ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。同人・出版活動の報告を含みます。

出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?

はじめに

『英国メイドの世界』へのAMAZONレビューでいただいた「平易で十全」や「今までにあった家事使用人研究のどの文献よりも読みやすい」と評価していただけたことは、自分にとって響くものでした。同人誌から品質を上げていく際、講談社BOX編集部と共に最もこだわった部分だからです。



読者の方には「読み、感じたことがすべて」です。制作側の意図は評価対象となりませんが、「同人版との違い」「出版社で出すことで得られたこと」を自分として確認する目的で、以下に今回の講談社BOX版で目指した「読みやすさ」を実現するために何をしたかを記します。



『英国メイドの世界』は2つの意味で、私がこれまで多くの研究書を読む中で感じたことや、同人誌を作る中で研鑽したことを踏まえた理想を追求しました。



・1.日本に存在しない本でかつ、初心者だった頃の自分が読んで楽しめる本

・2.物理的に読みやすく、読んだ内容が頭に残ること



今回のテキストでは、2を軸にご紹介します。



個人では限界を感じた様々な壁を破る手段として、私は出版社に頼りました。そこで、同人誌で実現できなかったことを編集の方に伝え、その解消を行うことを要望した上で、私が個人として持ち得なかった「『読みやすさ』と『質的な向上』に関するノウハウ・スキル」を書籍に反映していただきました。



同人時代から実現してきた、情報が構造的に整理されていることでの「読みやすさ」は、出版時の骨格にもなりました。この情報構造の整理が『英国メイドの世界』の本質であり、「読みやすさ」に繋がったと思います。



こうして振り返るのは半ば趣味のようなものですが、書いておかないと忘れてしまうので、記しています。


目次

  • 1.同人誌時代に感じた「改善したい点」を明確にする
    • 1-1.同人誌を読者が読み終わっていない現実
    • 1-2.読みにくい・わかりにくい
    • 1-3.重たい
  • 2.出版社で本を出すことで得られた大きな改善点
    • 1.プロの編集・校閲によるチェックと提案
    • 2.読みやすいデザイン
    • 3.図版と写真資料
    • 4.読みやすさの徹底・冒頭の掴み
    • 5.読みやすさの徹底・物理的な改善
  • 3.最大の特徴・同人時代から意識した「情報構造」
    • 1.階層構造化は難しい?
    • 2.理解しやすくするための階層構造化
    • 3.階層構造化のメリット
  • 4.終わりに


1.同人誌時代に感じた「改善したい点」を明確にする

私は必ず、「次に作る本は、どこか前回を越える要素を持つこと」を心がけ、伝え切れなかったことを反省し、次回に活用するようにしています。同人版『英国メイドの世界』は同人として出来ることは限界まで出し切ったものでしたが、それだけに個人としての限界も感じました。



「この本は、もっと良くできるのではないか?」と。



同人誌『英国メイドの世界』は面白く役立つ本だと思っていますが、同人イベントやネットの反応を見て、同人誌はその面白さを適切に伝える情報量・構造ではなかったかもしれないと感じました。以下3つが、大まかなところでの反省材料でした。


1-1.同人誌を読者が読み終わっていない現実

同人誌として作った『英国メイドの世界』についての振り返りとして、同人イベントでお会いした方々の言葉として最もいただいた感想は、「まだ読み終わっていない」ことです。みなさん、それを申し訳なさそうに告げてくださるので、こちらが申し訳なくなりました。



分量が非常に多いとしても、内容が面白ければ、ページ数は気にならないと思います。冒頭の使用人の歴史を扱った箇所が整理し切れておらず、各職種でも情報量の過多でバランスが悪いなどの問題がありました。


1-2.読みにくい・わかりにくい

同人版では「縦書き・2段組」のレイアウトを採用しましたが、字が小さい、人名・地名の英語表記が縦書きで読みにくいとの指摘がありました。校正も友人の手伝いを得ましたが、彼らは本業が別にありますし、反映する作業時間を考慮して、指摘箇所を広げすぎないようにもしてもらいました。



