ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。同人・出版活動の報告を含みます。

英国王室・王族と縁があった三人の執事

今日はTBS『世界ふしぎ発見』で「ウイリアム王子ご成婚おめでとう記念!英国ロイヤル・カップル秘話」と、英国王室の特集を行うということで、王族に仕えた執事の話を書きます。



これまでに私が調べてきたメイドや執事や多くの使用人たちは直接仕えたり、仕える屋敷にゲストで王族が来たりと、そこそこ王族とすれ違う機会を持ちました。直接仕えた人物に絞ると、目立ってくるのは次の三名でしょうか。


執事:Charles Cooper

Charles Cooperは私が個人的に思うに、「銀の匙をくわえて生まれた使用人」です。表現自体に矛盾がありますが、彼の両親はMary王女ジョージ三世の孫娘、Tech公爵と結婚して公爵夫人に)仕え、王女と縁を持ちました。父はしばらくしてから独立して事業を営むも失敗。その後、ヴィクトリア女王儀礼官の下で働き、Louise王女(ヴィクトリア女王の娘)やその夫・Argyll公爵ともすれ違っているなど、幼いころはケンジントン宮殿界隈、王族の近くで生活をしていました。



使用人としての経歴を始めた彼はフットマンとして順調に経験を積み、やがてヴィクトリア女王の娘Helena王女と結婚したPrince Christian of Schleswig-Holsteinの屋敷で働きます。この時、彼はバッキンガム宮殿、ウィンザー宮殿、オズボーン宮殿も訪問しています。



そしてここに勤務しているときに、ヴィクトリア女王の死に接し、使用人という立場ながらも女王の死に顔を拝見する場に立ち会いました。その後は駐英ドイツ大使館に勤務し、そこでエドワード七世の戴冠式の祝いを外部から眺めるわけですが、その後は富裕なWingfield家に仕え、生涯を尽くしていきます。



華麗なる経歴と言えるでしょう。


執事:Ernest King

Cooper以上に華やかな経歴を持つのが、Ernest Kingです。彼は話題性に事欠かず、最初に仕えた王族は、なんと「退位したエドワード八世ウィンザー公爵)とシンプソン夫人」なのです。執事としての名声が知れ渡っていたKingは前職を辞めた後、直接ウィンザー公爵からスカウトされて、公爵のフランスの領地で執事を務めます。



彼が公爵の目に留まったのは、他の屋敷で執事を務めていた時の彼の技量に感嘆していたからでしたが、公爵家での勤めはKingにとって難事でした。シンプソン夫人が使用人の扱い方を心得ておらず、現場の責任者である彼の仕事に事細かく干渉したり、食事をする場所の指示が二転三転して仕事が無駄になりかけたりとしたためです。



ある意味、「退位した直後の元国王」の姿が垣間見れる貴重な資料ですが、しばらくしてこの職を辞します。きっかけは、ドイツとフランスの開戦です。フランスにいた公爵は英国へ退避し、その後、従軍を申し出てKingにも同行を期待しましたが、Kingは他の道を選びました。



大戦中、Kingは億万長者のHill氏に仕えますが死別し、その後、英国に滞在していたギリシャ王ジョージ二世につき従い、ギリシャに渡ります。ここで彼は主人として敬愛できる王に仕える喜びを得るのですが、ここでも王と死別します。



失意のKingを待っていたのは、最高峰の職場でした。エリザベス二世として即位する前のエリザベス王女とエディンバラ公爵の新婚時代の執事として招かれたのです。新婚の夫妻を訪ねるジョージ六世夫妻を出迎えたり、チャールズ王太子の出産も垣間見るなど、このまま彼の生涯は最高峰で終わるかに見えましたが、彼はこのポストを失います。



「採用されるために、ウィンザー公爵に仕えていた過去を黙っていた」(王女の母か祖母か忘れましたが、どちらかがウィンザー公爵を嫌っていたので。しかし、エディンバラ公爵の従者がウィンザー公爵に仕えたKingの部下でした……)ことや、エリザベス王女の侍女と影響力争いを行い、言い争いの中での失言によって、出ていくことになったのです。



