ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『最初の刑事 ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件』感想

『最初の刑事』は英国に誕生した、事件を追求して解決する存在たる「刑事」の一人、ウィッチャー警部を主役としたノンフィクションの作品です。警部はディケンズも取り上げるほどの人物で、彼が扱った「ロード・ヒル・ハウス殺人事件」は「英国屋敷殺人事件」という一種のジャンルの走りともいえる出来事でした。



最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件

最初の刑事: ウィッチャー警部とロード・ヒル・ハウス殺人事件





ここまで書くと、「殺人事件やミステリに興味はない」と思われるかもしれません。事実、私も「別に刑事にそれほど興味はないし、今はそれほどミステリを読もうと思わない」と、この本の存在を知ってから長らく読もうとしませんでした。しかし、実際に読んでみると、違いました。この本は、こうした「ミステリ」に閉ざすのが持ったない、むしろ、この本は2010年代以降の「英国ヴィクトリア朝社会を知るための、資料本」となる一冊です。



ノンフィクションである同書は、しっかりと「参考文献・引用」を明示して、この「ロード・ヒル・ハウス殺人事件」の調査、それを巡る人間模様、当時の証言を取り扱います。その上でこの本が非凡なのは、殺人事件を通じて、英国社会を照らし出していることです。特に、ここであえていえば、三つのヴィクトリア朝的特徴が描かれます。


1.三つのヴィクトリア朝イメージ

1-1.神聖な家庭像

ヴィクトリア朝には、現代的な核家族を軸とした「家庭イメージ」が流布しました。『英国メイドの世界』でも言及しましたが、「家庭を神聖」とする見方は政府による家事使用人への保護(最低賃金、労働時間の規制)を阻害した要因としても指摘されています。今回、この「家庭が神聖である」とのイメージが、随所で繰り返されています。



同時に、「家庭」はプライバシーの重視によって、家族だけの私的な空間ともなりました。貴族の屋敷を軸に家事使用人の歴史を学んでいくと、「城」に住んでいた頃はほとんど無かった「廊下」が増加して部屋を通り抜けた移動が減り、また使用人が主人の私的エリアから徐々に排除され、「階上」「階下」と棲み分けが進む様子も見られます。



『最初の刑事』は殺人事件を通じて、こうした価値観を浮かび上がらせていきます。「神聖な場」で起きた殺人事件の衝撃は、それだけ大きなものでした。




1830年7月10日の《モーニング・ポスト》は、こんな主張を展開した。「これだけの聖域を侵し、犯行は遂げられた。謎、入り組んだ可能性、ぞっとするほどの悪意を内包する犯罪は、わが国の犯罪史上例を見ないものだ。……家族の安全、イングランドの家庭という聖域は、この事件が未解決のままで放っておかれることがあってはならないと要求している」
『最初の刑事』P.86より引用


こうしたコンテクストは、なかなかヴィクトリア朝を巡る資料本では伝わりにくいものですが、「殺人事件で照らし出される、多数の反応」が事例として用いられることで、分かりやすくなっています。


1-2.強力な「探偵」熱に浮かされる英国

神聖な「家庭」を舞台にした事件の反響は、メディアを通じて増幅されました。中でも興味深いのは、事件の「犯人」を巡る言説の流行です。新聞だけではなく、一個人まで犯人の追及・推理を行い、事件担当者へと手紙を送りました。ここで描かれる人々の推理の熱狂に狂気を感じましたが、この辺りを「第12章 探偵熱」として取り上げています。



ホームズに代表される「探偵」はこの時代の産物といえるでしょうし、この探偵と「家庭」の結びつきが『最初の刑事』で取り上げられる背景に、高山宏さんの著作による指摘があります。




 視覚文化の中で、推理小説というものは非常に大きな意味を持つようになる。「ミステリー」という呼び方も面白いが、英米人はこのジャンルを「ディテクティヴ・ストーリー」と呼ぶ。

 我々はこの「ディテクティヴ」に「探偵」という訳語を当てて事足れりと思っているが、「ディテクト(detect)」という言葉は、「屋根のついた建物の屋根をはがす」という意味だということを雑誌『英語青年』のコラムに小池滋氏が書いているのを見て、さすがホームズ協会の大立者だねと、ぼくはおもわず膝を打った。



