ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。同人・出版活動の報告を含みます。

DVD『Fingersmith』(『荊の城』)

物語の特徴

最近、ドラマづいています。ようやく、サラ・ウォーターズの傑作『荊の城』をBBCがドラマ化した映像『Fingersmith』を視聴しました。ミステリ小説という性質上、明確にあらすじを書くのは適当ではないので、断片的に。小説の感想はもう過去に書いていますので……



完全に真っ白な状態で楽しみたい方は、何も読まないで下さい。小説『荊の城』を、まず読んで下さい。



荊[いばら]の城 上 (創元推理文庫) 荊[いばら]の城 下 (創元推理文庫)





















メイドが主人公

主人公のスーザンはFingersmith(スリ)です。彼女は『オリバー・ツイスト』に出てくるフェイギン的な家族、後ろ暗い稼業を営む家で育ち、ロンドンの下町で暮らしていました。その彼女のところに、「ジェントルマン」と呼ばれる同業者が姿を見せ、「ある屋敷のお嬢様を騙して、財産を奪わないか」という誘いを持ちかけます。



スーザンの役目は、そのお嬢様に仕えるメイドとして屋敷に入りこみ、お嬢様とジェントルマンが駆け落ちする手引きをする、というものでした。下町育ち、それも裏の世界に育つスーザンは、使用人職を軽蔑しています。この辺り、前にあげた階級意識の小説『ハマータウンの野郎ども』が参考になるかもしれませんが、主人たちに寄り添い、寄生しているように見える使用人は、スーザンにとって好ましくなかったのです。



偏屈で読書狂である伯父の屋敷で育てられたモード。社交界を知らず、重苦しい雰囲気の屋敷の中で、彼女は伯父の秘書として、朗読や筆記を手伝わされる日々を過ごしています。



モードは新しく来たメイドのスーザンに心を開き、ふたりの関係は親密さを増していきます。「仕える」という役目を演じるうちに、段々とメイドとして主人への忠誠心が育っていくスーザン。その心理描写は絶妙です。



しかし、秘密を抱えていたのは、スーザンだけではなかったのです。



小説『荊の城』感想/2004/08/01の日記


小説との相違

原作は長いです。上下巻の文庫本でかなり分厚いです。正直なところ、「あれだけ長い小説をどのように料理するのか」興味がありました。しかもDVDには「3時間」とあります。分量的にドラマ化するならば6時間ぐらいは必要だと思いましたが、見終えるとこれぐらいの長さでよかったと思えます。



冒頭部分は、それぞれの過去、下町で育つスーザンと、精神病院から伯父によって連れ出されたモードの描写から始まります。BBCらしく手堅い作りで、特に派手さも無く、淡々と描いていきます。



小説は「視点」が素晴らしい物語でした。騙すために入り込んだ屋敷、メイドという職業への軽蔑、そうしたスーザンの視点が次第に変化していく、モードに接するうちにメイドの仕事を愛し始める、そしてその役割に身を任せるうち、騙すはずのモードに感情移入し、やがてふたりは……というところが、映像では伝え切れていませんでした。スーザンの反骨精神のようなものを描写する時間が無かったのでしょう。



展開そのものは同じで、心理描写や細かいところを切り捨てて、流れを伝えていく作りになっていましたので、原作ファンにはややもどかしいというか、意味が分からないかもしれません。しかし、逆に、「もしも初めてこっちを見たら、どうだっただろう?」と思えるぐらいに、原作の「視点の転換・伏線の妙」は再現していました。



サラ・ウォーターズ作品は、女性の情熱がすさまじいです。『Tipping The Velvet』、『半身』、そして今回の『荊の城』。レズビアンをカミングアウトしている彼女の小説は、あえてヴィクトリア朝という道徳意識が厳しかった時代を選び、オスカー・ワイルド的な男の同性愛が大きく目立つ中、女性の同性愛を描ききった、それも男が読んでも感情移入してしまうような(日本での小説は翻訳者の方が巧いのもあるでしょう)作品を世に送り出しました。


