかりませんが、少なくともひとつの本に依拠することは、避けたいところです。複数の視点があると補い合うことも、意見の相違も見ることが出来ます。そのためには何冊も手を出さなければなりませんが。


ギネスビール社長・初代Iveagh伯爵のGamekeeper

ということで、Gamekeeperにも領域を広げています。最初はWestminster公爵2〜6代目に仕えたGamekeeperの話を読みました。お仕着せがあったり、「数千羽を一日で虐殺した」(=ではその数千羽はどこで調達した?」)という観点での補強資料があったり、領地の領域を巡ってAgentとGamekeeperの繋がりを示す内容も確認できました。



他に2冊、手記を入手しました。そのうちの1冊が、件名のものです。「Iveagh? 読みにくい名前の貴族だなぁ」と思っていたところ、文章の後半で「Guinness」の社長、という文字が登場し、びっくりしました。



http://en.wikipedia.org/wiki/Edward_Guinness,_1st_Earl_of_Iveagh



もう一個、面白かったのがその伯爵の領地の前の所有者がインドから亡命してきたMaharaja Dalip Singh、という人物だったことです。



http://en.wikipedia.org/wiki/Duleep_Singh



以前、別の執事の手記で「インドの王子」に仕えた話を見ましたが(リアル「ハキム」(NOT ホビット)に仕えた執事)、イギリスで屋敷を持っていた人までは知りませんでした。



『エマ』でハキムが出てきたときは深く考えていませんでしたし、そういうことがあるのかないのかも考えたことはありませんが、こういう話もあったというのを意図せずに知るのはとても面白いです。



話を戻すと、前述のGamekeeperの手記は非常に面白く、視点がWestminster公爵のところでの話と異なっています。



公爵家では「フィールドワーク」(今までに言及)や「超有名な2代目公爵Bendorのゲストの話」が多いのに対し、Iveagh伯爵の方では手記を書いた人が体が弱かったこともあって、「内勤」(数字管理や配送、販売)をしています。これも補い合っています。



アウトドアの使用人というと「体力重視」「朴訥」なイメージを勝手に持っていましたが、実際のところ、ガーデナーもゲームキーパーも、頭を使い、数字を理解し、時間管理が出来ないと仕事として成立しませんでした。ひとりですべて出来る必要はありませんが、管理する数が多い屋敷なればこそ、数字は大切なのです。