英国王室に仕えた執事Ernest Kingの手記を読んでいます。前にも書きましたがこの人は時間軸がめちゃくちゃで、相変わらず話が飛び飛びになりますが、そこで語られるエピソードの面白さが、そうした読みにくさを緩和してくれます。
エキセントリックな主人を『MAID HACKS』に書き出しましたが、Ernestが仕えた主人の中にも「エキセントリックなほどにマッチョ」な海軍軍人の主人がいました(なぜこの主人に仕えたかと言えば、Ernestは第一次世界大戦で海軍に従事し、艦長付き従卒の仕事をして、陸に戻った後も、海軍軍人の使用人をしていたことによります)
以下、その主人の日程です。
06:00 起床
06:30 HydeParkにて乗馬→着替えて公園一周ランニング
髭剃って、風呂入って、着替えて、朝食
08:00 サウナへ行き、汗を流す(主人の為に着替えを持っていくErnest)
平日はそれから仕事
主人の着替えが多ければ仕事が増えますが、その後、屋敷に戻って仕事をするErnestが可哀想、と言う話では終わりません。なんとこの主人、Ernestが仕えた二ヶ月の間、「一日も休まず」、上記のスケジュールをこなしたのです。
ある日曜日、Ernestは我慢できず、主人に言いました。
「日曜日には休みを下さい」
Ernestの願いを聞いた主人の反応も、笑えます。
「今日は駄目だ、Ernest。お前にはニ時半に、テニスの道具を持ってきてもらわないといけない。それから七時十五分に、Traveller's Clubでのディナーの着替えを手伝ってもらわないといけない。今日は駄目だ」
その日にすぐ休みが欲しいと言ったわけではないのに、自分の都合しか考えていないこんな反応をされたら、頭にきますよね。Ernestはその場ですぐ、辞職を告げました。
そんな困った主人に仕えた後、前の主人(Lord de Vesci)の元へ帰ったErnest。しかし、ここで読者置き去りの新事実が発覚します。
アイルランドに領地を持つVesci卿でしたが、当時のアイルランドはSinn Fein党が独立闘争をしており、政情は不安でした。彼の屋敷のFirst Footmanが「ディナーの後、ダンスに行きたい」と言って外出し、戻ってきたのは朝七時。血走った目で、泥だらけの姿で帰ってきた彼を見て、Ernestは彼が「戦闘に参加してきた」と気づきます。
屋敷の中の使用人は数人をのぞき、すべてSinn Fein党という状況でした。そんな時、Ernestは驚愕の事実を告げます。
『Vesci卿は領地の中にある美しい家を、私に与えてくれました。そこに、私は妻と住んでいました』(『THE GREEN BAIZE DOOR』P.33より翻訳引用)
いつ結婚していたんですか?
これまでに読んだ使用人の手記のほとんどでは、プライベートなことは書かれない傾向にあります。唯一、「メイドと恋仲になって屋敷を追い出された」Gordon Grimmetだけが、恋する境遇をあけすけに物語っていましたが、彼のそのキャリアが示すように、彼が例外なのでしょう。
それでも、他の使用人もちょっとは語ってくれました。
このページになるまで結婚しているなんて一言も書いていなかったような気が……淡々としていると言うか、飄々としていると言うか。