ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

映画『小さいおうち』感想 昭和前期の女中がいた時代

2010年に『小さいおうち』〜昭和前期の「メイド」が主役の直木賞受賞作とブログで取り上げた作品が、山田洋次監督の手で2014年1月に映画化しました。先週、映画を見に行きました。





豊かで色彩あふれる昭和前期と視点の相対化

原作に描かれた戦前の昭和の暮らしを伝える素晴らしい映画でした。あらためて映像化されると昭和モダンの生活様式の豊かさ、女中が雇用できた時代背景は遠くに過ぎ去ったのだなぁとも実感できます。家の中の様子、キッチン、玄関のつくり、生活用品、おもちゃや絵本に囲まれた子供部屋など、断片的にしか知らない情報が、視覚に強く訴えかけてきます。



原作を含めて、暗い雰囲気が強く伝わっている昭和の時代を、「昭和モダン」として描き、その当時を生きた人の視点で伝えるという構造も作られています。物語では現代と過去と視点が交錯し、「平井家で戦前に女中を務めた時のタキ」と、「現代まで生き残り、大叔母としてタキを慕う青年とのアパートでのやりとり」が入り混じります。



この現代パートが、「タキの記した自伝を読んで現代の青年が抱く昭和イメージで感想を述べる」機能を果たしています。そこでは、歴史的な知識として戦前を学ぶ世代と、タキのように戦前を生きた庶民の世代による情報の差から生じる、「見える世界」のギャップが発見のような面白さになり、また「タキの視点で見た昭和の華やかさ」を際立てています。



『小さいおうち』で描かれた東京の豊かさを見たときに、「江戸東京たてもの園」で出会った案内役のボランティアを務められていた品の良いおばあさんが、「戦前の暮らしは良かった」とおっしゃっていた印象的な言葉を、思い出しました。裕福な家のお嬢様だったのでしょうね。こうした生活を彩ったいくつかは現代にも通じており、自分が生きていた「昭和」(1976年、昭和51年生まれなので12年は昭和を過ごす)がその延長線上にあったのだろうなと、感じます。



少女たちの昭和 (らんぷの本)

少女たちの昭和 (らんぷの本)



昭和 台所なつかし図鑑 (コロナ・ブックス)

昭和 台所なつかし図鑑 (コロナ・ブックス)





この2人による現代のやり取りも懐かしさを覚えるもので、タキが暮らすアパートが昭和の匂いが残る生活風景で、現代を生きるタキが住むアパートは、ある意味で、豊かだった昭和の時代の生活の名残で、古いガス給湯器や石油ストーブなどで囲まれた暮らしが象徴的に描かれています。それは、30年以上前には当たり前にあった光景でしょう。ある意味、私が小学生か中学生ぐらいの頃には黒電話が当たり前にありましたし、テレビもチャンネルを「物理的に回す」のが普通でしたから……



タキがいる暮らしは時間から取り残された感じもしますし、一人暮らししていた祖母を思い出すことで、老いてからの孤独さが切なくもありました。そして、タキが亡くなった後、アパートでは荷物整理が行われます。その光景こそ、終わってからすでに四半世紀(25年)も経過する昭和への追悼のようにも、思えました。この点で、作品は、「終わった戦前」と「現代」だけの対比に留まらず、戦前戦後を含む「昭和」という時代の終焉を象徴するのでしょう。私は、自分の人生のだいたい1/3を過ごした「昭和」が終わったと、寂寥を抱きました。この感傷的な気持ちは、ヴィクトリア朝エドワード朝的な暮らしを映像作品として消費する英国人の心理(どれぐらいの人がそう感じるかは知らないけれど)に似ているかもしれません。



その点では、宮崎駿監督の最新作『風立ちぬ』にも、同じような雰囲気を感じました。


女中がいた時代

今回、秀逸に感じたのは女中描写、「女中」という存在の演じ方です。でしゃばらず、話しかけられてもうつむき、返事も十分にできない。やや卑屈に見えもするし、言語コミュニケーションが一方通行になってしまっている様子は、別の生き物に見えてしまえなくもありません。



主人との接し方を教えられていないのでどうしていいのか反応に困っているような、透明になりそうな描写がありつつも、その一方で雇用主家族の食事に給仕した際は一緒に食事こそしないものの、席の端で給仕に控えつつも家族の団欒に混ざって一緒に笑っていたりと、日本独自の女中文化を感じるものがありました。



女中の立場、奉公の要素を残す雰囲気、そして狭い女中部屋での自分の時間の過ごし方は、なんともいえません。映画公式サイトでは「おうち訪問企画」があり、家の中を練り歩けます。台所風景を訪問することも出来て、家マニアには泣けます。



http://www.chiisai-ouchi.jp/indoors/flash/_chiisai-ouchi.html



英国カントリーハウスのHPでもよくある趣向ですが、最高ですね。しかし、女中部屋に行けないのです、という残念さがあるので、『コクリコ坂から』と家事使用人からの脱却を迎えた日本、ジブリ作品の家事描写についての雑感に載せた女中部屋写真の間取りなども載せておきます。お風呂場やトイレ、玄関など出入りが多かったり水周りに近かったり、或いは日もそんなにあたらない場所にあったりと女中部屋は狭く不自由なものでしたが、まず昭和のそこそこ裕福な家庭にこうした部屋があったことは、あまり知られていないことでしょう。








以下、資料と、もっと細かい資料をまとめたものです。



女中がいた昭和 (らんぷの本)

女中がいた昭和 (らんぷの本)



