ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。同人・出版活動の報告を含みます。

『羽海野チカの世界展 ハチミツとライオンと』感想


コミケ終了後の夏休み2日目ということで、明日08/17まで開催の『羽海野チカの世界展 ハチミツとライオンと』に行ってきました。西武池袋本店2階ですが、無印良品がある方の別館なので、通常のルートでは行きにくく、地下1Fを通る感じになります。前に、同じ場所で羽海野チカさんの作品を見た記憶があったのですが、2009年の羽海野チカの生原画を堪能、「3月のライオン」原画展だったかもしれません。



そういえば今年の冒頭、羽海野チカ先生がダウントンしない英国ドラマを紹介してみるという記事を書いたのを思い出しました。


「オフィーリア」

展示会場を入ると、最初に『ハチミツとクローバー』の展示がありました。ここ数年読んでいなかったのですが、2005年ぐらいにITベンチャーで働いていた頃、同僚からおすすめされたのと、同じ時期にアニメのCM「人が恋に落ちる瞬間を はじめて見てしまった」というフレーズの美しさに響き、またアニメのオープニング曲、YUKIさんの『ドラマチック』が良くて、DVD初回特典付きを購入したのを覚えています。



という自分語りはさておき、この最初の展示でひときわ目を引いたのは、はぐちゃんが怪我をしてしまう文化祭の回を予兆したイラストで、久我が好きな19世紀の英国画家ジョン・エヴァレット・ミレイによる、「オフィーリア」をモチーフにした、水面に花とともにたゆたう、はぐちゃんの姿は忘れがたいものでした。このイラストを生原稿で見られたのは幸せで、なんども見てしまいました。



山田さんは健気でいいですね。はぐちゃんとのペアで様々なガーリッシュな服装をしているのもまた似合っており、可愛いなぁと思えるものでありながらも、その流れで続く森田先輩のフィールドが、何かこう、気持ちが明るくなるような雰囲気でしたし、羽海野チカさんの世界として魅力的に感じられるものでした。


3月のライオン』の多様性

3月のライオン』も、桐山零の初期のひとり語りによるドロドロとした沈み込むような、閉鎖された世界の表現が黒を基調に描かれていましたが、次第に光を浴びていく、世界につながっていく漫画の展開もまた、展示で感じられました。おっさん達も健在で、個人的に応援している島田八段(『3月のライオン』5巻に感じた「人と人の様々な繋がり」で言及)のイラストも、よいものです。



「かわいらしい世界」が詰め込まれた、お菓子箱のような雰囲気も、貫かれています。前回の企画展で『ハチミツのクローバー』と『3月のライオン』でコラボしたイラストが、よいものでしたし、その並びにあった、和菓子屋の三姉妹のメイド姿もコミックスを見てから気になっていたものでしたし、羽海野チカさんが「可愛いコンテクスト」でメイドが描かれる存在になっているのも、メイド研究者としてはうなずけるものでした。もちろん、『ハチミツとクローバー』を含めて、童話的な、世界名作的な、民族衣装的な、多様なエプロンドレスの描写や、描かれていた『赤毛のアン』の表紙も、羽海野チカさんの世界観にふさわしいものでした。


こうした少女らしさの世界表現は、ひなちゃん(ひなた)のブロックに凝集されていたように思います。大正から昭和前期的なイラストがあったり、パフスリーブのワンピース、エプロン、おさげにおかっぱなどの髪型など、イラストが並ぶことでより強く、そこに込められた世界に漂う優しい眼差しを感じられます。


作り手としての削るような生き方

芸術家として生きるはぐちゃんは、他者の人生すべてを求めてしまうぐらいにその世界に没頭し、命を削るように作品を作っていました。その原型ともいうべき、生みの親の羽海野チカさんの創作もまた、壮絶さを感じるものでした。今回の展示で最も「羽海野チカの世界展」として、その世界を形作るものを表現し、感動したのは、妥協のない作り手としてのスタンスです。



それは、8ページ分の漫画のネームが完成に至るまでのプロセスを可視化した展示に凝集されています。ネームを描き上げた後、何度も何度も作品を再構成、ブラッシュアップさせて、結晶化させていく。第一段階から第二段階、第三段階と、その描き方もユニークに思えましたが、妥協せずに丁寧に作り上げる様子は、自分が読んでいる『3月のライオン』という漫画がこのように心血を注ぎ込んで作られていることに、震えました。



もうひとつ、今回の展示で「漫画家」としての羽海野チカさんの凄みを感じたのは、ショーケースの中に入ったイラストに色を塗っていくプロセスについてです。絵の具のパレットが展開されており、それぞれの絵の具の色の番号を記した数字が、カラーイラストの描かれたボードにも色のサンプルとセットで添えられており、デジタル化ではない形でのイラストの完成に向けた心の配りように、驚くのみでした。



私はクリエイターの方の制作現場を知らないので、ここで見ているものがひときわユニークなものでないかもしれませんが、繊細で美しく、可愛く、時に凄みがある世界を描き出す羽海野チカさんが、どれだけの時間と心を配って作品を描いているのかが、伝わってきた気がします。



クリエイターとしての羽海野チカさんの源流を感じさせてくれる展示が、セーターとワンピースです。特にワンピースの方は、ピンクハウスをモチーフとして手作りしたもので(一度も着られなかったとのこと)、作品の世界に存在する地に足がついた生活描写、ハンドメイドな雰囲気も、こうした生き方の積み重ねにあるのかなとも思いました。


明日までなので行ける方は是非

最後に、作家としての優しさを感じたのは、『3月のライオン』6巻を発売記念で、2011年7月22日付朝日新聞広告掲載のイラストです。私はこの企画を存じ上げなかったのですが、読者から応募した登場人物へのメッセージは心揺さぶられるものがありました。かつ、このイラストはオークションにかけられ、売り上げは全額、東日本大震災義援金になったとのことです。



そうそう、「コロッケ」の展示もユニークでしたし、ブンちゃんの写真も良かったですね。「3月のライオン お茶の間の川本家」を表現したミニチュアも含めて、とにかく「羽海野チカの世界展」の名にふさわしい展示ばかりでした。そいて、副題の「ハチミツとライオンと」に限ったものではなく、クリエイターとしての羽海野チカさん自身を知る・作家としてのあり方に接することができ、そのあたたかで優しい世界に包まれる展示でした。



明日08/17までなので、このブログを読んで興味を持たれた方は、是非に。



公式サイト:『羽海野チカの世界展 ハチミツとライオンと』


※事務的なコメント

通常の美術展と違い、展示作品全てのリスト配布は無かったようです。図録に相当するイラストセレクションを購入しましたが、それも全てを掲載しているわけではありません。