また、イメージを伝える最も重要な「実際の写真」は著作権の都合や権利関係の問題が分からなかったので、ほとんど使えませんでした。イメージできるように小説の描写やイラストを交えましたが、限界がありました。


1-3.重たい

同人誌を作り上げることに必死で気が回りませんでしたが、同人版は1kgと非常に重く、同人イベントで買いに来た方がためらう事態が起こりました。私自身、このページ数の本を作ったことがなかったので、想定外でした。実際に本を読むときも重いですし、鞄に入れて持ち運ぶのは難しくなりました。



物理的に重いので読まない、ということもあったかもしれません。少なくとも、長時間かけなければ読み終わらない本が、長時間の読書に向いていない重さというのは、望ましいことではありませんでした。


2.出版社で本を出すことで得られた大きな改善点

上記の「改善したいポイント」を事前に編集部の方に伝えたところが、本作りのスタート地点でした。ゴールは「読破されること」で、そのために、面白く、読みやすくする必要がありました。その上、出版化に際しては、同人イベントに本を買いに来場される「メイドについてこだわりを持つ」方以外に意識を広げることになるので、「完全にゼロベースで読んでもらうための分かりやすさをどう実現するか」が、課題となりました。



結論として、講談社BOX編集部は私の要望のほとんどを実現してくれました。その上、要望以上のクオリティで本を仕上げてくださったので、同人誌『英国メイドの世界』と、講談社BOX『英国メイドの世界』は、本全体として別物に仕上がっています。


1.プロの編集・校閲によるチェックと提案

多くの人によって徹底的に読み込まれて、フィードバックを得られた点が、同人版との決定的違いです。



まず、編集の方はすべての原稿に目を通してくださいました。その上で、「見出しは内容を書く」「見出しの次の本文に結論を書く」「その後で具体例や根拠を書く」、つまりは相手に伝えるための論理構造を徹底しました。



以前書いたように、講談社版は「キュレーターが手を入れた、テーマのある博物館」というところで整理されています。実際の原稿の総量は新規追加を大幅に行ったので、多分、出版された本の1.5〜2倍ぐらいありました。その中のエッセンスを、編集の方がうまくアレンジしてくれました。



一連の作業は校閲の方々の手も経ており、脇が甘い部分の指摘だけではなく、「こうではないか?」という提案や、私が見落とした引用箇所の面白い点の指摘など、本文の質を向上させる内容を含みます。「講談社という最高レベルの出版社が抱えるリソース」を私は利用できましたし、個人レベルではこのレベルの方たちと仕事はとても出来ません。(コスト的にも)


2.読みやすいデザイン

次にこだわったのはデザインです。同人版の反省として「英語表記が多いので横書きにする」ことと、「引用表記を読みやすくしたい」ことを伝えました。そして、その道のプロである編集さんとデザイナーさんにお任せし、仕上がった物を見て再度要望を伝える、という形で進みました。出版営業の友人、本が好きな友人、イラストレーターの方から本の感想を聞いた時に高く評価されたのは、デザインや細かさでした。



また、AMAZONレビューで評価いただいている引用書籍の出典表記ですが、章の終わりや巻末ではなく、同一ページ内にしているのは、これも編集さんとデザイナーさんの提案によるものです。私もこれは使い勝手が良いデザインだと思っています。


3.図版と写真資料

「図で分かりやすく見せる」ことは、2001年に同人誌を作った当初から行ったことです。図(フロー図やグラフなど)は私がラフをおこし、デザイナーの方に仕上げてもらう形で進みました。ゼロから図にしていただいたものや、私の指示では足りなかった点を補ったり、広げてくれたりしたものもあります。



