ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『Under the Rose (3) 春の賛歌』

だいたい年に一冊のペースでしょうか、去年も旅行から帰ってきた後に購入した記憶があります。



この本は、伯爵家を舞台にした物語で、様々に人間の激しい感情が入り混じる「人間劇」です。登場人物は『階段の上』である伯爵の子供たちと、彼らの屋敷にいる『階段の下』である使用人たち。伯爵の子供たちも母が異なり、それによってスタンスや性格が大きく違っていて、同じ兄弟でも温度差が大きく、深い葛藤が横たわっています。



このコミックスのすごいところは、「感情表現」と「シナリオ」です。「ヴィクトリア朝」「貴族」「使用人」は「舞台」に過ぎず、その舞台の上で躍動し、多面的で表情豊か、陰影のある表情と感情を見せる登場人物たち、そして先が読めない展開とで、読者を圧倒的に引き込みます。再現されているのは、価値観、そしてその上で筆者の描写の独特さ、美しさ、残酷さに翻弄されっぱなしです。



「この人は、こんなふうに見ているんだ」



その視界が驚きであり、鮮烈であり、また恐ろしくもあり、羨ましくもあり、気持ちいいのです。コミックス全体に行き届いた作者の船戸先生の描写力は素晴らしいです。彼らの感情は生のものであり、すべてが理論どおりでもなく、吐き出される言葉さえもそのままではありません。



特に今回は使用人の描写が絶妙でした。彼らの持つ「二面性」をここまで描ける日本の作家はいないでしょう。そして、ためらうかもしれない描写をてらうことなく、そして大げさに描くのでもなく、淡々と当たり前に見せる手腕には、ただ脱帽します。



人間をよく知っている、そしてそれを美しく表現できる、残酷なところも、美しいところも。それが、見事です。



とはいえ、ヴィクトリア朝も屋敷も貴族も使用人も、「舞台道具」ではありません。あくまでも、そうした世界観で無ければ存在し得ない世界を、価値観を、作り上げています。



個人的にプッシュしていた三つ編みのメイドさんはいい味を出していましたし、出来れば今後、メインで関わって欲しいところです。(幸せになって欲しいものの、そういう展開じゃないんでしょうね……)




ASIN:4344806522:detail:small

関連するコラム

ヴィクトリア朝関連

『UnderTheRose』登場の屋敷の外見のモデルとなった屋敷Harewoodにコメントした日記(2003/11/19)