ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

イメージの中のメイド/メイドが「いて」「いない」現代日本の風景

目次

・メイドイメージの広がり

・日本のメイドイメージと、「英国メイド本」の相次ぐ刊行

・『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』

・終わりに:メイドイメージを「消費」する時代への興味



※執事ブームがピークに思えるのですが、その辺は後々。


メイドイメージの広がり

ここ最近、テレビCMでメイド(メイド服)を見る機会が増えました。



黒木メイサさん:EPSON:プリンタ・カラリオ

仲間由紀恵さん:森永製菓・小さなチョコビスケットシリーズ

少女時代:味覚糖::e-ma

岡田将生さん「ラ・ピッツァ」新CMご紹介!



先駆けては【萌え戦略】TOYOTA SOCIAL APP AWARD 公式応援ページにメイドさんなどの美少女たちが大集合(2011/06/14)との記事もありましたが、テレビCMに登場するぐらいの存在になっている、というのが現在のメイドイメージの実情ではないでしょうか。



そのメイドイメージ自体が、日本では多様化・混在しています。




「成年向けPCゲーム」(第一次)→主従関係・SM・従属
「コスプレ」(第二次)→かわいらしさ+属性化
「喫茶化・メイド喫茶的独自展開の深化」(第三次)→独自
秋葉原電車男・流行語対象・『エマ』アニメ化」(第四次・ブームのピーク)→萌え+観光化+英国回帰
「創作でのメイド喫茶・メイド服(+アキバ)イメージ再生産」(第五次)→定着

日本で描かれたメイドイメージとブームを考えた1年(2010/12/31)

だいたいこの類型に当てはまると思いますが、メイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」かで言えば、「吸血鬼」のように、様々な創作や表現で描かれる中で磨かれてきたのではないか、と感じています。


日本のメイドイメージと、「英国メイド本」の相次ぐ刊行

アキバ系が強かったメイドブームを経た日本では、メイドブーム自体が「終わった」と認識されている向きもありますが、秋葉原のメイド・コスプレ喫茶&リフレの店舗数推移でtakatoraさんが集計されたように、店舗数自体は増加にあります。そして様々な現在放送中のアニメでも、「メイド」は風景の一部として日常化しています。(『ハヤテのごとく!』的世界。直前まで放送していた『セイクリッドセブン』では、「メイド隊」という言葉が回帰。執事に率いられている点で執事ブームも反映しているかと)



そのブームを照らす軸のひとつに、「本が出版される」ことがあります。たとえば、現代英国でのヴィクトリア朝エドワード朝といった「屋敷コンテンツの消費」は、日本でも10月から放送されているドラマ『ダウントン・アビー』のブームによって、イギリスで屋敷・メイド研究本や関連書籍の刊行ラッシュ、『ダウントン・アビー』効果かで記したように、出版にも反映されています。



日本でのメイド研究は、同人からスタートしたと言っていいでしょう。同人を軸としたメイドブームの中で、メイドへの関心が高まり、研究を行うサークルが(少数とはいえ)増加した経緯があるからです。

そしてメイド喫茶ブームの頃(2005-2006年)に、『ヴィクトリアン・サーヴァント』『召使いの大英帝国』『図解メイド』が刊行されました。では「2010-2011年という今はどうなのか」というと、実は面白い状況なのではないか、というのが今回のエントリを書くきっかけとなった、『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』です。



2010年11月から2011年11月までの間に、私が書いた『英国メイドの世界』、村上リコさんの『図説 英国メイドの日常』、そして『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』が2011年11月に刊行される予定なので、わずか1年でメイド資料本が3冊も刊行されることは「事件」に思えます。



英国メイドの世界

英国メイドの世界



図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本/世界の文化)

図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本/世界の文化)







この刊行ラッシュを、10年後の人はどう振り返るでしょうか?



