ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英國戀物語エマ』第六話

久我の中では、今回はメイドの制服とカントリーハウスの話です。





描写の解説面で説明の都合上、描き方に踏み込んでおります。まだ見ていない方はネタばれになるかもしれませんので、ここから先は読まないようにお願いいたします。



メイドの制服と種類

今日は「描きすぎ」なほど、メイドが出てきました。階段ホールを掃除するハウスメイドの数は、ざっと見て9人です。それほどの数を雇う必要のある屋敷の規模にも見えず、また頻繁にパーティを開くような感じでもないのですが、かなり大勢を雇っているようです。



キッチンの描写でも、メイドが大勢いました。「あんな卵を載せる道具があるんだ」「銅フライパンでの調理」などの雰囲気で好きでしたが、こちらもだいたい14人ぐらい、キッチンにいます。ひとりで働くエマさんとの対比とはいえ、画面上が混雑していているほどでした。



こうしてもう一度見直していると、ウィリアムの屋敷のメイド服はきちんと描き分けられています。



『ハウスメイド』は「白いエプロン、黒いスカート、キャップ」を被り、掃除しているところをシーツを抱えて通り過ぎる『ランドリーメイド』は、薄いクリーム色のエプロンの無い格好をしていました。



特筆すべきはキッチンのメイドです。卵を命じて取り寄せている人が最初、コックに思えましたが、キッチンを見渡した描写の中で見ると、何人か「色の違う制服」を着ています。雑用の『キッチンメイド』は「若草色」、『ファースト・キッチンメイド』『セカンド・キッチンメイド』など料理に関われるメイドは、「薄い紫色」のメイド服を着ているようです。細かいです。



あの一分にも満たない描写で、ここまで描き分けています。『エマ』が他のメイドコミックスと一線を画するのは、この辺りの細かいこだわりがあるからです。



ウィリアムの家は億万長者? 百人の使用人

「百人の使用人を雇う」と言っても、スタッフ全員が屋敷内部で働いているわけではありません。だいたい水増しされるその数字の多くは、広大な敷地の中で働く「庭師」が十数人いたり、同様に馬丁で十数人いたり、或いはサポートで細々とした雑用をさせられる少年(『エマ』に出てきた靴を磨く少年たち)がいたりと、様々な役職があったりします。



『英国カントリーハウス物語』には、英書からの引用で(以前日記の中でご紹介したフットマンFrederic Gorstの手記からの引用)、当代随一の金持ち貴族だったポートランド公爵の屋敷ウェルベック・アヴィで働いていた使用人の数を列挙しています。その総数と種類は書き出しませんが、公爵と公爵夫人の為だけに、「ロイヤル・フットマン」と呼ばれる4名のフットマンが仕えているほど、イギリスでも最高に贅沢な屋敷です。



それほどの貴族の家のハウスメイドとキッチンスタッフの数と言えば……



・ハウスメイド:14人

・ヘッドシェフ:1人

・セカンドシェフ:1人

・ヘッドベーカー:1人

・セカンベーカー:1人

・ヘッドキッチンメイド:1人

・アンダーキッチンメイド:2人

・ベジタブルメイド:1人

スカラリーメイド:3人



それと比較しても、ウィリアムの家が遜色ない、というのがご理解いただけたでしょうか? エレノアの実家である子爵家が結婚相手として娘を「売り込む」相手なのかが、頷けると思います。



今回のハウスメイド、キッチンメイドの数、それにカントリーハウスを所有している点からすると、ウィリアムの家は年収にして数万ポンド以上の富裕な家庭である、と言えます。



例えば百人の使用人を仮に年収二十ポンドで雇うとした場合、だいたい同じか1.5倍以上の「維持費」(給与以外の住み込み生活費)がかかります。単純計算でも3000ポンド、必要になるのです。中流階級の年収が400〜500ポンドぐらいだったと思いますが、如何に裕福な家庭なのか、伝わってくる使用人の数です。



ウィリアムの屋敷〜屋敷のデザインと位置

いろいろとカントリーハウスの勉強をしましたが、ウィリアムの屋敷のような(ハキムが寝転がっていた)屋根、いわゆる「車寄せ・ポルティコ」(Poret Cochere)は、権威的であり、19世紀に新しく建てられる建物の中ではあまり流行しなかったそうです。(詳しくは『ヴィクトリア朝の暮らし 外伝2巻』に書きました。そちらの資料もあわせて、ご覧下さい)



ウィリアムの祖父や曽祖父の生きた18世紀頃に建てたのか、或いはメルダース家同様に、落剥した貴族から買ったのかもしれません。



原作との相違で言うと、屋敷を「広大な敷地に囲まれているカントリーハウス」にしてしまっていることでしょうか。原作4巻ではエレノアの姉がウィリアムの家を訪問しますが、そこは「壁に囲まれた一般的にイメージされる邸宅」でした。しかし、今回のアニメ版ではメルダース家同様、「屋敷へ辿り着くには馬車が必要」なほどに広大で、屋敷から眺める光景は森や丘だけ、という設定になっています。



小説によると、ハムステッド辺りにあるということなので、ハムステッドに実在する、映画『ノッティングヒルの恋人』にも出てきた、ケンウッドハウスが近いのかもしれません。ケンウッドハウスの目の前には、ハムステッド・ヒースと呼ばれる公園が広がっています。



関連するコラムなど

・カントリーハウスの歴史を解説しました:同人誌『Victorian Life Style Vol.2』

・カントリーハウスの暮らしを再現:DVD『MANOR HOUSE』

・19世紀のフットマンの手記:『Of Carriages and Kings』に言及した日記

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