ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『チャーチルの新・秘密エージェント』と、英国の暮らし再現ドキュメンタリー/リアリティーショー

はじめに

英国の屋敷っぽい風景があったので、何気なく第1話を見始めたNetlifxオリジナル番組『チャーチルの新・秘密エージェント』は、1940年代の時代を再現し、そこで第二次大戦中の英軍が組織した、敵地に潜入して工作を行う特殊作戦執行部(Special Operations Executive、SOE日本語版wikipediaは充実していましたので、FYIで)として、一般の応募者が当時のSOEと同じ選考試験を受け、さらに通過者はSOEとしてのトレーニングを受けるという番組です。

この番組は、英国で定番化している「一般人が参加するリアリティーショー」の観点と、「歴史を伝えるドキュメンタリー」の観点、そして「当時の技術・手法」を再現する番組として、英国で数多くある番組の系譜として、非常に面白いものでした(日本では、『ザ!鉄腕!DASH!!』がこれに近しいでしょうか)。

英国が好きな人、ミリタリが好きな人に、おすすめです。

「秘密エージェント」の訓練を受ける現代人

第1話では「選考過程」として、1940年代の格好をした、様々な職業経験・バックグラウンドの14名の現代人が「スコットランドのあるカントリーハウス」(あらすじでは、人里離れた邸宅)に集められて、エージェントとしてのスキル・資質を審査されました(外国語、勇気、判断力、適応力、身体的強さ、リーダーシップ、観察力など)。

実際にあった4日間のSOEの選考をできるだけ再現し、参加者をフィルターにかけるプロセスを担うのは、番組に協力する軍隊出身者たちの教官・選考官と、SOEを研究する歴史家です。彼らは多様な軸で日々審査を行い、秘密にされていたSOEの選考・トレーニングを体験して、「エージェント」として鍛え上げていくのです。

面白かったのがテストの内容で、たとえば記憶力や観察力をチェックするテストでは、「建物の地図を覚えて」と記憶力を試す教室でのテストのように始まりますが、突然、「追いかけられている人」と「銃を撃つ人」が乱入し、教室の中を通り過ぎていくのです。あまりの出来事に反応は様々ですが、教官は冷静に「今、撃たれた銃の回数は?」「二人組のうち、どちらが衣服をはだけていたか?」など、本番の審問を始めました。

審査過程で様々な個性も出てくる中で、私が一番気に入ったのは「チームを組み、いかだで、池の真ん中にある箱を回収する」テストです。樽や木の棒、ロープ、櫂などがある中、リーダー役の人が指示を出しながらいかだを組み上げ、回収に向かうのですが、最初の班は「全員で乗り、途中で転げ落ち、いかだも解体」されて、失敗します。

ところが、第二班ではひとり特殊な人がいて、「池の周りを歩き回って観察」して、「隠されていたいかだ」を発見しました。そして前の班とは異なる結果を出すのです。

勇気を試すために、高い木と木の間に渡したロープを渡るテストもありました。より高い場所と、低い場所と、ふたつの渡る場所があり、どちらを渡るかで結果も変わるのです。

最終日には、「誰と一緒に任務をしたいか」だけではなく、「誰とは組めないか」を各人が全員の前で発表するという、テストも課されました。ここは、リアリティーショーの系譜を受け継ぐものでしょう。

歴史番組としての構成

もうひとつのユニークさは、「第二次世界大戦の当時を、SOEという視点で伝える」歴史ドキュメンタリーとしての要素です。SOEを創立した戦時経財相ののヒュー・ダルトン(エージェントによる敵地でのゲリラの組織化・遂行)や、SOEが実戦投入されるまでの経緯が語られます。

当初、敵地への潜入への協力に必須となるイギリス空軍は「暗殺者の一般人への偽装は信義に反する」として反対し、海軍も「海峡より先へ輸送しない」と、非協力的な時期がありました。

実在した隊員の写真やプロフィールも、合わせて紹介されます。そこには、祖国フランスのために志願した女性がいたり、教員だった背景の志願者が敵地で武装レジスタンスを組織する指揮官になっていたりと、「普通の人の戦争との関わり」も伝えられます。

番組では、1941年のポーランド侵攻後、ポーランドからの避難者・亡命者が英国の防空に貢献した経緯もあり、ポーランドへの潜入工作にSOEが起用されることが決まり、イギリス空軍の協力で、3名がポーランド南部に降下しました。

第1話はここまでで、第2話「戦闘技術」として武器・爆発物の扱い、近接格闘術や作戦行動、第3話「サバイバル訓練」で極限まで追い込まれ、第4話「卒業試験」で開錠や暗号、尋問への対応、そして第5話では厳選されたメンバーで24時間の最終計画を遂行する、というものになっていきます。