10年後に読んでくれる人がいることを願って(2011/01/29)で書いたように、私はこの事象の当事者として、なるべく今の風景を残しておきたいと思います。


『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』


日本人の想像する執事はイギリスとどう違う? 文学や映画でおなじみ、イギリスの執事やメイドなどの使用人。これらの職種に対する社会的イメージと実情を、19世紀~現代を中心に、文学や諷刺、各種記録から考察する。
Amazon上記URL:内容紹介より引用)


2010年の日本ヴィクトリア朝文化研究学会でお会いした際、新井先生からメイド関連の本を執筆中とうかがっていました。個人的に、日本のアカデミック領域にメイド「だけ」を専門研究する方はいないと思います。日本の教育の場に存在理由がないと思えるからです。



私見を続けますが、このため、日本のメイド(や執事も含めた家事使用人)関連情報が出ている本は、女性史や労働史、文学、貴族とのかかわり、当時の料理や文化の中の「一つの要素」としてしか刊行されておらず、それがメイドブームによる一連のトレンドで「単著」として商業出版にて刊行されるようになったと理解しています。



私は「他の学問を通じて断片的に描かれるメイド」ではなく、「その時代に働いていた使用人全体」を知りたかったので、和書では満足できず、英書に手を出しました。(ヴィクトリア朝メイドを語ること・『エマ』に思うことと2005年に記したことの根幹は変わっていません)



その中で、新井先生はメイドに最も近い研究領域に立ち、その著書を『英国メイドの世界』でも参考文献として使わせていただきました。ここ数年は、使用人関連の考察も深められています。私が寄稿した日本ヴィクトリア朝文化研究学会の会報にコラム掲載の同じ会報誌や、『ギャスケルで読むヴィクトリア朝前半の社会と文化』でも、次のように階級を軸に、その中間領域(ワーキング・クラスから、「自助」によってたとえば上級使用人の執事やハウスキーパーとなって、出身階級を超えて社会的地位を上昇させていく姿)を扱っています。


ギャスケルで読むヴィクトリア朝前半の社会と文化―生誕二百年記念

ギャスケルで読むヴィクトリア朝前半の社会と文化―生誕二百年記念

第3章 階級――理想と現実(新井潤美
 第1節 複雑な階級制度
 第2節 さまざまなワーキング・クラス
 第3節 使用人という階級
 第4節 上昇志向のもたらす脅威



元々、新井先生は階級についての著書を置く記されており、使用人にも光を当ててこられました。階級にとりつかれた人びと(2001年)が階級を軸にした切り口で英国を描き出し、メイドの主たる雇用主となった下層中流階級がなぜメイド雇用にこだわったのかを、そして、不機嫌なメアリー・ポピンズ(2005年)では、様々な創作(小説や映画など)で描かれる使用人イメージを通じて、英国を扱いました。今回の著書も「イメージ」を副題に持ち、5年前の著書とどう違い、また現代日本のメイドブームや執事ブーム、そして現代英国でのヴィクトリア朝エドワード朝コンテンツ消費も踏まえた考察となっていると思いますので、楽しみです。



この本の出版が興味深いのは、そのタイトルに含む「イメージ」の言葉です。日本の大学研究者の方が「日本の女中」を研究した著書のタイトルが、">『女中イメージの家庭文化史』との言葉を含んでいます。イメージによって、その当時の姿を浮かび上がらせていく方向では、『倒錯の偶像―世紀末幻想としての女性悪-ブラム・ダイクストラ』『ドラキュラの世紀末―ヴィクトリア朝外国恐怖症の文化研究』などありますが、メイドの領域では新井先生の『不機嫌なメアリー・ポピンズ』、同人の領域で墨東公安委員会様がヴィクトリア朝の著名な雑誌『パンチ』のメイドイメージを集めた『「英国絵入諷刺雑誌『パンチ』メイドさん的画像コレクション 1891〜1900 【改訂版】」』を刊行しています。実在のメイドの膨大な写真コレクションも含めたもので、メイドイメージの白眉的存在は村上リコさんの『図説 英国メイドの日常』でしょう。



