ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

「新書」企画のはずが上下巻の分厚い本に 『日本のメイドカルチャー史』刊行までの経緯

発売から1ヶ月が経過し、つい先日2017/12/03の朝日新聞読書欄でも取り上げていただけました。



タイトルにあるように、本書が新書ではなく、上下巻で出せたのは運と縁のなせることなので、ブログにて経緯などを書いてみます。

元々、本書は太田様との話の中で、2010年冒頭ぐらいに「世界のメイド」を扱う企画として始まりました。当時、私は世界中のメイドを調べられる範囲から調査していたからです。「日本のメイド」についても[特集]近代日本の女中(メイド)事情に関する資料一覧という形で公開するぐらいには、基礎調査をしていました。



「英国メイドのような歴史的メイド」(『英国メイドの世界』で詳述)と、「現代の家事労働者としてのメイド」(研究中)と、「日本で発展したメイドイメージ」(未調査)の「3つのメイドを比較することが面白かったので、太田様にその提案を行いました。



その後、『英国メイドの世界』の出版前に、私も参加したことがあるメイドオンリーの同人イベントの『帝國メイド倶楽部十一』の参加サークル数が18に激減したことを知人の方のつぶやきで知り、 メイドブームの終焉は「衰退」か、「定着」か(2010/08/28)とのテキストを書きました。ここで、私は初めて「メイドブーム」に踏み込みました。確かに、コミケのいわゆる「メイド島」(創作少年エリア)も、かつては100を越えたサークルが激減していました。



その時に思ったのが、「メイドブームは終わったように見えるけれども、それは衰退ではなく、定着ではないのか」と。それぐらい、メイドイメージが普遍化しているように思えました。同人サークルから見ると、以前は「メイド」を表現するには、「メイド」がいても不思議ではない世界観を必要として、結果的に「メイド島」が形成されていたのではないか。しかし、「メイド」が普及することで、どの作品にも自由にメイドが出現する環境が整い、あえて「メイドのための世界」を必要としなくなったのではないか、と。



体感としても、様々なジャンルの作品に「メイドコスプレ」が溶け込んで、絶対数はむしろ増えているように思えました。



先の一文の最後は、"まとめ:メイドは21世紀の「吸血鬼」たるか」"と、結びました。「吸血鬼」が様々な作品に出るように、メイドも同じレベルの存在になったのではないか、と。そして9月には補足・メイドブームの断続性と連続性を考える(2010/09/11)を書き、日本のメイドイメージの変遷をいろいろと深める中で、「情報を発信すると、教えてくれる人がいる」ことを学びました。特に、森瀬繚様からの示唆が際立っており、深く調べるきっかけをいただきました。森瀬様からいただいた情報は貴重で、それを私に留めるのはもったいなく、また、託された心持ちにもなりました。



同日のメイドブーム関係の言及をしている理由(2010/09/11)を読み直すと、もうひとつ、「私が知っているメイドイメージと違うメイドイメージが、公の場で語られている」ことへの違和感がきっかけのひとつにもなっていました。




元々、私はなるべくメイドを巡る言説から距離を置いてきましたし、自分の研究内容に関連しないことは黙っていたつもりです。とにかく、自分の研究する領域だけを見ようとしてきたからです。今でも読み終わっていない英国メイド・屋敷関連の資料が数多く存在しており、そうした研究成果で何かを示すことが、自分には向いていると思っていました。



ところが、昨年の2009年11月に日本ヴィクトリア朝文化研究学会にて、サブカルチャーとしてのメイドを語る方が登壇した際に、違和感を感じました。その方の語るメイド像と、私が知っているメイド像(あるいはオタク界隈におけるメイドブーム)は、あまりにかけ離れていたからです。



ここで感じたことは、「当事者として語っておかないと、声が大きい人に上書きされてしまう」「自分のことを語られてしまう」という危機感と、「語られていた言葉に一理あるけど、それだけでは全然ない」との想いによるものです。



こうした経緯もあって、学会の会報誌に「メイドブーム」についての寄稿依頼が来た際はお引き受けしました。しかし、これまで述べてきたように私はブームそのものの主体ではなかったので、「ブームを誰が受け入れたのか」というのを、私が見た範囲で描こうとしました。


そして、「はじめに」に書いたように、『英国メイドの世界』出版後に「日本のメイドについてどう思うか」を聞かれる機会が多かったこともあり、「日本のメイドに関する仮説や疑問を全て、この機会に解消しよう」と思いました。当時の自分は真面目だったので、言葉に残していました。ありがとう、昔の自分。




