ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『帯ギュ』と『とめはねっ!』で見る河合克敏先生の視点と独自性

はじめに

NHKでドラマ化されたことや最新刊が出たので、『とめはねっ!』について感じたことを書いておきます。主に、河合先生の代表作『帯をギュッとね!』にも最近の新しい人の目が向けば良いなぁとの願いもこめて。



とめはねっ! 6 (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ! 6 (ヤングサンデーコミックス)





河合先生については以前、河合克敏先生、森薫先生、梅田望夫さんの「好きを伝える力」にてふれましたので、そちらを先にご覧いただけると、今回の趣旨がより伝わりやすいと思います。



また、『帯ギュ』と『とめはねっ!』の一部ネタばれを含みますので、上記エントリ含めて、コミックスを未読の方はご注意下さい。




















部活論〜努力と結果と、個人の達成感

今回、これを書こうと思ったのは以下のエントリを読んだからです。



『とめはねっ!』にみる文化系部活漫画の「努力」について - 水星さん家



河合先生の代表作といえるコミックス『帯をギュッとね!』では体育会系努力論がありました。「努力の量に結果は比例するのか」「練習量を増やさないと勝てないのか」との問いかけがあり、そこを主人公たちが乗り越える話が出てきます。当時読んでいた自分には結構、衝撃的なエピソードでした。



帯ギュ』では、強くなるため練習を増やそうという部活のメンバー・斉藤と、強豪高校と同じかそれ以上の長時間練習をしても追いつくのは不可能で、そんな練習を強いられるのは耐えられないとするメンバー(主に杉:宮崎・三溝)で対立が生じます。望月さんが「強豪に追いつくため、練習量を増やそうとした」ことと、少し似ています。



努力は大切です。『帯ギュ』で「強くなるには練習を増やす」とした斉藤の意見はもっともですし、今から「死ぬほどの練習はできない」と反発する杉、強いられるのは好きじゃないとした宮崎の意見ももっともです。



この対立を解消したのは、主人公の粉川でした。解決のプロセスは原作をお読みいただきたいのですが、粉川と斉藤は様々なスポーツのトレーニング方法を調べ、「短時間・集中した練習で効果を出す事例」から、「効率的な練習方法」を提案します。そして、具体的に「筋肉量を5kg増やす」「裏技(相手の意表をついてポイントを得る技)を持つ」ことで、相手と同じ練習量を追い求めるのではなく、「努力の質」を変えることで勝てる可能性を高めようと動きます。



その後も彼らは練習のプロセスを変えることや主体的に考えて取り組むことを練習に取り入れ、強いられた辛い練習でもなく、「結果を得るための努力のプロセス自体を楽しむ」発想で練習を続けました。(ベースには、柔道家だった神取忍さんの発想があったとのことです。最近では桑田真澄さんの少年野球の練習論が、それに近いかもしれません)



とめはねっ!』は文化系であるが故に、上記のエントリにあるような「文化系で何を大切にするか」という方向性へと進んでいきますが、『帯ギュ』があって、その先に同じ視点での別の形をした河合先生の「部活論」が続いているように思います。(『モンキーターン』も「勝つために考え抜く努力をする」点では同じですね)



私的なことですが、「努力を楽しむようにする・工夫する」考え方は、自分に取り入れるようにしています。以前は会社で働くことと同人活動は時間を奪い合うものと考えていました。しかし、社会人スキルのいくつかは同人活動に応用が利き、同人活動の経験がある種のスキルの実践の場となって社会人活動に役立っていることに気づきました。大変ですが、その大変さを楽しめる道を見つけようと模索しています。


読者とのコミュニケーション:『絵筆をギュッとね!』から『MAKING OF TOMEHANEっ!』への進化

今回、このエントリを書こうと思ったもうひとつの理由は、『帯ギュ』で非凡だった点が、『とめはねっ!』では別の角度で受け継がれて発展していたからです。



それは、読者参加企画『MAKING OF TOMEHANEっ!』です。



かつて『帯ギュ』には読者からのイラスト投稿を受け付けて巻末に掲載する、『絵筆を持ってね!』と呼ばれる名物コーナーがありました。その投稿数は非常に多く、DJ的な読者との交流の場になっていたと思います。(最終巻30巻はこの企画をあえて掲載せず、柔道の普及に努めた亡きお父様や、お父様のように現場で普及に勤められる柔道家への敬意を表した言葉が掲載されていて、印象に残りました)



モンキーターン』ではこの名物コーナーは続きませんでしたが、『とめはねっ!』は別の形で、広がりを見せました。読者から投稿貰うのは同じですが、作中の作品として登場させています。



もちろん、古くは『キン肉マン』にあったような読者が考えたキャラクターを出演させる「僕が考えた超人」やそれに類した企画はあったと思いますが、「作品そのもの」をうまく活用したのは、珍しいと思います。書道、なればこそでしょう。



また、『とめはねっ!』の企画の面白い所は「新しい書道の表現の場」として、人気あるコミックスが機能する点です。多くの読者がいるところに、才能は集まります。(pixivのように。かつての『絵筆を持ってね!』のように) 全国の書道部の高校生にとって、コミックスへの掲載は、楽しめるひとつの「目標」になるのではないでしょうか。



そのジャンルを描くことで、そのジャンルで今活動する人の才能を集める場を作る、作品を寄せてもらえるだけの「信頼される場」を提供している河合先生の作家としての在り方が、個人的に大好きですし、尊敬できるところです。


終わりに

とめはねっ!』で柔道選手の望月さんが出てきていることは原点回帰でありつつ、『帯ギュ』『モンキーターン!』、そして『とめはねっ!』と作品を作り続けられた河合先生の現在の集大成ではないかと、思えます。



登場する望月さん、そして大江のキャラクター性は、河合先生の作品ではあまり見てこなかったタイプで、その辺りでも楽しめますし、作品世界の広がりを感じます。特に望月さんは現代のヒロイン像の中でも稀有なぐらい、「悔し涙」を流します。ファー様を連想させるほどに。天真爛漫です。そして6巻最終コマの顔芸、ヒロインの顔じゃないです(笑)



ということで(文脈が断絶しているかもしれないですが)、『とめはねっ!』に興味を持たれた方で、まだ『帯をギュッとね!』を未読の方は、この機会に是非。もちろん、『とめはねっ!』を未読の方も、この機会に。



とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)

とめはねっ! 鈴里高校書道部 1 (1) (ヤングサンデーコミックス)



モンキーターン 1 (少年サンデーコミックススペシャル)

モンキーターン 1 (少年サンデーコミックススペシャル)



帯をギュッとね! (1) (小学館文庫)

帯をギュッとね! (1) (小学館文庫)