ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

「どう振舞うか」が求められる『ログ・ホライズン』

近代ヨーロッパ的な経済発展を軸にした国家・技術を扱った『まおゆう』には、世界史への関心以上に、現代に通じる生活様式や価値観の基礎を形作った近代に強い興味を持つ立場として、様々に反応するものがあり、その存在を知ってからは感想を何度か書いてきました。



『魔王と勇者の物語から受け取ったもの

『まおゆう』刊行を記念して、振り返る「近代」関連の書籍


『まおゆう』の次に広がる景色

その同じ時期、『まおゆう』の次に橙乃ままれさんが書かれているウェブ小説『ログ・ホライズン』を知りました。『まおゆう』はTRPG的に言えばリプレイ形式で書かれており(世の中向けの説明では「戯曲」との言葉が使われています)、いわば台詞が多くを占める構成をしています。



2ちゃんねるを軸に発表されるSS(ショートストーリー)を母体としている点で情景描写や小説的な要素は省かれ、演劇的に読み込んで読者の想像力に委ねられる部分がありましたが、『ログ・ホライズン』は小説の形式を踏襲し、『まおゆう』とは異なる見せ方をしています。緻密な描写で、世界を織っているというのでしょうか。



ログ・ホライズン』はウェブ公開され、また出版化もされたので興味のある方にはオススメしています。題材はMMO・オンラインゲームをベースとしたもので、これを読んで私はMMOを遊びたくなりました。



ログ・ホライズン (1) 異世界のはじまり

ログ・ホライズン (1) 異世界のはじまり





物語はオンラインRPGの『エルダーテイル』にログインしていた日本人ゲーマー3万人(他にも世界各地のユーザー)が、ゲーム世界内に閉じ込めら、脱出方法が見つからない中、その世界を生きていくというものです。私が『ログ・ホライズン』を作品として好きな点は、3つあります。


1.当事者としてどう振舞うか?

ゲーム世界に放り込まれた人々は、ルールがない状況に置かれます。そこでどのように振舞うのかは、自分の意志だけです。ゲームにおけるレベルの高さがこの世界での強さを意味し、そこでは強き者による無法や現実社会では行わないであろう行為も散見します。



環境が用意されたら、流されて何でもしてしまうのか?



環境が用意されても、自分は自分として振舞うのか?



ある意味で、前者はスタンフォード大学の監獄実験であり、また後者はヴィクトール・エミール・フランクルが『夜と霧』の有名な言葉に通じるものがあります。



この点で、主人公は後者の道を選び、周囲の人を巻き込み、動かしていきます。そのロジックや道筋が、とても面白いです。


2.「与えられた環境で最善を尽くす」から「最善な環境を作り出す」発想転換

2つ目が、これは『まおゆう』と共通していると思える、「強いられた環境であっても、自分で環境を作り出す・変えていく」点です。『まおゆう』はオーバーテクノロジー的な知識や高い技術を持つ魔王が周囲の人に影響を与えながら世界を巻き込み、「丘の向こう側に広がる世界」を見ようと試みる物語でした。



ログ・ホライズン』は元々はゲーム世界でありつつも、実際にその世界に閉じ込められていくと「現実」と変わらぬ点があり、ゲームだとの思い込みを捨て、現実世界と受け止めて、そこに存在する多様な可能性を試すところが好きです。



細かいところでは様々な意味での技術(たとえばMMOで用意された「生産」という行為から、ゲーム内キャラクターに用意されたコマンド入力・組み合わせの細部調整など)で環境を変えたり、やはり主人公が「ルール」を提示し、人を巻き込む、というところでしょうか。



大きなところでは、2巻以降になると思いますが、ギルド会館を巡る話が私にはとても面白いものでした。



きっと今の自分が置かれている環境にも多様な可能性があって、、あるいは組み合わせれば面白いものが、ただそれを見つけられないような。バラバラの物を繋ぎ合わせて絵を描くような楽しさも感じます。


3.均質化する能力設定により、英雄性の表現が発想や思考へ

ネットゲームというバックボーンから、主要キャラクターの能力差は「工夫」「発想」へと切り替わっているように思います。誰もがレベルを上げ、能力を強化できる環境なので、強さの絶対性は無く、その強さをどう使うかが問われています。その使い方が、私には面白いです。



また、異世界へ転送されるストーリーでは現実世界の経験や能力が多くの場合、新しい世界を生きる上で活用されますが、『ログ・ホライズン』の場合は、そこに会社員的な能力も持ち込まれています。



私はかつてネトゲで数十人を率いた妻の「マネジメント論」というのを読んで、果たして、ネットゲームの世界で数十人を率いる人は、現実世界でも同様に影響を及ぼせるのか、と言うところに興味を持ちましたが、そういう視点で見ても興味を引きます。



個人的に、私はTRPGをしていても『英国メイドの世界』の原点としてのTRPGとコレクションシリーズで書いたように、ゲーム世界の地図を見ると物流・補給経路を気にする方です。その点で、生産や物流、モノの話も多いので、『ログ・ホライズン』の世界を楽しんでいます。