メイドブームの可視化を星座にたとえていますが、光を強く放つ星(=手に入った情報)だけで星座を作っているかもしれません。でも自分の目に見えないだけで、もっと多くの星があるはずです。それに、立っている場所が北半球か南半球かで見える景色も違います。その上、天気にもよっては見えないものもあるでしょう。

つまり、私に描けること、できることはわずかです。

ただ、少なくとも私の手元には多くの星の情報が運良く集まっていて、気が付けば見晴らしのいい場所にいて、それを星座として伝わりやすくする状況が整っていました。私は「完全ではない」にせよ、「分かっていること・分かっていないことを明示して書く」ことにそれほど抵抗がありません。仮説を含むものですが、「今、出来ているもの・見えているもの」を公開することで、他の方による視点から学べたらと思いますし、それがウェブらしく思えました。

本来、『英国メイド』の研究に専念したいのですが、いろいろと視点を相対化する上でも、自分が本を出せた環境や先人の作った環境を理解し直す上でも、というところで言葉にしました。

仮に、1993年をメイドブームの起点とすれば、もう18年です。今から10年後よりも、今時点で振り返った方が、後の時代に生きる人に見えるのものが多いのではないかと思いますし、10年後もまだ関心を持つ人がいるよう、今できることをしておこうというところです。
10年後に読んでくれる人がいることを願って(2011/01/29)

元々、私が『英国メイドの世界』という本を作れたのも、同人活動の際に、メイドブームのおかげで「メイドが大好きな読者の方たち」と出会えればこそです。また、その同人時代に出会った方の中には、「少女漫画で大勢のメイドを見たことがある」と、おおやちきさんの少女漫画を上げられた方がいて、そうした「どこでメイドに出会ったのか」のルーツにも興味を持ち、ブームと共に、そもそもなぜブームに至ったのかを調べようとも思いました。当時、ブームを個別に記したテキストはあっても、ブーム全体を俯瞰したテキストはありませんでした。



そこで、まず調査をしようと、テキストをウェブ公開したり、同人誌を書いたりと、いろいろと幅を広げました。以下がウェブと同人誌で記した、『日本のメイドカルチャー史』の骨格を作る調査となります。もちろん、数年前のものなので、より調査を重ねた出版時の内容よりも粗いものですが、道筋はできていました。



[特集]第1期メイドブーム「日本のメイドさん」確立へ(1990年代)

[特集]第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)

同人誌『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』

同人誌『メイドイメージの大国ニッポン 漫画・ラノベ編』

同人誌『メイドイメージの大国ニッポン 新聞メディア編』



「日本のメイド」に言及するため、それまであまり接点がなかった「メイド喫茶」についても踏み込みました。幸いにも、縁には恵まれていました。池袋の「ワンダーパーラーカフェ」創業前には同人誌を送ったこともありましたし、 クラシックな制服の「シャッツキステ」に興味を持ったり、『英国メイドの世界』が意外とメイド喫茶クラスタに響いて、twitterでフォローされる中でフォローを返すことでその世界を知り、「シャッツキステ」での出版イベントや、「月夜のサァカス」での書棚展示・勉強会企画を通じて、多くの人に出会えたからです。



様々な人がメイド喫茶に関する情報を出している中で、自分の立ち位置は、「メイド喫茶が世の中にはどう伝わっているのか」「世の中にイメージを伝えるマスメディア(雑誌・新聞)はどう伝えていたのか」でした。



そこで、先ほどの言葉が再び、頭をよぎります。




ここで感じたことは、「当事者として語っておかないと、声が大きい人に上書きされてしまう」「自分のことを語られてしまう」という危機感と、「語られていた言葉に一理あるけど、それだけでは全然ない」との想いによるものです。



この言葉は難しく、私にも返ってきます。『日本のメイドカルチャー史』を書いた私も、ある人にとっては「上書きする側」に仲間入りを果たしたからです。その「上書きされる」「言及されていない」ことから出てくる声を聞きたいとの思いも出版の目的とはなりますが、メイド喫茶についてのレポートは多くあっても、メディアがどのように伝え続けていたのか、体系的な情報がありませんでした。



一般的に、自分が関心がないことは、基本、判断材料・情報がないので、メディアの情報を受け入れやすくなるでしょう。私が「はじめに」で書いたように、メイドに詳しくないはずの「元同僚」たちが「メイド」と聞いて「メイド喫茶」を連想できるぐらいには、情報が流布しているのです。その「メディア」によるイメージ形成に、興味を持ちました。



