ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

1990年代のCLAMP作品に見るメイドイメージ

カードキャプターさくら』20周年を記念して

 2016年は、『カードキャプターさくら』の連載開始から20周年を迎え、新作の発表やアニメ化が話題となっています。



カードキャプターさくら公式サイト http://ccsakura-official.com/







本当に偶然ですが、日本のメイドイメージを研究する活動を続ける中で、私は今年になって『カードキャプターさくら』が1999年時点で「メイド服を着たウェイトレスがいる学園祭」を描いていることに気づきました。以前、『カードキャプターさくら』を読んでいたものの、強い印象に残っていませんでした。



メイド研究をしていて楽しいのは、こうした「作品が、もう一度取り上げられる機会」に出会えることです。



本テキストは、『カードキャプターさくら』を基点に、1990年代のCLAMP作品におけるメイドイメージを考察します。



※画像が見えなかったら、リロードをお願いします。

※本来は「英国メイド研究者」なのですが、いろいろとあって「日本のメイドイメージ研究者」にもなっています。ここ数年の研究成果は以下の同人誌にて……

[特集]第1期メイドブーム「日本のメイドさん」確立へ(1990年代)
[特集]第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代)
同人誌『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』

同人誌『メイドイメージの大国ニッポン 漫画・ラノベ編』

同人誌『メイドイメージの大国ニッポン 新聞メディア編』


カードキャプターさくら』の4つのメイドイメージ

日本を代表する女性漫画家グループ、「CLAMP」の代表作品には、メイドと少女漫画の親和性を垣間見ることができます。特にメイドブームと時期が重なる『カードキャプターさくら』(講談社、1996年連載開始)はNHK-BSでアニメが1998年から放送されるなど、1990年代を代表する人気作品です。その作品中に、これまで語ってきた要素が、凝集されています。



この世に災いを為すという「クロウカード」を集めるため、魔法少女となって戦う小学四年生の木之本桜(きのもと・さくら)を巡る物語を、メイド視点で見ると、4つの注目点があります。


1.メイド服の構成要素とのデザイン的な親和性

カードキャプターさくら(4) (KCデラックス なかよし)

カードキャプターさくら(4) (KCデラックス なかよし)



主役の桜の服装はレースとフリルで飾られており、「カワイイ」が詰め込まれています。4巻の表紙はアリスイメージで、水色のリボン、フルリがついたエプロンドレス、そしてパフスリーブに広がるフレアスカートの緩やかなラインの衣装で着飾っています。桜が家庭科の実習で、自宅の家事手伝いで着用するエプロンもまた、フリルがついたメイドのエプロンと同じものでした。アリスイメージでは、2巻1話の扉絵もアリスのお茶会をイメージしたイラストが飾られましたし、『不思議の国の美幸ちゃん』(角川書店、1993年)も、アリスをテーマとした作品です。






2. 「コスプレ」で戦う魔法少女

桜は魔法少女となって戦う時、「コスプレ」をしています。親友の同級生・大道寺知世は可愛い桜が大好きで、自身で用意した衣装を桜に着替えさせて、動画で撮影するという念の入れようです。変身魔法少女作品は通常、魔法の力で変身しますが、この作品では「知世がその衣装を用意する」ことで変身させ、かつ、桜が都度、可愛らしい格好をするという仕立てになっています。



1990年代という作品の連載時期を鑑みれば、コスプレブームの影響を無視することはできないでしょう。また、コスチュームの観点でみれば学園生活で出るべきもの(制服:夏服、冬服、スクール水着)から、夏の縁日での浴衣、そして本職の巫女までが登場します。



そして、興味深いことに、この知世が制作した衣装の中には「猫耳・首に鈴・尻尾・エプロンドレス」のスタイルがあります。この衣装は、「でじこ」を彷彿とさせるものです。この衣装が描かれる2巻4話は雑誌『なかよし』1997年3月号に掲載されており、「でじこ」が1998年に登場するよりも前に、「メイドではないのに、可愛い衣装としてのエプロンドレスを着た」(かつ猫耳)イメージが存在したことは、今回、初めて気づいたことでした。



カードキャプターさくら(3) (なかよしコミックス)

カードキャプターさくら(3) (なかよしコミックス)




3. 本職の「メイド」の存在

メイドとの親和性では、第三に、友人の大道寺知世がお金持ちという設定であるため、彼女の屋敷にもまた「メイド」が登場します。少女漫画の文脈で職業メイドが適切に存在しているのです。作中では2回、メイドが姿を見せました。メイドはヘッドドレス、ロングスカートにエプロンという姿です。