『近代文化史入門』P.244より引用

近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)

近代文化史入門 超英文学講義 (講談社学術文庫)




1-3.「見る」時代(見て、決められる・分類される)

探偵小説の中で高山宏さんが指摘された「視覚文化の中で」との言葉は、近代が「見る」時代だったことを土台としての言葉です。この「見る」を巡る言説はとても私がここで言及しきれるものではありませんが、様々なものの見方はキーワードのひとつでした。



特に、人間の外観から人物を判断する「観相学」や、骨格的なところから犯罪者の特徴を求めた「骨相学」、行動ににじみ出てしまうしぐさや振る舞いから類推を行って人物を掘り当てるシャーロック・ホームズへの道筋は、「見る」ことから生まれる分析に繋がっています。また、人間も「精神分析」対象となり、心も観察・分類されていきました。刑事小説、探偵小説も似た構造を持っていることが指摘されています。まず、外観的なところや精神的な動きから犯人を特定していこうとする手法です。



さらに、「探偵小説」自体、近代的な動きでした。「証拠」といった「点」を集めて分類し、点と点とを結び付けて「犯人・真相」を描き出そうとする手法は、近代に見られた様々な対象を観察、分類していく動きに重なり、たとえばリンネによる分類学にも通じるでしょう。



この辺りは私の専門外で、高山宏さんの様々な著作で言及され得ることですが、ヴィクトリア朝に見られた「人間を外見、身体的特徴で分類する考え」は選民思想の萌芽とも言われており(誤った事実を論理で結びつけて犯人を仕立てあげてしまう構造・危険については同書でも言及がありますが)、殺人事件を通じて非常に多様な文脈を持つヴィクトリア朝が照らし出されています。


2.英国使用人研究者としての立場から見た『最初の刑事』

『最初の刑事』には「屋敷で働く家事使用人」たちの姿も出ています。日常生活を彩る家事使用人は、不可欠の存在で、今回の殺人事件にも、この時代の犯罪でも、そして後の時代に続く犯罪小説でも欠かせない存在です。



冒頭には屋敷の図面も載っています。しかし、私は、この本で描かれる世界は、やはり「犯罪を軸に研究が進んだヴィクトリア朝に基づく家事使用人イメージ」であって、「実在する人々を軸にした家事使用人イメージ」とは異なると考えます。『最初の刑事』では、「犯罪」を軸にした引用が多すぎ、それをほとんどの使用人イメージとして伝えている印象です。



良い・悪い、間違っている・間違っていないではなく、伝え方や光の当て方、テーマの力点の違いがあると言うのが私が伝えたいことです。なので、家事使用人の資料を読んだ上で、『最初の刑事』を読むと、また違った楽しみ方も得られると思います。


2-1.「屋敷と使用人を楽しむ作品」として読みすぎるのは難しい

今回の本で描かれる使用人イメージや参考にしている資料から、あくまでもこの本は「犯罪を軸にした資料に基づくヴィクトリア朝視点」で構成され、「日常生活の資料に基づく家事使用人イメージを扱っていない」と評価します。



確かに、19世紀には家庭内に入り込む家事使用人への恐怖や、実際に犯罪の被害に遭う雇用主はいました。しかし、使用人が日常レベルで「役得」として食べ物をくすねることがあったとしても、その数多くは窃盗や殺人といった重い犯罪をしませんでした。ただ、ヴィクトリア朝ではメイドが130万人以上いて女性労働者最大の勢力となったように、あくまでも当時を代表する巨大勢力だったが故に、事件が多く見えるだけではないかと。



この点については私のひいき目かもしれませんし、実際のデータを調べて(少なくとも特定地域で表ざたになった警察が記録する使用人の犯罪件数と、同地域の家事使用人従事者数の比率)などで見えてくるかもしれませんが、『最初の刑事』で使われた主要な二次資料(『最初の刑事』P.495)、特に殺人や事件性を扱うものが1970年代頃のものである(たとえば『ヴィクトリア朝の緋色の研究』1970年、『ヴィクトリア朝の下層社会』1970年)ことを指摘します。



