ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。同人・出版活動の報告を含みます。

『英国メイドがいた時代』が繋がっていくテーマの補足

私は「英国の歴史的な家事使用人」の研究を10年以上続ける立場で、彼らの職種や転職事情、仕事の詳細や労働環境、そして個々人の生き方に強い関心を持ってきました。今回、夏コミ新刊の『英国メイドがいた時代』前半はその延長で作っていますが、後半は「家事使用人」から「家事労働者」へと名を変えた職業が、1980年代以降に英国で復活した現代事情も扱っています。



現代事情を扱うのは正直なところ、非常に難しいです。それでも、今回は「家事使用人の延長として語りえる要素」「読んだ方々に、現代との比較を想起させる要素」を選択して盛り込みました。その中で、ページ数や締切という制約もあって、現代に繋がるところで「ここにも繋がっている」と細かく言及できなかった点が3つありますので、補足として記します。



私が学ぶ「歴史的な家事使用人」が照らしえる領域は非常に広く、少しでも顔を上げると様々なジャンルの学問との重なりがあります。しかし、時間は有限で人間の能力にも限界があるので、私は新しくこれらの領域に手を広げることは出来ません。また、私が今把握している「学びたい英国家事使用人の歴史」も、私が学べているのは私が思い描く10%にも達していないと思います。それぐらい、自分の領域でも広がりがあります。



ただ、山岳ガイドが「こっちには海がある」「あっちに森がある」「ここでは珍しい動物が見られる」と、「海」「森」「動物」の専門家でなくとも、道案内のレベルで分かる範囲はあるので、その辺りを今回のテキストで補うのが意図となります。


1.ワーキング・プアと新自由主義

今回、「なぜ現代英国で家事サービスの需要が増加したのか?」の要因として、1970〜80年代の英国での経済危機や政策転換が挙げられます。「新自由主義」を軸とした政策は企業の国際競争力を高めるために労働者の権利を弱体化させ、また膨れ上がる公共福祉の財政負担を減らすため、医療・教育・介護の領域を弱め、個人による自己負担を増加させていきます。



アメリカで特に目立ち、日本でも「ワーキング・プア」の言葉がメディアに登場し、格差の広がりを告げています。この関連情報への言及が今回、十分ではありません。



ハードワーク~低賃金で働くということ

ハードワーク~低賃金で働くということ



中流社会を捨てた国―格差先進国イギリスの教訓

中流社会を捨てた国―格差先進国イギリスの教訓



ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実



反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)



ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)



子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)





また、日本の問題として正規・非正規雇用の格差、同一労働同一賃金、現時点でのEUやイギリス、アメリカの多様な労働環境や労働法を巡る情報を記していません。たとえば、文中で少しだけ紹介した下記の本では、様々な国の事情が開設されています。



ワークライフバランス 実証と政策提言

ワークライフバランス 実証と政策提言





EUでは「EU労働時間指令」(Working Time Directive、週労働時間を残業含めて最大48時間)、「EU諸国の基本的人権に関する憲章」に雇用者が最大就業時間を制限する権利を基本的人権にとして宣言すること。



イギリスでは上記のEU指令と同等の制度を適用しつつ、雇用者と企業の文書による同意で労働時間を増やせる適用除外を採用しています。また、子育てをしやすいように「フレキシブル・ワーキング法」(Flexible Woking Act)、「家族と就業法」(Work and Family Act)、フルタイム・パートタイムの不均等待遇を違法(性差別禁止法による)としています(以上、『ワークライフバランス 実証と政策提言』P.18-37)。



この他、同書は育児休業に関する各国の話も掲載されていますし、過剰労働への論考もなされているのでとても参考になります。他に、海外の労働法周りはhamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)が詳しいです。


2.近代世界システムと家事労働(ジェンダーフェミニズムの観点)

私はウォーラーステインの言説を断片的に知った時に、すぐ「これは家事労働を満たすメイド雇用の構造と類似している」(正確には広義での移民)と理解しました。その論考を19〜20世紀に見られた世界中でのメイド雇用や労働環境を相対化して学び、列挙することで行おうと思っていました。



当たり前ですが、私が思いつくことなど他の方が研究されています。少し検索をすれば、『グローバリゼーション下の家事労働』/特集論文 梅澤 直樹(滋賀大学経済学部教授)のPDFファイルが見つかり、そこでこの領域での学問的見地や、参考文献情報が整理されています。