カードキャプターさくら』3巻P.100(CLAMP 講談社 1997年8月刊行)から引用


4. 文化祭でのメイド服

そして最後に、桜もメイド服を着ました。桜が通う「友枝小学校」の文化祭の模擬店で喫茶店が開催された際に、「メイド服」(作中で「メイド服」という言及は一切なし)を着たウェイトレスになったからです(コスプレ喫茶の歴史は秋葉原におけるメイド喫茶・コスプレ喫茶の歴史に詳しい)。



 『カードキャプターさくら』10巻P.30(CLAMP 講談社 1999年11月刊行)から引用



桜のメイド服は、作中で描かれた本職・知世の家のメイドの制服とは異なり、この作品で桜の衣装として貫かれる「フレアスカート」です。長さも短く、ソックスを履いているのに対して、メイドは黒タイツです。他にも襟元が桜の場合はリボンで飾られ、エプロンも胸元は空いているなど、デザインの差が明確に出ています。



作中、桜が縁者からプレゼントされた服装もクラシックで世界名作劇場のお嬢様が来ていそうなフリルで装飾されたドレスとなっており、この点では「ロリータ・ファッション」を具現化した存在とも言えます。



2000年代はメイド服とロリータ・ファッションがより注目を集めた時期で、そうした時代性を象徴するのが、2004年に刊行された新装版7巻の表紙です。桜の衣装はまさにメイド服のエプロンドレスで、ピンク色の色彩と相まって、少女世界を表現していますし、新装版になって「(旧版になかった)メイドが表紙」となるのも、時代を反映したものとなるでしょう。



カードキャプターさくら(7) (なかよしコミックス)

カードキャプターさくら(7) (なかよしコミックス)




メイドロボが描かれた『ちょびっツ』へ

ちょびっツ(1) (ヤングマガジンコミックス)

ちょびっツ(1) (ヤングマガジンコミックス)





CLAMP作品でよりダイレクトにメイドを出現させたのは『ちょびっツ』(講談社、2000年)です。アルバイトで生活費を稼ぎながら、予備校に通って大学受験を目指す主人公・本須和秀樹は、ごみ捨て場で人型パソコンを拾い、「ちぃ」と名付けます。この作品世界では、人型パソコンが流通しており、人の暮らしのパートナーとなり、会話もできました。しかし「ちぃ」は会話をすることができず、1巻chapter-4では、ちぃの正体を探るため、パソコンに詳しい少年・国分寺稔の家に行きます。



そこで秀樹とちぃを出迎えたのが、「メイド」の格好をしたパソコンでした。それもボンデージにエプロンというセクシーな「フレンチメイド」の姿で。



 『ちょびっツ』1巻P.64(CLAMP 講談社 2001年2月刊行)から引用

 『ちょびっツ』1巻P.71(CLAMP 講談社 2001年2月刊行)から引用



稔は別の人型パソコン「柚姫(ゆずき)」を有し、その柚姫は背中を大きなリボンで結ぶエプロンにミニのドレスという姿で、描き分けられています。稔がなぜフレンチメイドの格好をさせているのか理由は説明されませんが、柚姫は名前をつけるだけの特別な存在で、その大切さをメイド服の描き分け(フレンチメイドは見かけ・性的消費)たのかもしれません。



付け加えれば、『ちょびっツ』のメイド服デザインはこの2つにとどまりません。言葉を覚え、知識を身につけていった「ちぃ」は、秀樹の生活を助けるため、洋菓子店「チロル」でアルバイトを始めます。そこの制服は「チロル」の名の通り、チロルの民族衣装を彷彿とさせつつも、メイド服的な要素を残し、かつミニスカートからドロワーズを見せるスタイルは、ロリータ・ファッションの要素も入っています。



カードキャプターさくら』におけるメイド服イメージは、メイドを描くためというよりも、あくまでも作品を彩る要素で、少女らしい世界を描く際に不可欠の要素がメイド服の中にある考える方が妥当です。一方で、『ちょびっツ』における人型パソコンは、「メイドロボ」で解説した「家電」としてのメイドロボの要素を満たし、作品を成立させる必須の条件になっています。



青年誌の『ヤングマガジン』での連載という点を鑑みても、性的な対象としての「メイドロボ」という視点も作中には何度も描かれています。作品には人型パソコンに夢中になって妻を蔑ろにする夫も出てきたり、人型パソコンを生涯の伴侶として結婚を試みた男性が登場したりと、人とアンドロイドの境界線を巡る感情移入・パートナー選びが作品テーマの根底に流れる点では、「メイドロボ」の文脈に乗る作品として見ることができます。


「メイドロボ」への道を繋ぐ『ANGELIC LAYER

Angelic layer (1) (角川コミックス・エース)

Angelic layer (1) (角川コミックス・エース)