ヴィクトリア朝の緋色の研究 クラテール叢書 11

ヴィクトリア朝の緋色の研究 クラテール叢書 11





「殺人事件」を軸とした研究と、「家事使用人」を軸とした研究は切り離されていますし、日本ではシャーロック・ホームズなどを通じて圧倒的に前者の情報が流布してイメージが形成されているのではないかと。英国の家事使用人研究が盛り上がったのは1970年代で、この頃には実際に家事使用人を体験した人々の言葉も含めて、数多くのイメージが形成されていきました。しかし、先に取り上げた2つの巨大な影響力を持つ著書の刊行は1970年で、後の時代の家事使用人研究の影響を受けるには至っていないと私は考えます。



『ヴィクトリアン・サーヴァント』はそうした一冊ですし、私が刊行した『英国メイドの世界』も、実在した人々の声を軸に形成しています。



ヴィクトリアン・サーヴァント―階下の世界

ヴィクトリアン・サーヴァント―階下の世界



英国メイドの世界

英国メイドの世界




2-2.舞台は「カントリーハウス」ではない?

私は『最初の刑事』が「英国の邸宅における殺人事件」として注目を浴びたとのことで屋敷の構造に期待していましたが、実際に今回登場した屋敷は、「中流階級の家」であって、「領地に囲まれた貴族の邸宅」としての屋敷ではありません。



カントリーハウスの定義は様々ですが、私が抱くイメージとしてのカントリーハウスは「田舎の屋敷」という意味ではありません。私のカントリーハウスへの興味を育んだのは研究家・田中亮三先生の『図説英国貴族の城館』です。




カントリー・ハウス(country house)とは、おもにエリザベス朝末期の1590年代から、ヴィクトリア朝初期の19世紀半ばにかけて、主として貴族の称号をもつ大地主たちが、みずからの権勢を誇示するために、広大な所領(estate)に建てた壮麗な邸宅のことです。



『図説英国貴族の城館』P.4より引用

図説 英国貴族の城館―カントリー・ハウスのすべて (ふくろうの本)

図説 英国貴族の城館―カントリー・ハウスのすべて (ふくろうの本)



この基準に照らせば、今回登場するロード・ヒル・ハウスは壮麗とは言えない規模ですし、部屋数も少なく、小さいです。その上、近所に住居が立ち並んでいるので、「領地に囲まれた屋敷」ではありません。「郊外にある広い敷地を持ち、庭がある家」で、これは郊外に住宅を構えて馬車で通勤したという中流階級向けの建物です。


2-3.「見えにくい中流階級の家事使用人」像

ひとつ、この本でユニークだと思ったのは、「中流階級の家事使用人イメージ」が見えやすかったことです。家事使用人について「この本だけにしかない新解釈」があるかと言えばありませんし、前述したように、1970年代以降に見られた犯罪系の文脈を受け継ぐものだと考えます。



しかし、犯罪に巻き込まれた使用人や事件を通じて描かれる「中流階級」での仕事内容は、あまり見ないものです。特に、私は屋敷の地図を見て、屋敷で最も環境が劣悪な場所のひとつである最上階、「家事使用人の寝床があるエリア」に、「屋敷の子供たちの部屋がある」ことにとても驚きました(育児部屋ではなく)。



ここから子供たちが置かれていた境遇を読み取ることは出来ますし、逆に、中流階級の経済力で子供が多すぎる場合、確かにこの程度の広さでは家族の一員であっても部屋の配置には苦労したかもしれないと考えることもできます。メイドの中には「物置」が私室になったものもいますが、家屋が狭ければ、必然と言えるでしょう。



私は貴族の屋敷ほどには中流階級の家の構造図を読んでいないのですが(都市にあるテラスハウスの資料は多く、今回のような郊外型住宅)、『最初の刑事』を読んで、今回出てきたような中流階級の家屋構造をもっと知りたいと思いました。狭い家だけに家事使用人を吸収しきれず、通いでの使用人数も多いですし、逆に「通える」距離に使用人(+その家族)が住んでいるのは、広大な領地に囲まれた貴族の邸宅とは異なる環境を意味しています。



