ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

同人誌を1トン刷る〜印刷所を活用した同人活動

時間が出来たので、まとめてみました。



コミケカタログより分厚い『英国メイドの世界』



同人誌『英国メイドの世界』は去年八月に新刊の頒布を始めてから3ヶ月で完売しました。何部刷ったのかと聞かれることもありましたが、1冊1キロあるこの本を、初版で1000部刷りました。



合計、1トン(ダンボール50箱)です。





普通に考えればありえない物量ですが、その決断を行えた理由のひとつは、印刷所の提供する幾つかのサービスのおかげです。



久我は数年前からサンライズ・パブリケーションを利用しています。他の印刷所でも同様のサービスはあると思いますが、知っている・知らないで活動に費やす時間や考え方も変わってきますので、実例を交えてご紹介します。



このノウハウが無ければ、『英国メイドの世界』を印刷しようと思わず、現在の値段で提供することも、一定量を供給することも出来ませんでした。八年間の同人活動の集大成としての総集編は、「資料のレベル」だけではなく、「同人誌を作る・同人活動を続けるノウハウの集大成」でもありました。



尚、こちらのノウハウは、あくまでも一冊の同人誌を「数年と言う長い期間で、数百部売れると見込めるサークル」か、「あと100部刷っておけばよかった」と思ったことがあるサークルに向けてのものです。「1000部刷って短期で売りきる」ノウハウでもないので、ご注意下さい。



同人誌を制作されたことが無い方には制作の舞台背景として、お楽しみいただければ幸いです。或いは、どれだけ再版が難しいかもということも感じていただければと思います。



そもそも「なんで、二次創作でもなく、マンガでもないのに1000部の同人誌を刷ろうと思ったのか」については、後日、お話します。(2009/08/29同人誌1トンを刷った経緯と部数決定のプロセスを書きました)


目次

■[サービス]1:在庫預かり

■[サービス]2:廃棄処分

■[サービス]3:宅急便搬出を最も容易に行う(1との組み合わせ)

■終わりに


■[サービス]1:在庫預かり

サンライズパブリケーションは、月額315円でダンボール一箱分を預かってくれます。


○メリット1:自宅の場所を取らない

同人活動で最も辛いのは、在庫の山と暮らすことです。かつて自室にはダンボールがかなりの数、積んでありました。在庫が多いと、心が凹みます。マイナージャンルなので、コミケぐらいでしか在庫は減りません。



日々の生活に同人活動がマイナスの影響を及ぼすのは、あまりいいことではありません。一時期はトランクルームを借りることも検討しましたが、月額で結構な額になりますし、そこに運び込んだり、持ち出したりするのも大変です。



そこで使ったのが、このサービスです。ダンボール一箱を月額315円で預かってくれます。



『英国メイドの世界』は初版1000冊刷りました。1トンで、ダンボール50箱分です。こんなものは到底、自宅に置けません。印刷所の在庫預かりサービスが無ければ、絶対に印刷しようと思いませんでした。



「在庫預かり」と言う選択肢を知ることで、広がる可能性もあるのです。最初の半年で500冊、残り500冊は2〜3年で頒布するという予定を描けたのも、まず場所が確保できていたからです。


○メリット2:家やイベント会場から在庫を印刷所へ送る

最近見つけた方法です。



在庫預かりは「新刊を刷った場合のみ」だと思い込んでいましたが、聞いてみると「既刊でもOK」とのことでした。但し、前提条件は「箱単位での出荷」です。在庫の移動は箱単位になり、新刊と異なり、「冊数」指定が出来なくなります。



しかし、これで家にある在庫も預かってもらえます。



何もこれは、「家→印刷所」に限定する必要はありません。これによって、「会場で完売するリスク」を大幅に削減できる運用が出来ます。「イベントに大量に持ち込む→余る→家に持ち帰る→在庫の山」になるのが嫌でしたが、会場から印刷所に持ち込んでもらった分を、そのまま「印刷所に送り返して、預かってもらう」ことが出来ると、心の余裕が違います。



自宅で一切の在庫を持たずに、同人活動を行うことも可能になります。



ただ、こちらの管理は繰り返しですが「箱単位」なので、柔軟な運用が難しく、コストが見合わない場合もあります。自宅に送ることもあります。



完売するかもしれない、でも大量に持ち込むのは怖い、と思う場合にはこの選択肢は有効な手段になります。負担するのは送料だけです。詳細は印刷所にご相談下さい。


○メリット3:コストを抑える

同人活動を続けていくに際して必要なのは、「時間」「情熱」、そして「お金」です。前者ふたつは気合でなんとかいけますが、「お金」に関して外部に印刷と言う仕事を頼む以上、自分だけで完結しません。



個人的には「無理なく同人活動を続けられるよう」「次に本を刷れるだけの利益は確保したい」、と思っています。値段設定と部数がどれだけ出るかは経験を重ねても回答がなく、直感を信じるしかありません。



