ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

コミケ88新刊『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』



24冊目の本です。夏コミ(コミケ88)の新刊は『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』と題して、1990年代以降のメイドブームが生じる土壌への考察として、メイドイメージとの接点を求めて、1970年代にさかのぼりました。具体的には下記3軸での考察を行いました。



(1)1970年代から始まる世界名作劇場シリーズのメイド出現リストや登場メイドの傾向の分析

(2)1970年代の少女漫画『ベルサイユのばら』『キャンディ・キャンディ』『風と木の詩』『はいからさんが通る』『バジル氏の優雅な生活』などに登場するメイドの制服や表現

(3)宮崎駿監督作品におけるドレス表現とメイドの親和性の考察



タイトル:『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』

著作:久我真樹、イラスト:さるまたくみ様、編集・本文デザイン:梅野隆児(umegrafix)様

仕様:A5サイズ、60ページ

内容:解説+イラスト16カット

サークル:SPQRコミックマーケット3日目西い40aで頒布開始

価格:500円

Webコミケカタログ:https://webcatalog.circle.ms/Circle/11919725

委託:とらのあなhttp://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/33/30/040030333040.html



内容説明:本書「はじめに」より



英国メイドを研究している立場ながらも、ここ数年の私の研究テーマは、「日本でメイドブームはどのように形成され、どのようにメイドイメージ(メイドという言葉を聞いて連想されるイメージ)が拡散していったのか」になっています。これまでに『メイドイメージの大国ニッポン』と題した2冊の同人誌シリーズで漫画やラノベで広がっていくメイドイメージを調査した「漫画・ラノベ編」と、新聞メディアで世間へと伝わっていくメイドの姿をまとめた「新聞メディア編」を発表しました。このほかに同人誌『メイドカフェ批評』へ寄稿した「雑誌メディア」の分析もしました。



そうした「様々なメディア」で表現されるメイドイメージに接していると、「メイド」という言葉は同じでも、種類が異なるメイドイメージの多さに驚かされます。どれだけ「メイド」を切り口として、多様な視点で語り尽くせるのか、その可能性の広がりが、私を捕らえて離さないメイド研究の魅力です。そんな私が今回テーマとする領域は、「どうして、メイドは日本で受容されたのだろうか」という疑問から始まります。職業としてメイド服を着たメイドは、少なくともメイドブーム以前の日本で、見慣れた存在ではありません。しかし、1976年生まれの私は、英国メイドの研究を始めたとき、メイドに「懐かしさ」を覚えました。



私が想起するクラシックなロングスカートのメイド服は懐古的な雰囲気を伴いました。100年ぐらい前の英国では、このようなメイドが100万人を超える労働人口として存在しましたから、メイドに「過去の時代」のイメージを持つのは当然です。しかし、「懐かしい」という気持ちは「昔、見慣れていた」「再会した」との心情へ繋がるものでしょう。他国の過去を「懐かしい」と思うのはおかしな話です。



そこで、掘り下げていくと、私が幼い頃にメイドと接していた記憶は、「メイドが登場した海外の児童文学や」、「児童文学をアニメ化した『世界名作劇場』シリーズ」だったと思い当たります。さらに、メイドを見たときに感じる懐かしさは、「メイド」という職業だけに由来しているわけでもありませんでした。100年以上前の時代を舞台とする児童文学の世界では、登場するキャラクターもロングメイド服を想起させるパフスリーブでスカートの裾が緩やかに広がるドレスを着たり、登場する子供たちがエプロンドレスを着たりと、メイド服と児童文学の世界の衣装のイメージには、強い重なりが見出せるからです。児童文学で言えば、小学校の頃、私は家にあった児童文学全集を読みふけっていたり、児童文学をアニメ化した『世界名作劇場』シリーズを見ていたりしました。最初に物語世界の生活描写に興味を持ったのが『若草物語』でした。失敗した料理のレシピや作品の時系列をまとめる。それが英国メイドの研究に至る原点のひとつでした。



そんな私にとって、メイドブームで見るメイドは「初めて見る姿」ではありませんでした。付け加えるならば、私と同じようなバックグラウンドの人間が一定数いることも、メイドブームを受け入れる土壌になったのではないかと考えました。ただ、実際にどれだけメイド的なイメージが『世界名作劇場』にあふれていたのかは正確に記憶していなかったので、原点回帰の意味で『世界名作劇場』を考察するのが1章目です。