また、『第十章 星に流し目をくれる』で描かれた、家事使用人による「働き口を失いたくないので、子供を殺した」事件や、ロード・ヒル・ハウスの事件を巡って「使用人」に向けられる眼差しも当時の姿を伝えるもので、矛盾するかもしれませんが、家事使用人を巡る視点として面白い情報が多々あります。


3.これからの「英国ヴィクトリア朝資料」として間違いなく一流

最後に、私が知りえる範囲から情報を補足しましたが、あえて言及したのも、それだけこの本の完成度が高く、より多くの人に読まれる可能性があり、今後のスタンダードになると感じるからです。それほど、この本は「殺人事件」を入り口にしてとても読みやすく、ヴィクトリア朝の生活に興味を持たせる一冊に仕上がっています。



ミステリ小説に興味がある人にとっては最適な題材ですし、ヴィクトリア朝に興味が無い人もこの本を通じて価値観や文化を知ることができます。さらに、私たち現代人が抱く「家族イメージ」の形成や、犯罪を巡る報道と現代との類似についても、強い興味を持つでしょう。



事件にかかわった人々の最後の後日譚も、これは「現代と過去」が繋がる歴史的な興味深さを提供してくれますし、この事実を掘り当てた著者自身が、断片的な事象を繋ぎ合わせて、本書で描かれた「刑事・探偵」のような振る舞いをしているのも、印象的です。



私が取り上げた「三つのヴィクトリア朝」は様々な本に出ていますし、『最初の刑事』だけの特徴ではありません。しかし、これらの要素をとても分かりやすく、また広く流布する形でまとめ上げたのは、同書の大きな特徴だと思います。専門家向けに描かれていない本で、こうしたコンテクストが伝わるのは、私にはとても素晴らしいことに思えます。



尚、最後の余談ですが、今回の主要参考文献、その中でも一次資料として挙げられた当時の警察の犯罪事件記録は英国公文書館で入手可能で、日本にいながらも同じ情報が得られます。結構コストが高いですが、画像ファイルか紙を選べます。



犯人名が記載されているので、既に『最初の刑事』を読んでいる方だけにオススメします。



MEPO 3/61 Murder of Francis Saville Kent, aged 4 years by (省略)



私も『英国メイドの世界』を作る際、英国政府の使用人問題をまとめた資料(WW1後と、WW2後の課題としてまとめたもの)をここで入手しています。


『英国メイドがいた時代』が繋がっていくテーマの補足

私は「英国の歴史的な家事使用人」の研究を10年以上続ける立場で、彼らの職種や転職事情、仕事の詳細や労働環境、そして個々人の生き方に強い関心を持ってきました。今回、夏コミ新刊の『英国メイドがいた時代』前半はその延長で作っていますが、後半は「家事使用人」から「家事労働者」へと名を変えた職業が、1980年代以降に英国で復活した現代事情も扱っています。



現代事情を扱うのは正直なところ、非常に難しいです。それでも、今回は「家事使用人の延長として語りえる要素」「読んだ方々に、現代との比較を想起させる要素」を選択して盛り込みました。その中で、ページ数や締切という制約もあって、現代に繋がるところで「ここにも繋がっている」と細かく言及できなかった点が3つありますので、補足として記します。



私が学ぶ「歴史的な家事使用人」が照らしえる領域は非常に広く、少しでも顔を上げると様々なジャンルの学問との重なりがあります。しかし、時間は有限で人間の能力にも限界があるので、私は新しくこれらの領域に手を広げることは出来ません。また、私が今把握している「学びたい英国家事使用人の歴史」も、私が学べているのは私が思い描く10%にも達していないと思います。それぐらい、自分の領域でも広がりがあります。



ただ、山岳ガイドが「こっちには海がある」「あっちに森がある」「ここでは珍しい動物が見られる」と、「海」「森」「動物」の専門家でなくとも、道案内のレベルで分かる範囲はあるので、その辺りを今回のテキストで補うのが意図となります。


