ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

その8:4日目:後編:ロバート・アダムのカントリーハウスへ

予定6:大本命の屋敷・Osterley Parkへ

地下鉄で一本・意外と近い穴場のカントリーハウス

気になっていたカントリーハウスのひとつです。自分の中では、KenwoodHouseや、他のどの観光地よりも、今回の旅行のメインディッシュ、ここを味わいたいがために、旅程の最後に持ってきていました。



交通の便は非常によく、地下鉄一本で行けるカントリーハウスです。だいたい20分ぐらいで、到着します。この辺り、他のロンドン界隈の屋敷と違って、抜群の条件です。駅からも近いらしく、徒歩で行けます。という事前知識だけを頼りに、出かけました。


記憶を頼りに

駅はHeathlowの幾つか手前の駅、Osterleyです。駅の出口はひとつ、そこから出ると正面に非常に大きな車道があります。



過去に地図を印刷していたものの、この日、何を思ったのか、忘れていました。記憶によれば駅の北側にあるはずなので、ひとまずそこを目指しました。「とりあえず、左でいいか」と。



左にしばらく進むと、右に折れ曲がる道があります。その方向が北のはずなので、道なりに進んでいくと、どう見ても住宅街です。「間違えたかなぁ」と思いつつ、進んでいくと、T字路にぶつかります。駅の真北の方角、だったはずなので、ここで少し駅に近づく感じで東へ進むと、壁が見えました。



それは、非常に長く続く石壁で、向こう側に牧場らしき芝生が広がっていました。こここそが、カントリーハウス・OsterleyParkのエリアでした。


入り口から





それからしばらく壁際に歩いていくと、正面の門にたどり着きます。それはもうひたすら真っ直ぐな道で、屋敷が見えませんでした。







並木の道の両側は、先ほどの壁の向こう側の世界、芝生が広い範囲で広がって、住宅街から切り離されたカントリーハウスっぽい雰囲気(すごいところは山を越えるとか、ですが)を感じさせてくれます。KenwoodHouseと違って、中に入ってから迷う可能性は皆無でした。







左側の牧草地には、牛や馬が放牧されていました。






最高の眺め……ではなかったものの





十分ぐらい歩いていくと、ようやく舗装された道に辿り着きます。そこから道なりに歩いていくと、今度は正面左側に小さな池が広がっていて、そこからカントリーハウスの姿が見えました!







残念なことに、正面は修復中でした。







メインの建物は二箇所、本邸と、今は土産物屋や案内所、カフェの出来ている厩舎です。まず本邸に行きますが、正面玄関は工事中なので、入り口はその奥、側面からになります。なんだか使用人になった気分で入れて、最高でした。


入り口は地下

入り口はやや簡素なエリア、ここで荷物を預けて、中に入ります。地上にありますが、屋敷としては地下、になります。確か水色で、アダムっぽいです。



そこからGRAND STAIRCASEを上りますが、ここからもうアダムに包まれています。壁の色は柔らかい色彩、壁に据えられた紋様、そしてルーベンスの天井画。



Kenwood Houseよりも屋敷のすべてがロバート・アダムの個性で満たされています。階段の使い方、空間の見せ方が、非常に上手に思えました。屋敷のひとつひとつの壮麗さを物語るのではなく、屋敷という全体の雰囲気が圧倒的でした。







■PRINCIPAL FLOOR:1階

BREAKFAST ROOM

LIBRARY

TAPESTRY ROOM

EATING ROOM

CLOSET

GALLERY

ENTRANCE ROOM

DRAWING ROOM

STATE BED-CAHMBER

ETRUSCAN DRESSING ROOM

GARDEN ROOM



どこもかしこも印象に残りますが、玄関ホールが最も好きでした。高い天井、床に描かれたタイルの模様、天井や壁には白い石膏?で盛り上がった絵画や紋様が刻まれています。



OsterleyParkは正面がパルテノン神殿のようになっていて、円柱の合間を通り抜け、階段を上り、この正面玄関に辿り着く設計です。しかし、パンフレットによると、正面玄関であるこのホールは、必ずしも玄関として利用されなかったそうです。食事をする場所として、或いは、サロンとして絨毯を敷き、ソファや調度品を置いた写真が残っています。



