ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

最高の執事としての条件再び

過去に、幾つか、執事関係で考察をしました。



『日の名残』、或いは「上級使用人・執事」補遺

百年前の執事から学ぶマネジメント



考察自体は同人誌(総集編)の解説「執事」で完成させましたが、他にも再考の執事に必要な要件が必要だったのではないか、と思うことがありました。



最近、以前買った執事の本も完全な形でようやく読み終わりました。前回は普通に読み、今回は執事の人格と向き合う為、細部まで読み込みました。細部まで読んだおかげで、これまで弱かった「Shooting」「Hunting」「Fishing」「Valet」に関する知識も、高まりました。



家族を持った執事の生涯



感想自体は前回書いていますが、執事としての能力を発揮するには、自分の才能だけではなく、如何に「いい主人(安定して「働き続けられる」職場)を見つけて能力を発揮する機会を得るかにもかかっているのではないか、と思いました。



今回の手記の人物は手記から伝わる視点、表現される言葉からすると、今まで出会った中で最も質が高いのですが、その不幸さゆえにトーンが暗くなっています。一方、明らかに「運」よくいい主人に出会った別の執事の本は、資料性があっても、本から伝わる人格はあまり好きになれませんし、「漫遊記」的なものです。



何よりも、この執事は「六フィート」ありませんでした。もしも彼が六フィートあれば、もっと一流の仕事に恵まれたかも知れず(そうなっていたら手記は書かれなかったのでしょうが)、そうした本人ではどうしようもない部分で評価される点について、シニカルにもなったのでしょう。



そこで浮かぶのが、Astor家の執事たちです。彼らは比較的成功した部類に挙げられます。それは主人の一族が裕福で、また親類縁者も多かったからではないでしょうか? 一箇所で評価を上げれば、その血縁の中で転職が出来るのです。



会社と違い、一族が繁栄を続ける限り、子孫は増え、「職場」も増えます。(会社も繁栄し続ければポストが増えたり、機会も増えたりしますが) 血縁が続く限りにおいて、また有能である限りにおいて、執事としての仕事は絶えません。少なくとも生きている間、2代に仕えられれば、十分ではないでしょうか?



不幸な目に遭った執事は、「子供がいない主人の死」で、最高の職場を失います。後継者はお金に不自由した遠縁の人間で、使用人の使い方もお金の使い方も知りませんでした。「子供がいる」屋敷は「後継者を知る機会」がありますし、親子の仲がよければ、少なくとも親と同じ基準で使用人を使ってくれもするでしょう。



第一次世界大戦や、相続税の問題によって、貴族の財産維持自体が難しくなって、職場が崩壊していくリスクもありましたが、少なくともこの不幸な執事が生きる時代(ヴィクトリア朝後期〜第一次大戦後)では、上記選択はリスクを下げられる、と思います。



Edwin Leeはこれまで久我が出会ってきた執事の中でも最高の「視点」を持っていました。しかしそれは、主人があってこそ、です。Astor家に所属したが故に、Lordと呼ばれるほどに主人の信頼を受け、機会に恵まれ、能力を発揮できた部分は忘れてはなりません。



パイロットとしての腕がよくても、良いモビルスーツに恵まれないと、勝ち「続けられない」のです。Ernest Kingのように「エリザベス王女の執事」になっても(最高の機会を得ても)、失言で解雇される場合もあるので、両方必要なのですが。



こうした執事は、あくまでも「手記を書いた」という氷山の一角に過ぎず、まだ見ぬ未知の執事がイギリスの歴史の中には埋もれているのでしょう、ってどんな強引な終わらせ方だと思いつつ、そういう人に出会ってみたいものです。



ただ、残念ながら、いまだに「有能なハウスキーパー」には出会っていません。描写されることが少なく、手記すらも見つからない彼女たちの言葉を、なんとか集めたいものです。