1.ワーキング・プアと新自由主義

今回、「なぜ現代英国で家事サービスの需要が増加したのか?」の要因として、1970〜80年代の英国での経済危機や政策転換が挙げられます。「新自由主義」を軸とした政策は企業の国際競争力を高めるために労働者の権利を弱体化させ、また膨れ上がる公共福祉の財政負担を減らすため、医療・教育・介護の領域を弱め、個人による自己負担を増加させていきます。



アメリカで特に目立ち、日本でも「ワーキング・プア」の言葉がメディアに登場し、格差の広がりを告げています。この関連情報への言及が今回、十分ではありません。



ハードワーク~低賃金で働くということ

ハードワーク~低賃金で働くということ



中流社会を捨てた国―格差先進国イギリスの教訓

中流社会を捨てた国―格差先進国イギリスの教訓



ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実

ニッケル・アンド・ダイムド -アメリカ下流社会の現実



反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)

反貧困―「すべり台社会」からの脱出 (岩波新書)



ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)

ルポ 貧困大国アメリカ (岩波新書)



子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)

子どもの貧困―日本の不公平を考える (岩波新書)





また、日本の問題として正規・非正規雇用の格差、同一労働同一賃金、現時点でのEUやイギリス、アメリカの多様な労働環境や労働法を巡る情報を記していません。たとえば、文中で少しだけ紹介した下記の本では、様々な国の事情が開設されています。



ワークライフバランス 実証と政策提言

ワークライフバランス 実証と政策提言





EUでは「EU労働時間指令」(Working Time Directive、週労働時間を残業含めて最大48時間)、「EU諸国の基本的人権に関する憲章」に雇用者が最大就業時間を制限する権利を基本的人権にとして宣言すること。



イギリスでは上記のEU指令と同等の制度を適用しつつ、雇用者と企業の文書による同意で労働時間を増やせる適用除外を採用しています。また、子育てをしやすいように「フレキシブル・ワーキング法」(Flexible Woking Act)、「家族と就業法」(Work and Family Act)、フルタイム・パートタイムの不均等待遇を違法(性差別禁止法による)としています(以上、『ワークライフバランス 実証と政策提言』P.18-37)。



この他、同書は育児休業に関する各国の話も掲載されていますし、過剰労働への論考もなされているのでとても参考になります。他に、海外の労働法周りはhamachanブログ(EU労働法政策雑記帳)が詳しいです。


2.近代世界システムと家事労働(ジェンダーフェミニズムの観点)

私はウォーラーステインの言説を断片的に知った時に、すぐ「これは家事労働を満たすメイド雇用の構造と類似している」(正確には広義での移民)と理解しました。その論考を19〜20世紀に見られた世界中でのメイド雇用や労働環境を相対化して学び、列挙することで行おうと思っていました。



当たり前ですが、私が思いつくことなど他の方が研究されています。少し検索をすれば、『グローバリゼーション下の家事労働』/特集論文 梅澤 直樹(滋賀大学経済学部教授)のPDFファイルが見つかり、そこでこの領域での学問的見地や、参考文献情報が整理されています。



この中で家事労働を巡り、ウォーラーステイン自身による言及や、下記著書による近代世界システムとの関係性も既に行われています。



国際分業と女性―進行する主婦化

国際分業と女性―進行する主婦化





この領域はジェンダーフェミニズムの観点で研究が進んでおり、同書を翻訳された奥田暁子さんは『鬩ぎ合う女と男 : 近代』の中で「10 女中の歴史」を記されています。以前、歴史研究をする知人の方に、メイドジャンルで学問領域に進むならば発表の場は「近代家族史や女性史の領域では?」と教えていただいたことがありますが、重なる要素は非常に大きいです。



女と男の時空―日本女性史再考 (5)

女と男の時空―日本女性史再考 (5)





今年刊行された中国の現代家事労働者事情を扱った本の著者の経歴を拝見するとお茶の水女子大学ジェンダー研究センター研究機関研究員を経ています。家事労働についてのアプローチやグローバリゼーションとの関係は、多様に取り組まれています。






