いよいよ第二幕が始まりました。基本的に土曜日更新の予定でしたが、今回だけ、先行しておきます。
内容やストーリーの感想は多いと思うので、気になったところや「ここを見ると面白いよ」という制作側のこだわりを見つけていきたいと思います。
物語自体は原作に無い話から始まっています。舞台はカントリーハウスを前面に打ち出し、使用人主体の視点で進めてくれているようです。
見出し
・器物損壊と管理上の責任
・原作からの修正ポイント〜ランドリールーム
・侍女「ナネット」と赤い制服(The Scarlet Tunic)
・使用人の数
・「使用人は仲間を裏切らない」?
・最後に:カントリーハウスを描きまくる?
描写の解説面で説明の都合上、描き方に踏み込んでおります。まだ見ていない方はネタばれになるので、ここから先は読まないようにお願いいたします。
物語は『嵐が丘』の舞台ハワースにある、メルダース家のカントリーハウスに移ります。メルダース家に勤めるようになったエマと、使用人たちの物語、といった雰囲気が強まっています。
器物損壊と管理上の責任
いきなり物語の冒頭から、ターシャは塑像をぶっ壊します。しかし、これは管理上、あまり褒められたことではありません。メイドに貴重品類の掃除をさせること自体が、間違っているからです。
通常、こうした高価な品物はフットマンか、もう少し注意深い人間に扱わせます。少なくとも、ターシャに触れさせる環境を作った時点で、管理者として負けです。アデーレもその意味では、ターシャが落とすのを予測できたはずですし、話しかけるタイミングではなかったでしょう。
メイドに扱わせない理由ですが、ターシャはどうかわかりませんが、メイドには「置かれている物の価値」がわからないことも珍しくありません。当時の風刺画などには、「ブラシで絵画の表面をこすって磨くメイド」なんてものまで残っています。
そもそも、多くのメイドは最初、「道具の使い方」さえ知りません。彼女たちの階級の暮らしでは、存在しないような道具を使って、仕事するようことになるのです。
そして、高価なものであればこそ、「メイドの給金」というレベルでは済みません。卵を割るのとはわけが違うので、即刻、解雇される可能性が高いです。
絵的には面白いですし、実際には上記のルールが厳密に行われていたとは言えないのですが、ちょっとやりすぎです。
原作からの修正ポイント〜ランドリールーム
原作で感じた違和感というか、絵的に「あれ?」と思ったものがありました。アニメでは修正していたので、やはり気になっていたのでしょう。
『エマ』3巻、P.92〜93、エマはランドリーメイドたちの領域にシーツを持っていき、注意されます。多分、ランドリーメイドを研究した人間で無ければわからない箇所ですが、『エマ』3巻にて、エマが入った部屋では、「アイロンをかけていたし、洗濯もしていた」のです。
これのどこに違和感があるかというと、「乾燥させる仕上げ」と「洗い物」を同じ部屋でしていたことです。通常、大きなお屋敷のランドリールームは、熱湯で衣類を洗う「ウェットルーム」と、アイロン台、ストーブや乾燥棚を備えた「ドライルーム」に分かれています。
洗い物は熱湯を使うので蒸気がこもりやすく、通常、同じ部屋ではアイロンをかけません。今回のアニメでも、きちんと二つの部屋が分けて描かれています。シーツを洗う「ウェットルーム」では、「白い蒸気」まで再現しているのです。
こうしたこだわり、素晴らしいです。
ただ、部屋が分かれているのはあくまでも広い屋敷での話であって、狭いところでは一緒になっていることもあります。
ちなみに、アイロンをかけていた部屋で石を載せた謎の大きな器具をメイドが前後させていましたが、あれは「マングラー」です。石の重さでシーツを伸ばしている(水気を切る場合もあります)のです。
あんな道具まで、思わずニヤリとします。
画像もありました。AMAZONで。
侍女「ナネット」と赤い制服(The Scarlet Tunic)
オリジナルキャラクターのナネットが登場です。侍女です。しかも、赤い制服を着た男と逢引して、盗みの手助けをしています。干してあるシーツの向こう側、というのがよいです。
ヴィクトリア朝や『高慢と偏見』が好きな人ならばご存知、例の陸軍の赤い制服です。当初は「使用人? 御者?」かと思いましたが、「身分違い」「借金」と言うことで、ほぼ間違い無いでしょう。(後半で士官と言ってましたね)
『高慢と偏見』のウィッカムの印象が強すぎますが、20世紀にメイドとして働いたマーガレット・パウエルや、ウィニフレッド・グレースも、軍人に対しては好感を抱いていません。お金持ちの貴族の士官と異なり、若く「若いお金の無い士官」(賭博で借金する可能性も高い)にとって、メイドは格好の「相手」でした。
ロンドンにおいて、子守のために散歩に出るナースメイドにとって、最も警戒されるべきは「赤い制服」(緋色の制服)でした。身の破滅に繋がると。
確か、しょう紅熱の英語名と制服の色を引っ掛けて、陸軍軍人に熱を入れる状態を「Scarlet Fever」と言ったような。
メイドではありませんが、村娘と恋に落ちて軍を脱走した陸軍騎兵の悲劇を、トマス・ハーディが描いています。こちら、映像化もされていますので、興味のある方は是非。
タイトルはそのまま、『The Scarlet Tunic』です。
もうひとつ、同じハーディで『狂乱の群れを離れて』も、赤い制服にまつわる話でした。
使用人の数とエプロン
盗難が発覚したときに使用人ホールに集まった使用人たちは、以下のようです。
執事
ハウスキーパー
コック
ラウンドレス(ランドリーメイド長)
アデーレ(ハウスメイド長)
ナネット(侍女)
キッチンメイド:5人:クリーム色の制服
ランドリーメイド:6人:青?っぽい制服
ハウスメイド:15人ぐらい
フットマン:6人ぐらい
あれぐらい大きな屋敷なので、こんなものかと。ランドリーメイドがいるので、他にも多種多様な使用人(御者とか騎手とか庭師などのアウトドアスタッフ)もいそうです。
いまさらですが、ランドリーメイドを登場させたメイド漫画って、『エマ』が最初でしょうか。ランドリーメイドつながりの細かい点で言うと、ラウンドレスと思える女性のエプロンにもこだわって欲しかったです。わざわざ掃除のときと着飾っているとき、ハウスメイドのエプロンを変えているぐらいなので。
侍女や身分が高い?使用人は、それほど汚れ仕事をしないという前提なので、丈が短い、他のメイドと異なる仕様のエプロンを身につけました。
「使用人は仲間を裏切らない」?