メイドイメージ(メイド衣装とメイドロボ)を巡る点では、『カードキャプターさくら』と『ちょびっツ』を繋ぐ作品に、『ANGELIC LAYER』(角川書店、1999年)があります。同作品は「天使」と呼ばれるドールを操作し、対戦格闘を行うゲームが作品の根幹にあります。1990年代後半のドールブームの影響を鑑みつつも、そこはCLAMP作品で「アリスイメージ」を引き継ぐキャラクターとして、その名も藤崎有栖が登場し、かつ彼女の「天使」の名もまた「アリス」で、エプロンドレス姿をしています。



さらに、主役の鈴原みさきが駆使する「天使」の「ヒカル」の着せ替え衣装の中にメイド服がある扉絵も描かれました。

(スキャナの故障により、後日、引用画像を更新します)



ANGELIC LAYER』と『ちょびっツ』は地続きですが、『ちょびっツ』ではドールが「人間の大きさ」になり、「人間のパートナーになる」人型パソコンが登場して行く流れは興味深いものです。メイドブーム期に登場した『HAND MAIDメイ』もまた、当初はドールサイズでありました。



1990年代のメイドブームを研究する中で、「コスプレブーム」や「格闘ゲームブーム」、「ファミレスなどの制服ブーム」 、さらには当時のオタク向けのショップムックから、「ドール」の流行を感じました。等身大のドールが話題になり、店頭に鎮座している写真もそうしたムックには掲載されています。









ここで列挙したものすべてを「メイドイメージ」は繋ぐことができます。そして、1990年代後半のCLAMP作品には、この影響を見ることもできると再確認しました。そして、『ちょびっツ』はWindows98の普及でパソコンが身近となり、またインターネットの利用率が上がっていったこととも切り離せません。


メイドブームの影響

今回の考察のきっかけは、『カードキャプターさくら』の20周年を聞き、ふと「そういえば、知世が桜に用意していたコスプレ衣装にメイド服ってあったっけ?」という疑問から始まりました。そして「どうせならば、CLAMP作品の画集を買って、メイドイメージを探してみようか」というところに繋がり、まず『ちょびっツ』でメイド服を発見しました。



その後、『カードキャプターさくら』を読み直し、知世のコスプレ衣装にメイド服はなかったもののアリス衣装があったことや、知世の家にメイドがいたこと、そして学園祭でメイド服を着ていることに気づきました。過去に読んでいるはずなのに、その時期、そういう視点で作品を読んでいなかったので、思い切り、メイド服をスルーしていました。



ただ、私がこれまでメイドイメージ研究をする中で、知人や私の観測範囲で、『カードキャプターさくら』をあげた人はほとんどいません。それぐらいに、メイドは作品の中に自然に溶け込んでいるのかもしれません。



今回は1990年代後半に生じた2軸のメイドブーム([特集]第1期メイドブーム「日本のメイドさん」確立へ(1990年代)と、[特集]第2期メイドブーム〜制服ブームから派生したメイド服リアル化・「コスプレ」喫茶成立まで(1990年代))をベースにしています。第3期以降は現在、準備中で、それにあわせて第1期も第2期も書き直しを進めています。



それらはそのうち公開しますので、お待ちください。



なお、CLAMP作品で「文化祭でのメイドカフェ」とメイドカフェの文字が明示的に使われたのは、『XXXHOLiC』(講談社、2003年)と『ツバサ-RESERVoir CHRoNiCLE-』(講談社、2003年)がコラボするドラマCD『私立堀鐔学園2』(講談社、2006年)でした。



そして、20周年を記念して「カードキャプターさくら」初のコラボカフェが開催決定!8店舗で順次開催されるのもまた、作品が先取りした表現に、時代が追いついたのでしょうか。感慨深いものがあります。カフェのノベルティのコースターには、「メイド服姿の桜」がいます。



20周年という期間で、作品を巡る表現の変化を見ることもまた、メイドブームを学べばこそ見えてくるものです。

羽海野チカ先生がダウントンしない英国ドラマを紹介してみる

昨日からNHK総合で『ダウントン・アビー』シーズン4の放送が始まりました。私は先に寝てしまって、真夜中に目覚めてTwitterを見たのですが、『ハチミツとクローバー』や『3月のライオン』を描く漫画家・羽海野先生が以下のようなつぶやきをしていました。





確かに『ダウントン・アビー』はシーズン3の終わりからシーズン4にかけて、より描写が過激化(人が死ぬ、精神的にも肉体的にも悪意によって傷けられる)していくので、私個人としてはピークはマシューの結婚までと、シーズン6ぐらいからの復活なのですが、「ダウントンしない」作品というものを考えるのは、自分の棚卸的に良いかも、と思いました。



