ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

2010年・日本と英国で「ヴィクトリア朝・メイド・屋敷」的な作品が豊作の年

今年は出版準備でかなり時間を費やし、入手した資料は大きく偏りが見られますが、その中でもこの界隈では記録に残りそうな作品が生まれているように感じられ、来年に向けた明るい希望を感じます。順位をつけるというより、テーマごとに区切ってみます。



基本的には本ブログで扱ってきたものを中心にしていますが、結論としては、「豊作」「完成度が高い作品が多い」印象です。何よりも、今日、このように振り返るまで、気づきませんでした。



尚、英国の作品が日本に入るまでのタイムラグや、日本の作品でも初出時期と、私が接する時期とに差があるので、正確には「私が接した2010年の作品が豊作」という意味合いになります。



後半はさらにメイドに偏っていますが、ご容赦を。


目次

  • [小説]「館」と「第二次大戦以前のメイド」の物語
  • [映画/ドラマ/映像]前半は日本での19世紀やヴィクトリア朝映画攻勢・後半はやや失速
  • [映画/ドラマ/映像]イギリスのドラマ・映像は最盛期では?
  • [日本のメイド]「日本のメイド」表現は「完成期」か?
  • 終わりに〜質的に高い作品が数多い時期:最後の輝きか、次への始まりか


[小説]「館」と「第二次大戦以前のメイド」の物語

今年の始めは森薫先生推薦の『リヴァトン館』の感想を書きました。実際の刊行は2009年10月です。『リヴァトン館』は英国で屋敷の華やかさと贅沢さが最盛期を迎えていた第一次世界大戦前と、衰退の兆しが目立ち始めた第一次大戦後の時代を、メイドとして屋敷に勤めた少女の眼差しで描きました。(感想:『リヴァトン館』:2010/01/10)



『エアーズ家の没落』も忘れられません。私の大好きな作家で、ヴィクトリア朝レズビアンを題材としてきたサラ・ウォーターズの最新作です。舞台は第二次世界大戦後の館ということで、『リヴァトン館』とは比較にならないほど、館を所有するエアーズ家の経済力は衰退しており、その克明な死にゆく地主層の描写は特筆に値しますし、私には屋敷が「バケモノ」に見えました。(感想:『エアーズ家の没落』:2010/10/09)



英国モノは私の中ではこの2つが巨大すぎます。一方、今年は日本からも「戦前のメイド」という新しいジャンルが話題となりました。直木賞受賞作『小さいおうち』は豊かさがあった昭和前期を舞台に、中流階級の家庭に住み込みで女中奉公をしていた少女タキの目で見た世界を、人間関係を、色鮮やかに描き出しました。日本人ならではのメイド・イメージを確立しており、私の中では今年出会った最高レベルのメイドです。(『小さいおうち』:2010/12/20)


[映画/ドラマ/映像]前半は日本での19世紀やヴィクトリア朝映画攻勢・後半はやや失速

映像や映画では、2009年の年末12/26から『ヴィクトリア女王 世紀の愛』が公開され、そこから前半では『シャーロック・ホームズ』(ワーナーブラザーズ版映画公式サイト・主演ロバート・ダウニー・Jr)と、狼男の圧倒的な暴力性を描いた『ウルフマン』、そして19世紀前半の詩人ジョン・キーツとブローン家長女ファニーとの恋物語『ブライト・スター』(映画公式)と続きました。



19世紀的な作品が出ているのは個人的に嬉しい傾向です。上記、すべて見ているのですが、『シャーロック・ホームズ』と『ブライト・スター』は感想をまだ書いていません。


[映画/ドラマ/映像]イギリスのドラマ・映像は最盛期では?