近代日本の女中(メイド)事情に関する資料一覧


「昭和」という消費

『小さいおうち』、そして『風立ちぬ』を劇場で見ていて思ったのは、若い人の少なさ、或いは高齢者の多さです。Twitterをしていると自分が観測している範囲での流行が見えることもありますが、新聞広告やメディアの扱いはそこそこ大きい『小さいおうち』が、自分の観測範囲でまったく話題になっておらず、劇場に来る方のほとんどが60〜70歳以上の方でした。かつ、私は初日に見に行ったものの、劇場がガラガラでした。



ALWAYS 三丁目の夕日』や、NHK朝の連続テレビ小説ゲゲゲの女房』『おひさま』『カーネーション』などが放映された頃から、「昭和回顧」という消費があるのかな、と思い始めていました(『永遠の0』もこのジャンルになるでしょうか)。前述した、『コクリコ坂から』と家事使用人からの脱却を迎えた日本、ジブリ作品の家事描写についての雑感も、昭和の時代、オリンピックを迎える日本の成長期を描いたものでした。そして、昨年あたりから、BS放送では昭和の黄金時代をリアルタイムで伝える『男はつらいよ』(寅さん)シリーズが毎週土曜日に放送されています。



昔の生活を賛美するというわけではないものの、懐かしかった、古きよき時代だった、人との繋がりがあったなどと、現代失われたものがそこにはあるように描かれることもありますが、公害はひどく、犯罪率も高く、経済格差も男女格差も大きかったので、現代の方が改善しているものも多くあって一概に比較は出来ませんし、仮に美しく伝わっていても、それはイメージの断片に過ぎないでしょう。



『小さいおうち』は、ある意味で、私のような世代ではなく、昭和を長く生きた世代をターゲットにした作品だと思います。それは、映画監督が寅さんシリーズの監督を務めた山田洋次監督によって作られている点からも垣間見えます。作品世界も私の目で見たものと、年配の方が見たものとでは、ずいぶん違うでしょう。倍賞千恵子さん演じる老いた大叔母タキのアパートに顔を出して「おばあちゃんこ」のような青年を妻夫木聡さんが演じている光景は、客層を見るに、「老いた境遇のところへ遊びに来るそんな子、孫がいたら」的な願望も感じるものでした。



そして、『小さいおうち』のキャストを見ていくと、山田洋次監督の映画シリーズとのつながりが非常に強くなっています。『東京家族』。キャストを見て驚いたのは最新作『小さいおうち』とのキャストの重複です。



http://www.tokyo-kazoku.jp/about/cast/



橋爪功さんと吉行和子さんは『東京家族』でも『小さいおうち』でも夫婦。『小さいおうち』では姉弟となる妻夫木聡さんと夏川結衣さんは、『東京家族』では義理の姉弟、この2人の父役(『小さいおうち』)の小林稔侍さんは『東京家族』では橋詰功さん演じる主役の友人役。林家正蔵さんと中島朋子さんなども出演しており、『東京家族』と『小さいおうち』は、一緒に見るとより繋がって楽しめるのかもしれません。



そして『寅さん』出演でおなじみの倍賞千恵子さん演じる現代の「タキ」。これは、寅さんの「さくら」の先の時間軸として見られるかもしれません。山田洋次監督作品を軸として映像作品を通じて描かれる「昭和」シリーズと言う点で見れば『東京家族』に続いて、「昭和完結編」なのかなとも。パンフレットには、『東京家族』に出演の子役や、『寅さん』シリーズに出ていた方もいらっしゃいました。また、『女中がいた昭和』(http://spqr.sakura.ne.jp/wp/archives/1459)の小泉和子さんの寄稿も載っています。


終わりに

私のブログを見る人には、オススメです。女中とメイドの関連性と相違点という視点がありつつも、そもそも「過去の暮らしに興味がある」人が多いとも思います。そうした方たちだけではなく、年代的に「昭和」に生まれて幼少期を過ごし、「平成」を生きている私と同世代の人たちにも面白い作品だと思います。



個人的には、先に原作を読み、全体の大筋やシナリオを理解してから、原作との違いを劇場版で楽しむというのが良いように思います。感じ方はそれぞれですが、映像で伝えられる密度とテキストで伝えられる密度は方向性が異なりますので。



小さいおうち

小さいおうち





始まり方と終わり方としては、映画のほうが好みでした。


余談

『小さいおうち』の音楽は、スタジオジブリ作品で音楽を手がける久石譲さんでした。これまでに記したように、『風立ちぬ』(戦前)、『コクリコ坂から』(戦後・高度経済成長期)の描き方を鑑みるに、意外と『小さいおうち』がスタジオジブリ作品としてアニメ化すると、若い人も見るのかな、と思いました。テレビや新聞であれだけ広告を見ていたのに、初日でとても空いているのが本当に驚きだったのです。



あぁいう昭和モダンの一軒家に住みたいと思ったものの、風通しもよく、寒く、掃除する場所も多いので大変そうだなぁと。残っていたとすると山の手で、土地代だけでも大変そう。アリエッティで出てきた家も好みではありました。



そもそも縁側のような箇所は掃除が大変で、様々な工夫の末に現代の家の構造が組みあがっており、アパートメントもその時代には優れた設計思想の反映だった点を鑑みつつも、ルンバが存在しえる今にあって、実は昭和的な家は昔と条件が違うかもしれません。



古い家を借りて、蔵書を置く・預かるなどをして、会員制にして利用できるようにするのは面白そうだなぁ。メイドさんがいるとより有難いけど。会員20人月1.5万円で、かつ「仕事場」もしくは「倉庫」として使う人がいてその人にとって経費扱いになると、現実的ではないかと。



東京R不動産には、洋館での日々という物件が。



おまけで、昭和前期の映像がyoutubeにあったので載せておきます。