ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

「日本の執事ブーム」を解説する新刊『日本の執事イメージ史』を星海社から出版予定・告知

『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』 2018年8月24日刊行予定

タイトル通り、日本の創作(漫画、アニメなど)における「執事のイメージ」が、いつぐらいから変わり、現在の形にいたったのかを解説する『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』を、星海社から2018年8月24日刊行する予定です(この記事を書いている時点で最終の著者校閲の資料待ち)。





(アマゾンの画像は旧タイトルで入っていますので、そのうち修正されます)


執事ブームとメイドブームの類似と相違

本書誕生のきっかけは、『日本のメイドカルチャー史』にあります。日本のメイド作品を調べていると、執事が同僚として出てきており、執事ブームを考察する項目を作りました。英国メイド漫画の金字塔『エマ』でも、メイド喫茶作品となる『会長はメイド様!』でも、枚挙にいとまがないほどに、メイドの登場と重なって、執事も登場していたのです。



とはいえ、「執事ブーム」を一定のボリュームで書くと、「メイドブームの本」としては収まりが悪くなるため、星海社の太田さんと櫻井さんから「新書にしましょう」とご提案をいただき、切り離すことになりました。とはいえ、言及した範囲が限定的だったため、その後、半年間を使ってほぼ書き下ろしになり、資料本も数百冊、雑誌記事も数百記事を取り寄せて読むことになりました。



全体としては「日本の執事ブーム」を解説する本となり、「1990年代のメイドブーム」と比較をしながら、どのように執事イメージが変化し、「執事喫茶」が生まれ、世の中へイメージが伝わっていったのかを扱いました。


「日本の執事」であること

元々、私が専門とする英国家事使用人の職業研究でも、メイドと執事は同じ職場にいる(執事がいるかは限定的ですが)ものであり、私も2009年に『英国執事の流儀』という執事専門同人誌を作っていますし、『英国メイドの世界』もそのタイトルに反して?、執事やフットマン、ヴァレット、コーチマン、ガーデナーやゲームキーパーなど屋内・屋外の男性使用人の職業解説も行っており、「執事」という職業自体は私の研究フィールドの範囲内でした。



ところが、「日本の執事ブーム」として見た場合に、最も難しかったのは、日本には「執事」という言葉が先にあることです。「英国執事=butler(家事使用人)」が後付けで「執事」を割り当てられたがために、「執事」と書かれている場合に何を意味するのかは、一対一ではないのです。このため、日本における「家事使用人としての執事描写」は、旧来の意味合いの「執事」を含んで描写されることがありました。



「メイド」の場合、「女中」「女給」など対応する言葉はありますが、そのままの「メイド」という言葉では、メイドブーム以前には普及していません。ここに、大きな差があります。



以下、日本における「執事」の意味です。「家事使用人」の言葉はありません。



  • ① 身分ある人の家にあって、庶務を執り行う人。
  • ② 内豎所ないじゆどころ・進物所しんもつどころなどの庶務職員。
  • ③ 院司・親王家・摂関家大臣家などの家司けいしの長。
  • 鎌倉幕府の職名。
    • ㋐ 政所まんどころの次官。
    • 問注所の長官。
    • ㋒ 執権しつけんの別名。
  • 室町幕府の職名。
  • 江戸幕府若年寄の別名。
  • ⑦ 寺社で、事務に当たる役。
  • ⑧ 〔deacon〕 キリスト教会の職務の一。聖公会では司祭、ルター派教会では牧師に次ぐ聖職者の職務。長老派・会衆派教会では信徒の職名。聖礼典の補助、会計管理などを行う。正教会では輔祭ほさいという。 → 助祭
  • ⑨ 手紙の脇付わきづけの一。貴人への手紙のあて名に添える。

執事 大辞林:第三版より引用



「執事本出版するよ!」という情報に対して、「(足利尊氏の執事の)高師直いるの?」という反応も見ました。さすがにこの領域すべてを扱うのは困難であるため、「家事使用人としての執事」にエリアを限定しています。



ただ、例外として、「身分ある人の家にあって、庶務を執り行う人」に該当する「家令」など、「華族の家を仕切った家職」について言及をしました。これは英国貴族の家にあった職種「house steward」が「家令」と訳されることや、明治以降に西洋化が進んで洋館に住む生活様式を取り入れていった華族家を運営する「家令」のイメージが、「日本の執事イメージ」形成に影響を与えているためです。



「家事使用人としての英国執事的な仕事描写」は、1990年代に少しずつ、日本の創作で見られていったものと、本書では考察しています。そして、最も大きなテーマが、「執事の低年齢化」です。執事が「青年」「少年」となることで、それまで脇役だった執事が主人公になることができました。これもメイドにはないトレンドです。そして2006年の「執事喫茶の誕生」以降、「執事」の言葉には「執事喫茶の店員」の意味も加わりました。そうした現実の動きと創作イメージとが混ざり合う点では、「メイド喫茶」が生まれてメイドのイメージが塗り替えられたことと重なりがあります。



面白いことに、英国でも「執事」の意味が変わりました。絶滅寸前といわれた執事は、執事養成学校の誕生により、ホテルを職場とする「ホテルバトラー」としての機会が大きく広がり、さらにはホテルバトラーよりも長い歴史を持つ「コンシェルジュ」のイメージも吸収していきました。偶然にも執事ブームと重なる時期に、日本でも「コンシェルジュ」の言葉が認知・流通していく「ブーム」が生じていました。



新書という制約もあって書ける範囲は絞られているために、広げられる範囲・深められる範囲は多いと思いますが、まずは「きっかけ」として、この領域へ関心を持つ人や、執事が好きな人がより執事を好きになる一冊となれれば幸いです。


目次

詳細の目次は後日出しますが、以下、概要での目次です。




はじめに

第1章 英国執事と日本の執事

第2章 執事トレンド ブーム前夜の執事の低年齢化と主役化

第3章 執事ブーム元年 2006年の執事喫茶誕生

第4章 執事ブーム1 2006年からの執事作品増加とその広がり

第5章 執事ブーム2 ミステリと児童作品の執事

第6章 現代の執事イメージ

エピローグ



それぞれの章について、簡単に示すと次のようになります。



 第一章で、元々の私の専門領域「バトラー」と、それに対応する「明治以降、屋敷で働いた日本の執事」を扱います。



 第二章から「執事ブーム」へ至る「執事トレンド」として、「バトラー」が描かれた漫画やアニメと、「日本独自の執事」が登場した広範な作品を扱い、脇役だった執事が低年齢化、主人公化する傾向を描き出します。



 第三章では、執事イメージの広がりに大きな役割を果たした最初の執事喫茶スワロウテイル」の誕生の経緯と報道と、もう一つの執事喫茶「バトラーズカフェ」を扱います。



 第四章では、同じ2006年以降の「執事ブーム」を牽引する『メイちゃんの執事』、『黒執事』に代表される執事作品の増加傾向と、2000年代から2010年代作品を中心に、様々な軸の執事作品を解説します。



 第五章は『謎解きはディナーのあとで』の大ヒットとミステリ作品・探偵作品で脇役だった執事が、探偵助手・探偵となっていく変化と、児童向け作品の執事にフォーカスします。第二章で語る対象からミステリ作品は除外し、ここで一気に解説します。



 第六章は企業のビジネスで活用されるブランドまで進化した「執事」のイメージと、英国で1980年代から登場する「執事養成学校」とホテルの場での広がりやコンシェルジュとの違い、そして「現代の執事」の広がりを考察します。