ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

本を書店で初めて売る体験から気づいたこと

本コラムは出版した本に1日でも長く生きてもらうため、著者に出来ることの第2回目です。本を出した著者が何を出来るのかを考えていくテキストです。



初見の方は、上記リンクを先にお読みください。


目次

  • 1.はじめに
  • 2.筆者が自分の本をなかなか見つけられない〜ジャンルの曖昧さ
  • 3.新刊の強さ
  • 4.書店には本が多すぎる
  • 5.総論


1.はじめに

『英国メイドの世界』の刊行後、私は配本を確認している大書店に出かけました。自分の本が売られているのを見て、私は「ただ書店に並べられるだけでは、買われない(買う気が起こらない)と」思いました。



そもそも書店にはあまりにも多くの本が並んでいました。「こんなに本があるのに、自分の本は見つけてもらえるのだろうか?」と感じたのが、今回のテキストのスタート地点です。


2.筆者が自分の本をなかなか見つけられない〜ジャンルの曖昧さ

まず、私が訪問したお店のほとんどで、自分の本をすぐに見つけられませんでした。『英国メイドの世界』の場合、元々の文脈自体に曖昧さがあって、配置場所の選定で書店員さんを困らせたようでもあります。



「本がどこに置かれていたか」を下記に列挙します。どれぐらい曖昧なのか、「観測者によって意味が異なるのか」、ご覧ください。


2-1.私が見たリアル書店での展開

私の見た(+知人に聞いた)範囲です。それでも、これだけの陳列をされていますし、そのどれもが頷けるものです。複数の面で展開していただくこともありました。(紀伊国屋書店新宿南口店では「歴史+サブカルチャー」、有隣堂ヨドバシAKIBA店では「新刊+サブカルチャー」など)


  1. サブカルチャー
  2. 歴史/イギリス史
  3. 歴史/文化史
  4. 英国ミステリ棚(ホームズの近く)
  5. コミックス(『エマ』などの「メイド」の近く)
  6. 資料系(TRPG
  7. 資料系(漫画制作)
  8. 新刊棚(各コーナー、またはサブカルチャー。一店舗のみ文芸新刊の並びに)
  9. 書籍フェア(啓文堂書店三鷹店様のみ)
  10. 上記パターンの複数組み合わせ



分類を見ていくと、書店員の方が工夫をして下さっているところも見受けられます。有隣堂ヨドバシAKIBA店、メロンブックス秋葉原店、虎の穴など、店員の方が手書きでポップをつけて下さる書店もありましたが、これだけの文脈を持つ本というのは、伝え方が難しいのではないかと痛感した次第です。



書籍フェアをこの段階で行っていただけたのは奇跡のようなものですが、結果を返せているのかは気になっています。


2-2.代表的ネット書店での分類

次に、ネット書店での陳列です。ネット書店は私が思うに、タイトルで本を検索できたり、本を紹介したサイトから直接流入する傾向が強いと思うので、本を見つける上では迷いにくいのですが、「本をネット書店に並べる」段階でも、本が持つ曖昧さが伝わります。


本 > 小説・エッセイ > エッセイ > エッセイ

本 > 歴史・地理・民俗 > 歴史 > ヨーロッパ史西洋史 > イギリス史

本 > 歴史・地理 > 地理・地域研究

本 > 社会・政治 > 社会学 > 社会学概論

本 > 投資・金融・会社経営


分類 人文 /文化・民俗 /文化・民俗事情(海外)


2-3.「講談社BOXレーベル」ではない

刊行される本は出版社内の「編集部=レーベル・ブランド」に属すことがあります。しかし『英国メイドの世界』は、刊行元の講談社BOX編集部の「講談社BOXレーベル」と同じところには並べてもらえていません。本の大きさが違いますし(BOXはB6、本書はA5)、厳密にはレーベルも異なるからです。



『英国メイドの世界』の所属する分類は「講談社BOXピース」で、外見では「講談社」とのみ記され、フリップか奥付を見ない限り、講談社BOXだと気づかれません。



とはいえ、読者層やターゲットの異なりや、「小説」ではないがゆえに上記のように多面的に展開できる強みがあるので、そこは相殺というところです。多分、講談社BOXの中では読者の女性比率が非常に高い方だと思います。



余談ですが、メロンブックス秋葉原店が、講談社BOX作品のコメントを使ったポップを作ってくださる奇跡が起こりました。『化物語』とメイド繋がり・実は講談社BOXなのです(2010/11/27)と、ブログに書きましたが、こういう接点が生まれることはすごいと思います。


2-4.曖昧さによる広がりと扱いの難しさ

「曖昧さ(多義性)」は本が多様な文脈で読まれる=読者層に広がりがあることを意味し、潜在的な読者の方と多くの接点を持ち得る本だと思うので、私にとって配置の曖昧さは設計通りでした。しかし、書店ごとに配置場所が異なることは探しにくさや出会いにくさに繋がる状況は、想定以上でした。