では、そのとき、どこの入り口を使ったかといえば、今日、入ってきた入り口なのです。あそこは「使用人専用」ではなかったのです。Kenwood Houseもこんな感じの入り口でした。



■BEDROOM FLOOR:2階

YELLOW TAFFETA BED-CHAMBER

MR CHILD'S DRESSING ROOM

MR CHILD'S BEDROOM

MRS CHILD'S DRESSING ROOM



こちらの2階で見物できたのは、片側のウィングだけでした。ちょうど2階の窓から、工事・修復中の正面玄関の様子を見物できます。反対側にあるエリアには、ここからは行けませんでした。ドアが閉まっているのか、経路が無いのか、わかりません。


予定7:最高の地下・Osterley Park〜メイドさんの職場





そして、OsterleyParkは最大限、期待に応えてくれました。1階の奥の方、「主人たちが使わない」小さな階段を下りていくと、キッチン付近に出ます。

PASTRY ROOM

まず、出て左側に小さな部屋があります。窓際、明るい部屋で、大理石のような作業台がありました。久我の記憶では、こういう台は、「熱を逃がす」作業の為なので、PASTRY ROOMか、バターをこねるDAIRY ROOMだと思いましたが、PASTRYの方でした。



PASTRY ROOMというのは非常にマイナーな、カントリーハウスにあるか無いか、という部屋です。その名の通り、ペストリーをこねる・作る・焼く・保存するエリアです。PASTRY MAIDという職業もあったぐらいなのです。まさか、それほどレアな部屋があるとは思いもしませんでした。


KITCHEN

次に入るのはキッチンです。広いです。National Trustのお姉さんがいて、ちょっと解説をしてくれましたが、もう本当に最高の場所です。天井は高く明るく、銅の鍋は壁際の棚に並びます。壁際にはオーブンのほかに、パン焼き釜っぽい、PASTRY ROOMを置くだけのことはある、といった様子です。



この規模ならば、だいたいコック1、キッチンメイド3〜4人、ぐらいでしょうか? 広さと規模で言えば圧倒的にKenwood Houseの方が豪奢です。あそこは館より切り離されたエリアでしたので、そうしたスペースが確保できたのですが、ここは屋敷にくっついた場所なので、あの屋敷ほど広くは無いです。



ただ、機能別にエリアが分かれている、壁が青色、窓が大きく屋敷の外が見えるなど、開放感のある職場でした。


SCULLERY

キッチンに付属する場所として、先ほどのPASTRYと、もうひとつSCULLERYがありました。流し場で、キッチンで使った道具類を洗ったり、粗い仕事(皮むき、猟鳥や猟獣、いわゆる「Game」の皮はぎ・解体)をした場所です。



Osterly Parkは使用人にとって若干優しい設計をしているようで、この窓から屋敷の外、広がる世界を十分に眺めることは出来ました。


廊下を歩く

廊下は狭くなっていて、ちょっと通りにくいかもしれません。両側には、いろいろな部屋があります。残念ながら使途不明、入れない部屋も多くありましたが、STEWARD'S ROOM-ESTATE OFFICEと、当時のStewardの夫人の部屋(Housekeeper's Roomっぽい)にも入れました。


STEWARD'S ROOM-ESTATE OFFICE

領地管理人、といえるスチュワードのオフィスは、非常に立派な部屋で、とても使用人の範疇に納まるものではありませんでした。領地から上がる収益、農場の利益や小作料、地代など、屋敷の周縁に関する金銭の動きを管理していたのは、彼らです。その扱いは、紳士に似ている、と言えるかもしれません。



少なくとも、本日訪問したカーライルの部屋よりも、数倍、立派な内装をしていました。カントリーハウスの使用人は中流階級の家庭よりもいい食事にありつける可能性も高いですし、自分の家でないことを差し引けば、いい部屋を与えられていました。