一方、イギリスのDVDに目を向けていると、今年は信じられないほどに豊作でした。まず、私が大好きな作家オスカー・ワイルド『Dorian Gray』(『ドリアン・グレイの肖像』)(2010/02/02)、これは新しい解釈を盛り込んで賛否もあるかと思いますが、ドリアン・グレイの退廃ぶりが際立った印象を残しました。



『Lark Rise to Candleford』(リンク先は第一期感想)も、第三期がDVD化されました。さらにヴィクトリア朝の農場での生活を描いた『Victorian Farm』(2009/03/07)に連なる系譜として、『Victorian Pharmacy』『Edwardian Farm』(2010/08/21)などの映像化も行われています。



そして真打が、『Donwton Abbey』です。『Downton Abbey』は「屋敷と使用人」の史上最高レベルの映像作品(2010/12/02)と感想を書きましたが、このレベルの「屋敷で働く家事使用人」を描いた作品は、私はほとんど見たことがありません。『日の名残り』とも、『ゴスフォード・パーク』とも違いますし、ドキュメンタリー『マナーハウス』に匹敵しつつも、ドラマだけあってその壮麗さは凌駕しています。ただ、「屋敷・家事使用人マニア」にとって最高の映画であって、一般受けするかは分かりません。



私個人としては、『名探偵ポワロ』の「オリエント急行殺人事件」の映像化が巨大なニュースでした。今年は自分にとって大豊作の予感(2010/05/31)で制作の話を記しましたが、アガサ・クリスティの「ポワロ」シリーズの作品すべてで「ポワロ」を一人の役者が演じきったことは、まだありません。そもそも、すべてが映像化されているわけでもありません。







最後に、未視聴で制作決定を知ったものとして、1970年代の伝説的ドラマ『Upstairs Donwstairs』の新シリーズ放映のニュースです。今見たところ、2010/12/26〜28の間に、BBC OneとBBC HDで放映されるとのことです。



BBC公式:『Upstairs DONWSTAIRS』



イギリスのこの手の映像がNHK・地上波で放映されると相当インパクトが違うのですが、一応、NHKも「ヴィクトリア朝」には無関心ではないようで、『ビクトリアン・ファーム』が放送されています。『高慢と偏見』『シャーロック・ホームズの冒険』『名探偵ポワロ』『小公子』などが、地上波で放映された時代の再開を願います。それだけのコンテンツは豊富に揃っています。民業圧迫で難しいかもしれませんが……


[日本のメイド]「日本のメイド」表現は「完成期」か?

日本のメイド系(定義が難しいので、目を閉じてイメージしてみてください)では、私の関心領域が基本的に狭いのですが、メイドにかかわるアニメでは、コミックス原作の『会長はメイド様!』と『それでも町は廻っている』が放送されました。前者はメイド喫茶を舞台にしたもの、後者はメイド服を着た喫茶店で日常系な作品で、どちらも面白い作品でした。



会長はメイド様! (1) (花とゆめCOMICS (2986))

会長はメイド様! (1) (花とゆめCOMICS (2986))



それでも町は廻っている 1 (ヤングキングコミックス)

それでも町は廻っている 1 (ヤングキングコミックス)





その中で、「メイド喫茶」ではなく、日本的な創作表現で磨かれてきた「メイド」表現は完成しつつあるのではないかと、感じました。ネットで話題となり、年末に刊行が決まったウェブ小説『まおゆう』で描かれるメイドは、集大成といえるかもしれない要素が詰め込まれているからです。



魔王と勇者の物語から受け取ったもの(2010/05/17)と『まおゆう』刊行を記念して、振り返る「近代」関連の書籍(2010/12/04)に書きましたが、ある種、『ドラクエ』における「魔王」「勇者」と同様に、役柄として「メイド長」や「メイド」が描かれているのは、現代日本ならではです。



うみねこのなく頃に』も、今の時代を代表する「屋敷ミステリ+家事使用人としてのメイド+主人」を描いた作品です。今年の年末のコミケでついに完結しますが、講談社BOXでの小説版、アニメの放送など、メディアミックスもされており、大きな影響力があるコンテンツといえるかもしれません。



メイド表現の系譜・『まおゆう』の一代前としては、『うみねこのなく頃に』の著者・竜騎士07さんが『ひぐらしがなく頃に』で描いたメイドスキー・イリー(入江医師)は欠かせませんし、『ひぐらし』から『うみねこ』における竜騎士07さん作品の中でのメイド描写の変遷も、興味深い題材です。



