ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

英国メイドが守るべき「ルール」(1901年)

最近は『NOT IN FRONT OF SERVANTS』に原点回帰していますが、結構、素晴らしいエピソードがあります。こういうのを読むと、本当に、「物語」には表現できない重さがあります。



そんな最中、「あれ、どっかで見たことある文章だなぁ」と言うところに遭遇しました。



MANOR HOUSE』の公式サイト(英語版)に出ていた、「使用人・べきべからず集」と同じなのです。過去に同人誌に抄訳を掲載しましたが、その原典に出会いました。特に公開しても問題ないと思うので、載せておきます。


良家に仕える使用人のためのルール


Rules for the Manners of Servants in Good Families(『Ladies' Sanitary Association』1901年)



『許可が無ければ、或いは、主人たち全員が屋敷にいないときでなければ、庭園を歩いてはいけない。もしも家族がいるときは静かに、気づかれないように歩きなさい』



『音を立てることは、マナーに反します』



『家の中では常に静かにしなさい。主人たちには、必要の無い限り、声を聞かせてはなりません。主人たちに聞こえないように、仕事中は歌を歌ったり、口笛を吹いてはいけません』



『部屋を横切るような声で会話してはなりません。あなたがハウスメイドならば、仕事中は静かにするだけではなく、なるべく目に留まらないようにしなさい』



『メッセージを運んでいるときや質問する必要があるとき以外は、紳士淑女にあなたから話しかけてはなりません。もし話す必要があっても、可能な限り短い言葉で済ませなさい』



『廊下や居間で、或いは紳士淑女のいる場所で、使用人同士、或いは主人の子供たちと話してはなりません。必要がある場合は、小さな声で話しなさい』



『屋敷の主人や女主人に廊下で会ってしまった時は、後ろを向くか、壁に寄って彼らに道を譲りなさい』



『命令を受けたり、返事を求められたりしたときは、常に"Yes,Ma'am"か"I am very sorry , Ma'am"と、聞こえるように返事をしなさい』



『"Ma'am"や"Miss"や"Sir"と呼びかけることなく、主人たちに話しかけてはいけません。また誰かに主人やその友人たち、それに「彼らの住まい」を話すときも、"Green's"や"Turner's"とは言わず、必ず最初に"Mr"や"Mrs"などの敬称を、名前の前につけなさい』



『家族の子供たちには、"Master"か"Miss"をつけて話しなさい』



『家族やゲストに、あなたが小包や手紙を渡す時には、必ず小さなSalver(丸盆)かトレイに載せて運びなさい。もしもあなたが手でそれを運んだり、盆の上からそれを渡すときは、手渡しをせず、必ず近くの机に置きなさい』



『荷物を運ぶ為に、紳士や淑女から同行するように言われた場合は、必ず数歩後ろ離れたいところを歩きなさい』



『面白い話があなたの前でされても、あなたが何かに気づいても、家族の会話を聞いても、テーブルでの会話やゲストの会話を聞いても、決して笑ってはいけません。聞かれない限り、何も申し出てはいけませんし、必要があるとき手短に済ませなさい。テーブルの前、或いはゲストのいるところでどうしてもあなたが告げなければならないことがあるならば、静かに主人や女主人に告げなさい』



『NOT IN FRONT OF SERVANTS』P.35より翻訳引用
「笑ってはいけない」とか「NOと言えない(断るときはNOではなく、I am very sorry)」とか、いろいろと興味深いマナーです。



前に同人誌の中でも書きましたが、「使用人は家族」と言われていても、結局は「暮らしていない」のです。主人たちが生活するエリアは彼らの「職場」であって、そこで彼らが「個人」に立ち返るような、自由な会話をしたり、笑い声をしたり、自己表現をしたりしてはならないのです。



理不尽に思えるかもしれませんが、これはサービス業に重ね合わせれば、それほど理不尽ではないかもしれません。ホテルの従業員、或いはレストランやコンビニの店員が客のいる前で大声で笑っていて、客をないがしろにしたら、サービスを受ける客はどういう気持ちになるでしょうか?



もちろん、当時は理不尽も多いです。



メイドとして勤めたMargaret Powellは女主人に物を手渡ししたとき、「あなたの母親はあなたにそんなことも教えなかったの?」と女主人から非難され、著しく傷つき、悔し涙を流しました。



現代的な価値観で当時を見るつもりはあまり無いので、紹介するのに留めておきますが、「当時はそういうルールがあった(或いは出版されて、守られていた可能性がある)、使用人もすべてを受け入れてはいなかった、と言うのを知ることで、メイドが過ごした時間や時代背景を、より深く感じられると思います。



NOT IN FRONT OF THE SERV (National Trust Classics)

NOT IN FRONT OF THE SERV (National Trust Classics)





三連休なので同人誌作業が進むといいなぁと思います。



現実逃避か、今日もAMAZONで資料検索をしてしまいましたが。