写真は学術上の引用や、利用に料金を支払わなければならないものの権利関係を適正に処理した上で組み込まれています。海外の権利主との交渉も編集部が行ってくれました。プロが持ち込んだ出版企画ならばそこも含めて行っているはずですが、私はノウハウを持たなかったので、非常に助かりました。


4.読みやすさの徹底・冒頭の掴み

最も重視したのは、冒頭の第一章でした。冒頭が読みにくいと、読み進めない可能性が高くなります。私は同人版はここが課題だったと考え、また「読者はイギリスの歴史を知らない」前提に、伝える情報を選別しました。



出版までの2年間、使用人の歴史は資料を増やし、情報を見直し、噛み砕き、自分が納得できるレベルに落とし込み、編集さんも第一章は何度も、書き直しにつきあって下さいました。「なぜ、メイドが雇われるようになったか」「誰が雇い」「誰が雇われたのか」の答えを読者に伝え、足元を固めてもらうことが、その先に読み進めてもらう鍵でした。



冒頭はイメージしやすいように、屋敷と使用人の写真や組織図を盛り込みました。読者の方にどこでどの情報を伝えるのが望ましいか、考えました。もちろん、すべてにおいて実現できたとはいえませんが、帯や表紙をめくった内側などの写真やイラスト含めて、雰囲気を伝える工夫が行われています。


5.読みやすさの徹底・物理的な改善

もうひとつの最も大きな課題は物理的重さです。1kgあった本は、600gに改善されました。今のところ、電車の中や外出先で読んでいる方の話をそこそこ見るので、効果が大きかったと安堵しています。



分厚い本のページのめくりやすさについても、印刷会社さんが新開発の糊を使って下さったことで、使い勝手が良くなっています。


3.最大の特徴・同人時代から意識した「情報構造」

『英国メイドの世界』の読みやすさは出版社の手を経たことが大きな要因ですが、情報の骨格・設計思想は同人時代から作り上げてきました。それは、私なりの理想論、「テキストの構造化」です。


1.階層構造化は難しい?

この情報の階層構造化がどれぐらい大きな意味を持つのか、最近読んでいた電子書籍に自分の着想を裏付ける言葉が出ていたので、元になった公開ページから部分引用します。プロの方たちが、論理構造の重要性を指摘されています。




●本はどこまで構造的にできるのか
(前略)
沢辺 僕は技術的なことではなくて、編集的な面で、文章の構造化が課題になると思っています。章・節・項、大きいところから小さいところへという概念が、今はいい加減すぎると思う。
逆にいうと、今の山路さんのような編集的ポジションにいる人に求められるのは、本の構造をきっちりつくることではないでしょうか。
(中略)
山路 私は、最初の著者の段階で論理構造を持っていないと、デザイナーがこだわりを持っても難しいとは思いますけどね。
だから、今後は著者から出版社に原稿を送る時にタグを付けたものを送るのがマナーになってくるんじゃないでしょうか。
沢辺 いや、そんなことができる著者はほとんどいないんじゃない?
山路 タグといっても、そんな難しいことじゃないですよ。今だって「大見出し」「小見出し」くらいは書いているのではないでしょうか。私が書くときは、プレーンテキストで送る時でもマークをつけるなどして、必ず構造がわかるようにして送っています。
(後略)
『談話室沢辺 ゲスト:山路達也 「電子出版時代の編集者」』より部分引用(本文の中ほど)
http://www.pot.co.jp/danwashitsu/20100302_185606493916916.html


『英国メイドの世界』は構造化を筆者が行った上で、それに沿って編集により構造の一部の組み替えやブラッシュアップが入り、デザインに反映してもらっています。同人の頃は大分類【】、中分類○、小分類■のように行頭文字とフォントを変更して区別を見せていましたが、今回はより分かりやすいデザインで実現してもらいました。こうした論理構造が整っているので、電子書籍やウェブとの親和性は極めて高いと個人的に思っています。


