ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

屋敷の技術集団ガーデナーとコスト感覚

ここ最近、ガーデナー関連の資料をあさっています。同人誌第七巻『忠実な使用人』の男性使用人で扱った題材です。思考をまとめるために、気づいたことを雑談的に書いていきます。後半ではクリスタルパレス水晶宮)の設計者であるパクストンについて考察します。尚、パクストンが仕えたDevonshire公爵は最近映画化した『ある公爵夫人の生涯』に登場する公爵の後継者です。



ガーデナーは主人たちの要望に応えるために、高度な知識が必要でした。当時は珍しい植物を所有し、賞味できるようにすることは屋敷の主人たちにとってステータスになりました。



「イギリスに存在しないもの」を求める熱気は大航海時代が起こった当初からありましたが、植民地の増加や豊かな経済力がその機運を高めました。



海外から持ち帰られたイギリスに存在しなかった植物(アメリカやインドや日本や中国、それに南アフリカや熱帯など)を生存させ、かつ繁殖させるには、個人の知識だけでは無理でした。そこで、植物学、園芸学という分野で、彼らは情報共有を行っていました。


技術の共有とメディアの存在

その手段として、ひとつめが定期刊行物や辞典のようなものを使いました。十六世紀ぐらいの頃は筆者が知識を持つ非労働者層に限定され、定価も高く使用人レベルでは購入できませんでしたが、その頃から植物の栽培に関する本は出版されました。



十九世紀にもなると印刷のコストも下がり、持ち運びできるような辞書的なものまで登場します。屋敷の庭師の頂点にいたヘッド・ガーデナーも積極的に本を出します。知識を活用するだけではなく、自分が見つけた発見や栽培方法を出版することも可能になったのです。



定期刊行物もヘッド・ガーデナー自身が刊行することもありました。そこには技術系の論文だけではなく、求人の広告や便利な道具の広告まで掲載されていました。



ふたつめが王立園芸協会や植物学の学会など、学術的な団体。こうした団体では自前で園芸を行い、品種を集め、保存しました。王立キュー植物園もそのひとつです。



地域にもこうした研究会は存在し、勉強会のようなものまで開催されていました。ガーデナーたちは自分で本を買ったり、勉強会に参加したりすることを奨励されました。



知識を共有し、業界全体で力を強めていき、より実現可能なことを増やしていく雰囲気がありつつ、普通の少年であっても読み書きが出来、そのジャンルの知識を系統的に身につけていけば、キャリアの上昇も可能だった、と言えます。



こうした本によって、ガーデナーの知識は向上し、先述した主人の無理難題に応えていきました。



これらは、「イングリッシュ・ガーデン」に連想される「美しい庭園」のイメージからは想像できないことです。


ハードの運用:温室と便利な道具や品種改良

主人たちの無理難題はもうひとつあります。それは、「いつでも旬を過ぎた果物でも食べたい」です。花や果物や野菜には旬がありますが、年間を通じて供給するために、ガーデナーたちは技術を進化させました。



そこで発展したのが温室です。



産業革命で石炭の算出も増え、当時は非常に安く入手できました。石炭を焚いたボイラーで水を熱し、その温室の運用は難しく、コストがかかりました。



温室の運用は現代のように電気制御で自動化されているわけでもなく、人力で行いました。強い日光が当たっただけでも、温度が変化します。あるガーデナーは夏場は、「日が出たら覆いをかけ」「日が隠れたら覆いを取り除く」作業をするために、「昼食の間、何度も抜ける」ことがあった見習いの少年もいました。



霜が降りたら降りたで対応も必要ですが、当時のボイラーはそんなに繊細な温度コントロールが出来たわけではなく、人間がその分をカバーしました。



地質の改善も研究されましたし、品種改良も行いました。便利な道具で作業時間の削減にも努めることで、彼らは最大限、自身の業務を最適化していきました。


実現には膨大なコスト・実現していいのか、の判断

技術で実現できることが増えても、その維持には膨大なコストが必要となりました。ガーデナーの仕事の多くは主人の贅沢さを示し、主人の趣味を満たすがゆえに成立した面も否定できません。



