ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

ヴィクトリア朝の照らし方いろいろ

大英帝国のもうひとつの側面が描かれる。アラン・ムーア『フロム・ヘル』、このエントリを読んで認識の差が非常に面白いと思いました。(作品『フロム・ヘル』の評価は参照先URLにてどうぞ。自分はジョニー・デップ主演の映画版がトラウマになって読んでいませんが、その原作コミックスは素晴らしい作品と高い評価を受けています)



「もうひとつの」という表現を自分は「メインストリームに対して、他の視点がある」との意味で使っていますが、自分にとっての「メインストリームであるヴィクトリア朝大英帝国認識」は『フロム・ヘル』に登場するような、階級社会・労働者階級の貧しさが目立つ世界観です。


シャーロック・ホームズ』や『切り裂きジャック』『吸血鬼ドラキュラ』『フランケンシュタイン』(追記ヴィクトリア朝以前でした)といった犯罪やゴシックな題材の小説や、マルクスエンゲルスの描きだす労働者の生活、都市のスラム化、そして貧困や公害や売春といった社会問題など史実的な関心の面でも「ヴィクトリア朝の労働者は貧困な境遇にあった」という物の見方や、都市のスラムや工場労働者にまつわるエピソードは数多くあります。



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鍵穴から覗いたロンドン (ちくま文庫)

鍵穴から覗いたロンドン (ちくま文庫)



路地裏の大英帝国―イギリス都市生活史 (平凡社ライブラリー)

路地裏の大英帝国―イギリス都市生活史 (平凡社ライブラリー)

 
どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)

どん底の人びと―ロンドン1902 (岩波文庫)



売春とヴィクトリア朝社会―女性、階級、国家 (SUPモダン・クラシックス叢書)

売春とヴィクトリア朝社会―女性、階級、国家 (SUPモダン・クラシックス叢書)

 
ヴィクトリア朝ロンドンの下層社会 (MINERVA西洋史ライブラリー)

ヴィクトリア朝ロンドンの下層社会 (MINERVA西洋史ライブラリー)





今、コミックスで『フロム・ヘル』に近い雰囲気を求めているのが、和月伸宏先生の『エンバーミング』や、少し前では藤田和日朗先生の『黒歴史館スプリンガルド』でしょうか。(他にも多くあると思いますが)



時代によってもヴィクトリア朝の評価が異なりました。たとえば第一次世界大戦を招いたのはヴィクトリア朝だったと反発があったり、ヴィクトリア朝という言葉自体が古臭さや偽善的、堅苦しさを指し、ポジティブなイメージを持つものではない時期もありました。現在はイギリスで数多く映像化作品が登場して、華やかな雰囲気や「古き良き時代」的な映像作品が増えていますが、人によって照らし方が違うからこそ、面白いです。



森薫先生や船戸明里先生によって『フロム・ヘル』的(というより暗くて悲惨な労働者の実情)ではないヴィクトリア朝が目立つかもしれませんが、自分が研究を始めたころは労働者階級や、好奇の念を満たすような関連書籍が多いものでした。その認識なので、これまでブログで「もうひとつの」という言い方をした場合、たいていは森薫先生的な世界を指しました。



これがもうひとつのヴィクトリア朝(2009/03/07)

アニメ『エマ』の感想の中の見出し/早朝の倫敦〜もうひとつの倫敦(2005/05/15)



『エマ』や『Under the Rose』は上流階級を描いていますが、どちらも上流階級だけではなく、家事使用人や領地の農業労働者など、労働者階級の人の視点の両方を描いている、これがそれぞれの作品の描きだす世界の魅力の一つだと思います。それもあまり陰惨にならず描いている点で(『Under the Rose』は際どいところを残していますが)、「目立たないけれど、実在した」世界を伝えるものです。



自分がメイドの研究を始めた当初、どちらかというと前者の情報に多く接していたので、実在した使用人の声や記録を見ていると、「それだけではない」ことを学びました。また、たとえば同時代の作家フローラ・トンプソンが描いた『ラークライズ』は英国の田園風景を描いた自伝的作品ですが、貧しいはずの労働者階級の生活は決して「悲惨」には見えません。都市と田園、地域の差がありますし、どちらがよりリアルであるかというより、併存していたものでしょう。



ラークライズ

ラークライズ



図説 ヴィクトリア時代 イギリスの田園生活誌

図説 ヴィクトリア時代 イギリスの田園生活誌



エマヴィクトリアンガイド (Beam comix)

エマヴィクトリアンガイド (Beam comix)





文学で描かれる世界への憧れもあってか、映像化される作品の多くは「上流階級」が多くなっていますが、ヴィクトリア朝の作家トマス・ハーディの『テス』はあっけなく貧困に陥る当時の農村労働者の実像に近い姿を描き、『狂乱の群れを離れて』では羊が病で死んだので経営者から労働者になった人を登場させました。ディケンズの『オリバー・ツイスト』で主人公は貧民街の窃盗団の一味に加担させられたように、また『大いなる遺産』の主人公ピップが鍛冶屋の義兄ジョーの家で徒弟奉公をする職人であるように、労働者階級の生活やその境遇は同時代の作家が扱うテーマであり、文学だからといって上流階級だけを扱っていたわけでもありません。(もちろん、当時の作家が対象とした読者は本を買える・貸本屋で利用できる層であり、こうしたテーマがどれぐらいの層に届いたかは不明です)



話が広がりましたが、以下に映像主体の作品を並べておきます。両者の数が違うのは単純に今、適当なものを思いつかないからです。


ゴシック・退廃・貧困の悲惨さ・淡々とした実像に近いもの

映画『フロム・ヘル』(コミックスを原作としたもの)

[映画/映像/ドラマ]『Dorian Gray』(『ドリアン・グレイの肖像』)

『荊の城』(犯罪小説・侍女とお嬢様)

『North & SOUTH』ヴィクトリア朝の工場労働者を扱った作品)



オリバー・ツイスト [DVD]

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明るい方向性

アーネスト式プロポーズ(『真面目が肝要』)



秘密の花園 [DVD]

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