3.移民事情と現代日本

家事労働者は、世界的に労働条件が悪く、また特別の技術を持たない人々でも採用されやすくなっています。経済発展に格差があり、賃金格差が生じる国での就業の手段として、家事労働は過去にも現代にも用いられています。近代日本でも、海外への移民の際、女性が家事労働者として雇用されることがありました。



移民の受け入れは歴史的に様々な問題を生み、現代でも進行形の課題です。家事労働者に限れば、労働条件の差異もあります。私が調べた時点での香港では、現地の家事労働者は「パートタイムの雇用」が許可され、海外の家事労働者は「フルタイムの雇用」に制限されています。さらに一時期、海外の家事労働者雇用に課せられる負担金から、現地の家事労働者への支援が行われていました。



日本では海外の家事労働者の受け入れがほとんど目立っていません。しかし、「移民」という軸で見れば、日本も当事者です。介護領域では「国内の労働条件を改善できず」、「海外の労働力に期待する」方策が進んでいます。私は2007年ぐらいから新潮社の雑誌『Foresight』で、連載「2010年の開国 外国人労働者の現実と未来」を読んでいたので、少なからずこの領域に興味を持っていました。



英国では労働者ではない「語学研修性」(オペア)が、家庭によっては家事労働にこき使われる事例が問題になっていますが、日本でも「研修生制度」で受け入れた人々を最低賃金以下、長時間労働、月1度の休日、残業時間なし、パスポートを取り上げる、といった環境で働かせる雇用主が取り上げられています。正確には研修生は労働者ではないのですが、労働者として酷使される状況です。



「研修生」という名の奴隷労働―外国人労働者問題とこれからの日本

「研修生」という名の奴隷労働―外国人労働者問題とこれからの日本





私は日本の事情に精通していませんのでこの領域を細かく取り上げられません。とはいえ、関連する書籍や情報が沢山ありますので、興味のある方はご参照ください。


終わりに

私は、メイドの歴史を学ぶ中で、現代に繋がる領域を多く見出してきました。その中で特に英国に特化してみていくと、現代日本の行く末に重なる部分も少なからず存在しています。



今回の『英国メイドがいた時代』は、「一つの職業領域が、低賃金・低待遇・低ステータス・長時間労働によって"なり手"が不足して衰退する」というテーマを、この問題に直面した1920年代の資料を中心に扱いました。職業が不人気になる構造と、国内の人々が受け入れなかった待遇を海外の移民や格差社会の広がりの中で働く理由を持つ人々が補う状況は珍しくありません。



一方、雇用者自身、家事に費やす時間がなく、育児や介護に利用できる社会的支援がなく、家事労働者に頼る面も指摘されていますので、「雇う側」の構造的な問題も存在しています。家族で行うのが限界ならば、たとえば地域コミュニティや、地域通貨的な発想での解決策も出てくるでしょう。



介護領域、そして家事領域で海外からの従事者が増えた場合に、今後日本で起こりえる問題点は、既に他の国々でも見られる事象です。その問題を超える何かを見つけたいと思いますし、自分が扱う領域が他の領域を別の角度で照らす機会になれればと願っています。



私個人でこれから学んでいくより、既に研究されている方々と協働した方が、遥かに効率的です。専門家の方たちの協力を仰げてかつ、より伝わりやすく届けていける場・システムを作るにはどうしたらいいのかを、今、考えているところです。自分がフリーハンドに動ける環境作りと原稿を依頼できる「メディア化」(継続的な事業化)が答えのひとつとは思うものの、具体的なところで詰め切れていません。



価値を返せるスポンサーとどう出会えるか、というところでしょうか?