今回、オリジナルの侍女「ナネット」が好きな男のために扇を持ち出しました。エマはナネットが持ち出したのを知りながら、暴露しませんでした。
屋敷にとっては不利益以外の何ものでもないですが、使用人同士は時に「仲間を裏切らない」のです。事実に近いレベルで言うと、使用人は主人たちを必ずしも「味方」だとは思っていません。盗みがよくないのを知っていても、罪が無い(と彼らが思うもの。例えば食料やワインなど)であれば、見過ごしました。
一番有名な話は、フレデリック・ゴーストのエピソードでしょうか。ポートランド公爵に仕えるゴーストが、晩餐会の席で遭遇した事件です。ここで、高価な葡萄が盗まれたのです。翌日、ゴーストはある場所でその葡萄を見つけ、宮殿から手伝いに来たフットマンが犯人だと突き止めますが、この盗難を見過ごしました。
で、実は、DVD『MANOR HOUSE』において、ディナーに出すべきクラシックのワインが、失われるという事件が起こりました。久我は「え〜ここまで再現するの?」と驚きました。そうした思いは久我の勘違いで、真相としては冷やすために持ち去られたということらしく、ワインは無事に戻ってきました。とはいえ、使用人の誰かが、こっそり飲もうとしていた可能性はゼロではないとも思います。非常に高価なワインで、誰も行き先がわからない、というのはありえませんので。
ナネットの事件は宝飾品なので、告発されて、紹介状なしで追い出されても仕方が無いでしょう。この場合、「侍女」と言う立場が、より紹介状の意味合いを重くします。侍女は上級使用人であり、主人たちの傍近くに仕える分、その身元が保証されなければならない度合いが、他のメイドより大きいのです。
ハウスメイドレベルならば、紹介状が無くても仕事に困らないでしょうが、侍女ともなると勤め先が上流階級に限定されるので、そのパスポートともいえる「前職の紹介状」がないと、雇ってくれる人はほとんどいないでしょうし、「何かあったと」勘ぐられるでしょう。
「身分違いの恋をする使用人」という重なりがあって、エマはナネットを告発しなかったと思われますが、強くかばった理由も、その辺でしょうか?
尚、主人たちにとって屋敷内部での犯罪は不祥事になりかねないので、身内だけで完結する場合は、そのまま内々に留めておき、関係した使用人を解雇するという方式で対応に当たったようです。なので、ハウスキーパーの対応は真っ当ですし、メルダース夫人の対応はありえないほど温情的過ぎますが、見当はずれではないとも思います。
この犯罪の辺り、『ヴィクトリア朝の下層社会』が詳しいですが、マニュアル的に詳しすぎて、ちょっと嫌になります。『ヴィクトリアン・サーヴァント』あたりが妥当かと。
メイドの泥棒というと、超レアな映像として、『ギャングオブニューヨーク』キャメロン・ディアスのメイド服が思い出されます……盗んだ制服を着て忍び込み、宝飾品を盗んでくるという話です。(略しすぎ)
最後に:カントリーハウスを描きまくる?
今回の『エマ』は多分ですが、徹底してカントリーハウスの使用人を描くと思われます。カントリーハウスの風景や美しさを、広さを、その視点を。屋敷の中を、屋敷の外を、闊歩していくエピソードが増えるのを期待します。
残念ながら、DVD『MANOR HOUSE』においては、屋敷の中は再現されましたが、屋敷の領地を含んだ広大さは、伝わりませんでした。
で、書いていて気づきましたが、ウィリアムに言及した箇所がありませんでした(苦笑)
前回は第七話までしか続きませんでしたが、今回はどうなるでしょうか?
関連するコラムなど
メルダース家の屋敷のモデルはshugborough?ウィリアムの屋敷のモデルのひとつ〜Kenwood Houseへの訪問記
ハワース旅行記/村上リコさん
トマス・ハーディ原作の映画
Far From the Madding Croud(『狂乱の群れを離れて』)
『The Scarlet Tunic』
リスト:-ヴィクトリア朝の生活関連本リスト
公式サイト:英國戀物語エマ
『英國戀物語エマ』第一幕の感想
・第一回目の感想はこちら・第二回目の感想はこちら
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