ある時、たまたま「ライトノベル」という言葉が世の中にどう広まったのかを調査した本『ライトノベルよ、どこへいく―一九八〇年代からゼロ年代まで』を読みました。その調査で使われていた「大宅壮一文庫」の雑誌アーカイブを知り、「どうせならば、すべてのメイドに関する雑誌記事を調べよう」「新聞記事もデータベースを友人が教えてくれたので利用しよう」と、それぞれ数百の記事を読み込みました。



その結果の一つが、同人誌『メイドイメージの大国ニッポン 新聞メディア編』であり、雑誌によるイメージ形成は、メイド喫茶データを収集していた、たかとらさんによる同人誌『メイドカフェ批評』への寄稿でした(メイドイメージを映し出す雑誌・新聞記事の調査



最初の話に戻りますが、このように自分自身が調べる理由を持ち、マイペースで好き勝手に調査を続ける私を、太田様は忘れず、気長に待ってくださっていました。当時の担当編集・今井様も粘り強く、私に原稿を促し、書く方向に支えてくれました。



そして、日本のメイドを解説する「新書」として作ることになりました。



ここが大切です。



新書、です。



そこから、相当に集中して、これまでの研究成果の詰めと図版の収集を行いました。ただ、上記に記したエリアと、本書で発表されているエリアのギャップを埋める必要もあり、研究は続きました。そして、まずは自分が好きな形で全てを書き尽くし、そこから新書にブラッシュアップしようと考えました。



ようやく研究が終わったのが、2017年4月でした。新書になっていない、研究成果の「原酒」とでも呼ぶべき、非常に濃いものでした。それでもまず提出して欲しいとの話を受けて、その先、どうやって新書に落とし込むのかを考えながら、星海社・太田様にお会いしました。



太田様の第一声は、

「久我さん、この原稿は、僕が頼んだものじゃない、頼んだものじゃないけど!」
でした。











太田様の英断で「そのままの形」で出版が決定しました。当時、51万字有りました。私の狂気に、太田様が付き合ってくれた瞬間でした。



太田様からは『英国メイドの世界』でブックデザインを行った原田恵都子様にお願いしましょうとの提案もあり、スケジュールが合致したこともあって、お引き受け頂けることになりました。



その後、出版に向けた大幅な書き直しと追加調査、校正を進めました。この時点ではまだ、最終章も書き終わっていませんでした。前回『英国メイドの世界』の時は会社を辞めて出版に専念しましたが、今回は働きながらの作業だったため、3ヶ月以上は校正と膨大な図版と資料の整理となり、担当編集の櫻井様に多大な迷惑をおかけしつつ、ようやく出版にこぎつけました。前回は締め切りがない中で時間も豊富で趣味としての最大限の追求でしたが、今回は締切内で仕上げるために、有給も可能な範囲で使い、休みのない時間が続きました。



表紙の帯は、武内崇様に描き下ろしていただけました。同人サークル「竹箒」にて活動された武内様は私にとっては同人活動における偉大な先輩です。また私自身、「TYPE-MOON」作品のファンであり、2009年12月に刊行された武内様のイラスト集の感想をルビコンハーツ・『京都、春。』との出会いと構造の面白さに書いたように、武内様の描くキャラクターと世界が好きでした(詳細はあとがきに)。



私がこのような運と縁とに恵まれたのは、この『日本のメイドカルチャー史』を書くようにと、「メイド神」か何かに指名された結果に思えます。たまたま調べることが好きな人間として「私」がいて、調査研究のリソースもありました。日々、調査の過程でメイド要素を見つける日々も、考古学的な発見をするような、知的快感が絶大でした。



同人も支えでした。研究を続けるためのモチベーションも経験も、同人の場で多くの方に出会って学び励まされて培うことができました。そして、出版を後押ししてくれる方にも恵まれました。



こうして、上下巻の形でお届けできるのも、奇跡なのです。



私のメインテーマは「英国メイド」と「家事使用人」で、そのうちそちらの研究に戻るつもりですが、まずは本書が基礎研究のひとつとして足場となれれば、幸いです。



今はまだ書けない『日本のメイドカルチャー全史』に向けて、いろいろな人に出会いながら。


そして次回作は2018年初夏ぐらいに「新書で執事」

太田様から発表がありましたが、再び星海社から本を出します。



「メイドブーム」を調べていた余波で、実は執事ブームについての情報も集まっていました。また、元々、私は英国メイド研究者でありつつ、本来は「英国の家事使用人研究者」なので、英国執事研究者でもあります。前作、『英国メイドの世界』も、実は半分ぐらいは執事を筆頭として男性使用人の情報で構成されています。そうした蓄積をベースに、執事についての本を書きます。



こちらも、ご期待ください。