ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英国メイドの世界』刊行から半年経過と振り返り

『英国メイドの世界』をお買い求めいただいた皆様、並びに読みくださった方々にお礼を申し上げます。2010/11/11の『英国メイドの世界』発売から、半年が経過しました。幸いにも二度の重版を経験することができました。



英国メイドの世界

英国メイドの世界





発売後は精力的にPRに取り組んできましたが、特にここ1か月は「半年が経過すると、返本される可能性が高まる=書店という『面を失う』」との話を聞き、焦りながら可能なことをしてきたつもりです。



書店からの返本が多数生じた場合は出会いの機会が減ります。ネットを軸にした販売へと移行すると、全体を試し読みしたり、手にしたりする機会が減ることや「偶然の出会い」の確率が下がりますが、これからしばらくその結果待ちということもあって、まずはこの半年間を振り返ってみようと思います。


はじめに

元々、同人活動をしていたこともあり、「本を作る」だけではまったく認知が得られないことは自覚していました。同人イベントに参加しても、まず人が通らなければ本は読まれません。読まれなければ評価もされません。見つけてもらえなければ、存在しないも同じとなります。



著者が本の宣伝を積極的に行うことには賛否があるかもしれませんし、本を読んで何を思うかは、読者に委ねられる部分もありますが、少なくとも私はこれまでの同人イベントの経験から、「伝え方を変えると、興味を持ってもらえるかもしれない」と考えました。ゼロから押し付けるのではなく、元々、本人が気づいていない共感しえる部分に響かせるように伝える、との考え方です。



その中で最も強い文脈が、「代々仕えることの少なさ・高い離職率」「働いて、転職する使用人像」「屋敷を職場と見なし、業務を定義する」本書の構成です。屋敷を働く会社員の眼差しで照らすという視点を明確にすることで、現代を生きる方々にも興味を持ってもらいやすいと考え、ブログでその辺りの橋渡しを行うつもりでした。



また、同人版『英国メイドの世界』が2008年にネットで一時的に話題となったこともあって、「あの時、出会った人たちにまたお会いしたい」とも考えました。特にあの当時に買えた方、買えなかった方々に届けることができれば、それは「本」を届けるだけではなく、「過去が現在と繋がる物語」を体験を味わっていただけるのではないかと、そのために「見つけてもらう」「気づいてもらう」情報発信にも努めました。



これも同人からの経験ですが、ウェブと同人イベントを含め、情報の伝播には限りがあります。自分が情報を出した時に見ているとも限りませんし、同人イベントの時だけ足を運んでくださる方もいます。「情報は届かない」前提で、多様な角度で語り続けることが、自分に課したことでした。



そして、発売から半年が経過しました。何をしてきたのかを書いてみます。


発売前

『英国メイドの世界』で描けること・描きたいこと(2010/10/11)にまとめていますが、これに沿ってコンテンツの幅広さやこれまでの本にまつわるエピソードをご紹介するつもりでした。



ところが、やや「自分が伝えたいことが軸」になっている気がして、「興味を持ってもらえるように書けていない」のかなぁと、ここの更新は一旦停止して、少し様子を見ようと考えを変えました。



また、「同人版を持っているけど、どう違うの?」との疑問も想定されましたので、ひとまず目次や情報の見せ方、同人版との相違など補足(2010/11/06)を更新しました。


発売直後

発売後しばらくは、「買えない状況の是正」に努めました。アキバBlog様に掲載されたこと、Twitterでの情報共有などで『英国メイドの世界』発売ご報告(2010/11/13)に記しましたように、AMAZONで最高総合順位31位、在庫切れ・ネット在庫の増強(編集部・営業部による対応をしていただきました)、並びにbk1での売上ランキング1位といった、ネット上で非常に大きな反響を得る初動となりました。



買えない状況を是正するため、比較的在庫が多い書店を案内を行いました。『英国メイドの世界』を一定数扱っている全国の書店情報(2010/11/15)です。このリストは秋葉原のメイド私設図書館シャッツキステとのイベントの際に「帰り道に書店で買ってもらえたら」と、発売前に営業の方に教えていただいたものでした。



その後もお求めの際は一般書店や大学生協などへ(2010/11/19)と案内を行いつつ、裏では『英国メイドの世界』発売5日目で増刷決定・第二刷の見本誌届くと、増刷による対応が粛々と行われていました。



発売後はこうしたサポートに徹しつつ、所々で啓文堂書店三鷹店様にて関連書籍フェア(2011/11/23)といった嬉しい話や、店頭での画像は、二度と再現できない瞬間(2010/11/27)と記したような書店でのPOPや平積みの写真を教えていただく機会があり、とても嬉しかったです。



発売からしばらくして、一つの大きな節目となるイベント、秋葉原・シャッツキステにて『英国メイドの世界』出版記念コラボイベント(11/24〜28まで)(2010/11/23)を行いました。この企画は私の方で出版時に一緒にシャッツキステと何かやってみたいと思っていたところ、偶然、店長の有井エリス様からお話をいただいたという、偶然の産物でした。