しかし、本の性質で、わかったこともあります。



久我のジャンルは「資料本」なので、人気や流行、時間の経過にあまり左右されません。2001年に作った1巻は5年という長期間で700部を頒布できました。現在『とらのあな』で再委託してもらっている5巻も2005年08月初版と、委託本としては長持ちしている部類に入ります。



同人誌1〜2巻の頃は、「どれだけ売れるか」まったくわからずに印刷を繰り返し、完売しても赤字という状況が続けて起こりました。100部の頃は、刷って完売しても、利益はありませんでした。



1巻:100部→100部→100部→100部→200部→100部:700部

2巻:100部→100部→150部→200部→100部:750部(一部劣化で廃棄)



自転車操業でした。しかし、そうした繰り返しの末に、「だいたい2〜3年で無くなる最大数」がわかってきました。経験的にここ最近は、「確信があれば700部」「最低で400部」と、最初に刷る部数の感覚を掴むことで、コストを抑えることが出来るようになりました。



だいたいコミケではリピーターの方が150〜200人ぐらいおりますので、初動+委託+数年、という目算で最大700部を目指すことになります。



同人誌は100部印刷数を増やすだけで、コストを劇的に下げられます。



当然、売れ残るリスクも高くなるので、自分のジャンルと本を経験で見極めるしかありませんが、「在庫預かり」によって「印刷部数増による、在庫を置く場所」という心配を解消できます。



自分の中で「時間が経っても頒布できるのがわかっている」ならば、このサービスは強力な味方です。コストが下がれば、無理なく同人活動も続けられますし、「絶版になりました」と言うことなく、より多くの読者に会うことも出来ます。



勿論、数字の読みが外れることも多いです。その場合は預けた費用がかさんでしまいます。「自分の同人誌の傾向」を深く知らなければ選べない選択肢ですが、「赤字だけど再版しないといけない」「200部刷りたいけど、場所が無いから100部」という連鎖に苦しむ方には、倉庫利用は解決策のひとつになりえると思います。


○メリット4:本の品質を保ち、寿命を延ばす

上記のように「自分の本の寿命が長い」事に気づいた久我は、当初、余った部数の多くを自宅で管理していました。しかし、梅雨の時期、湿度管理の重要性に気づかず、累計で百冊以上の本を廃棄する羽目に陥りました。



印刷所の場合はその点、少なくとも自宅よりも本の管理に適している環境です。預けている本で品質劣化が起こったことはまだありません。


■[サービス]2:在庫処分

印刷所で刷ったものを含む同人誌の処分を、行ってくれます。お金はかかります(処分費用+印刷所への送料)が、個人では作業負担になることもやってくれるのです。先述の「駄目にしてしまった本」も、印刷所で処分してもらいました。



今後、何かの機会に同人活動を辞める場合も、来るでしょう。その時、こうしたサービスは後顧の憂いを無くしてくれます。



なるべく「在庫預かり」とは組み合わせたく手段ですが、数年経ってもまったく在庫が動かなければ、処分することになるでしょう……


■[サービス]3:宅急便搬出を最も容易に行える

これも重要な要素です。



同人活動で一度覚えると止められないのが、宅急便搬入です。この宅急便搬入を、もっと楽に行える技術があります。これこそが、今回ご紹介したい「魔法のアイテム」的なものです。



元々、「印刷所で刷った新刊を、コミケに搬入してもらう」こと自体は以前からやってもらっていましたが、「■1:在庫預かり」と組み合わせると、同人活動が非常に楽になるのです。



メリットは「作業時間・拘束時間」が劇的に減ることです。



久我が『とらのあな』への委託をある程度スムーズに行えているのは、『英国メイドの世界』を、印刷所に預けているからです。例えば『英国メイドの世界』100冊=ダンボール5箱=100kgを自宅で管理し、送付するのは現実的でしょうか? 搬出を自宅で行う場合、次の作業が必要です。



●1:ダンボール5箱を自宅に置かなければならない

→部屋が狭くなる



●2:送付する場合

→納品書を準備する

ダンボールに梱包する

→宅急便の会社に自宅へ来てもらう手配(ネットか電話で予約)

→引き取り時、自宅にいなければならない

→玄関まで運ぶ(100kgありますよ……)

→送付状を5枚書く(作業)

→引取りに来てくれるので待機・来たら渡す(時間的制約)

→支払いをする



●3:運送の方に申し訳ない気持ちになる(100kgですから)



社会人をしながらの同人活動のうち、辛いのは「その時間、自宅にいなければならないこと」ですし、他にも様々な作業が生じます。



しかし、在庫を印刷所に預けることで、一気に解決します。



●1:印刷所に連絡する

●2:納品書を『とらのあな』へ郵送する

●3:印刷所に月末の在庫管理費・送料実費を支払う



「印刷所に、『とらのあな』の物流センターへ5箱送付してください」と連絡するだけで、作業が終了します。元々、印刷所は搬入・搬出のプロでもあるので、業務として成立していますし、宅配業者も連日配送しているはずです。「個人→宅配業者」というものよりも「会社→宅配業者」の関係の方が、扱う金額が大きいので重要性は高いはずですし、嫌な顔もされにくいでしょう。