ひぐらし』では「コスプレ(エンジェルモート)+メイド服+日本のメイド」、『うみねこ』では「家事使用人としての伝統的メイド」になっているからです。舞台が異なっている点も大きくありますが、「日本のメイド表現」を語る上で、竜騎士07さんの作品は欠かせないのではないでしょうか? 何よりも、「使用人は家具である」との描写は、歴史的な経緯の理解無しには、なかなかできるものではありません。



そして『ひぐらし』に影響を与えた作品としてさかのぼると、奈須きのこさん・武内崇さんの同人ゲーム『月姫』かもしれません。この作品には琥珀(和メイド)・翡翠(メイド)の姉妹が屋敷に勤めていました。



直木賞で描かれた、文学界における日本的なメイド」と、「日本のオタク系コンテンツを発祥とする日本的なメイド」で大きな作品が登場する。この状況は何でしょうか。そうした日本独自のメイド発展の流れを考えると、そこで育まれた私が講談社から刊行した『英国メイドの世界』が「去年」ではなく、「今年」に間に合ったのは印象的です。



ただ、本来は触れるべき日本のコンテンツ「ラノベ」は私の観測範囲外で、またコミックスの方もフォローし切れていませんので、誰かにこの辺を包括的に分析していただきたく。メイドの話に終始してしまいましたが、『黒執事』もアニメ第二期が放映されていますし、もう広すぎて個人では不可能です。







英国メイドの世界

英国メイドの世界




終わりに〜質的に高い作品が数多い時期:最後の輝きか、次への始まりか

年明けにまた振り返るかもしれませんが、今年は「最盛期」といえるほどに、大きな作品と出会えたように思えます。



私の中での映像1位は、『Donwton Abbey』です。2004年に『MANOR HOUSE』を取り上げて以来となる素晴らしい屋敷作品です。「描かれたメイド」としては、『小さいおうち』のタキを取り上げます。彼女は日本人が思い描く理想系として、語り継がれるのではないでしょうか。



オタク的な意味での「メイド的な心地よさ」(分かりにくいかもしれませんが、分かる人は分かってください)は『まおゆう』ですが、無料・ウェブから有料・紙に移行する際、どの程度変化するのか、興味があります。そして今年のコミケで完結する『うみねこがなく頃に』が、どう展開するのか。



最後に、『英国メイドの世界』の発売日が、「第一次世界大戦の終戦日」と、同じく同人でメイドを研究されている墨東公安委員会様からご指摘を受けたことが面白かったので、ここで触れます。



第一次世界大戦ヴィクトリア朝期に成立した上流階級の華やかな暮らしと、家事使用人の最盛期を終わらせました。講談社からの『英国メイドの世界』出版は、日本で展開したメイド表現について、どのような位置づけなのでしょうか。「(ブームから定着への)始まりの終わり」か、「(衰退に向けての)終わりの始まり」か。



また、墨東公安委員会様は次のように指摘されます。




大雑把に言えば、現在ブームとしての「メイド」は終焉を迎えており、創作物の範囲では「メイド」であること自体に重点的価値を置いたような作品はあんまりない代わり、作品中のキャラクターの「属性」としては定着したのではないかと思います(というほど漫画とかアニメとか見てはいませんが)。



「久我真樹『英国メイドの世界』発売を祝し11月11日付けで一筆」より引用


私も実はそれほど漫画やアニメ(そしてラノベ)を追いかけておらず、今回もメイドと屋敷モノ、19世紀英国クラシカルな作品などをごちゃ混ぜに扱ってしまったので相当な偏りがありますが、上記の2分類を踏まえて、もう少し時間が経過してから、あるいは他の方の寄り広範な視点で振り返る「2010年の諸作品」は、どのように位置づけられるのかを知りたいと思います。



何はともあれ、個人的にはいい作品に多く出会えた一年でした。



来年はどんな作品と出会えるのでしょうか?



そして、どんな作品が広く受け入れられていくのでしょうか?