ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました』が描き出す「個人の言葉」と英国メイドとの共通性

ふらっとTwitterを見ていたら、嘘を嘘と見抜く方法というエントリがあり、興味があって読んでみたところ、そのブログ主の方が出版する本に興味を持ち、予約しました。本の売り方自体も非常に面白く実験的で、今後も注目します。(売り方の説明は難しいので、是非、ブログを)



348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました

348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました




女工の生の言葉から「実際の姿」を知る

本は大正時代の「女工」(女性の工場労働者)への聞き取り調査を刊行するもので、AMAZONで予約が始まっています。女工というと「女工哀史」の言葉が強くありますが、こちらの本では警察による聞き取り調査で、女工の人たちの「哀史」という一言では伝えきれない、「生の声」を伝えるものです。一部の専門研究者や詳しい人には届いている情報かもしれませんが、このような形で光が当たるのは興味深いことです。




1.100年以上発掘されなかった題材です

2.女工さんの素直な意見が楽しめます

3.現在の社会通念がいかに曖昧か理解できます



おまけとして配布する電子書籍は、栃木と福井の警察が、大正10年前後に女工さんへ実施したインタビューをまとめたものです。



女工さんは明るく素直、おしゃれもお金も大好きです。

女工さんたちの発言を、ぜひともお楽しみください。



公式サイトより引用


Amazon.co.jp で日本語電子書籍をおまけとして配布しますというページの半ばあたりに、内容紹介がありますし、今時点では連続して内容の紹介が出ています。まだ本そのものを読んでいないので何とも言えませんが、この光の当て方は私が共感しえるものです。


強いイメージへのカウンターとしての照らし方

女工の労働条件にも千差万別ありました。『大正期の職業婦人』では当時の雑誌『主婦之友』『婦人之友』の職業紹介の中で、「製糸・紡績・織物」の女工を取り上げていません(女中もこの雑誌では取り上げられていません)。女工が省かれた理由を、「近代的職業の条件」が欠如しているからだと、同書の著者・村上信彦氏は指摘します。




少くとも働く者がその職業を近代的職業と認めるためには必要な条件は三つある。その一つは、当事者が自己の意志でその職業についているということである。第二は、自由意志をもち、転業も廃業も自由であることである。第三は、公私の別がはっきりしていること。即ち勤めている時間は束縛されているが、それ以外の時間は私生活を享楽できること。
(中略)
ところが、このわかりきった常識が、日本の最大企業であり最も多くの辞書労働者を雇傭する製糸・紡績・織物の世界では通用しない。このことは意外と見落とされやすく、今日まであまり問題にされたことがないが、はたして近代的職業に該当するか否かを考える場合には決定的に重要な意味をもっているのである。

『大正期の職業婦人』(1983年・ドメス出版・村上信彦)P.43より引用



大正期の職業婦人 (1983年)

大正期の職業婦人 (1983年)





こうした3つの条件を崩すのが、「前借金」という制度でした。この制度では親と会社が雇用契約を交わし、その時に得られる一時金は親のものとなりました。さらに地方から工場のある地域の宿舎での居住を余儀なくされ(低賃金で自活もできない)、年季奉公のように「転職を許さない」拘束力を持ちました。逃亡にも罰則が与えられました。寮生活故に、個人の自由な時間も限定され、少なくとも公私の区別は存在しません。



このようなシステムは、工場の24時間稼働の労働力を必要とした際に進展した(明治16年に設立された大阪紡績会社の深夜業)と、同書では指摘しています。深夜業は好まれない仕事で、通勤の女工ならば逃げ道(出社拒否・安全な自宅)がありました。そこで逃げ道がないように遠方から連れてきて、寮に隔離して作業に従事させた、というのが「女工哀史」の歴史の始まりだと。(『大正期の職業婦人』(1983年・ドメス出版・村上信彦P.50-51を典拠)



こうした点で「職業婦人としての資格を奪われている」と、同書では『大正期の職業婦人』にて女工を扱っていません。



これが、今回の本の前提となる「女工哀史」で描かれる世界の一端ですが、「こうしたイメージだけがすべてではない」「労働条件が良い職場や雇用契約の異なる場所も存在し、転職を行う女工もいた」と、今回紹介している書籍では聞き取り調査の実情から描き出している、と理解しています。



強すぎる全体のイメージ(『女工哀史』)に対して、「それがすべてではない」と多様性を示すのは大事なことだと私は思います。


イギリスの「メイド」との共通項

国も職種も異なりますが、私もメイドを研究する立場として、当時の「普通の人々」の生の声を重視しています。イギリスの家事使用人の場合は、時代ごとに関心の持ち方が変わっているようですが、ある程度、メイドや執事、コックといった人々の自伝が刊行されています。今回、女工に行ったようなメイドへの聞き取り調査もイギリスでは行われています。行った背景は「使用人問題」(職の不人気による供給不足)解決のためで、第一次世界大戦中に政府が行った資料も残っています。



