ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

メイドや執事の労働環境と、階級の違いによる差異

メモ書きというか、課題出しのようなものです。



「35過ぎて独身でいること」の限界とはなにか



こちらをはてぶ経由で読んで、結婚に対する国や時代、立場の違いが興味深くて、感想書きます。


家庭持ちが好まれなかった家事使用人職(private domestic servantのこと)

久我は家事使用人の研究(19世紀イギリス・ヴィクトリア朝を中心)をしているので現代的な視点/課題設定で過去を見るとどうなるのか、その違いと共通項を比較するのが好きです。今回話題になっている、「独身者の方が責任感がない、家庭持ちの方が家族がいるので仕事への責任感がある」との見解、これとまったく逆の価値観が、ヴィクトリア朝以降の家事使用人(執事やメイドなど雇用主の家庭で家事を行う)に当てはまりました。



(2009/11/09追記:「使用人」と「家事使用人」は意味合いが異なります。ご指摘を受け、文末に補足を追記しました)



家事使用人の仕事は原則として主人の屋敷に住み込みます。家事使用人の法定労働時間は決まっておらず、主人たちは自分たちの都合の良いように使用人を呼び出すので、住み込みの方が都合が良いわけです。



職場となる雇用主の屋敷で家事使用人が家庭生活を営むのはスペース的にほぼ不可能です。結婚して、自分の家庭を屋敷の外に持つことはできました。執事レベルの収入ならば、それは可能です。しかし、主人たちは結婚した家事使用人を雇用するのを、長らく好みませんでした。なぜならば、家庭を持つと、「家族を思って、サービスレベルが落ちる」からです。



家族がいるから責任ある仕事が出来る、との見解と真っ向から対立するのは、住み込みの仕事で職場と家庭が切り離されていないことが主要因のひとつです。雇用主は家事使用人に常に「職場」にいて欲しいので、彼らの家庭は無い方が良いのです。また、屋敷外に使用人が家庭を持ったとしても、家族のために屋敷の食料を持ち出すこと(家事使用人は自由にアクセス可能)や、家族が病気になって仕事が疎かになること(休んで欲しくない)も懸念していたのです。


女性の結婚=家事使用人としてのキャリアの終焉

女性の結婚=退職も奨励する文化でした。家事使用人は独身であっても恋人を作るのを禁じられましたし、恋人を屋敷に連れ込むのは不道徳(特に中流階級の文化としての道徳的規律の厳しさも大きい)でもあり、メイドの結婚=離職となりました。



結婚が不利になるのは、ほとんどの家では結婚したメイドを住み込みで雇おうとしなかったからです。これが冒頭の話に戻るところです。労働者階級の元メイドは育児を他人に委ねる資金をほとんど持たず、自ら育てます。そうすると、住み込みに求められる「いつでも主人に呼ばれる」仕事ができません。



子供が手を離れると、日勤の仕事は可能でした。しかし、住み込み前提の世界であり続ける限り、不定期雇用で、住み込みの使用人が嫌がる肉体的に厳しい仕事を任されるような立場になり、稼げる給与の額も下がりました。子供ができることで使用人として働ける場所が無くなり、キャリアを放棄する結果にも繋がっていたのです。



とはいえ、家父長的社会でもありながらも、女性が自立したキャリアを作ることは可能でした。上級使用人と呼ばれる部下を預かる管理職(執事や、メイドの責任者ハウスキーパー)ならば、主人の信頼を得られる立場で、結婚後も働き続けられる可能性はありました。



ただ、その道は険しく、なかなか選びえるものではありませんでした。また、当時の多くのメイドは結婚引退を願っている(社会環境の上での意識付けも強かったはず)ので、キャリア形成を戦略的に行ったのは、ごく少数だったと思います。



結局、雇用主の意向ですべてが決まるので、上記の事例に該当しない例外もありますが、「家庭を持つ=キャリアの放棄・好まれない・評価されない」職種とその時代があったのは、興味深いものです。



考察には至りませんが、後日、機会があれば深めます。


刺激的その2:生産と再生産

上記エントリに続き、それを受けて書かれた勝間和代と上野千鶴子との同じくホットエントリ入りしたエントリも、比較するところや示唆を受けるところが多く、刺激的です。



フェミニズムは専門としていませんが、女性の権利運動のところで嚆矢となる女性たちは中流階級でメイドに労働を任せた人たちで、労働者階級の人たちはあまり研究対象になっていない気がします。でも、こちらのマルクスの話では労働者の中での再生産なので、中流階級が除外されているんでしょうか? 中流階級では女性は再生産たる「家庭の天使の役割」を期待されましたが、中流階級ではメイドを雇用し、家事を代替させました。



(イギリスのフェミニスト研究者や各書物の立ち位置、対象階級・職業が詳しく分かる参考文献がありましたら、ご存知の方、ご教示下さい)



1870年代には有閑化した女性の消費がより贅沢になり、不景気もあいまって、中流階級夫妻で少子化を選択し、育児にかかる負担を減らし、生活レベルを維持する選択も見られるようになったといわれています。男性もお金が出来るまで結婚を控える行動を取り、晩婚化を選択したのも今の時代にいくらか重なりがあるところです。