トマス・ハーディに仕えたパーラーメイドの記録『Domestic Life of Thomas Hardy』

Domestic Life of Thomas Hardy

Domestic Life of Thomas Hardy





最近、『A WOMEN'S WORK IS NEVER DONE』という近代英国の家事環境(水道・料理・掃除・洗濯・家事使用人など)を考察した本を読んでいたところ、ふと、「トマス・ハーディ(Thomas Hardy)の家に1920年代に仕えたメイドのエピソード」が出てきました。



この情報が初見だったので、出典を確認したところ、1921年からハーディが亡くなる1928年までパーラーメイドを務めたE.E. Titteringtonという女性による、『Domestic Life of Thomas Hardy』と確認しました。本自体は非常に薄いパンフレットのようなもので24ページ、さらに序文や導入もあって、彼女が実質的に書いた本文は9ページしかありません。



いずれにせよ、文豪の晩年をその家庭内のメイドから描くというスタイルは個人的に大好きな方向なので、読み終わったら感想を追記します。



No man is a hero to his valet.ですね。



ある意味、文学を書ける人は一定の財力があり、メイドや手伝いを雇える階級にあったはずなので(もちろん、そうでない人もいますが)、19世紀を代表するどの文学者もメイドと無縁ではなかったはずということで、作家を知る視点として重要だと思います。


『図説 英国メイドの日常』の感想

図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本/世界の文化)

図説 英国メイドの日常 (ふくろうの本/世界の文化)




『英国メイドの世界』作者としての感想

村上リコさんの『図説 英国メイドの日常』を読みました。結論から言えば、このレベルの図版(300点以上)を集めた本は、私が確認する限りでも、世界に存在していません。特に以前ブログで書かれていたように(名刺判写真(カルト・ド・ヴィジット)〜『図説 英国メイドの日常』未掲載図版(2))、過去の写真を足で集める発想が私にはなかったので、その発想と費やされた時間に驚きました。



これは「コレクション」です。これほど「メイド服イメージ」と「メイド服の解説」を深めた本は稀です。私が作ってみたいと思ったものの、作れなかった本、ですね。大げさかもしれませんが、この本の客観的な価値を最も分かるのは、同じく資料本『英国メイドの世界』を作った私だと思います。



「本を作る」ということは、私の中では「自分にしか見えない見せ方、光の当て方」で、好きな興味対象の魅力を伝えることですが、その意味でこの本は村上リコさんの世界観を反映し、それだけで私と照らし方が違い、「自分が知らないこと」「自分と違うところ」が目に入ってきて、刺激を受けました。



ページをめくるだけで、楽しいですね。



職業病的に、今回も本書を手にして最初に読んだのは「参考資料」でした。多分、70%ぐらいは私が知っているものです。しかし、基本的に歴史を扱う点で軸とするところは重なりが多いものの、興味の持ち方や情報のまとめ方が異なり、発見があります。たとえば私が「選ばなかったエピソード」が載っていたり、同じテーマの題材を書くときにも情報の濃淡があったりします。



前回、目次を見た時点での印象を村上リコさん初単著・『図説 英国メイドの日常』刊行情報(2011/04/02)にて書きましたが、本を読んでの実際の感想も同じでした。



『図説 英国メイドの日常』は、メイドの視点でメイドを取り巻く環境を照らし、私見では縦軸で「メイドとしての人生」があり、横軸で「その折々でメイドの見る世界」を、「その環境に置かれたメイドの生の声と図版・写真」で伝えてくれます。あるいは、その「メイドの手に届く範囲の物・食事・衣装といった日常」を、「メイドと一緒に歩きながら眺める」というのでしょうか。



コレクションが収蔵された美術館を、キュレーターである村上リコさんのナビゲートで歩いていく、その美術館の図版の前には実在の人々がいて、案内をしてくれるようなイメージです。


『英国メイドの世界』の読者の方へ

『英国メイドの世界』の読者の方には、私が『英国メイドの世界』では実現できなかった、あるいは私にはない視点で描かれているので、オススメします。以前にも書きましたが、「メイド服コレクション・図版編」が読みたいとの要望をいただいてもいましたので。



力点の違いで言えば、『図説 英国メイドの日常』は「最大多数の働く少女の見た世界・生き方」で、『英国メイドの世界』は「屋敷という職場と、当時の人々の仕事・働き方」にあるのかなと、思います。



『英国メイドの世界』は「なぜ、その世界が成立しえたのか」「どんな職場があったのか」「どんな職種があったのか」「どのように働いていたのか」を、実在する人々の生の声と当時の資料から整理・分類したデータベース・エピソード集のようなものです(実在する語り手は100人以上)。英国史に詳しくない人に向けてゼロから伝えることを目的とし、読み終わった後に「人に説明できる論理性」と、「新しい視点で世界を見る」ことを目指しました。



