ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

階段の下(コラム)







この写真を撮る為に行ったといっても過言ではありません。



いずれもロンドンの住宅の写真ですが、建物に通じる階段の脇には「堀」のようなものがあり、そこから地下が見えます。こここそが使用人たちの働く地下、『Downstairs』です。使用人たちは正面玄関の使用を許されず、屋敷に運ばれる食糧や生活物資同様、この地下への階段を通って、屋敷を出入りしなければなりませんでした。



使用人たちは主人たちが暮らす地上の階にスペースをほとんど与えられず(唯一の例外は侍女や、屋根裏で眠る場合)、主人たちの求めに応じる為に地下に待機しました。当時のキッチンは熱がこもりやすく、また「肉は直火でロースト」という習慣もあったので臭いがすさまじく、主人たちは自分たちの生活圏から極力遠ざけました。



この堀のような地下にはキッチンや蒸気の出るスカラリー(洗い場)があり(もちろんすべての屋敷で通じるルールではないです)、そこから熱気を逃がすようになっていました。イギリスの使用人ドラマ『Upstairs Downstairs』ではキッチンメイド兼スカラリーメイドのエミリーが、この地下の一室の窓から地上の通りを見上げていました。



外の世界にふれることが少ないメイドさんのこうした姿は、当時、かなりあったと思います。またヴァージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』の中で、窓際の部屋、通りを見下ろすメイドさんの描写がありました。



今は結構埋め立てている建物も多く、緩やかなスロープで蓋をされていたり、倉庫や事務所になっていたりと、当時の痕跡を残すものはほとんどありません。寒い時期、濛々と足元から噴きあがってくる白い蒸気と熱気、それが百年前のロンドンを覆う霧の原因のひとつだったら、なんて想像もしてしまいました。