ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

羽海野チカ先生がダウントンしない英国ドラマを紹介してみる

昨日からNHK総合で『ダウントン・アビー』シーズン4の放送が始まりました。私は先に寝てしまって、真夜中に目覚めてTwitterを見たのですが、『ハチミツとクローバー』や『3月のライオン』を描く漫画家・羽海野先生が以下のようなつぶやきをしていました。





確かに『ダウントン・アビー』はシーズン3の終わりからシーズン4にかけて、より描写が過激化(人が死ぬ、精神的にも肉体的にも悪意によって傷けられる)していくので、私個人としてはピークはマシューの結婚までと、シーズン6ぐらいからの復活なのですが、「ダウントンしない」作品というものを考えるのは、自分の棚卸的に良いかも、と思いました。



事前に私の立場を記しておくと、『英国メイドの世界』という英国家事使用人の歴史本を作り、英国メイドの研究は16年目です、2014年12月には『ミステリマガジン』2015年2月号「ダウントン・アビー特集」に寄稿しました。


条件

・上流階級の屋敷や生活描写ができるだけある。

・ドロドロした恋愛劇や、ドラマ上の死が数多くは存在しない。

・キャラクター同士が傷つけ合う関係がずっとは続かない。

・ハートフル要素あり。



そうした条件でいろいろ考えてみました。


映画『アーネスト式プロポーズ』

オスカー・ワイルドの『真面目が肝要』を原作とする『アーネスト式プロポーズ』が、屋敷を舞台にした喜劇で楽しい作品です。撮影に使われた様々な屋敷が豪華なだけではなく(私が大好きなロンドン・スタッフォードハウスの階段も出てきます!)、コリン・ファースジュディ・デンチルパート・エヴェレットなど役者も豪華でオススメです。



執事もメイドも様々に出てきて場面を彩るので、今回の条件に最も適合すると思います。



『アーネスト式プロポーズ』感想


ドラマ『ラークライズ』

『ラークライズ』は英国の古典的な書物で、「イギリスで高校生の必読書とされた」作品です。1880年代の英国を生きた作家フローラ・トンプソンが描き出すのどかな田園風景と、田舎の素朴な暮らしは英国田園マニアには最高の資料で、日本では先に書籍が登場しました。



一九世紀イギリスの田園風景を描いた『ラークライズ』



ドラマも作られ、英国ではシーズン4ぐらいまで続きました。日本でDVD化されていないのですが、LaLaTVなどで一時期放送されました。



DVD『Lark Rise to Candleford』第1話(2008/04/12日記)

DVD『Lark Rise to Candleford』第2話(2008/04/17日記)


ドラマ『クランフォード』

おばあちゃんたちが主役の物語『クランフォード』も、羽海野先生へのオススメになるでしょう。エリザベス・ギャスケル原作の英文学で、ジュディ・デンチが主演するこの作品は田園地帯を舞台とした庶民の物語で、英国貴族の絢爛豪華な生活描写という指定からは外れますが、ドラマとしてはハートフルで、落ち着いた作品です。



『クランフォード』感想


ドラマ『北と南』

同じエリザベス・ギャスケル原作の『北と南』は工業都市が舞台の異色作ですが、上流階級の物語です(正確にはUpper-Middle?)。先述の『ラークライズ』と『北と南』には、『ダウントン・アビー』でヴァレットを演じるベイツ役のブレンダン・コイルが、それぞれ石工のお父さん、工場の職人長で出てきます。



あと、この作品は『ホビット』でドワーフのトーリンを演じたリチャード・アーミティッジが工場主として主演をしています。



『北と南』感想


ドラマ『高慢と偏見

安心してみられる上流階級のドラマといえば、ど定番の『高慢と偏見』です。最近では『キングスマン』、その前では『英国王のスピーチ』でおなじみのコリン・ファースの代表作といえるものではないでしょうか。1990年代半ばに日本ではNHKで放送され、この作品を通じて彼のファンになった女性も多いとおもいます。



原作は英文学を代表するジェーン・オースティンの『高慢と偏見』です。シリーズ数も短く、屋敷での撮影もしっかり行われていつつ、田園の風景もあるなど、さまざまな魅力が詰め込まれた作品です。



『高慢と偏見』感想


映画『秘密の花園

バーネットの児童文学の映像化では、まず映画『秘密の花園』が最高にハートフルといえると思います。そういえば、この作品で屋敷のハウスキーパーを務めているのが、『ダウントン・アビー』で伯爵未亡人のおばあちゃまを演じるマギー・スミスでしたね。メイドが出演する作品としてはベスト3に入ります。