まだ全話を見ていないのですが、「技術の再現」「リアリティーショー」、そして「SOEの歴史」がこの後も描かれていくのでしょう。

個人的にふと思ったのが、もしもこれば「番組」ではなく、「本当のエージェント」を探すもので、最後に実戦に投入されるというものです。それはフィクションの題材にもなるでしょうし、既にあるとは思いますが。

英国で定番化している「暮らしの再現+歴史+リアリティーショー」

補足で、なぜ私がこの辺りの番組を見ているかについて。

私個人は英国メイドや執事を研究する立場から、「過去の英国の暮らしを再現・体験するドキュメンタリー」が大好きで、英国ヴィクトリア朝の料理を再現しつつ当時を解説する『The Victorian Kitchen』や、屋敷の菜園(キッチンガーデン)を当時のガーデナーの技術で野菜や果物を育てる『The Victorian Kitchen Garden』、あるいはヴィクトリア朝の農場の技術を再現する『Victorian Farm』や、薬局を描く『Victorian Pharmacy』など、このジャンルを見ています。

そうした主流の「技術の再現と、当時歴史を解説するドキュメンタリー」に加えて、英国では一般人が作品に応募・参加する「リアリティーショー」が根強く存在します。

私がそのジャンルに初めて出会ったのが、1900年の中流階級の生活を家族で体験する『THE 1900 HOUSE』で、以降、エドワード朝の貴族の邸宅で「主人たち家族」と「メイド・執事など家事使用人」を体験する『MANOR HOUSE』(The Edwardian Country House)、1940年代の戦時下の暮らしを体験する『THE 1940s HOUSE』といった作品もあります。

日本では恋愛系では『あいのり』や、『バチェラー・ジャパン』などもありますが、英国では「当時の生活と歴史ドキュメンタリー」とを融合させたジェーン・オースティンの『高慢と偏見』をテーマにしたリアリティーショー、『REGENCY HOUSE PARTY』の放送がありました。軸が難しく、あまり面白くなかったので全く話題になりませんでしたが。

他にもいろいろな時代があり、中世の農場を再現する『Tales From The Green Valley』や、『Victorian Farm』を主導したRuth Goodmanが中世のお城の生活の再現を試みる『Secrets of the Castle』などもありますし、ヴィクトリア朝シリーズの新作・パン屋さんを扱う『Victorian Bakers』や、ある通りを舞台に家族で商店を営み、年代ごとに取り扱う商品が変化してスーパーマーケット的な業種が勝利を収める『Turn Back Time: The High Street』などもあります。

「接収された屋敷」

「人里離れた邸宅」なのは、当時、軍が屋敷(領地に囲まれたカントリーハウスを含む)を接収して軍事施設に利用した故事にならったものです。第二次大戦中、人里離れた領地にある屋敷は人を集める軍の駐屯地としての利用に適しており、接収されました。建物はダメージを受け、戦後、それが理由で取り壊した屋敷も多くあり、研究書『Requisitioned: The British Country House in the Second World War』なども出ています。

Requisitioned: The British Country House in the Second World War

Requisitioned: The British Country House in the Second World War

この戦時下の屋敷を舞台にした私が思いつく作品では、『Brideshead Revisited』(ブライズヘッド再び)と、NHKで放送した戦時下の生活での事件を描いた『刑事フォイル』などがあります。

終わりに

この辺は、そのうち、紹介するテキストを書いていきます。私の情報収集力が低いので日本での類似した展開ですぐ思い起こされるのが、『ザ!鉄腕!DASH!!』だったというのが、少し驚きでもあります。

過去の伝統料理の再現などは様々に見かけることもありますが、「その時代の生活レベルに、一般人を放り込み、数週間〜数ヶ月生活をさせる」という番組は、自分の情報圏内に入ってきません。ただ、私が今回取り上げた作品群も、10-100万人にひとりしか日本では知らなさそうなので、このジャンル自体がそういうものかもしれません。

Netflixオリジナルでは、そのあたりの生活技術再現+歴史ドキュメンタリー系を期待したいと思います。

なお、日本の生活史を描くものは、書籍ではいろいろとあります。今回のテーマに近い強いものでは「昭和のくらし博物館」の小泉和子氏による、『くらしの昭和史 昭和のくらし博物館から』や、『パンと昭和』、そしてメイド研究者として欠かせない『女中がいた昭和』をあげます。

パンと昭和 (らんぷの本)

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女中がいた昭和 (らんぷの本)

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