2.理解しやすくするための階層構造化

論理構造の整理は、これまでに学術書で感じた読みにくさの解消がきっかけです。平坦なテキストでは全体の流れや何が重要なのか、分かりにくいです。この読みにくさの要因を分解すると、「情報のレイヤーの違いが分からない」ことが挙げられます。



「1つ目は〜」で書かれている文章で「2つ目は〜」がなかなか見つからなかったり、「3つ目はどこ?」と思っていたら別のテーマに切り替わっていたり。また、箇条書きにすればすぐ分かる情報が羅列で読みにくかったりもします。だったら最初から、次のように書けばよいのではないかと思う次第です。


  1. テーマ1
    1. 詳細1
    2. 詳細2
  2. テーマ2
    1. 詳細1
    2. 詳細2



『英国メイドの世界』では前述したように大中小の分類で区切り、フロー図やグラフで情報を補いましたが、これは別に特別なものではなく、参考書やマニュアル、プレゼン用ドキュメントなどで実現されているものです。ウェブサイトもこの「情報構造」に沿った作りと親和性が高く、上記引用文中で出ているwikiが最たるものです。


3.階層構造化のメリット

構造化のメリットは、情報が区切られて読みやすくなることと、どこまで読んだか分かりやすく、読者が迷いにくくなることだと思います。大分類や中分類の見出しを読んで、読む・読まないの判断を行う「読み飛ばし」もできます。



もうひとつ、自分なりに分類項目を設けて職種を語る階層構造を共通化したことでメリットがありました。以下は、『英国メイドの世界』でハウスメイドやランドリーメイド、キッチンメイドなどの職種解説を行う際の切り口です。


  • 概要
    • 歴史
    • 種類
    • 制服
  • 仕事の内容
  • 主な特徴
  • エピソード
  • 待遇と将来
  • 終わりに



上記のようにすべての職種で解説する項目を共通化すると、「各職種で何を調べなければならないのか」が明確になり、作業効率が上昇しました。この項目も同人活動の中で試行錯誤しながら作り上げたものです。ある意味、求人情報サイトの求人広告がテンプレート化されているのと似ています。


4.終わりに

今回のテキストは「出版社の手が入ることで、本がどう変わったか」を軸にしつつ、今までの読者の方への「同人版との違いは何か」という回答にもなります。また、情報の構造化が上記で引用したテキストを含む電子書籍『電子書籍と出版』を読んでいたときに評価されていたので、自分の本の魅力を伝える意味で追記しました。



このレベルの本を作るだけのリソースは出版社が持ち得るもので、私のようなニッチな本が世に出たのも、出版社に体力があればこそだと結論付けられます。しかし、出版社が介在する余地は、作る本の性質や筆者のレベルによると思います。小説・マンガ・写真集・イラスト集と比べて、今回の『英国メイドの世界』は同人(2008年当時の私個人)でできなかったことの実現を追求したので、手間がかかりすぎました。漫画家の場合、同人作品でデビューしたり、かつて作った同人誌がデビューした出版社から刊行されるケースもあります。



出版社との取り組み方も千差万別で、人によっては個人やその知人といったネットワークでクオリティを担保出来ると思います。プロのイラストレーターを軸に起用して、プロとしての経験がある方が「同人→出版」と展開された、『萌えるヘッドホン読本』のような本も存在します。この本の商業化に際して出版社の方がどの程度介在したかは存じませんが、既に高いレベルにある方にとって、出版社で本を出す意味は、私の場合と大きく異なっているでしょう。



出版社や書店が持つ本のPRや流通・販売の役割について今回は触れませんが、今後、自分の経験を踏まえて書けたらと思います。



全体のオチとしては、ここまで書いたテキストが、必ずしも綺麗な構造化をできていないので、「読みにくい」かもしれないことです。この辺りを本では編集者の手を借りて工夫していますよ、ということで。



英国メイドの世界

英国メイドの世界