ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『小林さんちのメイドラゴン』アニメ化記念 擬人化・人外のメイド作品考察



小林さんちのメイドラゴン』が京都アニメーションによってアニメ化するのを記念して、「ドラゴンが恩返しでメイドになる」という同作品以前に、どういう「人外メイド」(人ではない存在がメイド:擬人化する場合・しない場合)作品があったのかを考察しようかと思います。京アニとメイド作品についても語ることが多いので、その考察は近いうちにします。



そもそも『小林さんちのメイドラゴン』の場合、「恩返しはわかる。でも、なんでメイド?」という疑問が生じるかもしれません。これは雇用主となる小林さんがメイドマニアで、ドラゴン・トールの命を救い、行き場所がなかった彼女に対して、「うちくる?」と同居を申し出て、かつメイド姿というリクエストを出したことに由来します。



「行き場所がない人を、メイドとして預かる」「恩返し」の構造もまた日本の漫画・ラノベなどで育まれたメイド表現様式でもありますし、「雇用主がメイドマニア」という軸もまた考察の対象として面白いものなのですが、本題の「人外メイド」について簡単に触れていきます。書いてみたところ、「恩返し要素」が非常に低いですが……



※1.私がこのテキストを書くのは、メイド研究をしているからです。直近では『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』という同人誌を作成しています。直近の考察では1990年代のCLAMP作品に見るメイドイメージを書きました。

※2.以下のテキストでは、家政婦とメイドを意図的に混同している点もあります。


原点は『鶴の恩返し』

人ではない存在が、人に姿を変えて、恩返しに来る。この構造は、日本人にはおなじみの民話『鶴の恩返し』が原点となるでしょう。当たり前すぎるこの物語構造とメイドの結びつきを教えてくれたのは、『鶴の恩返し』をモチーフにしたメイドキャラがいる作品『オオカミさんと七人の仲間たち』でした。



オオカミさんとおつう先輩の恩返し (電撃文庫)

オオカミさんとおつう先輩の恩返し (電撃文庫)



この作品はおとぎ話をモチーフにしたキャラクターたちが主役をしており、その仲間たちの中に「おつう先輩」というメイドキャラがいました。「おつう」という名は中学時代に教科書で読んだ戯曲『夕鶴』(『鶴の恩返し』に派生する『鶴女房』をベースとした作品)に由来します。恩を受けた鶴が女性・おつうに姿を変え、助けてくれた青年・与ひょうとと「女房」として暮らすこの戯曲は、『小林さんちのメイドラゴン』に重なります。



夕鶴・彦市ばなし (新潮文庫)

夕鶴・彦市ばなし (新潮文庫)





なお、『オオカミさんと七人の仲間たち』のおつう先輩は人間です。


人外メイドの系譜

人外メイドを調べていくと、「人外の存在がメイドとして働く」物語は無数にあり、人外の存在を広げれば吸血鬼や悪魔、幽霊、メイドロボ(ある意味、FSSのファティマもそうですね)も含まれます。さらに人外の系譜もいくつかあり、「本来の姿が別にあり、完全に擬人化する場合」「一部だけ要素を残す場合(メイドラゴンのトールが該当。竜の角、尻尾が残る)」、「本来の姿のまま擬人化しない場合」、「元々の設定がメイドで、種族が違うだけの場合(『魔界から来たメイドさん』)」や、「何かしらの契約・任務で、主人公より上位の存在ながらもメイドとして仕える場合(本位・不本意)」など、組み合わせは無数です。



とここまで来つつ、『小林さんちのメイドラゴン』のアニメ放送前に書いていますが、終わらなさそうなので、目に付いたところから数作品をご紹介します。猫耳に偏ってしまいましたが。


擬人化したメイド:『魔法少女猫たると

魔法少女猫たると 1 [DVD]

魔法少女猫たると 1 [DVD]



