ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

『英國戀物語エマ』第四話

果たして毎週続けられるのか疑問ではありますし、詳しくないネタも増えてきました(車やテニス)ので、やや疲れ気味でもありますが、作品の中に織り込まれたヴィクトリア朝的な描写や要素についての解説などを行います。





描写の解説面で説明の都合上、描き方に踏み込んでおります。まだ見ていない方はネタばれになるかもしれませんので、ここから先は読まないようにお願いいたします。



ハイドパークスクリーン





と正式には言うんですね。知りませんでした。近くにあるアプスリーハウス(ウェリントン公爵のロンドンの邸宅/ロバート・アダムが設計)に気を取られ、正面からの写真は忘れていました。



元々、写真に写っているハイドパークスクリーンは王族専用の門だったそうです。そして手前の土の道が、ロットン・ロウ(route du roi:王の道)です。



この門は、エマさんとウィリアムが散歩をした時に通過しています。他に目立つものといえば『ネバーランド』にも出てきた(はずの)アルバート公の像ですが、時間が無かったので見れませんでした。



ミューディーズ

なぜかタイトルに。



そこが大事なのでしょう。



ミューディーズとは貸本屋です。詳しい資料は、『図説ヴィクトリア朝百科事典』P.133〜135に掲載されています。「1821年にはイギリスに1500の貸本屋があった」り、年会費が他の貸本屋より安かった(年1ギニー:1ポンド1シリング)、とのことです。



年会費1ギニーですと本を一度に一冊までしか借りられないですが、年2ギニー支払うと三冊まで借りられたことから、ケリーは読書に熱心な人だったようです。ここで驚くべきは、エマさんは原作と異なり、本を借りる時に「私のカードで」と言っています。ミューディーズの会員になっていたのです。ケリーが会員にしてくれたのでしょう。



使用人は運さえよければ、様々な機会に恵まれました。ある男性使用人は、フランス語の家庭教師に教えを受ける機会を自ら設け、スキルの幅を広げました。以前書いた『Below Stairs』(ASIN:0745102964)のMargaret Powellも、主人の「厚意」で劇を見に行くことが出来ました。但し、彼女の場合、「いい席過ぎても、使用人の格好だから目立っていい迷惑」ぐらいの勢いでしたが、「洗練された暮らしをしたい」上流階級の人々にとって、接する使用人にも「洗練されていて」欲しかったのでしょう。



さて、今回出てきたのは、ニュー・オックスフォード・ストリートにあったミューディーズ本店です。蔵書百万冊を超えた当時の様子を、同書に掲載された写真で知ることは出来ますが、『エマ』の世界も忠実にその当時の様子を再現していました。



『エマ』の時代、1890年代には貸本業界の勢いは衰え始めていたそうです。今日描かれていたのは、最後の華やかな風景なのかもしれません。



ウィリアムたちが読んでいた本に近い内容の本(フランスの高級娼婦の写真集)は、多分、『100年前のパリの夜 100年前シリーズ』(ASIN:483730723X)で雰囲気を感じ取れるのではないかと。紹介されている女性たちが「踊り子、歌手、女優」なので違うところも多いですが、百年前の女性が写っています。



ついでに、同じシリーズで『百年前のロンドン』(ASIN:4837307205)の写真もあります。興味のある人にはオススメの一冊です。



詳しくは『図説ヴィクトリア朝百科事典』の参考文献にあげられた、『イギリスの貸本文化』を読むのがいいのかと思いましたが、絶版でした。



掃除するメイドさん

ハウスメイドが掃除する風景を描く、そうした『エマ』の風景をきちんと扱っています。エマさんはケリーの家で絵画にもはたきをかけていましたが、屋敷によってはそうした行いを禁止しました。メイドの中には、絵画の価値をわからず、強いブラシでこするような者もいたのです。



シナリオ

ミューディーズへの導入が原作と違っていましたし、テニスの話もオリジナルで、2巻と混ざっている感じですね。オリジナルの雰囲気を大事にしながら、いろいろとアレンジしています。まだケリーが怪我をするエピソードが無いのですね。



上流階級の過ごし方

実はこれを知りたくて同人誌を作り始めたようなものなのですが、使用人の世界の面白さに魅せられて、集めている資料を全然読んでいません。あの三人娘の二番目の娘は、人が言ったことを繰り返すところが、いかにもお嬢様っぽくて不思議な感じですね。音になると特に。



テニスは一応、中流階級にも普及していたそうです。



キャラクター

コリンの描写はさすがにやり過ぎです。ずっとこの展開なのでしょうか? あと、エレノアは顔が平面的に描かれているというか、バランスが安定していないようです。髪の編みこみの描写は最高ですが。全体にキャラクターのアップが弱いような感じがします。原作よりもやや強く出している感情表現に、絵の表情がついていっていないような……



ウィリアムとエマさんの距離感も、原作よりぎこちない感じがします。



さりげない描写

夜、眠る前に髪をほどくエマさん。その音まで再現していて、効果音へのこだわりはかなりのものです。そしてベッドに腰掛けるという、ほんの短いシーンでも、きちんとスカートを持ち上げる、エマさんの性格を示すような描写、こだわっています。



関連するコラムなど

・細かい道具の解説はこの本で:『図説 ヴィクトリア朝百貨事典』

・眼鏡をかけたメイドが屋敷掃除をする映像も:『MANOR HOUSE』

・第一回目の感想はこちら

・第二回目の感想はこちら
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