ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

若い家庭に勤めた執事の将来性と順応性

以前、何度か触れている、インドの王族やいろんな屋敷に勤めた不幸な執事の話をした際に、仮説として「執事は、子供がいる屋敷に仕えるのが良いのでは? 後継者がいれば主人の死で生活が激変する可能性も低く、後継者の資質を見る機会もある」と考察しました。



「最高の執事としての条件再び」



屋敷を選ぶ大切さの基準としてあげたものですが、この仮説を裏付けるものとして、「Astor家の執事たち」をあげました。この時点で根拠はありませんでした。



久しぶりにEdwin Leeの手記を読み直していると、当時はすっかり意識していなかったのですが、彼がAstor家に仕えた当初は25歳ぐらいです。完成した時期のイメージが焼きついていましたが、そんなことはありません。



そこでもうひとつ忘れてはならないのは、女主人Lady Nancy Astorの年齢です。Leeが25歳の時、Ladyの再婚後の長子William Astorは5歳でした。WikiによるとWilliamは1907年08月生まれなので、Leeが合流した時は1912〜13年と思われます。



http://en.wikipedia.org/wiki/William_Waldorf_Astor,_3rd_Viscount_Astor



この時期、1879年生まれのLady Astorは33〜34歳、想像以上に若かったです。



http://en.wikipedia.org/wiki/Nancy_Astor,_Viscountess_Astor



そこから考えると、Leeは若干主人夫妻よりも若いものの、主人と似た視点で子供たちの成長を見ることもできますし、主人たちと同じように年を重ねていくことができました。



この立場にいられた使用人は、どれだけ大きな幸せを得ていたのでしょうか? そこには、輝かしい未来がありました。子供たちの未来だけではなく、30代と壮年期を迎えつつある主人夫妻も、少し世代が下のEdwin Leeにとっては、仕える喜びを得られたのではないでしょうか?



年齢を意識しながら、使用人の職場遍歴を見ないと、見誤りますね。完璧な執事といえるLeeも、手記を書いた時点では完成していますが、その若い頃は若い頃なりに失敗をしたり、いろいろな指導を受けていたりするので、勉強になりました。



もちろん、若ければいいというものではありません。通常、若い場合は財産相続ができておらず、それほど裕福ではありません。そのため、決して賃金が高いとはいえません。彼らの屋敷はどちらもお金持ちだからこそ、若くして使用人にも最高の待遇を与えられ、時局が難しくなっても、屋敷を維持できました。



若い夫妻に仕える、若い執事、若い上級使用人たち、を描いてみたいですね。



今の日本で言えば若い社長、若い社員、というベンチャー企業の雰囲気に近いですかね? 相続前の貴族の若夫婦と財政基盤のところや待遇なんかは似ています。



若い考えの人の元で働くには柔軟性が必要で、成功した人間は難しいこともありますね。



対照的に、若いエリザベス王女夫妻(今のエリザベス女王が20代前半の頃!)が初めて屋敷で新婚生活を始めた時に雇われたのは、Windsor公爵やギリシャ国王に仕えた40年以上のキャリアを持つ、「超一流の執事」Ernest Kingでした。何がすごいかというと、Windsor公爵からスカウト、ギリシャ国王もエリザベス王女の仕事もすべて「他薦」です。



個人的には、『日の名残り』でスティーブンスに批判された執事(自分が目立ちすぎる人)のモデルではないのかと思えるほどです。



しかし、Ernestの輝かしい経歴も、若い王女の元では長く続きませんでした。



彼は自分が頂点で全権を持つ仕事に慣れていました。未熟な王女の干渉を受け、王宮の複雑な権限に縛られる生活に混乱し、さらには王女を守ろうとする侍女との間に深刻ないさかいを起こし、口を滑らせた結果、解雇されます。(厳密には、侍女の嫌味を受けて感情を爆発させ、「こんな仕事うんざりだ、辞めるといってもらえますか?」といってしまったのを、侍女が正直に告げ、事務手続き化してしまう)



とはいえ、これも、もしもErnestがこれまでの成功体験を捨て、虚心坦懐に、「家族に仕える・見守る」事に徹していれば、或いは若い頃に参加していれば、違った結果になったかもしれません。彼は「自分の仕事」を追及するためには、心の中では、主人にも批判の矛先を向けました。Ernestは少なくとも、最高の仕事を果たすためには、主人を邪魔にしかねませんでした。



最高の執事とは何か?



最高の仕事は主人へ提供するサービスとしての手段であって、「自分が考える」最高の仕事をするために主人がいるわけではない、というところの差なのでしょうね。



いろんな執事をいろんな角度で比較すると、本当に面白いです。過去には気づかなかった視点で、まだまだ魅力を掘り出せそうです。



本当はハウスキーパーでも書いてみたいのですが、資料がなさすぎなのです。こればっかりは、イギリスの大学図書館でしょうか……