偉大なガーデナーであり、クリスタルパレス水晶宮)の設計者としても知られるPaxtonはDevonshire公爵家に最高のサービスを提供し、公爵とも強い信頼で結ばれ、もはや半身と言ってもいいほどに公私共に支える間柄になりました。



巨大な噴水、当時世界一の温室(the Great Stove)、蘭を産地別に分けて管理する温室、もちろんキッチンガーデンもあります。



しかし、Paxtonが建築した様々な施設のコストは膨大でした。the Great Stoveの建築には6年間で36,000ポンドが投下されました。主人の願いを叶えるためとはいえ、「やりすぎじゃないの?」と思える金額です。



Paxtonは最高のサービスを提供しましたが、最高のサービスは限度を知らず、最高のコストも実現しました。自然を操るガーデナー、世界一の技術を誇るのはいいですが、主人の財政に与えたダメージは、大きなものです。Paxtonを愛した六代目の公爵の後を継いだ七代目の公爵は緊縮財政を余儀なくされ、Paxtonもヘッド・ガーデナーの地位を去ります。



別の屋敷の話ですが、あるヘッド・ガーデナーは、先代公爵のために膨大なコストをかけて素晴らしい庭園を作り上げましたが、同じように後継者にとってそれは、財政的な負担でしかありませんでした。そのガーデナーは、職場を変えました。



主人の言われるがままにやらなければならない使用人ながらも、主人の財政的な心配をする観点で、「それをしない」選択肢は無かったのでしょうか? Paxtonはガーデナーではなく、後に「領地経営者」(Land Agent)にも昇格し、領地の経営と言う観点も持ちえたはずです。



どれだけ大きな温室を建てても、その多くは現代には残っていません。



1950年代にはイギリスの屋敷カントリーハウスが次々に手放され、現代に残る屋敷Devonshire公爵家のChatsworthや、Rothchild家のWaddesdon Manorでも、大規模な温室を廃棄しました。現代人はChatsworthでPaxtonの業績を、断片的にしか見ることは出来ません。



ガーデナーの仕事のうち、幾つかの品種改良も、商業生産には適さないと言う理由で、現代から消えているものもあります。



唯一と言っていいほど、仕事の成果を形にして他者からの評価を得られたガーデナーではすが、当時のガーデナーの仕事は先人の研究として現代に残ったものと、その時代だけで消えてしまったものもあり、なんともいえない感慨を覚えます。



当時、それは必要だった。ただそれを維持できなくなった。端的に言えばそうですが、次代に残らなかったそれらは、「バブル」のようにも見えるのです。



それが、「勉強して、立身出世を叶えられた職業」としてのガーデナーの成功者としてのプラスの部分に対して、大きなマイナスにも見えます。



情報が足りず、実情を知らないで物を言っているかもしれませんし、拒否権が無かったであろうガーデナーに対してフェアではありませんが、大規模なコストを主人にかけさせたことが、無責任に思えてしまうのです。



何かこう、すっきりしません。同人誌を書いた七巻の頃はPaxtonを成功者として素直に見ることが出来ましたが、コストの観点で見てしまうと、彼を手放しで評価できなくなってしまいます。



多分、「Paxtonはこれだけ有能なのに、サービスの継続に必要な利益を生み出す発想」が無かったことが、気になるのでしょう。傑出した才能を持ち、お金を預かりながら、「それが続くかどうか」「コストを増やさない方向」の考えが欠如したように見えるのです。どのような意思決定で公爵とPaxtonが莫大な金額を投下したのか、興味はあります。



Paxtonが才能を発揮する機会を、公爵はいつまでも与えたかったのでしょうか? 公爵ほどの人間(財力含めて)でなければ、Paxtonの能力をすべて引き出すことは不可能でしたでしょうし、何かを頼めば、彼はすべて実現してくれます。公爵の友人に100万ポンドの借金があった時も、Paxtonはその清算に尽力し、これを整理するのに成功します。



このふたりには、何か絆があったのでしょう。



万能の人。



ただ、ものすごいお金がかかる。



不思議な人物です。