事前に私の立場を記しておくと、『英国メイドの世界』という英国家事使用人の歴史本を作り、英国メイドの研究は16年目です、2014年12月には『ミステリマガジン』2015年2月号「ダウントン・アビー特集」に寄稿しました。


条件

・上流階級の屋敷や生活描写ができるだけある。

・ドロドロした恋愛劇や、ドラマ上の死が数多くは存在しない。

・キャラクター同士が傷つけ合う関係がずっとは続かない。

・ハートフル要素あり。



そうした条件でいろいろ考えてみました。


映画『アーネスト式プロポーズ』

オスカー・ワイルドの『真面目が肝要』を原作とする『アーネスト式プロポーズ』が、屋敷を舞台にした喜劇で楽しい作品です。撮影に使われた様々な屋敷が豪華なだけではなく(私が大好きなロンドン・スタッフォードハウスの階段も出てきます!)、コリン・ファースジュディ・デンチルパート・エヴェレットなど役者も豪華でオススメです。



執事もメイドも様々に出てきて場面を彩るので、今回の条件に最も適合すると思います。



『アーネスト式プロポーズ』感想


ドラマ『ラークライズ』

『ラークライズ』は英国の古典的な書物で、「イギリスで高校生の必読書とされた」作品です。1880年代の英国を生きた作家フローラ・トンプソンが描き出すのどかな田園風景と、田舎の素朴な暮らしは英国田園マニアには最高の資料で、日本では先に書籍が登場しました。



一九世紀イギリスの田園風景を描いた『ラークライズ』



ドラマも作られ、英国ではシーズン4ぐらいまで続きました。日本でDVD化されていないのですが、LaLaTVなどで一時期放送されました。



DVD『Lark Rise to Candleford』第1話(2008/04/12日記)

DVD『Lark Rise to Candleford』第2話(2008/04/17日記)


ドラマ『クランフォード』

おばあちゃんたちが主役の物語『クランフォード』も、羽海野先生へのオススメになるでしょう。エリザベス・ギャスケル原作の英文学で、ジュディ・デンチが主演するこの作品は田園地帯を舞台とした庶民の物語で、英国貴族の絢爛豪華な生活描写という指定からは外れますが、ドラマとしてはハートフルで、落ち着いた作品です。



『クランフォード』感想


ドラマ『北と南』

同じエリザベス・ギャスケル原作の『北と南』は工業都市が舞台の異色作ですが、上流階級の物語です(正確にはUpper-Middle?)。先述の『ラークライズ』と『北と南』には、『ダウントン・アビー』でヴァレットを演じるベイツ役のブレンダン・コイルが、それぞれ石工のお父さん、工場の職人長で出てきます。



あと、この作品は『ホビット』でドワーフのトーリンを演じたリチャード・アーミティッジが工場主として主演をしています。



『北と南』感想


ドラマ『高慢と偏見

安心してみられる上流階級のドラマといえば、ど定番の『高慢と偏見』です。最近では『キングスマン』、その前では『英国王のスピーチ』でおなじみのコリン・ファースの代表作といえるものではないでしょうか。1990年代半ばに日本ではNHKで放送され、この作品を通じて彼のファンになった女性も多いとおもいます。



原作は英文学を代表するジェーン・オースティンの『高慢と偏見』です。シリーズ数も短く、屋敷での撮影もしっかり行われていつつ、田園の風景もあるなど、さまざまな魅力が詰め込まれた作品です。



『高慢と偏見』感想


映画『秘密の花園

バーネットの児童文学の映像化では、まず映画『秘密の花園』が最高にハートフルといえると思います。そういえば、この作品で屋敷のハウスキーパーを務めているのが、『ダウントン・アビー』で伯爵未亡人のおばあちゃまを演じるマギー・スミスでしたね。メイドが出演する作品としてはベスト3に入ります。



鉄板すぎて、自分のブログでは感想を新しく書いていないですね……


ドラマ『小公子』

同じバーネットの児童文学の映像化では、ドラマ化した『小公子』があります。こちらは相当忠実に原作を映像化しており、個人的にはオススメの作品なのですが、NHKで15年以上前でしょうか、放送があったのち、再放送がありません。その上、日本での商品化もなく、英語版を買うしかありません。



『Little Lord Fauntleroy(邦題:小公子)』感想


映画『ミス・ポター

ミス・ポター [DVD]

ミス・ポター [DVD]

  • レニー・ゼルヴィガー
Amazon
ピーター・ラビットの原作者のビアトリクス・ポターを主役とした『ミス・ポター』は、いかにしてミス・ポターが自身の作品世界を作り、また出版を行って自分の世界を伝えていったかを描いたハートフルな作品です。生まれが良いので、上流階級の世界(こちらもUpper-Middleといったほうが良い?)も描かれています。



