ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英国メイドの世界 エッセンシャル版 屋敷で働くメイドの仕事・エピソード集』2013/04/26(金)発売・配信開始と電子書籍化の意図




本テキストの目次

  • はじめに
  • 「エッセンシャル版」の意義=広義の「読みやすさ」の向上
    • 1.資料本ではなく、「読み物・エピソード集」としての楽しみ方を
    • 2.入手しやすさの向上のための同人からの出版、そして電子書籍
    • 3.読んで欲しい要素を絞る=『英国メイドの世界』の中心にある「メイドの仕事」
  • 電子書籍版」と「紙本」の違い
    • 1.紙本で実現できた「レイアウト」の喪失
    • 2.「電子書籍化のコスト」がかかる
  • 終わりに:「紙の本」にしか出せない良さがあるし、電子書籍の良さすべてをまだ引き出せていない
  • 余談:電子書籍=売れた分での印税なので、刷った分で印税が入る紙本の方が生活は安定?



はじめに

2010年11月に講談社より刊行した『英国メイドの世界』が2013/04/26(金)、無事に電子書籍として配信されました。電子書籍版=「エッセンシャル版」は、『英国メイドの世界』全七章から、「第三章 家政系メイド」と「第四章 料理系メイド」の2章分を電子書籍向けに再構成した内容です。



女性の家事使用人である「メイド」に焦点を当て、掃除や洗濯を担う「家政系」と、食事の用意を軸とした「料理系」に分業された職種ごとの業務内容を解説しています。




【目次』
■まえがき

■1 家政系メイド
ハウスメイド(housemaid)
パーラーメイド(parlour maid)
ナースメイド(nurse/nurse maid)
ランドリーメイド(laundry maid)

■2 料理系メイド
スカラリーメイド(scullery maid)
キッチンメイド(kitchen maid)
コック(cook)
デイリーメイド(dairy maid)
スティルルームメイド(still-room maid)

■参考文献


「エッセンシャル版」の意義=広義の「読みやすさ」の向上

「エッセンシャル=最も大切な要素の抽出」的な意味合いとした場合、今回は「メイドの仕事」を抽出しました。原本となる『英国メイドの世界』は英国貴族の屋敷の日常生活を、そこで働く家事使用人や所有者の貴族たちの視点で照らしたエピソード集・資料本です。実在したメイドや執事など、その時代を生きた人々が直接語ったり書き残したりした言葉から「屋敷という職場」を浮かび上がらせています。


1.資料本ではなく、「読み物・エピソード集」としての楽しみ方を

今回はタイトルに「屋敷で働くメイドの仕事・エピソード集」を追記しました。これは『英国メイドの世界』と言う本が、「資料本」でありつつも、「誰でも読める、その時代を生きた人のエピソード集」である点を、再度伝えるための試みになります。



『英国メイドの世界』には語り手として登場するメイド、執事、ガーデナー、貴族などの一覧(ページ中央)に記したように、大勢の「元家事使用人」たちの声を載せています。



情報の羅列ではなく、気軽に生きた人々の視点で見える世界を感じて欲しいと、そうした意図も「電子書籍化」には含まれています。


2.入手しやすさの向上のための同人からの出版、そして電子書籍

私は多くの人にこの本を読んで欲しかったので、同人誌から商業出版の道を模索し、運と縁があって講談社からの出版にこぎつけ、私個人では作れないレベルに仕上げることができました。出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?(2010/12/07)にその経緯を書きましたが、それから2年以上が経過する中で、絶版を免れつつつも、多くの人にとって読みやすい環境を作れていないとの自覚もあります。





英国メイドの世界

英国メイドの世界





元々「メイドに興味がある人」を読者として想定しつつ、私は「メイドに興味が無い人にも、『仕事』『職場』という現代に通じる要素」によって、読者の方が既に持っている関心へ響かせることができるのではないかと考え、いろいろな伝え方を試みました。しかし、2800円と言う『英国メイドの世界』の値段は簡単に試せるものでありません。興味がある方は「値段相応」「むしろ安い」と言ってくれることもありますが、こうした点を解消する手段として考えられたのは「分冊」であり、コストの面では分冊よりも現実的な今回の「電子書籍版」です。



