ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英國戀物語エマ 第二幕』第二話「月光」感想

前回同様、内容やストーリーの感想ではなく、描写として気になったところや「ここを見ると面白いよ」という制作側のこだわりを見つけていきたいと思います。



今回はカントリーハウスとクリスタル・パレスという、森薫先生にとって大好きな場所が舞台となっていました。



メルダース編で最も見たかった「使用人のパーティ」が再現される、今回の第二幕で久我にとって最重要な回でしたが……


見出し

・使用人の描写
・銀のトレイ
・誕生日プレゼントのエピソードは『MANOR HOUSE』から
・使用人のパーティは「原作」を超えず
水晶宮再び
・最後に:使用人の「キャラ」が出ていない


描写の解説面で説明の都合上、描き方に踏み込んでおります。まだ見ていない方はネタばれになるので、ここから先は読まないようにお願いいたします。











































第一幕オープニングは倫敦の街並みに重点を置いていましたが、今回はカントリーハウスに主軸を移しています。料理の光景、洗濯する姿、階段ホールで掃除するメイドたち。



手前でモップをかけているのはナネットでは……



それにしても、描かれる屋敷の煙突は素晴らしいです。




久我お気に入りの一枚です。




使用人の仕事描写

冒頭、ハウスメイドが持っている「買い物籠」みたいな木箱は、「Housemaid box」と呼ばれるものです。



Housemaid box



この画像は、Googleで見つけましたが、『ミセス・ビートンの家政読本』のイラストからの引用ですね。



和書の資料でこれをきちんと紹介しているのは、『図説イギリス手作りの生活誌』です。



多分、日本で最初に漫画として描いたのは、森薫先生だと思います。ハウスメイドはこの中に掃除で使う様々な道具類をしまっておき、持ち運びました。原作3巻で、アデーレから掃除を教わるエマ。ここでハウスメイドボックスが出てきます。(P.080)



アニメ版第二幕にあたる原作3巻は、森薫先生にとっても劇的にメイド描写が幅広さを増した転機です。同書も、その参考になった本だと思われます。



以前も書きましたが、ランドリーメイドが「手で水を振ってアイロンをかけているシーン」や、あとがきでの「その解説+ラベンダーの効用」も、こちらの書物にて紹介されています。また、作品中P.090にて登場する「このセーム皮のブラシが入っているでしょう」と言うアデーレの言葉に出る「セーム皮のブラシ」も、『図説イギリス手作りの生活誌』にて出てきます。



非常に素晴らしい資料本(そして良くも悪くも主観的な)なので、興味のある方にはオススメします。



図説 イギリス手づくりの生活誌―伝統ある道具と暮らし

図説 イギリス手づくりの生活誌―伝統ある道具と暮らし




銀のトレイ

ウィリアムの妹グレイスがメイドから手紙を受け取るこのシーン。これも使用人と主人と階級差を示すエピソードです。そういえば二年前、アニメ版第一話の解説でも書いていました。そこからの繰り返しの引用です。




基本的に主人に渡す手紙は銀のトレイに載せなければなりませんでした。知識として知っていたものの、それがどのように思われていたかを示したのは、上記のMargaret Powellです。彼女はある日、玄関から手紙か何かを手で持って運んでいた途中に女主人に出会い、それを手渡しますが、女主人は非常に不愉快そうにしました。



この事件が、Margaret Powellに大きな心の傷を残しました。銀のトレイで渡すのは、「直接使用人と、手で物をやり取りしない」ことを意味したのです。何人も使用人がいる裕福な家庭でのことなので、エマのいるところでは無かったかと思いますが。


多くの映画やドラマの中では忠実に再現されているので、最も有名な「シーン」になるでしょう。


誕生日プレゼントのエピソードは『MANOR HOUSE』から

誕生日プレゼントのエピソードも原作と違っていますが、これは『MANOR HOUSE』の影響でしょう。『MANOR HOUSE』でも同様に、使用人に付き添われながらリボンを探して、誕生日プレゼントを見つけるエピソードが紹介されています。


使用人のパーティは「原作」を超えず

ここが今回の第二幕アニメ化で最も重要視していた箇所でした。映像として「使用人のパーティ」を再現しているものは非常に少なく、これまでにまともに見たのは『MANOR HOUSE』だけです。



ある意味、森薫先生ぐらい研究した漫画家でなければ、「そのエピソードがあったことすら知らないから描けない」風景なのです。ここに魂を込めずに、どこに魂を込めるのか、と使用人マニアならば期待する場面なのです。



では、まず当同人誌4巻で紹介したエピソードを引用して、テキストレベルで風景をお伝えしましょう。以下のエピソードはクリスマスですが、今回の誕生日とあまり変わらないと考えてよいでしょう。