『ミス・ポター』感想(ネタバレなし)


映画『日の名残り

最後に、上流階級の家事使用人のトップである執事を主役とした、英国使用人ドラマの最高峰『日の名残り』を。英国作家カズオ・イシグロと言えばこの作品だった時代がありました。この作品は第二次世界大戦後の英国屋敷に住むアメリカ人富豪に仕える英国執事スティーブンスが主役です。スティーブンスという執事キャラがいれば、間違いなくこの作品の影響でしょう。



物語の時間軸は2つあり、「戦後を生きる執事」と、そもそもこの屋敷の所有者でスティーブンスが最高の敬意を持って仕えた英国貴族ダーリントン卿がいた時代=「屋敷の暮らしが華やかでピークだった時代」への回想で進みます。



1990年代に作られた映像作品では最高資料と言えるほどに家事使用人の仕事(日常生活ではないですし、執事視点なのでその他の使用人はそれほど描かれないです)と、また執事とハウスキーパーという「上級使用人」の管理職を描きました。



ハートフルかと言われれば難しいのですが、先述の「ダウントンしない」条件は満たすかと思います。



『日の名残り』感想(原作小説)


ここまで書いてみて:なぜ「ダウントンする」のか、背景を考えてみる

そもそも「ドラマシリーズ」は話を長く続ける都合上、「繰り返し」と「何かしら事件を起こして話を続ける必然性」があるので、あまり「ダウントンしない」条件に適合しないかも、と思いあたりました。飽きさせずに次回を見たいと思わせるには、強い引きもインパクトも必要かもと。



そして『ダウントン・アビー』のようなドラマは、「そのほかの同時期に放送している現代ドラマ」シリーズとも視聴率争いをしているかもしれません。その点では、放送中のほかドラマと意識して、ある程度、展開の起伏が大きくなっていくのも必然なのかも、と考えました



「ダウントンしない」作品として私が列挙したものは、ほとんど文学作品のドラマでした。表現に規制が多かった時代もあり、こうした原作付きの作品はおとなしい表現が多くなりますし、短い時間で済むことも多いです。その点、児童文学もハートフル枠になりますし、アニメの『ハウス世界名作劇場』シリーズも、この枠に入るでしょう。スタジオジブリの作品も、空気感は似ていますね。



こうした「先行のドラマ」作品がある上で作る別のドラマは、その先行作品との差異化の中で過激化する必然なのかもしれないと、改めて思いました。


終わりに

ダウントン・アビー』には非常に魅力を感じる点が多くありつつ、「ダウントンしない」という言葉はしっくりきました。とはいえ、いざそうした作品を紹介しようと考えると、意外と思いつかないものでした。『ダウントン・アビー」がきっかけで色々とこの界隈に興味を持つ方がいるならば、その楽しみ方の選択肢を広げるお手伝いができればと、ブログの形でまとめました。



全作品オススメですが、いくつか上流階級の屋敷ではないドラマも混ぜてしまいましたので、きっちり絞れば『日の名残り』『秘密の花園』、『アーネスト式プロポーズ』でしょうか。



なお、『名探偵ポワロ』と『ゴスフォード・パーク』はハートフルではないので除外しています。『名探偵ポワロ』はポワロさんとヘイスティングスがチャーミングなので、ぜひ、見ていただきたいですね(今、NHK-BSで土曜日夕方に放送していますので)。



NHK公式:名探偵ポワロハイビジョンリマスター版



取り上げなかった英文学で言えば、ディケンズ作品シリーズで『荒涼館』もありますね。他に、イブリン・ウォーの『Brideshead Revisited』も。『情愛と友情』としてリメイクされた作品には、ベン・ウィショーもでていますね。





最後に、言及した世界名作・ジブリつながりで言えば、私の同人誌(2015年8月に製作)『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』が、メイド・使用人描写の変遷を1970年代から遡って分析していますので、オススメです。



『ダウントン・アビー』シーズン6からの完結編・UKで発売&視聴完了

その一方で、英国では昨年末に放映された『ダウントン・アビー』の最終シーズン6の完結編になる『Downton Abbey: The Finale』が、DVDで発売されました。今日、UKから届いたので視聴しました。



http://www.amazon.co.uk/Downton-Abbey-The-Finale-DVD/dp/B018K7M0TI






このドラマを知ってから丸々5年が経過したのですが、『ダウントン・アビー』を超える映像美と世界観の作品はいまだあらわれず、2010年12月に記した『Downton Abbey』(ダウントン・アビー)は「屋敷と使用人」の史上最高レベルの映像作品との言葉は、そのまま今も通じていると思います。



