結局、読み終わった余韻が忘れられず、なんとかこの作品の魅力を言葉にしようと、ブログに向かい合っています。
結論から言えば、「ここまで使用人の世界を描き、また噂に支配される社交界を描けた作品は皆無」、ということです。
正直なところ、『Under the Rose』の作品としての完成度は、群を抜いています。この作品がネット上で爆発的な評判を得ていないこと自体、信じがたいことです。それこそ、「人の噂が当てにならない」と言うこととも似ていますが。
物語の密度、描写、イラストのひとつひとつに込められた重さ。読む人によって、読むときの心境によって、そこに見える姿は異なってきますが、今回、様々なシーンに心が震えました。胸に響く台詞も多く、電車の中で読まなくてよかったです。
久我は、数多くの使用人の資料を読みました。比喩ではなく、日本で五番目ぐらいに使用人には詳しいつもりです。しかし、船戸先生の描く使用人像、存在感、距離感、貴族的な価値観はそうした知識だけでは到達できない、「人をよく知っている」作家だけが到達しえるレベルで、感嘆し、自分では絶対に見えない世界だと感じます。
あまりにも美しく魅力的に、真似しがたい価値観を提示し、その世界に生きる人間を描き出して、人間の強さも弱さも醜さも、美しさも、すべてが描かれていて。
作品としての完成度が、一段と高くなっているように思えます。そこに余分な雑音は無く、あるのは家族と使用人、それに生きる人間たちの姿。壮大なストーリーでもなく、倒すべき魔王も、世界の危機もありません。それでも、ただ人を魅せていきます。
過去に、最大のミステリは人の心、と書きました。第4巻までを読み終えた時点での感想は、「人の心は、迷宮の森のよう」というものでした。
誰が何を言っているのか、わからない。
その言葉が本当なのか、わからない。
目の前にいる本人と、人から聞くその人の大きな相違。
登場するキャラクターの行動原理が、まったくわからない。
そうして森の中をさまようように進んできた物語も、今回の5巻で少し趣が変わります。それは、公式サイトで公開されていた表紙からも感じられたことです。しかし、テーマは同じだと思います。
人の心はわからない、だからこそ、その真実を知りたいと思ったのが第4巻でしたが、「何かをきっかけに、変わっていくわからなさ」、そうした人の心を描き出したのが第5巻だと思います。何かをきっかけに、人は変わっていく。
噂に翻弄されず、自分の目の前に見えた姿を信じる。
逆に、描写された姿に翻弄され、騙されているのではないかと、まだ不安もある。
しかし、信じることで相手が変わることもある。
最終的には、「人を信じることも、疑うことも同じ」だと思っています。結局、「信じるのは信じる根拠を信じる」、疑うのは「疑う根拠を信じる」、両方「信じる」ことに変わりはありません。であるならば、出来る範囲とはいえ、信じてみたいものです。
暖かな世界を信じ、ひっくり返される。そうした展開の中、「今度は信じていい?」と、読者の心を、様々に揺さぶってくれます。しかし、そうした思考も、「物語」に毒されているのかもしれません。
そうした読者の心を抉り出すように、老婦人の言葉は胸に突き刺さります。対象をありのままに理解するのは難しく、結局、自分の理解できる範囲にまで対象を引きずり落とす、のもよくあることです。
真面目すぎる題材を扱いながらも、その美しい作品世界とイラストで、読者を導いてくれる、そして愛すべき楽しい描写も織り交ぜ、人の虚実を描き出していくその構成力には驚くばかりです。とても心地いい時間、しかし同時に、まだ久我は船戸先生を疑っています。この後、どういう展開で落としてくるのか、と。
でも、この心地いい時間の先にある幸せな結末を信じたいです。この『Under the Rose』と言う作品はどのような終わりを迎えるのでしょうか? 今後、翻弄されても、構いません。もっと、この世界を、キャラクターを、見ていたいです。
今回はアイザック、メイドのメアリ、アーサーの優しさ、それにウィルとレイチェルの表情が素晴らしかったです。子供たちのいたずら描写、そして最後に登場したライナスも。さらに付け加えるならば、ローズは相変わらず最高です。
ローズみたいな存在感あるキャラクターを生み出された時点で、久我はもうメロメロです。そういえば、あの喋れない三つ編みのメイドの女の子はいずこへ……ゲストが来ているからへましないように、奥に引っ込められてしまったのでしょうか?
Under the Rose 5―春の賛歌 (バーズコミックスデラックス)
- 作者: 船戸明里
- 出版社/メーカー: 幻冬舎コミックス
- 発売日: 2008/03/24
- メディア: コミック
- 購入: 5人 クリック: 251回
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余談ですが、そうしたテーマを作品で伝えていればこそ、画像の無断転載について(船戸先生のブログ)、このように書かれているのかもしれません。
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