この中で家事労働を巡り、ウォーラーステイン自身による言及や、下記著書による近代世界システムとの関係性も既に行われています。



国際分業と女性―進行する主婦化

国際分業と女性―進行する主婦化





この領域はジェンダーフェミニズムの観点で研究が進んでおり、同書を翻訳された奥田暁子さんは『鬩ぎ合う女と男 : 近代』の中で「10 女中の歴史」を記されています。以前、歴史研究をする知人の方に、メイドジャンルで学問領域に進むならば発表の場は「近代家族史や女性史の領域では?」と教えていただいたことがありますが、重なる要素は非常に大きいです。



女と男の時空―日本女性史再考 (5)

女と男の時空―日本女性史再考 (5)





今年刊行された中国の現代家事労働者事情を扱った本の著者の経歴を拝見するとお茶の水女子大学ジェンダー研究センター研究機関研究員を経ています。家事労働についてのアプローチやグローバリゼーションとの関係は、多様に取り組まれています。






3.移民事情と現代日本

家事労働者は、世界的に労働条件が悪く、また特別の技術を持たない人々でも採用されやすくなっています。経済発展に格差があり、賃金格差が生じる国での就業の手段として、家事労働は過去にも現代にも用いられています。近代日本でも、海外への移民の際、女性が家事労働者として雇用されることがありました。



移民の受け入れは歴史的に様々な問題を生み、現代でも進行形の課題です。家事労働者に限れば、労働条件の差異もあります。私が調べた時点での香港では、現地の家事労働者は「パートタイムの雇用」が許可され、海外の家事労働者は「フルタイムの雇用」に制限されています。さらに一時期、海外の家事労働者雇用に課せられる負担金から、現地の家事労働者への支援が行われていました。



日本では海外の家事労働者の受け入れがほとんど目立っていません。しかし、「移民」という軸で見れば、日本も当事者です。介護領域では「国内の労働条件を改善できず」、「海外の労働力に期待する」方策が進んでいます。私は2007年ぐらいから新潮社の雑誌『Foresight』で、連載「2010年の開国 外国人労働者の現実と未来」を読んでいたので、少なからずこの領域に興味を持っていました。



英国では労働者ではない「語学研修性」(オペア)が、家庭によっては家事労働にこき使われる事例が問題になっていますが、日本でも「研修生制度」で受け入れた人々を最低賃金以下、長時間労働、月1度の休日、残業時間なし、パスポートを取り上げる、といった環境で働かせる雇用主が取り上げられています。正確には研修生は労働者ではないのですが、労働者として酷使される状況です。



「研修生」という名の奴隷労働―外国人労働者問題とこれからの日本

「研修生」という名の奴隷労働―外国人労働者問題とこれからの日本





私は日本の事情に精通していませんのでこの領域を細かく取り上げられません。とはいえ、関連する書籍や情報が沢山ありますので、興味のある方はご参照ください。


終わりに

私は、メイドの歴史を学ぶ中で、現代に繋がる領域を多く見出してきました。その中で特に英国に特化してみていくと、現代日本の行く末に重なる部分も少なからず存在しています。



今回の『英国メイドがいた時代』は、「一つの職業領域が、低賃金・低待遇・低ステータス・長時間労働によって"なり手"が不足して衰退する」というテーマを、この問題に直面した1920年代の資料を中心に扱いました。職業が不人気になる構造と、国内の人々が受け入れなかった待遇を海外の移民や格差社会の広がりの中で働く理由を持つ人々が補う状況は珍しくありません。



一方、雇用者自身、家事に費やす時間がなく、育児や介護に利用できる社会的支援がなく、家事労働者に頼る面も指摘されていますので、「雇う側」の構造的な問題も存在しています。家族で行うのが限界ならば、たとえば地域コミュニティや、地域通貨的な発想での解決策も出てくるでしょう。



介護領域、そして家事領域で海外からの従事者が増えた場合に、今後日本で起こりえる問題点は、既に他の国々でも見られる事象です。その問題を超える何かを見つけたいと思いますし、自分が扱う領域が他の領域を別の角度で照らす機会になれればと願っています。



私個人でこれから学んでいくより、既に研究されている方々と協働した方が、遥かに効率的です。専門家の方たちの協力を仰げてかつ、より伝わりやすく届けていける場・システムを作るにはどうしたらいいのかを、今、考えているところです。自分がフリーハンドに動ける環境作りと原稿を依頼できる「メディア化」(継続的な事業化)が答えのひとつとは思うものの、具体的なところで詰め切れていません。



価値を返せるスポンサーとどう出会えるか、というところでしょうか?