ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。同人・出版活動の報告を含みます。

同人版『英国メイドの世界』(ヴィクトリア朝の暮らし 総集編)を振り返る

※この日記は「『英国メイドの世界』で描けること・描きたいこと」の一項目です。



『英国メイドの世界』でGoogle検索をすると、上位に、同人誌として2008年に制作した『英国メイドの世界 ヴィクトリア朝の暮らし総集編』が出てきます。こちらを講談社BOXに持ち込み、2年間をかけて編集部と共に大幅に改訂したものが、講談社版の『英国メイドの世界』となります。



・総集編=同人版(2008年刊行)

講談社BOX版=講談社から出す本(2010年刊行)



この両者の相違点をお伝えする前に、総集編について書こうと思います。総集編はその当時のコミケカタログより数ミリ厚く、1冊1kg、合計1トンを刷りました。これが3ヶ月で完売するなど、その先に繋がるインパクトを残してくれました。総集編での好評が無ければ、講談社BOX版は生まれませんでした。


8年間の同人活動の集大成・総集編としての『英国メイドの世界』

私は2001年12月に、ヴィクトリア朝を軸とした屋敷の日常生活を扱う同人誌のシリーズ『ヴィクトリア朝の暮らし』の制作を始めました。趣味として始めた同人活動なので手探りでしたし、一気にすべてのテーマを扱えるはずもなく、学びながら同人誌の刊行を続けました。



同人活動で作ってきた本(2010/11/03)



正直なところ、私はここまで同人活動が続くとは思っていませんでしたし、総集編の制作は意図したものではありませんでした。同人誌が同人イベントで好意的に受け入れられたことで、数が出て長続きしたことで、初めて総集編に辿りつきました。1〜2巻がメインだった当初は何度も何度も再版を繰り返し、上限が分かりませんでした。



そこで、賞味期限的に「そろそろ絶版にする」という決定をしましたが、イベントで「過去の同人誌が欲しい」という方々に出会いました。元々、私の同人誌は一度にすべてを扱えないので、ある意味でシリーズ物です。内容は個々に独立しているので、途中から買っても理解できるつくりにしていましたが、心理的に最初から無いと手にしにくい理由も分かっていました。



私は同人活動で、極力、「一見さんを大切にする」方針を採ってきました。私が好きなテーマや読んで欲しいと思う知識を、同人という場で本を通じて多くの方に出会いたいと思うからです。過去に、欲しい本が手に入らなかった経験もありますし、初めてコミケに来る方が安心して本と出会える場所でありたいとも、思っていました。



そこで、絶版にした巻数が一定数溜まったところで、総集編を作ろうと考えました。それが、2007年です。少し前にTwitterで振り返りをしたのをベースに書きます。


全体振り返り





















リンクを補足すると、総集編の計画自体は既刊1〜4巻を廃棄・改訂版の方向で検討(2007/01/16)と1月に記しているのですが、5月には総集編は冬コミに:夏コミは総集編準備号(2007/05/20)と題して日程を変更しており、夏に新刊として総集編準備号を作ったにもかかわらず、冬に何を出すかも考えない(2007/10/24)では、「冬は総集編を作れない」といっています。その後、なんだかんだで勢いのままに『MAID HACKS』を作成していました。



この頃、いろいろとありました。


魂を削った2008年

そんな感じで2007年が終わりましたので、2008年は年始から真剣に総集編に向けた作業をしていました。今の同人活動は演奏会の準備に似ているかもしれない(2008/01/14)と題したときには、イラストをお願いする方々に仕様をお伝えし、「人にお願いしておいて自分が書けないはずが無い」とテンションを保ち、走りました。



ところが、あまりの作業量に煮詰まり、相当、追い込まれていました。3月の日記ではスケジュールを作って青ざめる(2008/03/21)と、弱音を吐いています。今見て、胃が痛みました……それ以降、相当気持ちを切り替え、作業を進めていますが、これは4月末〜5月に同人イベントに3連続参加して極限まで自分を追い込んだからでした。「新刊ありませんか?」と3回のイベントで言われると、もう作るしかないのです。



日記の更新頻度で、作業量が見えます。



同人誌進捗(〜2008年03月ぐらいまで)

同人誌進捗(〜2008年10月ぐらいまで)



そして出来上がった総集編は総ページ数572ページ、厚さ35mm、重さ1kg。印刷するのをためらうぐらいの存在感でしたし、印刷代も100万円を超えました。これが趣味かと悩みましたが、生涯に一度、再版は絶対にできないと考え、二度と刷り直さなくて済む部数を計算した末、1000冊(1トン)にしました。



実際に本を仕上げていく中で、「この本を世に送り出したい」と思い、出版化に動き始めましたが、その思いを抱いたのは2008年07月、あとがきを書いている頃でした。ただ、この時点では3年間で同人誌を頒布するという気持ちでしたので、長期的に見て実現すればいいなぁとの望みでした。



決定の経緯やその後の反響(アキバBlog様やコミティアティアズマガジン掲載など)については、出版が決定した1年後の2009年に同人誌1トンを刷った経緯と部数決定のプロセス(2009/08/29)と題してまとめました。たまたまこのエントリ自体がニュースサイトを運営するまなめさんに取り上げていただき、大量のはてぶで反響が可視化される体験をしましたし、自分が得がたい体験をしてきたのだと実感できました。


終わりに

夏コミの後、総集編を講談社BOXともう一社に送付し、2008年10月末に今の担当編集となる方よりご連絡をいただきました。会社帰りにその電話を受けたときの喜びを、今も忘れません。そして後日、編集部を訪問し、出版が決定しました。



2007年当時は出版は思いもしなかったし、今のような事態は想定していなかった。2008年に総集編が出来上がって初めて、出版を意識した。今振り返ると、過去の経験が一枚の絵のように見えてくる。Steve Jobsの"connecting the dots"の話に通じるなぁと思う。



Twitterでこう書きましたし、講談社BOXからの出版経緯(2009/11/14)に詳細を記しましたが、これが総集編が生まれるに至った経緯です。







忘れがたい表紙イラストです。