コミケや他のイベントに参加する場合も、同様です。



「新刊」の時の便利さを、「新刊でなくなってからも利用できる」のが、この組み合わせのメリットです。とはいえ、「箱単位」(1箱1種類=少部数を動かせない)で動かすので、これも限定的な選択肢ではありますが。


終わりに

実感が無くなっていくのも事実

便利すぎる反面、「実在する本を頒布している実感が無くなる」のも事実です。今回の『とらのあな』への委託も、連絡ひとつで本が印刷所からイベント会場や委託先に送られることも、自分の手を介さずに「数だけ動いている」感覚があります。



自分の家に在庫が無いことで「リアリティ」が消えてしまうのも事実です。



すべて自分で行ってこそ、同人活動と考える方もいるかもしれません。



こうしたことを行うかは、「何を大切にしているか」「どこでの体験を重要視するか」によると思います。久我は「いい物を作ることに苦労したい」ですが、「他で楽できるならば、楽をしたい」です。


続けていくコツ

こうしたプロセスには、勿論、相応のコストが必要になります。しかし、そこは考え方次第です。社会人として趣味を続けていく中で、久我は純粋に同人活動出来る(モノを作る時間)を確保することが最優先だと思っています。



同人誌で「稼ぐ」ことは難しく、自分程度の同人レベルでは、普通に同じ時間を働いた方がお金になります。それでも自分が続けるのは、表現したいことがあり、読者に出会い、自分が価値あると信じるものを伝え、楽しんでもらいたいからです。伝えたことが跳ね返って、自分が学び、成長することも出来ます。



何よりも、好きだから続いています。



「好き」に同じ時間を使うならば有意義に使いたいですし、「好きでい続ける」には、「何が好きなのか」を明確にし、選択と集中を行い、余分な物を省いて、「好き」を続ける時間を確保することが重要になってきます。



全部は選べません。



そこそこのコストで時間と作業負荷を代替出来るならば、アウトソーシングして「創作以外の時間」を効率化していくこと、それが自分にとっては「楽しく」続けていくコツで、無理なく続ける技術です。


絶対はないが、プロに任せる

何よりも、「自分は、ミスをする」「忘れっぽい」人間でもあるので、出来るだけ「外部の信頼できるリソースを使う」ことで、精度を高めたいと思っています。



人間のやることなので絶対確実はありません。印刷所にお願いしてもミスは起こりえるかもしれません。しかし、だからといって自分で出来ることには限界もありますし、同じように、絶対ではありません。むしろ、自分の方がミスをする可能性が高いです。



少なくとも利用してから、一度も、今利用している印刷所でミスはありません。



ミスをしないように、印刷所が自分をコントロールしてくれてもいます。そこは、印刷所のノウハウや知見になるのでしょう。数多くの個人を相手にしている分、久我が持つ経験など、印刷所に比較すれば、小さなものです。



そこに至るまでには印刷所との信頼関係も必須です。印刷所からのアドバイスを素直に受け入れる、無理なことはお願いしないとか、忙しい時期には気をつけるとかの配慮も必要になってきます。こういう点で、同人活動から学ぶことも多くあります。



他にも幾つかノウハウはありますが、それは印刷所とのコミュニケーションの中で見つけられるものです。同人活動を支えてくれる印刷所に相談する(無理やわがままを押し通すことではありません)ことで、より同人活動が行いやすくなり、行いやすくなるから次の新刊の印刷が出来、印刷所も得をする、という循環も出来てくると思います。



『英国メイドの世界』は数年間で頒布の予定だったところ、幸いにも短期間で完売しました。このレベルの本は自分の同人活動で一度出来ればいい方で、二度は無いでしょう。しかし、その一度で勝負出来たのは、紛れも無く印刷所のおかげです。



以上、長々と文章を連ねましたが、『英国メイドの世界』はこのような背景で生まれました。「完売して、いろいろと心苦しい」「搬入が辛い」という同人サークルにとって、参考になるところがあれば幸いです。


取り上げていただいたサイト

駄文にゅうす

2009/03/19に取り上げていただいてから、この記事に人が集まっています。



以前から何度か、取り上げてもらっています。

ありがとうございます。


『英国メイドの世界』頒布履歴

コミティア86・『英国メイドの世界』完売(初版完売・2008/11/16)

『英国メイドの世界』1.4トン頒布・完全終了(増刷400部完売・2009/05/09)


追記講談社から2010年11月に出版しています。

制作話:出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?



英国メイドの世界

英国メイドの世界