ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

短編小説1です

さて、前々から話していましたが、「コミケではきっと目を通してさえもらえないのでは?」と思っている、新刊の巻末から始まる短編集、その冒頭部分の掲載を始めます。2本のうち、1本目は「お嬢様とメイドさん」を描きたい、というシンプルな思考・構成です。もう1本は明日にでも掲載します。気づくと、もう1週間後なんですね。




『リリィ』(I think of you...)

 リリィはしゃがみこんで暖炉に石炭を足している。石炭の調節は難しく、それでなくても煙が出やすい。煙と熱気に当てられて、リリィはため息をこぼす。
 暖炉の炎に照らされて、金色の髪と白い肌とが赤く染まっていく。まるで黄昏時の夕日に包まれたように、浮かび上がったメイドの姿は美しく映えていた。
 窓際の椅子に腰掛けてその様子を眺めていた、まだ十歳にしかならないネリーは、立ち上がる。
「あのね……」
「なんですか、ネリーお嬢様。わたしは忙しいんですよ? 午後に遊んで差し上げただけでは、まだ足りませんか?」
 物音を聞いただけで、リリィが振り返る。額の汗をぬぐいながら、少し面倒くさそうに。
 決意は挫けてしまいそうだったが、リリィの心の機微をネリーは誰よりも知っている。それに、甘えてもいいことを。
「ねぇ、リリィ。お願いがあるの」
「私で出来ることならば、いいんですがね。それも仕事が終わってからだと、もっと良いんですが」
 口ではそう言いながらもエプロンを軽くはたいて立ち上がったリリィは、ネリーの前にやってくる。
 いつものようにネリーは椅子の上に立って、彼女の二倍以上の時間を生きているリリィを見下ろす。リリィは少女のそんな無邪気な振る舞いを、子供らしい稚気を、可愛く思っていた。(以下は同人誌に掲載しています)