ただ、読んでいる限り、王室独自の厳しい規制(戦後は贅沢禁止・目が厳しい)や若い夫婦の親しみやすさ(古い執事のKingはそれが苦手だった)、そして自身が過去を隠していた負い目や、政治的な争いが面倒になっていたような印象も受けます。



いずれにせよ、時期的に、「退位後のエドワード八世」「即位前のエリザベス二世」に仕えたKingの視点はとてもユニークだと思います。


執事:John James

最後が、これまで述べてきたような執事とは異なる経歴のJohn Jamesです。彼はウェールズの出身で、1872年生まれで14才から農場を転々としていました。その後、実家の近くに開通する鉄道工事の仕事に従事しましたが、そこから犬・馬・猟鳥の世話をする使用人の仕事をして、屋内使用人への転身を図りました。



紹介状(リファレンス:前職の職場に職務経歴や人物を問い合わせる)やエージェンシー(職業紹介所)といった、この当時の転職で気になる話題を一切せず、前職の雇用主からは「知人がいないのに出ていくのはよくない」と忠告されながら、単身、ロンドンにやってきます。



無計画、というのでしょうか。



2か月間は仕事が見つからなかったものの、ようやく富裕層の家での職場を見つけ、そこでは執事の下で雑用もこなすフットマンを経験しますが、ここから彼は大きな飛躍を遂げていきます。貴族のフットマンを経験してから、冒頭で少しだけ出てきたヴィクトリア女王の娘でLouise王女、Argyll公爵夫人に仕えることとなったのです。



この後は順調に経歴が進み、第一次世界大戦を経て転職も重ねますが、駐フランス英国大使館ではロイド・ジョージや、少女時代のエリザベス王女と出会い、さらに大使館の仕事を辞めた後は再びLouise王女に仕え、ジョージ五世、エドワード八世、ジョージ六世の三人の国王を宮殿で間近に見る機会に恵まれました。日本の皇族夫妻(年代が不明です)が宮殿に来訪したことも記されていました。



私がこれまで読んだ中で、Ernest Kingか、それ以上に「英国王室の本流」に近く仕えた執事でした。エリザベス王女の結婚式にも招待されるなど、John JamesはErnest Kingのような点があまり見られません。



最初の経歴からすると、どうしてここまで来たのか、彼の自伝を読んでいても分かりませんが、特別な何かを持っていたようです。王室ウォッチャー的執事という言葉が適切で、自分の仕事を語るCooperやKingと異なり、彼は自伝の大半を自分が眺めてきた景色や、主人のエピソード、そして王族の歴史などで埋めています。


終わりに

他にもヴィクトリア女王の宮廷料理人だった男性や、エドワード七世の愛人と目されたコックの女性、同じくエドワード七世の傍に仕えた公爵夫妻に仕えたフットマン、英国に滞在したインドの王子に仕えたり亡命ロシア王女に仕えて給与をもらえなかった執事、そしてHarewood伯爵夫人となったジョージ五世の娘Mary王女に仕えたガーデナーの話などありますが、それはまたの機会に。



こうした「直接仕える」使用人たちは大半がエリートと呼べる存在でしたが、「ゲスト」として王族を出迎えることは、ロンドンの上流階級に仕える使用人たちにとって、少なからず可能性を持つ出来事でした。



王族を扱う映画・ドラマについては、ヴィクトリア女王以降の英国王室映画・ドラマ一覧をご参照ください。


執事やメイドの仕事に興味をお持ちの方

王室は独自の機構があってメインで扱っていませんが、屋敷で働いたメイド・執事の仕事は、資料本『英国メイドの世界』にて解説しています。「働く人々」の視点で、華やかな世界を裏側からどのように支えていたのかを見ることができます。



屋敷で働くメイド・執事の仕事が分かる資料本『英国メイドの世界』