ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『Below Stairs』(ASIN:0745102964)

『24羽の黒つぐみ』の話には、ある老人に長い間仕えていて、死後に何も貰えなかった使用人が出てきます。そんな使用人は意外と多かったと思いますが、かなり悲しい話もあります。



メイドとして働いていた女性Margaret Powellの本『Below Stairs』を読んでいますが、彼女が働いた職場の一つで、もっと悲惨な話があったのです。ヴィクトリア駅の近くのある家庭に短期間の就職をしたMargaret Powellは、そこで先輩のハウスメイドとパーラーメイドに出会いますが、彼女たちの年齢は……63歳と65歳だったのです!



転職するにも受け入れ先が無いこと、そしてそんな年齢になるまでなぜ働いているのか。人生の分岐点を逃した彼女たちに、今回の遺産の話が関係します。



彼女たちふたりのメイドはいつからかはわかりませんが、25年間、子供のいない女主人の元で働きました。女主人から、「私が死んだら、使用人を辞めるのに必要なお金や家を残してあげる」と言われ、その言葉を信じて……



しかし遺言は存在せず、女主人の血縁が家を相続し、売り払ってしまいました。ふたりのメイドは三か月分の給与を、その後継者の温情で貰えましたが、それだけでした。



「こんな辛い環境で働くのは、遺産を貰えるから……」と、転職をせずにひとつの現場に留まり続け、結局、人生の可能性を失ったメイドの話は、あまり他人事で無いかもしれません。現代人も終身雇用制が壊れつつある世の中、必ずしも一つの会社で働き続けることが将来の安定を意味しない、のですから。



尚、この参考文献は『エマ ヴィクトリアンガイド』の村上リコさんが自身のサイト内でふれていた本です。Margaret Powellという女性はいわゆる下町的な育ち方で気が強く、使用人としての運命を甘受せず、常にそこからの脱却を考え、主人たちを軽蔑していた、と思えるようなガッツあふれる人です。



今まで同人誌では「就職」「転職」の観点で物を見ていましたが、「離職」について、彼女の自伝は面白い内容が多く、夏の新刊で使おうかなと思っています。また、彼女は比較的新しい世代であり、第二次大戦前、大戦後も、テンポラリの使用人の仕事をしており、その意味でも資料としての価値は高そうです。



侍女―エリザベス・B・ブラウニングに仕えた女性
過去に読んだ『侍女』の中に、当時のメイドの妊娠後の対策が出ていましたが、多分、その創作の元ネタはこの本では無いのかという描写も出ていました。ひとまず、「有名人の資料」として押さえておくべき本の一つですね。



関係ないですが、去年の今頃、『MANOR HOUSE』に出会っていました。



http://d.hatena.ne.jp/spqr/20040415
時間が経つのは早いですね。



村上リコさんのサイト

・テキスト:最大多数派?の女の子たち