日本を発ってロンドンに向かう途上、ひとりの紳士と出会いました。
「故郷へ、久しぶりに帰る途中なんだ」
口髭の似合う彼は、こう語りました。
初めてイギリスに行くことを告げると、彼はしばし目を閉じました。
「……テームズ河の対岸から眺める国会議事堂は素晴らしい。君たちさえよければ、私が案内しよう」
穏やかな笑みを浮かべ、彼は同行を申し出てくれました。これは、異邦の地に降り立つ僕らに、心強い言葉でした。
彼が案内してくれたテームズ河の岸、旧ロンドン市庁舎の前に立ち、ウェストミンスター・ブリッジ越しに、ヴィクトリア朝の建築家「アウグスタス・ウェルビー・ノーモア・ピュージン」と、「チャールズ・バリー」が建てた、ゴシック様式に包まれた国会議事堂の美しさは、息をするのも忘れるほどに美しく、ただ静かな感動が体の奥底から、湧き上がりました。
「ここで私は生まれ変わったんだ」
護岸のコンクリートの上に軽やかに立ち、テームズ河の上を通り過ぎる、柔らかで少しひんやりとした風を浴びながら、彼は感慨深げに、微笑みました。
彼が今、何を見て、何を感じ、僕らに何を伝えようとしているのか、わからないけれど、ロンドンの灰色の空を背負うような彼の背に、生きてきたその歴史を、感じるのです。
これが、彼を写した一枚です。
穏やかな水面。
ささやかな太陽の光。
静かに通り抜けていく、午後の風。
そして、ネプチューンマン様。
そんな、ロンドンの思い出。