前述したように、特にシーズン3〜4の展開は必ずしも私が好きなストーリー展開ではありませんでしたが、シーズンを賑わせてきたメインキャラクターたちが様々な毀誉褒貶を経ながらも、最終的には自分たちの居場所や幸せを見つけていくエンディングには、素直に感動しました。癖が強く、魅力的なキャラクターが多かったです。



物語は1920年代で終了しますので、この後、屋敷の存続に関わる相続税の問題や、今後の第二次世界大戦で接収されることも描かれることはありませんでしたが、1912年のタイタニックの沈没から始まッタ物語が、1925年に終了することは、メインキャラクターの年齢を考えると、妥当かと思います。



この作品が入口となって、英国屋敷やメイドの世界に興味を持つ方が増えることを願って。



以下、屋敷の崩壊について触れたtwitterでのつぶやきです。



『ダウントン・アビー』シーズン4がNHKで01/10から放送開始&プライムビデオにシーズン1〜3が登場

ダウントン・アビー』のシーズン4が2016/01/10(日)にNHK総合テレビでいよいよ放映開始です。

http://www9.nhk.or.jp/kaigai/downton4/



個人的には、シーズン3の終わりから4で描かれる展開はジェットコースターというのか、展開の過激さが目立ち、あまり好みのストーリーでは無かったのですが、ここを経てのシーズン5、そしてシーズン6への完結に繋がるということで。ただ、放送時間とストーリーもあってか、ほとんど周囲にこのドラマを見ている人がいません……



ちなみに、アマゾンのプライム・ビデオに『ダウントン・アビー』のシーズン1〜3が仲間入りしていました。これがプライム会員は無償で観られるとは、大変な時代です。特にシーズン2が一般的にも面白いストーリーだと思いますので、英国や屋敷が好きな方以外も、この機会に是非。














2014年の振り返りと2015年のロードマップ

はじめに

今年も恒例、これまでの活動を振り返ります。



1年前:2014年の振り返り(2014/01/01)

2年前:2013年の振り返り(2014/01/01)

3年前:2012年の振り返り(2013/01/01)



とはいえ、毎年、真剣に振り返りすぎ、書くのも時間がかかる上、ここ数年は自分が描いた目標を達成できないことが多いので、今年は緩めに書きます。




以下、2015年の目標です。



1.体力回復・増強
まず体力をつけて、一日の時間を有効活用できるようにします。仕事の残業時間はベンチャー企業に勤めた頃に比べると遥かに少ないものの、仕事で求められるプレッシャーの増大もあってか、土日にぐったりすることも増えました。

そこで、大学まで続けていた自転車に乗る趣味を再開しようと思います。といっても、普通に自転車に乗るだけでロードバイク的なものではありません。去年の夏に軽井沢で20年ぶりに自転車に乗って気持ちよかったことも影響しています。

2.研究環境の物理的構築
とにかく、自室に本が多くなりすぎました。そこでトランクルームを借りたものの、今度は本が散逸し、不意に必要となる情報を引き出すのに時間がかかる環境に。今時点でも積んでいる本が増えたので、一度、すべての所持する本が本棚に格納できる環境を確保することにしました。

3.2014年の目標の実現
・興味が無い人が読んで理解できる「メイドイメージ」の集大成を作る
・現代の家事労働者との接点

4.世界を広げる
これは個人的なことですが、もう少し、今年は外に世界を広げます。この前、久しぶりに自分と同じ領域に強い興味を持つ人に出会い、会話をする楽しさを再確認したからです。そうした人々がいる場所へ、自分から出て行かなければ、と。ジェーン・オースティンの話を久しぶりにしたり、作品『モーリス』を口に出したりとしましたが、自分の周囲にはほとんどそういう会話を出来る人がいません。思えば、自分が接してきた作品群の感想を話し合える相手は、貴重です。オタク同士の会話が気持ちいい理由は分かりますし、そういうコミュニティを形成したいところです。

興味を持って作品・対象領域にはまり、幅を広げて時間を費やせば費やすほど、方向によっては、誰とも話せなくなることは面白い事象です。だからこそ、ほんのわずかでも共通点・重なり合って話し合える対象を持てていると、そのこと自体が嬉しく思えるのでしょう。

深めれば深めるほどに「誰とも話せなくなる」という描写は、『3月のライオン』での「全力を出して殴り合える」的な棋士同士の関係性に重なるものがあるかもしれません。深めれば深めるほど理解し合いたくないことに気がつきやすくなってしまうところもあるとは思いますが。

1.体力回復・増強:達成

2015年の課題として取り上げたのは今振り返ると2つで、1つ目が体力の低下でした。仕事に没頭して土日の活動がしにくい点もあり、これについては3月末に自転車を購入し、行動圏内にある多摩川サイクリングロードで走ったり、自転車通勤をするようになったりと、行動を変えました。



