ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

近代英国の家事から見るメイドがいた風景(掃除や洗濯など)

昨日のエントリ、近代英国の家事についての読書メモ(料理や燃料、照明の話)の続きです。なぜメイドが雇わらなければならなかったのか、メイドがどんな環境で家事をしていたのかを、家事の歴史の観点で照らすものです。



参考資料は、近代英国三世紀の家事の歴史を扱ったA Woman's Work is Never Done: History of Housework in the British Isles, 1650-1950です。


衛生・清潔さ

CLEANINGの概念・価値観は相対的なもので、英国の地域によっても異なりました。18世紀の外国人旅行者が英国の清潔さを絶賛する記録が残っていますが、家事を行う裏側はそうではないとの指摘もあります。『英国メイドの世界』でも取り上げたと思いますが、たとえば肉をローストする際に回転させる動力として犬を連れ込む(キッチンに犬の毛が舞う可能性)、タオルが汚れているなどの話も残っています。



ただ清潔さは一種の消費や、生活習慣に根差すものです。労働者階級と中流階級では財力に差があり、たとえば洗濯の頻度や衛生観念にも差が出ます。同様に、アイルランドブリテン諸島でも生活習慣の差があり、アイルランド移民のメイドの清潔感が、雇用主をいらだたせることもありました。



繰り返しですが、清潔さは、消費です。しかし、英国ではメソジストで福音主義に影響を与えたJohn Wesleyの影響で、信仰と清潔さが結びついていました。清潔さは、信仰心と同じく大切にされたのです。その結果、清潔と美徳が結びつきやすく、罪を犯した人が清潔にしていると違和感があると、語った人もいます。



少し余談となりますが、19世紀に重んじられた「リスぺクタブル」という、「社会的に認められるかどうか」という指標の一つに、見苦しくない格好をすることも含まれました。そう考えると、先日のコラムで記載した「第二次世界大戦前後の時代にもっとも普及した電化製品のひとつ」が、「電気アイロン」だというのも、「しわのある服を着ることを忌避する」心理の表れかもしれません。



尚、清潔さが追及された点については、猛威を振るった伝染病(過去にはペスト、19世紀にはコレラ)への対応を公的に行うようになっていったことも影響しています。この近代における伝染病対策は、国家増強の資源・手段としての「労働者」を維持する権力の働きかけを、思想家フーコーは指摘しています。そのフーコーの言説に基づき、ヴィクトリア朝を考察したのは、下記書籍です。(私はまだ、ここの部分を学習中です)



ヴィクトリア朝の生権力と都市

ヴィクトリア朝の生権力と都市




掃除

ということで、清潔さの演出も大切でした。都市に住む中流階級の人々は、玄関前の階段に、白くする粉をまいた工夫をしたエピソードもあります。土足の生活と石炭の利用が家中を汚したと私は考えていますが、掃除に使った道具類には、砂や石鹸、そして掃除機が出てきます。

掃除機はなかなか普及しませんでしたし、初期は巨大な大きさでしたので家庭で買うには高価すぎました。そこでまず商業施設、リース、そしてエドワード7世がバッキンガム宮殿に導入することで王室でも利用されました。ちなみに、電気照明については、チャーチルの母親モールバラ公爵夫人の家庭が、ショーケースとしての役割を果たしたそうです。



生活レベルの変化は、掃除の負担にもなりました。同じ皿を使って食べる習慣が変化して個別に皿を用いるようになる(陶器類の安価な普及も必要)と洗い物も増えました。カーテンや絨毯で家を飾るのも掃除の質を変えますし、窓ガラスも磨かないといけなくなるので経済発展とも相関が強くなります。



だからメイドが必要、との話に繋がります。



余談ですが、この項目で何が一番驚いたかというと、大好きな作家トマス・ハーディの家に勤めていたパーラーメイドが、ハーディの家の暮らしを本にしていたと知ったことです。ハーディ研究者にとっては当たり前かもしれないですが。ハーディーは1840年生まれ、1928年に逝去で、結構長生きしていました。



このパーラーメイドは1920年代にハーディーの家に勤めた人です。この記録は入手し、トマス・ハーディに仕えたパーラーメイドの記録『Domestic Life of Thomas Hardy』(2011/06/04)で、紹介しました。


洗濯

洗濯は『英国メイドの世界』のランドリーメイドで学んでいるので復習や、他の資料から以前読んだ本の妥当性を補う感じでした。よく考えると、足で踏む洗濯って女性の足を見せてはいけない価値観の時代だと、すごいことだったんだなぁと。



ちょっと意外なのは、家の中で十分に洗濯出来る環境がないと、川沿いに出かけて水汲んでお湯沸かして、その川沿いで洗濯するという話でした。他に、衣類のシワをとるために、墓石の上に広げて木のローラーで伸ばした人がいたというミニエピソードが。絞り機がないので代用に。現実は想像を上回りますね。ここでも、そんなにしてまで、「シワ」を伸ばさなければならないのか、と。



洗濯の流れとしては、「叩き・もみ洗い」→「漂白(アルカリ性:尿や糞や灰→石鹸)」、他にのり付けや青み付けという話も出ています。現代でも室内干しは苦労がありますが、過去の英国の室内干しはさらに大変そうでもあります。煤が多いと、雨が降っていると外に干せないのは同じです。洗濯物を地面に落とした時の絶望感も、伝わってきますね。