現代と当時の相違は、100年以上前の中流階級の女性は働く機会を持てず、また専門的な訓練にも恵まれなかった社会に生きていたことで、生きるためには結婚を選ぶ必要があった点です。しかし、「当時の女性全体に職業の機会が無かった」というのは誤った認識で、女性の人口で多数(推定70〜80%?)を占めた労働者階級の女性たちで、働かなければ生きられない人たちは、使用人を筆頭にして職に就きました。



専門ではないので重なりを指摘するに留まりますが、リンク先の話に戻れば、「家事の値段」は付きまとう問題です。



家事は生産ではないにせよ、メイドは対価を受け取ることで、労働の価値を評価されました。しかし、その賃金設定が最適であるかどうかは別の話で、顕示的消費・ステータスとしての消費された面も大きく、労働そのものがどこまで評価されたか、考える余地は大きいです。



18世紀の生活インフラが極めて不便だった時代、独身男性が家業と家事を営むのは難しく、妻に頼り、妻が亡くなるとメイドに頼っていたり、再婚を願ったりしている日記なども残っていて、再生産の話は生活インフラに大きく左右されます。(家事使用人産業が衰退したのも、社会全体に安価で代替可能なインフラや生活環境が整ったことが影響)



紹介されている本は読んでみたいです。



基本的に結論を書くつもりでもなく、まだ書けるレベルでもないので、主に共通点や気になったところを書いたメモです。(投げっぱなしですみません)



自分自身は働かないと食べていけない人間なので、主に歴史を研究していても労働者階級の視点で物を見ていますし、執事やメイドは「過去に存在した同僚」とも思っています。過去を知ることで今を見る視点も増えますし、今に興味を持つことで過去を知る視点も得られて、自分の知りたいことを深められる示唆を得られることが、勉強になります。



自分自身の戒めとしても、「その価値観が何に根ざし、それを普及させたのは誰で(どのような立場の人)、どのようなメリットがあるのか」を、常に考える視点は持ちたいものです。ヴィクトリア朝はこの辺、「社会通念」や「同調圧力」が強い時代なので、物を見る目を意識させられる昨今です。


2009/11/09追記:「家事使用人」と「使用人」の相違

はてぶを拝見し、補足情報として追記します。



自分の「使用人」との言葉の使い方が正しくなかったと気づきました。自分が研究しているのは、「使用人」(servant)に含まれる、イギリスの「家事使用人」(private domestic servant)です。メイドや執事とタイトルに含めたのも、そこに限定した話とするためです。文中、「家事使用人」として使っているつもりで「使用人」と書いたものは、「家事使用人」に修正しました。



使用人との言葉で連想されるかもしれない、「徒弟奉公」(apprentice:商店や職人の元でその技術を学ぶために住み込みで働き、一人前になったら独立する)とは異なりますし、封建的な意味での「奉公」とも異なっています。



雇用主が生計を立てる職業には原則として労働力を提供しない立場で、雇用主の家庭での家事に専任しています。(農場主が雇用主の場合は農場と家が隣接し、その境界が曖昧なので両方に従事させられる可能性が高い)



家事使用人は、少なくとも19世紀イギリスでは職業として成立しています。



英国で19世紀に始まった国勢調査上では「家事使用人」は職業分類として存在し、多くの場合は雇用主の職場から切り離された家庭(domestic)で働き、家事全般を任された職業を指します。最盛期には100万人以上の女性がその職に従事し、当時の女性の労働者人口で最大規模にまで育った産業です。



家事使用人職は自発的な離職と転職を通じて職場を変えられますし、様々なスキルを見につけて昇給したり、上位の職種へキャリアアップもできました。そして、労働することによって家族を養うだけの賃金を得らえる職種も存在しました。



職業として分業も進んでおり、分類として「執事」「ハウスキーパー」「ハウスメイド」「キッチンメイド」などそれぞれ専門性の高いスキルを備えた職種が存在しました。経済力がなく、ひとりの家事使用人しか雇用できない家庭では「メイドオブオールワーク」と呼ばれる、雑用をすべて一人でこなすメイドを雇用しました。



家事使用人は様々な規制や不利な労働条件で働きましたが、自主的に職場を去る通告を主人に与えられました。現代からは想像しにくいのですが、彼らは比較的自由に「転職」しました。「封建的関係での年季奉公」ではないのです。勤務先の家庭の生活レベル(=年収)が向上しない限り、昇給する可能性がないからです。経験を積めば、より高い給与を望めました。転職回数は非常に多く、17年間で12回転職したメイドもいました。その分だけ、雇用の流動性は高く、求人広告や人材バンクの前身ともいえる職業斡旋所も存在しました。



正確に伝えきれたか分かりませんが、言及しているのはイギリスにおける家事使用人、です。複数の意味を持ちえる言葉は、使い方や伝え方に気をつけないといけませんでした。ご指摘、ありがとうございました。