もちろん、最も大きな違いは「メイド」だけではなく、執事やフットマン、ガーデナー、ゲームキーパー、コーチマンといった男性使用人にも大きな重点を割いているところですが、類似と違いはお読みいただくことが一番分かりやすいですね。



いずれにせよ、英国のメイドが多面的に「日本人」によって照らされてきているのも日本のメイドブームの流れで捉えると感慨深いものですし、この世界に興味を持つ人が広がることを願っています。


昔書いた感想の書き直しや追加など

SPQR[英国メイドとヴィクトリア朝研究]で行っている3分野での資料紹介(参考資料、映画/ドラマ/映像、小説/コミックス)が合計で96となり、もうすぐ100になります。



GW中に100以上を目指すつもりです。



今週は過去に書いた感想を見直し、書き直しや追加をしています。
[映画/ドラマ/映像]バジル

[映画/ドラマ/映像]ナニー・マクフィーの魔法のステッキ

[映画/ドラマ/映像]BLEAK HOUSE(邦題:荒涼館)

[映画/ドラマ/映像]ハワーズ・エンド

[映画/ドラマ/映像]8人の女たち

[映画/ドラマ/映像]復活



それにしても、一時代を築き上げ、私が映像としてこの世界を好む一因となったジェームズ・アイヴォリー監督が82才になっていたのを知り、驚きました。今のところ最新の作品はカズオ・イシグロが脚本を書いた『上海の伯爵夫人』(2005年)、と思ったら、海外のwikipediahttp://en.wikipedia.org/wiki/James_Ivory_%28director%29)を見ると、真田広之さんも出演した『The City of Your Final Destination』のようです。



映画よりも長いドラマを見る機会が増えて、一作品当たりの自分の中でのインパクトが最近落ちている気がします。また、名作を深めて何度も見る(読む)のか、新しい出会いを求め続けるのかで、最近後者の比率が上がっている感じもしていますが、GW中に見直せるものは見直したいと思います。



また、去年はメイド強化月間2010がありましたが、今年の5月もあるんでしょうか? 新しい物より、どうも最近、懐古が増えてきた気がするのも年齢のせいかもしれません。


『348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました』感想

『348人の女工さんに仕事の話を聞いてみました』が描き出す「個人の言葉」と英国メイドとの共通性(2011/03/08)で取り上げた本が、先日届きました。



電子書籍を紙で売る! 「コトリコ」挑戦への道と2011/04/01に取材も受けられていて、こちらの記事も面白かったです。



過去を生きた人の働き方や生の声を聴く機会は少なく、よほど主体的に関心を持たなければ出会いにくいものです。何かしらのきっかけで興味を持って出会うというところで、コトリコさんの本との出会い方は、様々なテーマを伝えたい人にとって参考になると思います。



主にTwitterで感想を呟きました。






















『Victorian Pharmacy』(ヴィクトリアン・ファーマシー)の感想を更新

蓄えていたストックの更新です。



『Victorian Farm』と『Edwardian Farm』の感想を更新(2011/04/15)に引き続き、ヴィクトリア朝の薬局を通じて製薬の方法や当時の治療方法、薬剤師の試験制度などを紹介する番組、『ヴィクトリアン・ファーマシー』の感想を更新しました。



『Victorian Pharmacy』(ヴィクトリアン・ファーマシー)



番組の方向性としては正確な薬学の知識を持つ大学教授と、博士課程の学生の助手、そして『Victorian Farm』『Edwardian Farm』と連続して出演するRuth Goodmanの三名が、英国の世界遺産アイアンブリッジの近辺にあるヴィクトリア朝の街並みを残したエリアで、当時の薬局業を営む、というものです。



個人的に面白かったのは、副業としてソースを作ったり(著名なウースターソースをレシピに基づいて調合したのは2人の薬剤師)、花火を作ったり、写真を現像したりと多面的なビジネス展開をしていた点です。



当時の薬をどのように作るのかという点や、薬剤師資格の実技試験なども再現していて、見ごたえが十分です。