ただ、自転車に乗るのが意外と楽しすぎて、ついうっかり長距離を走り、ぐったりすることもありましたので、その辺りは毎日適度に使う方向で2016年は習慣化したいと思います。体力を取り戻すアクション全てが成功ではないですが、自分の行動を変えられた点ではプラスということで。


2.研究環境の物理的構築:達成

これまで本が増えすぎて、トランクルームに本を預けたり、押入れに本をしまっていたりしたので、本を探すのも一苦労でした。そこで、研究をするためだけの部屋を借りて、使う本は全て本棚に格納する環境を確保しました。この結果、本を探すことで生じる無駄な時間も減り、研究に専念する環境を確保しました。ついでに、自転車も外に置くのではなく、家の中におけるので、良いことばかりでした。



結果、同人誌は、コミケ88新刊『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』を夏に刊行して、毎年同人誌を1冊以上作る活動は継続できましたし、少女漫画、世界名作劇場について自分が感じていたことを、データと作品をベースに論じることができました。



とはいえ、その他の領域についても調査を行っていたものの、遠大すぎるゴール設定に自分でとっかかりをつかめず(本来はGTD的にゴールを細切れにして目標を明確にし、かつ達成感を得るべき)、という状況に陥り、その他の領域はあまり進んでいません。


3.2014年の目標の実現:未達

「興味が無い人が読んで理解できるメイドイメージの集大成を作る」「現代の家事労働者との接点」については、未達です。前者はその道筋として夏に同人誌を作ったものの、まだ網羅的ではありません。後者はTwitterで時々つぶやいていますが、これも大きく進んでいません。



いずれにせよ、前者にここ数年取り組んでいて、それが出し切れていないのが原因だとわかっているので、そこにフォーカスします。


4.世界を広げる

広がっていません。引きこもっています。


仕事の影響

ここ数年、仕事は社会人人生の集大成というのか、いわゆる壮年期に経験すべきことを経験できる環境になっていると思えるほどリソースを使っています。運命的というのか、10年前に上司が病に倒れて入院、退社、その後の責任を背負って潰れかけるという体験が、似たような形で生じています。ただ10年前と違って2回目であることと、その時と違って自分の責任範囲も分散され、かつ率直に自分の状況を伝えて周囲の力を借りることができているので、前回とは違っています。



ただ、仕事のステージも10年前とは変わり、計画を言葉にして、様々な事業の方向をまとめる絵を描き、データを分析して認識を共有し、リソースを確保して結果を出すことにフォーカスする立場となっているので、日々、仕事に使うリソースが増えています。以前は職場を離れるとあまり仕事のことを考えずに済みましたが、資料を収集してそれを本にまとめて人に伝えたくなるのと同様に、職場での様々な情報をまとめ上げて形にすることが楽しく、そこに「創造力」がつぎ込まれています。



つまり、仕事のインプットが、研究のインプットを上回り、結果として研究が進んでいない状況です。とはいえ、2015年下期から人員も整いつつあり、2016年は入社して以来、最も人が多くなる環境になる見込みです。その分、責任も重くなりますし、結果を出せなければ身の振り方を考える状況ですが、子育てするような心で研究の優先度をあげ、育てたいと思います。


メイド研究 メイドブーム考察を完結させる

ここ数年、メイドブーム研究をしていますが、当初、自分で思い描いた分類軸はほとんど変化しておらず、今のトレンドによって新しい研究領域が増えることはほとんどなさそうに思えます。その点で、ある出来事を俯瞰してまとめるには、今が最も良い時期に思えます。



だいぶ資料自体は集まってきて、友人と話す中で2015年に進んでいることも多いと思う機会もありましたので、2016年は研究の集大成の年にする所存です。あと、仕事以外のアウトプットを増やしたいので、ブログの更新頻度も上げていこうかと。


講談社版『英国メイドの世界』、刊行から5周年

同人誌として2008年に刊行した『英国メイドの世界』は、2年間の歳月を経て、2010年11月11日に講談社から発売しました。それから今日で、5周年を無事に迎えることができました! これも、コミケをはじめとして同人イベントで本同人誌をお読みくださった方たちに支えられて、同人活動を続ける中で実現したことですので、読者の皆様に心より御礼申し上げます。そして5年を経ても絶版せずに、2014年に第六版を迎えられたことも、読者の方たちと、その場を設定してくださった講談社の編集・営業の皆さま、そして書店で取り上げてくださった店員の方たちあってのことですので、重ねて感謝いたします。