英国貴族はロンドンに滞在中、領地のある屋敷に洗濯物を送り返しました。ロンドンで洗濯を行うよりも、豊富な水に恵まれ、石炭の煤も少ない地元で行う方が合理的でした。



最後に洗濯機の普及については値段だけではなく、給水と排水、並びに電気のインフラが必須だったので1948年の調査でも3.6%の家族が保持、というレベルでした。過去にあって、商業ランドリーの利用はなかなか進まず、1942年の労働者階級調査では73%の回答者が自宅で行っていました。



値段的に商業ランドリーは安いはずですが、ためらう理由として「衣類が傷む」「他の人の衣類と混ざるのがいや」「勝手に着用されるかもしれない」との不安だけではなく、「自らの手(家庭)で行いたい」(欲求か強迫観念かは別として)との心理も指摘されていました。



面白かったところは、自家製石鹸を作る障壁として、必要となる脂類が、灯火での利用と被って喰いあうとの話です。石炭利用が進むことも自家製の石鹸作りを遠ざけました。植物性の灰と違って、石炭の灰の洗濯への利用はできないからです。



と、Twitter上で、漏れていた点をご指摘いただきました。







昔の場合は煮沸消毒したいという欲求もありましたが、石鹸と硬水の関係は。"硬度の高い水での洗濯"に。日本で暮らしていると気にならないですが、外国人の大疑問:日本の洗濯機はどうしてお湯が出ないのですか。というのも見つけました。



ヴィクトリア朝の頃もお湯に熱湯を用い、そして、危険でした。


メイド雇用は「疫病」か?

最後は、家事使用人についてです。基本的に下層中流階級主体。思想家カーライルの家は32年間で34人のメイド雇用しました。その遍歴はどこかで紹介しますが、とにかく辞めていきました。



低い経済力では未熟なメイドを雇いますし、トレーニングも必要でした。しかし、育ったころに出て行ってしまうのです。メイドが実家で家事経験を積んでも、経済レベルや要求水準は勤め先ごとで違いすぎ、役に立たないことも多いものでした。



1898年のロンドンを除くEnglandとWalesの2443人のメイドを対象にした調査では、35%が1年以内に離職。4〜5年同じ職場は5%、10年以上は8%でした。(近いうちに、メイドの離職率と年齢別のデータをウェブにアップします。年代が経つごとに、徐々に若い子が減っていきます)



とはいえ、こうした離職率の高さはヴィクトリア朝固有ではなく、もっと前の時代から一般的でした。18世紀になっても19世紀になっても、そして20世紀になってもなお、雇用主たちは「昔の使用人の方が従順でよかった」とノスタルジックに語ってますが、「今の若者は〜」的な話に似てます。



話がそれますが、この「昔の使用人はよかった」は英国に限った話ではなく、日本でもアメリカでもありましたし、最近読んだ香港の現代メイド事情でも、似たような話が出ていました。



他に、仮説として出ていたのが、家事技術の伝播者としての使用人です。主家に同行して社交の季節にロンドンへ出る使用人は文化を持ちかえったとされていますが、家事にまつわる知識や技術も、転職を繰り返す使用人経由で伝播した要素があるかも、との指摘です。



あとは使用人不足の話ですが、その辺は夏の同人誌で扱います。



他に福音主義者が好んだ「メイドの勤めは結婚前の修行」的な当時の見方のひとつも出てきますが、経済力の差もあって結婚後には必ずしも全部は役立たないとの事例(ex,食器の数が違う、家計の規模が違う)が出ています。


女性と家事仕事

「なぜ、家事が女性の仕事として、また責任領域として疑う余地がなくなったのか」と問題提起がありますが、その中で、本書では女性の家事労働時間の話にふれます。



家事サービスの仕事が「女性の仕事」と思われるようになった経緯については諸説あります。その中で本書では、男性使用人への課税に言及して、女性比率が圧倒的に高くなった現実からの影響が考察されています。この辺はあまり見ない指摘です。「家事をやるメイドが大勢いた→だから、家事が女性の仕事」と。



18世紀ぐらいには男性も家事を分担していましたが、19世紀には家事をする姿を外部に見られないようにしたりと、家事の回避が進みました。労働時間の長期化や「外で働いて疲れたから、家事をしない」という労働者化が進みましたが、その対照的な存在としてアイルランドが指摘されます。



このアイルランドは結構独特で、そのうち細かく調べたい領域です。産業革命が進み、男性の労働者化が進む英国本土では男性が家事労働をする姿を見られるのを忌避したといわれていますが、アイルランド(あるいは産業革命以前)では男性が家事を分担した、と。また、アイルランドは男性使用人の課税がなかったので、男女の家事分担や使用人数のバランスが取れています。



あくまでも「家事使用人」による影響の「考察」にすぎませんし、この辺りの話はまた別の機会に。



終わりは1930〜40年代に調査した、家事労働時間の調査が共有されます。現代と比較していませんが、労働者階級、つまり大多数の女性は勤めに出ていたし、家業を手伝っていたし、その上で家事に時間を費やしていた風景もあったよと。女性の社会進出という言葉もありますが、労働者階級の女性たちは、家業をしたり外で働いたりした後も、家事もして、男性より長時間働く姿が見られました。


終わりに

私がメイドの世界に興味を持つのは、メイドが好きだからだけではなく、そのメイドが雇用された家庭の置かれた環境が、現代社会に繋がるからです。アイロンのかかったシャツを、なぜ私は綺麗に感じ、好むのか。



また、私たちが現在享受している豊かさは、どのようにして成立していったのか、と。知らずのうちに、自分に刷り込まれている、近代に成立した価値観を相対化していくのが、メイドを学ぶことなのかとも思います。



最後に、メイドが雇用された社会背景にも言及していますので、屋敷で働くメイド・執事の仕事が分かる資料本『英国メイドの世界』:第一章の試し読みを是非。