今回、800円と「新書一冊」ぐらいの値段になりました。


3.読んで欲しい要素を絞る=『英国メイドの世界』の中心にある「メイドの仕事」

よく誤解されますが、『英国メイドの世界』はメイドだけの本ではありません。執事やフットマンからガーデナー、コーチマン、ゲームキーパーと男性使用人も含めて、屋敷で働く広範な使用人を「一冊」でまとめきっています。『英国使用人の世界』でもタイトルが良かったのでは、と聞かれたこともありますが、私は同人誌を「メイドジャンル」で出し続けてきたこともあって、「メイド」に名前にこだわりました。



タイトルにある「メイド」の名前は、秋葉原を中心としたメイド喫茶ブームによって「メイド」の名前が知られていることでキャッチーでありましたが、その反面、本文に含まれている前述した要素をすべて伝えきることはできませんでした。その点で今回の「エッセンシャル版」は「メイドの解説」に絞ることで、タイトルと内容が一致するようになったといえるかもしれません。



さらに、650ページに及ぶ分厚さは読破を難しくしました。「メイドの仕事だけ」に関心がある方がいたとしても、同人時代の経験では、「読破できていない」という方は律儀に一章、二章と順番に読み込み、「好きなところだけ読む」ことをしていないようでした。その点で、この「エッセンシャル版」で、「家政系メイド」「料理系メイド」の9職種に絞ったことは、本来読んでほしい彼女たちの魅力を伝えやすくするための、電子書籍における「改善ポイント」と言えると思います。


電子書籍版」と「紙本」の違い

紙の本では実現できなかったことを電子書籍版で実現しましたが、メリットばかりではありません。紙の本で備えていた要素を失った点もあります。それが、「デザイン・レイアウトの自由度の喪失」です。



出版社から出ることで同人誌はどう変わったか?(2010/12/07)に記したように、『英国メイドの世界』は個人ではできないことや同人で感じた「直したい」点も改善しました。その中で大きな比重を占めたのは、「プロのデザイナーによるデザイン・レイアウト」でした。適切な文字量、情報階層を示す見出しのデザイン、引用文献をページ下部に集約する方式、そして雰囲気を伝える装飾など、随所に盛り込んでいただきました。


1.紙本で実現できた「レイアウト」の喪失

『英国メイドの世界』電子書籍版は、携帯電話、スマフォ、タブレット端末、そしてPCなど、マルチデバイスで読まれることを前提としており、そうした「どの端末でも読めるような電子書籍ファイル」でなければなりませんでした。そのため、レイアウト情報は必要最小限となり、まずテキスト、次に掲載する画像の選別が行われました。



レイアウト情報を失ったことで、「引用」文の表記も変わりました。「ページ下部」と言う概念が無いため、引用文の直後に引用書籍とページを銘記する方式へと切り替わりました。


2.「電子書籍化のコスト」がかかる

「なんで電子書籍化したのに、2章分しかないの?」との問いに対しては「読みやすい値段での分冊」とお答えできますが、では「なんで他の章は分冊されていないの?」との問いには、「コスト」が挙げられます。



通常の小説と異なって『英国メイドの世界」は「デザインをきっちり作りこんだ本」で、またマンガのように「画像」をそのまま1ページに落とし込める本でもなかったので、本を前提としたデザインをどのように電子書籍化する際に変更していくか、との課題を抱えました。



さらに掲載していた写真資料のいくつかは紙を前提とした版権処理を行っていただいており、電子出版を前提としていない契約だったので、権利元への確認やコストの都合での削除も起こり得ました。


終わりに:「紙の本」にしか出せない良さがあるし、電子書籍の良さすべてをまだ引き出せていない

現時点でタブレット端末が劇的に普及していない以上、そして日本でのスマフォ利用者の多さを考えるに、「紙の本と同じレイアウトを再現できる時期ではない」と考え、今回の「エッセンシャル版」が作られました。現在のエッセンシャル版=メイド編が好調に売れれば出版社はそれ以外の「分冊」を検討してくれるでしょうし、そうでなくとも、電子書籍版で興味を持った方が「本」を手にする機会もあるはずです。



ただ、「紙の本」で出来たことが「電子書籍で出来ない」とは言い切れません。電子書籍の記述方式はHTML5/CSS方式もあり、最近話題のレスポンシンブWebデザインで様々な端末に応じた見せ方を行えるように、端末に応じたレイアウト情報を持つこともできるようになるでしょう。