魔法少女猫たると』(2001年)は、『鋼鉄天使くるみ』や様々な作品でメイドを描いてきた介錯氏の作品です。基本的に「猫」の要素が強く、また幼い少女という点で、家事を有能にこなすというよりも、近くにいることで癒されるキャラクターとして位置づけられています。メイド服なのは「魔法少女猫」共通の設定ではなく、上記で紹介するDVDパッケージにあるように、他の猫の子たちは和服や違うデザインの洋服を着込んでいます。



なかなか解説が難しい作品なので、アニメ版公式サイトのあらすじから。

たるとは優しいご主人さま、最中庵のもとで幸せに暮らす猫ミミ少女 大好きな庵のためになんとか役に立とうと、いつも一生懸命にがんばっている。 そんなたると達が丘科町に引っ越して来た。たるとはその日のうちに、勝気な猫ミミ娘・シャルロッテ、着物がお似合いのまったり系 の猫ミミ娘ちとせ。モモンガの少年・柿ピーと知り合う。 そして、はじめて「キンカ族の姫猫風説」を聞かされ、自分がその姫に違いないと思い込んでしまうのだった。それには幾つかの根拠があった。たるとは赤ん坊の頃に捨てられていたと云う事、そして何よりチョッピリだが魔法が使えると云う事実。
その日を境に、たるとは一念発起!いずれお城からお迎えが来た時に姫に恥じない「大魔法使い」になろうと魔法修行に頑張るのだった。それは、同時に大好きな庵ともいつかは離ればなれになる事を意味していた。たるとは恋と大儀に引き裂かれ、小さな胸をいためるのだった。
http://www.e-tnk.net/anime/anime_taruto.html

『天然家族みにっつめいど』




孤独な小学生・あきはの前に現れた謎の猫耳メイドさん・たま。亡くなった父に仕えていたという彼女はなんとも風変わりで!?
というあらすじのこの作品、謎の猫耳メイド・表紙を飾るのが「たま」です。小学生の秋葉原あきはの父は天才科学者ですが事故で行方不明となり、父に仕えていたというたまがやってきます。このたまは、猫の遺伝子を組み込まれた人造人間という点で、人外メイドとして位置づけられるものとなります。


『ミケさんは役に立たない!?』

ミケさんは役に立たない!? (バンブーコミックス)

ミケさんは役に立たない!? (バンブーコミックス)



『ミケさんは役に立たない!?』(2016年)は、一人暮らしをする高校生・大山真人のもとにやってきた家政婦のミケさんが家事をせず、働かないという導入です。名前が明示するように、ミケさんは元ネコです。亡くなった母はあの世で息子を心配し、その悩みを解消しようと神が遣わしたのが、ネコのミケでした。ただ、ネコのミケは元々が凶暴だったため、メイドになっても働かず、態度も大きく、家事をする能力も持たないため、大山真人の方がミケさんの世話をする状況に陥る「逆転」が生じています。

公式サイトあらすじは以下の通りです。


「幼いときに母を亡くした大山真人。高校入学を機に親戚の元を離れ一人暮らしを始めることに! そんなとき、真人の生活を助けるため派遣されたという家政婦のミケがやって来る。しかし、家事をしないどころか、毎日ぐーたらしてばかりで…。怪しい家政婦と男子高校生のご奉仕コメディ。はじまりはじまり!」
http://www.takeshobo.co.jp/book_d/shohin/2057401

猫耳娘『まかないこむすめ』



こうした働かないネコ設定に対して、『まかないこむすめ』(2008年)は働く家政婦として描かれています。




こんにちは! 家政婦の山中千恵子です。 ミミっ娘家政婦・山中千恵子。希望とヤル気を胸に訪れた新しい勤め先は、女流作家・柳沢さなえ先生のお宅---だったはずだけど、「家政婦なんて頼んでない」とすげなく断られてしまい・・・!? まったりほのぼの家政婦コメディ、待望の第1巻。
http://www.hmv.co.jp/en/artist_%E5%B0%8F%E8%B0%B7%E3%81%82%E3%81%9F%E3%82%8B_000000000400947/item_%E3%81%BE%E3%81%8B%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%93%E3%82%80%E3%81%99%E3%82%81-1_2773086
取り寄せ中なので内容未確認ですが、しっかりと家事を行うものの、なぜ「猫耳」なのかの設定はよくわかりません。