このイベントで実際の読者の方にお会いして話をする機会を得たり、同人誌を一緒に作ったり、企画用の展示やメニューを楽しんだりできました。シャッツキステとの出版記念コラボイベント・無事終了(2010/11/29)に感想を記しましたが、出版を経験したことで体験できたイベントでした。


発売後しばらく:2010年12月

初動が去った後に『英国メイドの世界』重版により店頭・AMAZON等への在庫補充開始(2010/12/01)のように在庫情報をお伝えしていくことと、いかに出会いの機会を増やしていくかというところで、ブログでの更新をいろいろと試していた時期です。



Twitterの反応として「同人版を持っているから買わなくてもいいかな?」「買うのを迷っている」との言葉を拝見し、「講談社版がどれぐらい違うのか、以前書いたものではなく、より具体的に振り返ってみよう」と、自分の勉強も兼ねて、次のエントリを書きました。



出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?(2010/12/07)



ところが、これが想定外なことに、出版や編集の現場にいる方に届くコンテンツとして、多くのアクセスを集めることとなりました。この経験から、「伝え方を広げると面白いなぁ」と、自分の方向性の再確認ができた気がしました。



ちなみに、英国貴族の屋敷の分業・専門化した業務フローを可視化する、という伝え方(2010/11/19)の方は、さっぱりでした。



また、その時期に自分が読んでいた本の感想と、メイドがどう繋がっていくのか、あるいはメイドに限らず「メイドがいた時代・近代」への関心の高まりを自覚していたので関連がありそうな本を紹介することをしました。



『まおゆう』刊行を記念して、振り返る「近代」関連の書籍(2010/12/04)

『イギリス近代史講義』〜現代を照らす一冊(2010/12/15)

『小さいおうち』〜昭和前期の「メイド」が主役の直木賞受賞作(2010/12/20)



他に、星海社・最前線『非実在推理少女あ〜や』のメイド喫茶モデルがシャッツキステ(2010/12/19)で書いたように、漫画中に『英国メイドの世界』を出していただくという嬉しい出来事もありました。



年末年始で「お年玉で買ってもらえるかな」と淡い期待を抱いていたところ、ネット書店で在庫切れ(補充は年明け)・書店をオススメします(2010/12/24)と、重版も尽きる状況を迎えました。いろいろと事情があって、店舗とネット在庫に偏りがあったというところですが、慌ただしいままに年明けを迎えました。


発売後しばらく:2011年01〜03月

年が明けた時に2010年を振り返る&2011年への抱負(2011/01/01)を新年に書き、在庫補充は2011/01/20前後を目安(2011/01/06)と、第三版も決まっていたので対応待ちをしていました。



この辺りで発売から2か月が経過したので、出版した本に1日でも長く生きてもらうため、著者に出来ること(2011/01/16)を書き、タイトル通りの振り返りを行いました。これは、この先に自分にどんな選択肢があるかを見つめ直そう、この後、「沈むだけ」になるのは避けたいという気持ちもありました。



本を書店で初めて売る体験から気づいたこと(2011/01/26)

書店で本を売る現状認識と著者が提案可能なアクション(2011/02/07)

書店・店員様向けの案内を告知するカテゴリを、サイトに新設(2011/02/16)



結論としてはあまり面白味のないところに落ち着きましたが、上記については今後も継続的に行うつもりです。



ただ、年始から出版以外の領域での情報整理も行っていて、過去にまとめたもののアウトプットを始めました。こちらは宣伝というより、「日本のメイドブームに支えられた立場として、出版を通じて恩返しできることは何か」を考え、「ネット(特にwikipedia)に載っていないメイドブームコンテクストの可視化」と、「テレビで伝わる特定のメイドイメージの強さの把握と、それ以外のメイドイメージの整理」を始めました。



自分にとっての原点探しでもありましたし、世の中に伝わるメイドイメージの強さに驚いたのもあります。また、出版を通じて意外と情報が集まる立場になっていたのも契機となりましたし、「今、テキストを残しておくと、10年後に興味を持つ人が調査しやすい」と思いました。



日本のメイドブームをフロー図にする試み中(2011/01/19)

10年後に読んでくれる人がいることを願って(2011/01/29)



途中、『348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました』が描き出す「個人の言葉」と英国メイドとの共通性(2011/03/08)と、「女中」ならぬ「女工」の話に刺激を受けつつ、英国の「メイド」は待遇を改善する転職をするし、キャリアアップも行う(2011/03/08)とのテキストも書きました。



2011/03/11に東日本大震災があり(東京では震度5強)、その後も様々な出来事が続き、何をできるのか、どう生きていくのかに自身の気持ちが切り替わりました。しかし、自分にとって近代やメイドを学ぶこと、そして出版や表現は「生きること」であったので、そのことを他の方々にも教わりながら、自分の範囲で出来ることを続けました。