これら「生の声」に接すると、違った世界が見えてくるのは確かです。もちろん、メイドの場合は労働条件が本当に悪かったり、仲間と働く環境にないメイドが多数いたりと、政府による聞き取りでは明るい材料が多いわけではありませんが(「友人にこの仕事を勧めるか」との問いかけに、「労働条件が改善されるまでNO」が多い)、誇りを持って働いた人や、日々を仲間と楽しく過ごした人々も一定数いました。



私も働く人のエピソードを聞くのは好きですし、今回の本を読むのを楽しみにしています。



ところで、同じ日本の女性労働者として女工に次ぐ労働人口を占めたのは、「女中」です。数十万人レベルでいたのをご存知でしょうか? この当時、労働環境の悪化(商工業施設などと比べて)から待遇改善を求める流れが生じましたが、これも同時期のイギリスと比較すると面白いです。一応、上記「近代的職業の三条件」を、大正時代の女中はある程度、満たしていましたので、『大正期の職業婦人』にて解説もされています。



日本の女中事情は下記の本が最もよくまとまって参考になります。



“女中”イメージの家庭文化史

“女中”イメージの家庭文化史




余談:英語圏での個人史への関心は極めて高い

こういう「市井の人々」に光が当たるのは、トレンドにも感じます。英語圏では今「家族史」がブームになっていて、「先祖としての家事使用人」にまつわるデータも増えています。「メイド」が最も多い職業だった時代があるからです。メイドを扱った英国の小説『リヴァトン館』にも、そうしたトーンが感じられます。



具体的な盛り上がりの例では、メイドではないですが、同じ家事使用人の中で、私が好きなAstor子爵家で子爵付きの従者(ヴァレット)を勤めたArthur Bushellで検索をすると、Descendants of Michael Hogbenと題した、一族の系譜を扱う中に、彼の名前を見つけることができます。




ARTHUR BUSHELL, b. 1894.

Notes for ARTHUR BUSHELL:



Arthur was for some time in the Service of the Astor family of Buckinghamshire. He rose to be the personal Valet of Lord Waldorf Astor, and from time to time served as an Under Butler to Mr Edwin Lee whowas probably the foremost Butler of his day.

(中略)

More About ARTHUR BUSHELL:

Christening: 2 September 1894, Minster in Thanet Parish Church

Occupation: Butler/Valet to Lord Astor



Descendants of Michael Hogbenより引用


データはAncestry.co.ukでも見つけられます。最近では英国図書館(BL)等が家族史関係資料500万ページをデジタル化へと、政府の資料公開も後押ししています。面白いところでは、海外渡航者リストでしょうか。Arthurの仕えたAstor家の女主人Nancy Astorで検索すると、確かにアメリカ行きの船の乗船者名に登場します。



アクセスできるデータの増大で、これからの研究者は大変だなぁと感じますし、「いるはずのない人が、搭乗していたら?」といった想像力をよりかき立てられるなぁと。


終わりに

『348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました』にはいろいろと刺激を受けましたし、私が書いた『英国メイドの世界』の方向性が時代に沿っているようにも感じられ、勇気づけられました。「本の魅力の伝え方・個人出版での売り方」でも参考になりました。これまでのウェブでの活動や面白いテキストを含めて、筆者の方の強い個性が非常に大きく、私に真似できる部分は少ないのですが、それでも学べるところはあります。



特に、この本の内容を最も読みたいであろう一人の私がこの時期まで気づかず、なおかつ、「全く違う興味の持ち方」でようやく知るに至った例は、情報の伝え方や伝わり方を知る上でも示唆に富んでいます。



私事ですが、今でも「私の同人誌を知っていつつも、私の本が出版されているのを知らない方がいる」のを知ることがあり、情報を出し続けること、そして手を変え、品を変えて、「相手に合った伝え方・興味を持ってもらう情報の描き方」が大切なのだと思います。



私個人では「何度も書いている・伝えている」つもりですが、常に同じ人が見ているわけではありません。メイドに興味を持っていながらもこれまで縁がなく、このエントリで初めて『英国メイドの世界』を知る方もいるでしょう。



ということもあって、このようなエントリを書きましたし、ついでに、学んだことを受けつつ、親和性の高い「意外性」を伝える面を増やす意味で、下記テキストも書きました。興味がある方は是非。



英国の「メイド」は待遇を改善する転職をするし、キャリアアップも行う(2011/03/08)



過去、こういう伝え方も試みていますが、硬すぎますね……。



英国貴族の屋敷の分業・専門化した業務フローを可視化する、という伝え方(2010/11/19)



なかなか軽妙洒脱にはいかないものです。