ここにいたスチュワードは、隣に妻を住まわせていたそうで、その部屋も開放されています。


CELLAR

その名の通り、蔵です。ワイン専門と思いきや、巨大な樽を置いていたと思える設計でしたが、石炭も置いていたと記されています。いったい屋敷に何人の使用人がいて、ゲストがいたのか、と思えるほどに、本当に巨大な樽でした……


STRONG ROOM

強い部屋ってなんだろう、と思いましたが、金庫です。この中に屋敷の主人たちの貴重なコレクションが保管され、現在はその展示品を鑑賞できます。



映画『ゴスフォード・パーク』では、屋敷に入ったメイドがこの部屋に伯爵夫人の宝石類を預けていました。屋敷のガイドブックの地図によれば、この部屋の近くに幾つか部屋があるので、この周辺は多分、執事やフットマンのエリアになるでしょう。


SERVANT'S HALL〜使用人ホール

階段の下エリアで最も広い場所、使用人たちが食事をしたり、時にはダンスをしたりする舞台、になるこの部屋は、残念ながら往時の面影は一切無く、家具類がすべて取り払われて、ただの広い部屋になっていました。



それでも、小さな学校の教室ぐらいの広さがありました。


ジャージー家記念館〜昔は何に使っていたのか?

ここから幾つかが続き部屋になっていますが、この先は領有するジャージー家の記念館、この時期は第二次大戦中のユダヤ人避難の歴史を物語るような展示が開催されていました。全部で五部屋ぐらい、Stillroomっぽい部屋もありましたが、実際は何に使われていたのか、不明です。



屋敷の構図的に、足りない部屋として考えられるのは、「執事のPantry」、「Housekeeper's Room」(どちらかというとOfficeではなく、陶器類を保管する場所)、それに「StillRoom」でしょうか? PASTRY ROOMがあるので、StillRoomは不要かもしれませんが、想像力をかきたてられました。



執事関連の部屋は、屋敷の構造上、金庫やCELLARに近い場所だと思えるので、その付近の閉じている部屋がそうなのだろうと、だいたいわかりましたが、だとすると記念館の方は、女性使用人のエリアなのではないでしょうか?



このエリアに下りてくるには、Kitchen前に出る階段と、もうひとつ、SERVANT'S HALLからGRAND STAIRCASEに通じるドアしかありません。だとすると、どちらにせよ使用人は主人たちと接する可能性がある道を通って、自分たちの寝室に行くことになります。それは、あまり考えられません。



仮説として幾つか考えられるもの



1:記念館は元々使用人の寝室だった

2:記念館の奥に使用人用の裏階段がある

3:屋敷の2階、主人たちの寝室エリアの反対側には使用人寮があるのではないか



とまぁ、勝手な想像をしていました。



■GROUND FLOOR

PASTRY ROOM

SCULLERY

KITCHEN

MRS BUNCE'S ROOM

STEWARD'S ROOM-ESTATE OFFICE

CELLAR

STRONG ROOM

SERVANT'S HALL

JERSEY GALLERY(5部屋)


眺める




表に出て、屋敷の裏手、ちょうどギャラリーに通じる外側のテラスに立ちました。ここから眺める景色は、芝生ばかりでやや平坦ではありましたが、見晴らしがよく、気持ちよかったです。



カフェで紅茶を





厩舎は改修され、カフェになっていました。ここで紅茶と、ケーキを頼んで、ちょっと休憩しました。値段は非常に良心的です。











この後、土産物を買い、帰りました。他にも屋敷の奥、庭園や施設を見ることは出来ましたが、時間や疲労を考慮して断念しました。生半可な覚悟で進むには、ちょっと広すぎたのです。


帰路につく





帰り道は、本来、駅からの近道だった道を通りました。正面からまっすぐ進むと、駅から出た時に正面にあった太い車道にぶつかります……つまり、駅を出て左に曲がれば、一回角を曲がるだけで、Parkに辿り着けたんですね。



これで、ロンドンでの旅の90%は終わりました。さすがに、これだけみっちりと出歩くと、疲れてきます。そして眠ります……