なお、801ちゃんまかないこむすめ(2009年)にイラスト付きでポストしていたので、紹介しておきます。


有能な「家政婦」としての動物

「恩返し」というところから外れてしまいつつありますが、有能で「猫」設定を維持したキャラクターの作品もあります。それが『きょうの猫村さん』(ほしよりこ、マガジンハウス)です。


二足歩行直立・『きょうの猫村さん

きょうの猫村さん 1

きょうの猫村さん 1





2003年にウェブ漫画としてスタートしたこの作品、二本足で歩いて人語を話す猫の猫村さんが、「二丁目のお屋敷で飼い猫だったんですけど、主人とそりが合わなくて」家を出たい、どうしても働きたいと、家政婦紹介所を訪れます。いぶかしむ所長に対して、猫村さんはエプロンをつけ、家事スキルを披露します。


『フレッドウォード氏のアヒル

さて、こうした「動物の姿のまま家事をする作品」は稀有に思える中、たまたま1990年代のメイド作品・家政婦作品を調べている中で出会った奇跡のような作品が1990年代に発表されている『フレッドウォード氏のアヒル』です。表紙の絵からは想像ができませんが……



フレッドウォード氏のアヒル (1)

フレッドウォード氏のアヒル (1)





作品概要は、あらすじをまず読んでいただくのが良いと思います。


敬愛するコナン・ドイルを逆読みにしたペンネームの小説家、エリオド・ナノク。サスペンス小説を書くのに疲れた彼が、都会の喧噪から逃れ、何もない田舎町へと引っ越してひと月が経ったある日、依頼していた住み込みの家政婦がやって来る。だが、家政婦とはなんとアヒルで!? ローズマリーと名乗る彼女は、料理が得意な気の利くアヒルで、自分は人間と同じように、なんでもできる特別な一族だと言うが…!?


きょうの猫村さん』同様に、このアヒルは有能な家事スキルを持ち、主人である小説家の家政を支えていきます。個人的に「アヒルで大丈夫なのか」と思うものの、よく考えると、我々は「ドナルド・ダック」というアヒルキャラクターを知っているので、問題はないかもしれません。




『フレッドウォード氏のアヒル』1巻「フレッドウォード氏のアヒル」から引用




犬による育児を描いていた『ピーター・パン』

そこから思い出したのが、英国のジェームズ・バリによる『ピーター・パン』(20世紀初頭)です。この作品では、ウェンディの家はメイドを雇うお金が無く、犬の「ナナ」が幼い子供の面倒を見ているのです。ディズニーによる映画化の際、このナナは、頭にメイドがつけるヘッドドレスをつけた姿で描かれており、Amazonで見つけた並行輸入品の置物では「Faithful Nursemaid」(忠実なナースメイド)と名付けられています。






うる星やつら』で『鶴の恩返し』とメイドの融合

ここまで「恩返し要素」が皆無な展開でしたが、このテキストを書こうと思ったのは、最近『うる星やつら』で「動物による恩返し」「メイド」の両立をした話、「PRT.19 タヌキが"ツルの恩返し”」(『うる星やつら』ワイド版6巻、1982年に発表された作品)を見つけたからです。



この物語では、鶴がタヌキ用の罠にかかっていたところ、たまたま自転車で通りがかった諸星あたるが救出し、「恩返ししろよ〜」と声をかけて、立ち去ります。ところがこの鶴はタヌキが化けたもので、タヌキはそのままあたるの背中に貼り付き、家についてきます。そして、本人としては「メイド」に化けて、風呂に入るあたるの背中を流す恩返しをしようとするのです。