今もそれは継続中です。


振り返り〜宣伝に飽きてくること

4月に入ると、AMAZON在庫手配補充中と返本の時期(2011/04/23)と題したように、在庫の補充確認や、「返本」が視野に入ってきました。「返本」は当たり前に起こりえることでしたが、個人的には「大変だ!」と、急に活動を加速させた次第です。



『英国メイドの世界』感想のTwitterでの共有と在庫状況(2011/05/02)

『英国メイドの世界』ネット上での感想のまとめ:その1(2011/05/02)



自分が関心を持つことを軸にブログを書くという、今までと変わらないスタンスを続けてきたつもりでしたが、当初の計画通りに動けなかったと思うこともあります。思ったより、多様な本の伝え方をできていないことです。


飽きてしまう自分

ひとつは「飽きてしまう自分」「同じことを繰り返し言う自分への嫌気」です。たとえば何の気なしに、「はてな記法」で自分の本の紹介をするたび、AMAZONへのリンクを張っていたのですが、気づくと自分ばかりなのです。「どんだけ!」と思いましたし、とてつもないノイズになってしまったかなぁと反省しました。



Twitterでも自分の本の話題ばかりを呟いているような気がして、バランスが悪い感じがしてきました。しかし実際は、自分の視点で見れば「同じこと」であっても、繰り返しであっても、外から見ればそうではないことが多々あります。Twitterは見ている瞬間に呟かなければ消えていきますし、ブログも常に同じ方が見ているとは限りません。



現に、半年が経過した今になって、「私の本を知り、購入する」方々がいます。半年をかけても、ネットで活動をしても、書店に本が並んでも、同人イベントに出ても、いまだに接点を持ちえない方々が存在しているのです。そのことに絶望はせず、むしろそれが希望となります。


結果の見えにくさ

もうひとつは、アクションした結果がどの程度、結果に繋がっているのか見えにくいことです。自分でできることが限られており、数字を確認できるのは自分のAMAZONアフィリエイトIDぐらいです。書店でのアクションにコミットできたのは、啓文堂書店三鷹店様だけでした。



以前書きましたが、新刊を出すことが最も話題性が高いプロモーションであるならば、いつまでも同じ本の宣伝をするのはどうなのか、新しい企画を考えて本を作ることに注力した方が良いのではないかと、自問しました。整理すればするほど、「結局、著者の認知度を上げる・本の価値を伝える」ことが書店での売り上げにも繋がる、というのは感じるところでした。


感想をシェアする・広がり

いろいろと「何もしなくても変わらないか」と思いつつ、最近、Twitterやブログでの感想をシェアすることを始めました。「他の人がどんな感想を持っているか・どう読んでいるかが」を、既存の読者の方、あるいは新しい読者となりえる方に伝えたいと思ったからです。



この「感想のシェア」を積極的に行う視点が、私には抜け落ちていました。「宣伝」が過ぎるのもどうかと思ったのですが、前述したように、「常に同じ人が見ている保証はない」ですし、本を売る以前に、「本を読んだ人がどんな視点でいるのか」を知る場を作るのは、本を多面的に伝える手段になると考えました。野菜を作っている人が、自分が作った野菜がどのように料理されているか、楽しまれているのかを知りたい感覚に似ています。



料理のレシピや感想をシェアするように、私の本を買っていただいた方々が満足し、また本を通じてコミュニケーションが行えたり、作品が生まれていくベースになったりすることを願いつつ、より感想の幅が広がっていくと面白いのかなと、思いました。


終わりに

本を出すことで終わりではなく、本を自分で宣伝し、「読者と出会う機会を自分で作り、楽しむ」ことが、私の出版時の目標でした。今もそれは変わっていません。その意味では、初めての出版経験を堪能できました。努力が報われるとも限りませんが、手をかけることで結果が大きく変わったと思っています。



『英国メイドの世界』の多面性を伝えるのは、「自分」の言葉だけである必要はありませんし、世の中に投げかけた時点でこの本はもう、私の手を離れて歩き出しています。



読者の方に限らず、書店の方たちのプッシュもいただき、運や縁にも恵まれました。私と同じくこのジャンルが好きな方々にも多く出会えました。また、日本で描かれるメイドイメージの幅広さを伝える役目も(既に詳しい方向けではなく、このジャンルに興味がなかった方に向けて)、ある程度、果たせたように思います。



『英国メイドの世界』はメイド界の「高速道路」を目指す(2010/11/02)に記した気持ちは変わっていませんし、今後も、この方向に進んでいきます。



さらに年内は『英国メイドの世界』で伝えきれなかったことや、現在進行形で吸収している事象を改めて発表する機会を作れるよう、頑張ります。



最終回というわけでもありませんし、今後も多様な伝え方をしていきますが、ひとまずの区切りとしてまとめました。気持ち的にまだまとめきれず、応用が利きそうな要素は今回書けませんでしたが、いただいた感想のまとめなども行いたいと思います。



ありがとうございました。