「幼い頃に接した作品」をキーワードにすると、もうひとつ、避けて通れない道があります。それは「少女漫画」です。私の同人誌の読者の方から数年前に、「1970年代の少女漫画で大勢のメイドがいたのを思い出した」とうかがいました。その作品は『この娘に愛のおめぐみを』という、漫画家・おおやちきさんの短編作品でした。実際に作品を確認すると、なんと数十名のメイドが出ていました。



1970年代の少女漫画で言えば、私自身、子供の頃にアニメ『はいからさんが通る』でメイドを見た記憶がありました。さらに、秋葉原にあったカフェ『月夜のサアカス』で手にした漫画『風と木の詩』で、メイド服を着た侍女アデルを発見しました。そんな偶発的な出会いから、なぜ今になって、それも1970年代の作品を同人誌のテーマとして調べようと思ったかといえば、子供の頃に見たアニメ『ベルサイユのばら』の再放送を、NHKで2015年に見たことがきっかけです。主役のオスカルは屋敷に住み、ばあやがいて、ばあやの孫アンドレも「使用人」に囲まれていました。今まで、そういう目でこの作品を見たことがなかったので、もしかすると他の作品もそうでは、と考えました。



そして、数年前に倉敷で訪問した「いがらしゆみこ美術館」を思い出しました。『キャンディ・キャンディ』のマンガを描かれたいがらしゆみこさんの作品には、世界名作劇場シリーズに似た時代背景の欧米的作品(『ジョージィ!』『メイミー・エンジェル』)や、『赤毛のアン』のコミカライズ作品など、様々なフリルやエプロンドレスの衣装が出現していました。『ベルサイユのばら』に触発され、今年、『キャンディ・キャンディ』のマンガを読み、キャンディが屋敷の下働きとして「メイド」の役割を担わされていたことも知りました。
風と木の詩』『ベルサイユのばら』『キャンディ・キャンディ』という社会的に大きな影響を与えた作品にメイドがいた、それは私にとって発見でした。これまでの15年以上のメイド研究で、誰かから教わったことがなかったからです。作品に接した方が多くいたとしても、それぐらいメイドは目立たなかったことは、ブーム以前のメイドのあり方を指し示す事例になるかもしれません。



私は「メイドイメージの原点は1970年代にあった」というつもりはなく、その頃から「メイドは自然に作品に登場していた」し、「メイドが登場しやすい時代背景を舞台とする作品が1970年代に目立った」ことが論じられるのではないかと考え、「1970年代の代表的少女漫画に、メイドは普通に出ているのでは?」と調査をしました。



最後に本書のもう一つのテーマが、「宮崎駿監督作品」(高畑勲監督作品を含む)のイメージと、メイドイメージの重なりです。これまで上げてきた児童文学や世界名作劇場シリーズの雰囲気に、宮崎駿監督の作品やスタジオジブリ作品は世界設定や衣装描写が重なるため、本書ではその共通項を考察します。



以前から、私は宮崎駿監督作品とメイド(家事使用人というより、メイドを連想させるパフスリーブのドレス、時々エプロン)の関連性を考えていました。その考えが結晶化したのは、『風立ちぬ』のキービジュアルとして、ヒロイン菜穂子が軽井沢の丘で絵を描く姿を見た時でした。戦前の日本人である彼女は、宮崎駿監督作品の他のヒロインのような裾が長いドレスに、エプロンをつけていたのです。



宮崎駿監督はこの衣装が好きなのではないか、もしそうだとして作品でどのように描かれ、他の監督によるジブリ作品にどのように受け継がれているのかと考えました。多分、このような視点での研究は私しかしなさそうなので、今回、行いました。とはいえ、この視点はメイドイメージ研究から外れるわけではありません。『エマ』『シャーリー』の英国メイドマンガで知られる森薫さんが、宮崎駿監督作品のキャラクターに刺激を受けていることは、有名な話だからです。



派生して「メイド服として認識される要素」となる「ドレス」「エプロン」「頭の装飾」という記号に分解していくと、特に「ドレス」について、私たちは宮崎駿監督作品で数多く接しています。日本を代表するアニメ作品で描かれ続けた「ドレス」を魅力的に思えるならば、同じシルエットを持つメイド服を受け入れることに抵抗感も少ないのではないか、むしろ魅力を感じるのではないか、と思いました。



現代日本ではパーティーやウェディングなどの機会にしか着られない「ドレス」の非日常性、ハレの舞台の憧れの衣装という特殊性も鑑みつつ、メイドイメージの構成要素を考察します。日本の1990年代から始まるメイドブーム以前に、メイドイメージを広げる役割を果たした諸作品を巡る旅へ、一緒に参りましょう。



久我真樹



補足