その一方で、家事使用人の領域は当時実際に働き、「イメージされた」実在の人々の言葉が多数残っています。『ヴィクトリアン・サーヴァント』、私の『英国メイドの世界』、そして『図説 英国メイドの日常』もこの方向です。その「実在する人々」の言葉も、「イメージされたい自分」の姿が描かれている可能性も否定できませんが、「多様なイメージ」で語られる存在として研究対象となりえるのも、いかに当時のメイドが日常に溶け込んでいたかを物語ります。


終わりに:メイドイメージを「消費」する時代への興味

私は現代日本のメイドイメージに、興味を持っています。20世紀末の日本にあって、本来、「メイド」は普通に暮らしては遭遇しえない「フィクション」でした。しかし、メイドブームに代表されるコンテンツ軸(創作:ゲーム、コミックス、小説、アニメ)での盛り上がりと、コスプレブームとアキバブームの融合して「メイド喫茶ブーム」のトレンドを生み出し、さらには並行してロリータファッション属性にも重なりを持つ「カワイイ」とも重なり合って、2011年の今となっては、「コンテンツ」の中では日常化し、直近でも冒頭で取り上げたテレビCMにその姿が見られるなど、認知が広がっています。



そう考えると、メイドが日常に存在しない日本で、1990年代後半から現在に至るまでメイドイメージが拡散していく状況(メイドブームの考察でこの辺は年代別に調べています)、そして今回のようにわずか1年で「英国メイド」イメージを巡る本が刊行される状況は、何を映しているのかを、俯瞰してみたくなります。



英国趣味自体は日本でも一定の土壌を持つもので、その延長にある消費として捉えることもできる一方で、メイド雇用が社会全体で広がる状況は経済格差を抜きには成立しえないものです。格差社会を経て福祉社会への転換を果たしつつも再び格差社会へと回帰する英国への眼差しを持つならば、そこに、日本の未来図は重なりを見出すことは出来ます。



同時に、NHKが『東京カワイイTV』の中でアキバのメイドを取り上げたように(6-0.メイド服を見るまなざしについて)、メイド服デザインをカワイイとみるトレンドの一端や、メイド喫茶が海外で「コスプレ」として受け入れられているのも、メイドイメージの多様化を示し、またこの領域が最もメディア性や牽引力を持っている点は、無視できません。



さらにメイド服とドレス・パフスリーブを巡るイメージの重なりや、宮崎駿監督アニメの服装とメイド服イメージについてを踏まえると、現在の女性ファッションにおけるパフスリーブの流行に驚きがあります。ファッション軸でヒントとして、最近、『闘う衣服』(闘う衣服の山形浩生さんによるコメント)を読んでいますので、ゴスロリファッションとの重なりについては後日、機会を作って深めようと思います。



付け加えれば、私が水樹奈々さんのラジオに呼ばれる(2011/10/09)こと自体、メイドブームの広がりや定着を示すものではないかと。その意味で、1年前に書いたメイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」かとの結論として選んだ「定着」は、テレビCMに進出するだけの「定着」に至ったと考える次第です。



ただ、ここで言う「メイド」の広がりの主体・ブームの枢軸を担ったのは「英国メイド」ではなく、あくまでも「メイド服コスプレ」です。メイド服コスプレであればこそ広がりを持ちえた可能性が極めて高く、その辺りは第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)に整理しています。この辺の実感は、世の中に伝わる「メイド・イメージ」の強さと、執事軸の伝え方に記しましたし、それ以外ではAmazonで「メイド」と検索してみてください。上位に出るコンテンツが、日本の実情の一端です。



一応、冒頭の話にはつながりましたかね? 本来は『執事とメイドの裏表 ─ イギリス文化における使用人のイメージ』刊行記念に何か書こうと思ったテキストだったのですが、思ったより広がりました。