この時、タヌキは「新しいハウスメイドのO島です」と、メイドを名乗っています。




うる星やつら』ワイド版6巻「PRT.19 タヌキが"ツルの恩返し”」P.312から引用







そもそも、『うる星やつら』は面堂家がお金持ちなのでメイドが出てきそうなものですが、黒服サングラスの男性付き人がメインで、唯一、屋敷の中で「メイド」という言及が出てきた時は御正月で和服だったため、『うる星やつら』のメイド成分は、このタヌキのみです。デザイン的にはラムの幼馴染「ランちゃん」がフリル付きのエプロンをつけているので、そちらの要素も重要になりますが。


超越的な力を持つメイド

最後に、『小林さんちのメイドラゴン』で描かれるような、「なんでメイドをしているの?」と思える存在がメイドを務める作品を、2つご紹介します。


うちのメイドは不定形』 from クトゥルー神話

うちのメイドは不定形

うちのメイドは不定形





うちのメイドは不定形』(2010年)は、クトゥルー神話研究の第一人者にして、メイド作品も熟知される森瀬繚氏が設定原案を担当するライトノベルです。日本人はなんでも萌え化を進めますが、クトゥルー神話神話もその例外ではありません。こちらもあらすじがユニークにて……




ある日トオルのもとに、家を出ていったきり戻らない自称・探検家の父親から大きな荷物が届けられた。
クール便で届いた南極発の荷物には、玉虫色の塊と「お湯で3分戻す」とのメモ。
怪しみながらトオルが風呂で温めると……なんとメイドさんが現れた!
手紙には「南極の古代遺跡で発見したメイドだ。おまえたちの世話を頼んである。あとはよろしく」とある。
一生懸命トオルに奉仕するメイドさんであったが、彼女に現代日本の常識などは通用しない。
トラブル続きの毎日を送っていたトオルに、謎の魔の手が……!


メイドであるテケリさんは人間文化に疎いものの、家事についても有能で、不定形であることを活用した触手やちびテケリさんとして分裂することで手を増やすなど、メイドの仕事に励みます。


悪魔もメイドに 『るくるく』



『るくるく』(2003年)はあさりよしとお氏の作品で、氏が描くので、ただのメイド漫画であるはずがありません。こちらも人間を超えた存在である「地獄の姫」「悪魔」が家に住み込み、主人公の中学生の世話をする話ですが、家事万能とはいかず、様々な失敗が生じます。




中学生・鈴木六文(ろくもん)の家に突然居候を始めた地獄の姫・瑠玖羽(通称・るく)と上級悪魔・ブブ。彼等の目的は人間界の“世直し”だという。更に悪魔を監視するために現れた天使ヨフィエルとルミエルが介入し、鈴木家はいつも大騒ぎ!?
この作品でメイドを務める世間知らずの「るく」が人間の文化に接している様子は、非常にかわいらしく描かれています。こっそり踊ることもあります。個人的に好きなシーンは、るくが文化祭の模擬店で、メイド喫茶のようなメイド服を着せられるところです。普段着ている服とは別に、装飾度が高いメイド服に描きわけられています(4巻P.104)。



メイド作品の鉄板である「メイド服を着た家事をするメイド」と、主人公が学生の場合、「学校の文化祭またはアルバイトでもメイド喫茶訪問」 での「メイド喫茶回」がこの作品には含まれていますし、『小林さんちのメイドラゴン』でもこの描写は出てくるものです。


終わりに

初めてテキスト化する箇所も多く整理しきれませんでしたが、『小林さんちのメイドラゴン』は、ここ20年以上のメイドコンテンツ(メイドが出た作品)を積み重ねてきた日本からしか生まれないと思えるメイド作品なので、ぜひ、楽しみましょう。



ここまでお読みいただき、ありがとうございました。



メイドバンザイ。


余談:擬人化作品のメイド展開はいかに?

唐突に、国を擬人化した作品『ヘタリア』でメイド回があったのを思い出しました。これも擬人化?



2016年01月04日5号[133話]ヘタリア World☆Starsから、138話まで。