英国メイドの世界

英国メイドの世界





出版を通じて、いろいろな機会もいただきました。シャッツキステとの出版記念コラボイベント・無事終了(2010/11/29)や、秋葉原のカフェ『月夜のサアカス』での蔵書公開とタイトル一覧(169+2種)(2012/03/31)というコラボ、そして『シャーリー』2巻・11年ぶりの新刊発売と、そこから思う自分のメイド研究活動(2014/09/13)
に記したように、『シャーリー』刊行を記念してシャッツキステで開催された原画展にメイド関連の蔵書を提供する、ということもありました。さらに、鶴田謙二さんのイラストがきっかけで、2011年10月には水樹奈々さんのラジオ番組に出演する、という幸運な出来事もありました(FM-TOKYO『水樹奈々のMの世界』のメイド対談を振り返って)。



5年という歳月はあっという間でした。商業での出版は自分にとって初めての経験だったことから、出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?といった製作事情や、出版した本に1日でも長く生きてもらうため、著者に出来ることなど、この体験を形にしようといろいろと書き連ねましたが、本業の方が非常に忙しくなりすぎて、なかなか研究活動に時間を使えませんでした。



『英国メイドの世界』刊行後も定期的に研究活動を行ってきましたが、方向は大きく変わり、同じ「メイド」であっても「日本のメイドブーム」の全体像を可視化するというものになりました。きっかけは幾つかありますが、自分がメイドの本を刊行できたのも日本でメイドブームがあったからで、その源流を理解したいと考えました。また出版時にお会いした方たちから数多く「日本のメイドをどう思うか?」と問われることもあり、自分なりに答えを用意したいと考えました。



さらにいえば、出版を通じて知り合ったメイド喫茶での勤務経験がある何人かの方たちが、「親にメイド喫茶店員をしていることを話せない」と語っていたり、その職にあることを表立って言いにくかったりすると語っていたことが、「メイドであることを恥ずかしく思う」と語った100年前の英国メイドの姿に重なりを覚えたからでした。「英国メイド」は職業的不人気によるなり手不足、いわゆる「使用人問題」に直面し、衰退していった職業です。家事労働の仕事を「スティグマ」と捉えさせた100年前の社会の物の見方と、現代社会に存在する「メイド」(メイド喫茶のメイドはウェイトレスなので、家事使用人ではないですが)、異なる存在でありながら、似たような意識を持つ背景を理解したいと思い、出版後はその方向の研究を続けました。



一方で、研究は「家事労働者」全体にも広がりました。『英国メイドの世界』で書ききれなかった、「英国メイドの衰退」は同人誌『英国メイドがいた時代』で書き上げましたが、歴史はそのまま現代英国へと続きました。また、世界中の経済発展する国々では家事使用人・家事労働者の雇用が継続して行われており、現代を生きる立場として「メイド」を巡る視点は、同時代に寄与するとも考えて、日本を始め、様々な国のメイド事情を調べています。



そういう活動を続けつつも、2010年に紹介した『ダウントン・アビー』NHKで2014年春から放送されるなど、英国メイドがいた時代のドラマが盛り上がるなど、自分を取り巻く周辺環境も変わっています。昔話で恐縮ですが、英国を舞台とするドラマの中でメイドがいるシーンがあると喜ぶ、というような時代が10年以上前にあったことが、はるか昔のようです。



あまりに長くなりそうなので、今日はここまでにとどめますが、5年前の自分が思い描いた未来となる「5年後」に生きる自分は、その時に思い描いた方向にはまっすぐ進んでいませんが、「メイド」を軸にした活動は継続しており、また近いうちに成果を発表する機会と場を持つことができるよう精進しますので、その時にお会いできれば幸いです。


既刊のリストを整理中

13冊目:2008/08/07 『英国メイドの世界』

14冊目:2008/12/07 『英国執事の流儀』

15冊目:2009/07/21 『英国執事の流儀』

16冊目:2009/12/04 『英国メイドの世界』ができるまで』

17冊目:2010/08/01 『英国メイドにまつわる7つの話と展望』

18冊目:2011/07/25 『英国メイドがいた時代』

19冊目:2011/12/16 『誰かの始まりは、他の誰かの始まりヴィクトリア朝の暮らし短編集・総集編』

20冊目:2012/08/25 『メイドイメージの大国ニッポン漫画・ラノベ編』

21冊目:2013/08/11 『メイドイメージの大国ニッポン新聞メディア編』

22冊目:2013/12/14 『メイド表現の語り手たち「私」の好きなメイドさん』

23冊目:2014/12/20 『屋根裏の少女たちBehind the green baize door』

24冊目:2015/08/08 『メイドイメージの大国ニッポン世界名作劇場・少女漫画から宮崎駿作品まで』