『フットマンはクリスマスのプレゼントとして、五ポンド紙幣を受け取った。使用人のダンスパーティはクリスマスの後、午前十二時に始まった。オーケストラがロンドンから招かれ、また五〇人のウェイターが使用人たちを仕事から解放するために来ていた。これは使用人たちの社交的なイベントだった。全部で一二〇〇人は参加者がいた。使用人スタッフに、領地の人たちと彼らの家族、出入りの商人にその妻……』



 さらにゴーストは、このことについて、『いつもは潔癖な感じのヘッド・ハウスメイドはシックなベルベットのガウンを着ていたし、ハウスキーパーも短くカットされた青いサテンのガウンを着ていた。お堅い黒いシルクのドレスに、ジャラジャラ鳴る鍵をぺルトにつけている普段の姿と、同じ人物には思えなかった』と語っています。



 そして、感動した気持ちで、こう続けています。



『私たち使用人同士はお互いを見合い、互いの新しい側面を見た……使用人としてではなく、人間として』(『使用人の事情』P.147より翻訳・引用)


これだけ魅力的なエピソードがあるのですから、どのように料理するのか?



舞台は露天で、村祭りのような雰囲気。楽器を演奏するのも、踊るのも、料理を運ぶのも、みんな使用人。自由闊達なその雰囲気は「支配される使用人」という構図から解放され、人生を謳歌する明るい姿は、魅力的です。



しかし、結論としては、「原作を超えられなかった」です。原作にあった「使用人たちがうきうきとお祭りを待ち望む空気」「生き生きとした使用人たち」の描写が無く、淡々と始まり、淡々と終わりました。



今回の第二幕は「エマさん」を中心に描きすぎて、その分だけ、他の使用人の表情、森薫先生的な細かい描写が省かれて、無機質な「その他大勢」に成り下がっている感じがしています。



侍女「ナネット」も、今回はちょい役です。花を編んだ髪飾りをつけていて、魅力的に描かれているのですが、綺麗なドレスが悲しいのです……誰かと一緒に踊っているシーン、描いてあげましょうよ。今回ですらこのような登場の仕方だけで、この後、どのような役割が与えられるのかを思うと、涙が止まりません。



身分違いの恋をして、と言う意味ではエマさんと対となれる存在だったはずなのに、一話で消化されてしまったようです。頑張れナネット!



唯一、魅力を感じたのは、流し場で皿を洗うエマさんの姿です。あまりにも似合っていすぎて、あまりにもしっくりとくる光景で、今回の「階段の下」描写では、最も優れていました。


水晶宮再び

原作には無いエピソードですが、森薫先生が水晶宮大好きなのと、「かつて水晶宮で一緒に見た月光」のエピソードを際立たせるために再登場させたのでしょう。



記憶に残ったのが、原作で表現できなかった世界、アニメでしか再現できない世界です。8巻、若き日のケリーとダグが訪問した水晶宮、そこで印象的だったのはステンドグラスの間です。



当時そのものとは言えませんが、今回のアニメ版では、混ざり合った光が色彩豊かに再現されて、魅力を伝えてくれました。綺麗な、光景です。


最後に:使用人の「キャラ」が出ていない

コメントでご指摘を受け、製作者へのインタビューを見つけて、読みました。この結果、見当はずれの指摘をしていたので、該当箇所を削除しました。



「エマ」「ウィリアム」「エレノア」「ハンス」の四人を軸に、スピーディに展開するのを優先している、とのことです。使用人の姿を描くことを望むのは、確かに方向性が違います。



ただ、描く人物を絞ってゴールまで辿り着いたとして、そこに広がる世界は果たして原作の『エマ』をどれだけ伝えきれるのか? 「生活の温度」「様々なキャラの魅力(ターシャも、アデーレも、ヨハンナも、他の人も存在感が希薄)、『エマ』を彩る色が足りないです。



それが、もったいないです。




一幕目とスタイルを変えてつくりますので、面食らう方もいらっしゃるかもしれません。ぜひ最後まで見ていただいて、作品を感じていただければと思います。よろしくお願いします。
http://eg.nttpub.co.jp/news/20070328_13.htmlより引用


そんな監督の言葉が、印象的です。



今回は面食らって思わず書きましたが、元々、作品の構成やストーリーへの感想を書くつもりは無かったので、次回は第一話同様、「描写の解説・魅力の発見」に戻ります。



その後のインタビュー記事を読んでの感想など/コメントへのレス
http://d.hatena.ne.jp/spqr/20070430



関連するコラムなど

メルダース家の屋敷のモデルはshugborough?

ウィリアムの屋敷のモデルのひとつ〜Kenwood Houseへの訪問記

ハワース旅行記/村上リコさん



リスト:-ヴィクトリア朝の生活関連本リスト

公式サイト:英國戀物語エマ



英國戀物語エマ』第二幕の感想

・第一回目の感想はこちら



英國戀物語エマ』第一幕の感想

・第一回目の感想はこちら

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