既にできる工夫でも、今回に限れば、たとえばカラー写真や動画を埋め込むことや、Webに存在している様々なアーカイブや参考資料へのリンクも盛り込めませんでした。この点ではまだ「紙を電子書籍化」したレベルで、本来の電子書籍が持つウェブとの親和性や柔軟性を引き出せていると言えません。



こうした点がありつつ、「重量を感じることなく、いつでも読み物として楽しめる」点を強調した作り変えによって、異なる読者層にアプローチし、より多くの人に興味を持ってもらえること、そして「実は興味を萌える要素を持っていた自分」に気づいて欲しいというのが、今時点での電子書籍化の意味になります。



今までに『英国メイドの世界』をお読みいただいた皆様のおかげで、こうした機会をいただけましたこと、御礼申し上げます。同じ世界を、似た景色を好きな方がひとりでも増えていくことを願いつつ、良き出会いがあり、またお楽しみいただければ、幸いです。



尚、電子書籍化に際しては講談社BOX編集部の最初の担当編集の方に具体的に検討していただき、議論し、その意見を反映しています。現在は新しい担当編集の方が出版に向けた様々な編集を行って下さったことで、出版にこぎつけました。本がこうして長く生きられる可能性を得られたことを、深く感謝しております。


余談:電子書籍=売れた分での印税なので、刷った分で印税が入る紙本の方が生活は安定?

電子書籍化の議論の中で、最も大きく紙本と違うのは、基本的に電子書籍=売れた分での印税なので、1万部分の印税は1万部売らないと入りません。一方、紙の本は「1万部刷った」ならば、たとえ50%が返本されようとも、「1万部分で印税が入る」のが一般的です。



その点で、作家が受け取る金額に大きな差異が出てきます。原稿料を受け取れるレベルの作家ならば、原稿を書いた時点でお金が入りますが、原稿料が無い場合には、印税のみが収入源です。「一艇部数売れてから印税が入る」のと、「最初に印税が入る」のとでは、大きく違います。



あと、余談ついでにこの観点での「最新刊を巡る紙の本と電子書籍のタイミング」についての仮説をば。



私はKindleとBookwalkerでそれぞれ100冊以上の本を買うぐらいに電子書籍を利用していますので、紙の新刊が出ると「電子書籍版は無いの?」と考えるようになっています。『宇宙兄弟』はだいぶ同期していますが、まだまだ多くの本でタイムラグがあります。最近、『RGD』を読み始め、完結となる6巻を購入する際には「文庫本ではなく、単行本」の値段で配信されていて、「なんだろうこれは」と考えたものでした。



しかし、「印税」の観点で考えると、出版社が在庫リスクを避ける意味で、こうした行動は合理的に思えます。出版社は紙の本を刷った段階で著者に印税を支払い、売らなければなりません。ならば、在庫リスクを減らす上で、紙の本の売り上げを妨げるかもしれない電子書籍の販売を遅らせるのは、当然の行動に思います。



とはいえ、私を事例にすると、多くの本が「紙だけ」だったら、買っていません。家のスペースを圧迫するので、物理的な本を買い控えているからです。また「電子書籍」になることで心の中での購入の敷居が下がり、普段ならば購入しない本も結構買ってしまっています。その点で、「紙の書籍の購入者」と「電子書籍の購入者」は完全に一致しておらず、新しい層を開拓できる可能性があるとは思っています。



さらに余談では、『週刊少年ジャンプ』や雑誌なども、電子書籍で定期配信するビジネスモデルをやってくれないかなぁと思っています。雑誌販売だけでは赤字で単行本で儲けるビジネスモデルと、情報が残る「雑誌の電子書籍」は相性が悪いように言われますが、電子書籍配信を「1週間」の時限・賞味期限としてしまえば解消します。次の号を読むには過去の号を消さなければならないなどでもいいでしょう。



私はほとんどジャンプを買ったことがありませんが、毎週200円配信で1週間(3日でもいいです)の賞味期限で配信してくれれば、購入します。「電車の中」「出版社が指定する特定のエリア(リアル書店併設のカフェなど?)でしか読めない」というシーン限定でもいいのかもしれません。



と、脈絡もなく。