ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』校了

昨日、星海社から刊行予定の『日本の執事イメージ史 物語の主役になった執事と執事喫茶』が校了となりました。新書ながらも384ページと分厚く、約20万字以上書いたところを14万字ぐらいまで削り込みました。税抜き1300円の予定で、8月末発売です。

どのように日本では漫画や小説で執事が描かれており、そこから執事ブームと呼ぶべき「執事が主役の作品の爆発的増加」が生まれたのかを、丁寧に追いかけました。元々、「日本のメイドブーム」研究が本書執筆のきっかけであり、メイドブーム同様に、突然、執事ブームが生じたわけでもありません。ブームに至るまでに、表現が少しずつ増えていく「トレンド」があり、その積み重ねが臨界点を超えたときに、「ブーム」として観測されて、拡散していく、その様子を描き出しました。

英国屋敷での暮らしと、そこで働く家事使用人の研究から始まった活動は、講談社から『英国メイドの世界』の出版に結実しました。同書では英国メイドや執事、ガーデナーなどを詳細に扱いました。その後、日本の女中や華族の生活、並びに世界中の国々のメイドの調査を始めつつも、縁があって「日本のメイドブーム」に踏み込み、『日本のメイドカルチャー史』を書くこととなりました。

その『日本のメイドカルチャー史』執筆に観測できたのは、同時代に発生していた「執事ブーム」でした。そこから作品で描かれる執事と実在の英国執事を比較するはずが、明治時代以降の日本の華族の家にいた「家令」や富裕層の家にいた「執事」、あるいは「バトラー職」を比較したり、「メイド喫茶ブーム」考察で行ったように大宅壮一文庫でキーワード「執事」に紐づく雑誌を全部読み、日本の雑誌上で語られた執事イメージの多様性をお伝えしたりする内容になりました。

その中で見つけた記事のひとつは、私がこの研究活動を始める前となる1997年の大学在学時に読んでいたものでした。2002年に刊行した2冊目の同人誌『ヴィクトリア朝の暮らし 貴族と使用人(一)』の「執事」の解説では、この記事を思い出して、内容について触れています。そこから2018年になって、この記事と再会し、執事の解説に使うことになりました。

学生時代に読んで記憶にあった雑誌の「執事」記事を、約20年ぶりに読む巡り合わせに驚くとともに、「英国執事の1980年代以降の状況」を知ることにもなりました。さらに、「世界中の国々のメイドの調査」をしていたおかげで、英国執事と王室に関する記載があるテキストも見つけており、今回、取り込むことができました。

というように、これまでの研究が積み重ねって成立している本です。

華族の家令」の調査はまた難航しました。これも、近代日本の女中(メイド)事情に関する資料一覧にまとめていたので少し貯金があったものの、その後、だいぶ調べ直すことになりました。この辺が読んだ資料の大半です(あとは電子書籍国会図書館でのコピー)。

華族の家に家令がいて、主人たちの目から見てどういう仕事をしていたのか」が語られる資料は出ていますが、英国執事や英国家事使用人と同じような分量で「職業・仕事」として商業出版でしっかりまとまった形では出ておらず(天皇家の侍従は別)、経験者の日記や家政の記録が幾つかあることは確認できていますが、「それだけを扱った本」ではないのです。

新書の本文では触れませんでしたが、「志賀直哉の祖父・志賀直道は、旧相馬中村藩主相馬家の家令を勤めていた」という話もあります。
http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/70456.html


この辺りの「情報はあるけど、欲しい切り口だけでまとまった情報がない」という状況は、自分が「英国メイド研究」をするために、英書を取り寄せ始めた頃を思い出させました。あの時、日本の本だけを読んでいた時は、あちこちのいろいろな資料に家事使用人の情報が点在していて、「家事使用人だけを解説する本」が存在しませんでした。なので、英書でそうした本が山ほどあることを知った時は、すぐに取り寄せました。誰かが「家令」や「華族の家にいた執事」でも、将来、手をつけてくれることを願いします。

なお、華族関係の資料のリストと内容紹介などのコラムは、別の機会に更新します。


いずれにせよ、ほぼ休みなく、2年ほど本の執筆・研究(『日本のメイドカルチャー史』と、2017年冬コミポワロ本、そして今回の『日本の執事イメージ史』)していたので、しばらくのんびりします。