本が持つ多義性は、読まれなければ伝わりません。書店での展開はタイトルに「メイド」の文字を含むことで想定以上に読者イメージが限定されすぎ、「メイド=関係ない」と、「読まれにくい」構図が存在するのを感じました。私のリアルの知人からも、「読むと面白いけど、知人でなければ『メイド』は関係ないと思って、手にしなかった」との感想を複数貰いました。



サブカルチャーに置かれるより、個人的には歴史に置かれた方がいいとは思います。しかし、歴史コーナーにどれだけ人が来るのかといえば難しいところです。さらに『資料系(漫画制作)』はあまりにニッチ過ぎて人が通らないのではないかと思います。「配置される」→「人が通らない」→「読まれない」構図はできるだけ避けたいものです。



配置された場所が適切でも、本が持つ要素を伝えるのは難しいものです。書店ではネットで広く解釈してくれる文脈(同人活動のバックボーン、過去に同人版を1.4トン刷っている編集部による大きなブラッシュアップ、英国の「館」ミステリとの高い親和性、システムエンジニア的に屋敷という職場を見る観点など)ほど、「今の本の形では、これらは一切伝わらない」文脈です。私が伝えたい情報が多すぎるというエゴですが、書店で「本」の形で伝えられる情報は、少なすぎると感じました。


3.新刊の強さ

書店での配置は「ジャンル」だけではありません。次に、もうひとつの陳列方法「新刊」を見ていきます。書店を普段から眺めていて、書店で「陳列される」手段として「新刊」は最も良い場所を確保する有効な手段のひとつです。


3-1.新刊=目立つ

自分の本を探して書店を訪問した私が、最も簡単に本を見つけられたのは「新刊」コーナーでした。新刊はお店の入り口など目立つ場所に展開します。『英国メイドの世界』は分厚く、非常に目立ちました。



「新刊」という扱いは基本的に水物ですが、競争相手は「その時期に出る新刊」だけといえます。時代や国境を超える世界的な名作の「既刊」があっても、「新刊」の売り場面積を脅かすことは少なく、「既刊」は長期のベストセラーや、映画・ドラマ、出版社によるプッシュやフェア以外では、積極的に展開されません。



書店で新刊に並べられているところを見るのは嬉しいことでしたが、新刊が「新刊」として売れなければ、早期に返本され、書店から姿を消すことになります。書店のスペースは限られていますから、次の新刊が来たとき、私の本はしっかりと「既刊」の棚に入るこむことができるのでしょうか?



私は、自分の本が「新刊の強さ」を失うと、何か風が吹かない限りは再浮上が困難だと考えました。出版実績がない私にとって、発売からの最初の1か月が勝負だったのは、「いつまでも店頭においてもらえるとは限らない」と思えたからです。


3-2.同人イベントでも「新刊」が売れる

余談ですが、同人イベントにサークル参加した私の経験上、最も売れる本は「新刊」でした。そして新刊があることで既刊の併売が生じ、部数全体が伸びました。シリーズ物の場合、当然ながら既刊がないと、続きの新刊の買い控えが生じます。



同人イベントの場合はサークルのファンになってリピーターが増加し、「新刊」を買いに来る方が増えていくので「最も新刊が売れる」という性質を持っています。



きっと、私の本が売れる機会を人為的に作れるとしたら、同人誌のように「新刊を出す」ことでしょう。しかし、私の場合は「次」があるかは最初の本の結果次第で、これは期待できません。生涯で作れる本は限られていると思っています。


4.書店には本が多すぎる

最後に、本屋さんを歩いてみて感じたのは、「本が多すぎること」です。本同士が自分の情報を殺しあっているのではないかと、感じました。本が売れない理由の一つには刊行点数の多さが指摘されています。



「本が売れない」ホントの理由を知るための三冊には、『本の現場』という本の情報として、「ここ30年で書籍の出版点数は4倍になったが、販売金額は2倍程度だという」との情報が記されています。(後日、紹介された本は読むつもりです) だとすると、本一冊の書店での滞在期間や認知機会は限られます。



「刊行点数の多さ」に関連する話として、新書バブルと呼ばれる状況や、レーベルが群立するライトノベルの刊行点数の多さも話題にもなります。たとえば「ラノベ 表紙 一覧」で検索すると1位にでてくるのは『その他』2010年9月版のライトノベル表紙一覧という2ちゃんねる系のまとめサイトで、このページを見ると、1ヶ月における刊行点数の多さに驚愕します。



私が子供の頃は角川スニーカー文庫が出来始め、富士見ファンタジア文庫、そして電撃文庫が強いぐらいの印象でしたが、今はレーベルと作家も増え、以前より一人当たりの作家が得られる認知機会が低いように思います。



ラノベの話は極端な例ですし、私が刊行する領域と重なりはありませんが、刊行点数が増えていることは、自分の本の存在感を相対的に低め、書店での棚の奪い合いにも繋がっていることが、お伝えしたいことでした。