鉄板すぎて、自分のブログでは感想を新しく書いていないですね……


ドラマ『小公子』

同じバーネットの児童文学の映像化では、ドラマ化した『小公子』があります。こちらは相当忠実に原作を映像化しており、個人的にはオススメの作品なのですが、NHKで15年以上前でしょうか、放送があったのち、再放送がありません。その上、日本での商品化もなく、英語版を買うしかありません。



『Little Lord Fauntleroy(邦題:小公子)』感想


映画『ミス・ポター

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ピーター・ラビットの原作者のビアトリクス・ポターを主役とした『ミス・ポター』は、いかにしてミス・ポターが自身の作品世界を作り、また出版を行って自分の世界を伝えていったかを描いたハートフルな作品です。生まれが良いので、上流階級の世界(こちらもUpper-Middleといったほうが良い?)も描かれています。



『ミス・ポター』感想(ネタバレなし)


映画『日の名残り

最後に、上流階級の家事使用人のトップである執事を主役とした、英国使用人ドラマの最高峰『日の名残り』を。英国作家カズオ・イシグロと言えばこの作品だった時代がありました。この作品は第二次世界大戦後の英国屋敷に住むアメリカ人富豪に仕える英国執事スティーブンスが主役です。スティーブンスという執事キャラがいれば、間違いなくこの作品の影響でしょう。



物語の時間軸は2つあり、「戦後を生きる執事」と、そもそもこの屋敷の所有者でスティーブンスが最高の敬意を持って仕えた英国貴族ダーリントン卿がいた時代=「屋敷の暮らしが華やかでピークだった時代」への回想で進みます。



1990年代に作られた映像作品では最高資料と言えるほどに家事使用人の仕事(日常生活ではないですし、執事視点なのでその他の使用人はそれほど描かれないです)と、また執事とハウスキーパーという「上級使用人」の管理職を描きました。



ハートフルかと言われれば難しいのですが、先述の「ダウントンしない」条件は満たすかと思います。



『日の名残り』感想(原作小説)


ここまで書いてみて:なぜ「ダウントンする」のか、背景を考えてみる

そもそも「ドラマシリーズ」は話を長く続ける都合上、「繰り返し」と「何かしら事件を起こして話を続ける必然性」があるので、あまり「ダウントンしない」条件に適合しないかも、と思いあたりました。飽きさせずに次回を見たいと思わせるには、強い引きもインパクトも必要かもと。



そして『ダウントン・アビー』のようなドラマは、「そのほかの同時期に放送している現代ドラマ」シリーズとも視聴率争いをしているかもしれません。その点では、放送中のほかドラマと意識して、ある程度、展開の起伏が大きくなっていくのも必然なのかも、と考えました



「ダウントンしない」作品として私が列挙したものは、ほとんど文学作品のドラマでした。表現に規制が多かった時代もあり、こうした原作付きの作品はおとなしい表現が多くなりますし、短い時間で済むことも多いです。その点、児童文学もハートフル枠になりますし、アニメの『ハウス世界名作劇場』シリーズも、この枠に入るでしょう。スタジオジブリの作品も、空気感は似ていますね。



こうした「先行のドラマ」作品がある上で作る別のドラマは、その先行作品との差異化の中で過激化する必然なのかもしれないと、改めて思いました。


終わりに

ダウントン・アビー』には非常に魅力を感じる点が多くありつつ、「ダウントンしない」という言葉はしっくりきました。とはいえ、いざそうした作品を紹介しようと考えると、意外と思いつかないものでした。『ダウントン・アビー」がきっかけで色々とこの界隈に興味を持つ方がいるならば、その楽しみ方の選択肢を広げるお手伝いができればと、ブログの形でまとめました。



全作品オススメですが、いくつか上流階級の屋敷ではないドラマも混ぜてしまいましたので、きっちり絞れば『日の名残り』『秘密の花園』、『アーネスト式プロポーズ』でしょうか。



なお、『名探偵ポワロ』と『ゴスフォード・パーク』はハートフルではないので除外しています。『名探偵ポワロ』はポワロさんとヘイスティングスがチャーミングなので、ぜひ、見ていただきたいですね(今、NHK-BSで土曜日夕方に放送していますので)。



NHK公式:名探偵ポワロハイビジョンリマスター版



取り上げなかった英文学で言えば、ディケンズ作品シリーズで『荒涼館』もありますね。他に、イブリン・ウォーの『Brideshead Revisited』も。『情愛と友情』としてリメイクされた作品には、ベン・ウィショーもでていますね。





最後に、言及した世界名作・ジブリつながりで言えば、私の同人誌(2015年8月に製作)『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』が、メイド・使用人描写の変遷を1970年代から遡って分析していますので、オススメです。