余談:初めて接した百合小説はドストエフスキー

ふと思い出したのですが、ロシアの文豪ドストエフスキーの小説に、『ネトーチカ・ネズワーノワ』という作品があります。これは主人公の少女(公爵に引き取られた女の子)が、公爵令嬢カーチャと仲良くなり、やがて感情が芽生えていき、一緒に寝たり、キスしたり、狂おしく互いに求め合う、という描写がありました。



もう八年ぐらい前に読んだ作品なので明瞭に覚えていませんが、サラ・ウォーターズの作品のヒロインたちに共通する、「狂おしいまでに相手を求める感情」表現と、重なるものがあったように思います。



Netochka Nezvanova (Penguin Classics) Netochka Nezvanova/Fyodor Dostoyevsky


女優の素晴らしい表現力

小説の方が感情描写や機微の変化は優れていますが、映像の方が優れていた箇所ももちろんあります。女優や俳優たちは「今までに見たことが無い人たち」なので、特に他の役のイメージを持たず、素直に視聴できました。女優が綺麗なのがいちばんです。



スーザンとモードの感情描写にも、名シーンがありました。絵を描きに出かけて、眠りに落ちる「シャペロン」(監視役)のスーザン。「ジェントルマン」とモードは二人っきりになる、しかしモードの視線の先には、眠りに落ちるスーザンが、そのモードの表情、キャンバスを忘れ、手にした筆を忘れ、絵の具が滴り落ちていく……


衣装へのこだわり

お嬢様という存在を生活の上で描いたのも好印象です。モードは自分で着替えません。『秘密の花園』のメアリもインドから来た当初、自分で着替えようとしませんでしたが、モードもそれと同じく、スーザンに任せきりです。シュミーズを脱がせてもらったり、紐を結んでもらったり、何もしません。



物語の中で重要な要素ともいえるモードの「手袋」も、小説では伝わりにくかったものの、映像の中では雄弁に物語るギミックとなりました。眠っている時さえも手袋を外さないモード。鏡台の引き出しにも、真珠を留め金にした手袋がぎっしり並んでいます。それは、人の肌が本を触れるのを好まない伯父の、偏執の結果でした。



また、クリノリンも優雅です。鉄製ではなく、柔らかい素材のようで、非常に軽そうで動きを疎外していませんでした。衣装といい、建物といい、街並みといい、上質の映画のような仕上がりで、ヴィクトリア朝を満喫できました。



BBCも『Tipping The Velvet』では性描写をやりすぎたので、今回はやや控えめで抑制の効いた表現にしていました。その点、映画『Wilde』はもう、これでもかという劇画朝な強さでした……


主役のスーザンは「メイド」はメイド

最後に、気づいたことがあります。今回ヒロインのスーザンを演じたSally Hawkinsは、実はサラ・ウォーターズのもうひとつの映像化された作品『Tipping The Velvet』に出演していたのです。それも、メイド役Zenaで、です。



この時のメイド役はなかなかにすさまじい役割でした。



「落ちぶれてさまよっていた主人公のNancyを拾い上げ、少年役の「愛人」に仕立て上げた貴族の『女性』、に仕えるメイド」でした。



以下、詳細はネタばれなので白文字



が、女主人の倒錯した趣味に巻き込まれ、辱めを受けそうになったところをNancyに助けられ、その後、Nancyと結ばれるも、それが見つかり屋敷から追い出されて、ふたりでロンドンを歩き、安宿に泊まったところ、朝目覚める時にはNancyからお金を奪って逃げる、という健気なのか、したたかなのかわからない役でした。



ということで、個人的には面白い、原作の魅力を描ききれていないところはあるものの、映像でしか表現できない美しい描写を行っている作品として記憶に残りました。どちらかというと、スーザンではなく、モード派でしたが。



ラストシーンのセンシュアルな名台詞は、是非、小説で。



「満足度」

ストーリー:★★★★★(原作)

背景・衣装:★★★★

キャスト :★★★★★(演技力)

費用対効果:★★★★★



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1作目:DVD『Tipping The Velvet』

2作目:小説『半身』

3作目:小説『荊の城』

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久我は92%、ちょっと規律に厳しい(歴史とか古典とかにうるさい)主人とのことでした……当たっている……というか、そもそも主人でもなんでもないのですが、面白かったです。