5.総論

書店を巡ることで、「本をただ出しても、読者には出会えない」と強く感じました。書店には本があふれ、目に留まるのは難しいというのが実感です。新刊はボーナスステージみたいなもので、すぐに時間は過ぎ去ります。コンスタントに各出版社から新刊が出続ける状況、売れない本は返本されます。読者に出会う状況を維持するには、「定期的に売れる」必要がありますし、まず返本されないためにも、初期に認知機会を得ていくアクションを行いました。



しかし、「本の読者数の上限」があるのではないかとの疑問も出てきます。私の場合、「存在していない本」を目指したので競合はあまり存在せず、競合としての重なりを持つ学術書とも読者対象が異なる点で、差別化は出来ていました。とはいえ、顕在化する領域の対象読者の絶対数(メイドに興味を持つ人)が少ないように見えるため、「この本は、メイドが好きな人に行き届いたら、終了」「そんなにいないよね?」という判断をされるかもしれません。



今時点での「本の認知度」(=私の情報発信力)では、「知っていれば、読みたい」と思う人に行き届いたようには見えていないので、のびしろはまだあると思います。また、伝え方を変えれば、より多くの読者の方に「あぁ、自分はこの本を楽しめる要素を持っているんだ」と気づいていただけると、コミケやウェブで経験的に知っているので、未来の読者の方々と出会う「物語つくり」をウェブで行います。



100人が興味を持つテーマでも、100個集まれば1万になるように、『英国メイドの世界』を100通り、1000通りの伝え方をできるように。実際の数字を出すことでしか結果を示せませんが、この可能性を信じて本を作っていますし、その努力を楽しみながらしているところです。



長期的な話はさておき、「(見つけられない・気づいてもらえない→)売れない→店頭から消える」事態を避けるためにどうすればいいのか、というところが一連のテーマです。「本の寿命・性質」によって状況は異なるので、この考え方が適用できる本は少ないかもしれませんが、努力して改善できる余地を探すのが私の一連の考察の原点です。



最後に補足です。



書店で売ることを軸にした話をしてきましたが、当然、「多様な文脈で伝えられるネットを活用し、ネット書店で売り続ければいい」との話もあると思います。これはもっともですし、著者の自由度が高いウェブで売ることは私にとって前提です。最近では活動の幅を広げられている東浩紀さんが会員組織の運営や自身の表現の場として出版社を立ち上げました。Twitterの宣伝だけで、刊行した『思想地図β』が1か月で2万部、そのうちAMAZONだけで約1/3という、驚異的な数字を出しています。







ここ数年は同人誌の世界でも、知名度を持つニュースサイトがコミケにサークル参加すると「壁配置」(大手サークル同様)になる現象も見られています。さすがにこれらの事例は私には遥かに遠いところではありますが、自分にできることがゼロではなく、作り手の活動や本の存在を伝える手段となる「ネット」は前提ですし、これまでにやってきたこと(発売日からの1か月)はその文脈に基づくものです。



しかし、個人的な感想ですが、「ネットと書店」では出会いの機会の「面」が圧倒的に異なります。そもそも著者の認知度が低い「私」のレベルでは、ネットだけでアプローチ出来る範囲は限られています。その上で書店で売ることも一緒に考えるのが、今回の趣旨です。



ネットで出会えない人に本を届ける手段として、今でも「書店」は圧倒的存在感を持ちます。電子書籍に個人的に取り組むよりも前に「紙の本」に意識が向くのも、今時点で「私の本を既に販売してくださっている書店の方々」に何を返せるのか、というところを自分なりに確認したいからです。



こうした「出来ることに取り組む」スタンスに似通っている部分が少なからずあるようで、橙乃ままれさん(ウェブで公開した小説『まおゆう』の出版を行い、現在ウェブで連載中の『ログ・ホライズン』の出版化も控える)と、次のようなやりとりがありました。















私もままれさんも、出版という機会に得られる「経験」を最大限に、自分なりに楽しみつくそうと思っているのかもしれません。出版は、多くの人と繋がる・接続する機会にもなりました。そして、そのおかれた境遇で出来ることを楽しみ、出来ることを自分で広げて「ルール」を作っていくような。



ままれさんのウェブとの取り組み方も、参考になるものが多いです。窓が開かれている、というのでしょうか。ログ・ホライズンの感想掲示板に返事を書いていたり、同作品の書籍化に際してTwitter上でのログホラ1アイテム募集など、ウェブであることを積極的に楽しんでいる印象があります。



私が知らないだけで、ネットを軸に活動される方々はもっと多いでしょうし、もっと楽しみ方があるでしょう。というところはここ10年以上、ネットの普及で積み重ねられた領域ですが、それを前提とした上で、「今、書店と何が取り組める」のかを考えることに、私は「経験を積む機会・楽しみ」を見出そうと思っています。



少し長くなりましたが、上記で考えていたテキストがこの一連の考察になります。次回は「書店と何ができるか」「書店に何を返せるか」について考え、自分のできることを探してみるつもりです。これから先は、自分の意思次第、です。


2011/02/07 続きを公開しました。

第3回目:書店で本を売る現状認識と著者が提案可能なアクション(2011/02/07)