ウェブで情報を拝見したときに、まずこのタイミングで武内崇さんを同人の世界で読めることに驚き、次に本を書店委託せずに自身でのショップ展開を考えられていることに、感想を書きました。
この驚きは、「今回はこうだった」「次は、何が出てくるのだろう?」との期待によるものでしたが、本を手に取ると、本の中身の濃さに圧倒されましたし、圧倒的に好みでした。
書店委託をしないサークルの在り方
風景の美しさ
久我は桜が好きです。
『秒速5センチメートル』の切なさは大好きですが、そもそも桜が大好きだったので映画を見に行きました。会社で忙しく、いわゆる「心を亡くす」にあてはまった時期は、気がつくと桜の季節が終わっていて、花見と縁遠い日々を過ごしました。
そういう思い入れがあればこそ、今回、背景として登場する桜の百景のような、時間帯や光源の差による色彩の変化の表現が、人間の手で描かれているとは思いにくく、しかしきっと、人間の手だからこそ描かれる、『秒速5センチメートル』に通じる美しさなのかとも思います。
絵師の方が有名すぎて、武内さんのファンである自分はそこから興味を持ったのですが、背景の絵の密度は見過ごすのがもったいないぐらいのクオリティですし、京都の美しい街並みは実際に足を運んでみたくなります。
以下、同人誌の解釈なので、空白を入れておきます。未読で入手予定で驚きを得たい方は読まないように注意してください。
舞台があって、演奏家が映える
武内崇さんと小林尽さんの2名を起用して、双方の個性を殺さずに相乗効果を出していく。それは、素晴らしい演奏家の共演に似ています。今回の指揮者は企画者たるルビコンハーツ、でしょう。
面白いのが武内さん・小林さんが描く表紙・裏表紙が個々に独立した物語を描き、たとえば武内さんの表紙をめくると、武内さんの描くキャラクターを軸に、京都の街が描かれていきます。
小林さんの表紙をめくれば小林さんのキャラクターの視点での世界が同様に登場し、両者は同じ京都にいて、個々のパートを演奏しているうちにひとつの曲となっている、というような構造で作られています。
物語の構図は視点の違いにも出ていて、武内さんの方は基本的に「メインキャラクターが京都にいる」「桜とともに風景の中に在る」のに対し、小林さんの方は「メインキャラクターが京都にいる」のは同じですが、京都の街を歩く「彼女が見た、すれ違う女性たち」が幅広い年齢・服装で魅力的に描かれています。
同じ場所を舞台にしながら、立場の違いが物語の違いを作り出していて、両者を生かす舞台設定がしてあって、同人誌というか、設計思想が素敵です。この本の主役は確かに武内さん・小林さんですが、舞台演出・本のプロデュースとしても、楽しめるつくりになっています。
同人誌としての仕掛け
普通に考えれば、A3サイズの本は作りにくいですし、サークル参加している立場なればこそ、よく刷ったなぁと思うものです。好きでなければ作れません。それに加えて、本文を読んでいて、ページの隅に凝った仕掛けがありました。
『京都、春。』は桜の花が香る同人誌です!
表現手段として印刷所が実装しているので、「香り」に特化した同人誌も存在していそうですが、「今回はこの本で、何ができるのか」という試み自体を楽しんでいるように感じました。
印刷技術としても最新のものを使っているとのことで、だから桜の色彩や、街並みの光がこれほどきれいなのですね。
久我は同人誌をあまり買っていないですし、情報にも疎いですが、こういう仕掛けは好きですし、「本としての限界・同人誌にしかできない表現」を行っているサークルは数多いと思いますし(マンレポやティアズマガジンで凝った装丁・試みの話を読むのは好きです)、知らない本はとても多そうです。
終わりに
長々と書きましたが、同人誌で一番嬉しいのは、「作り手の意思・想い」が伝わってくる本です。同人は商業と異なり、「クライアントの要望に沿ったもの作り」では、なく、作品の出来・不出来を他者のせいにできません。
作ったものが、自分のすべてです。
本来は作る必要もない、誰からも命じられていないものが、己の意思で生まれてくる。己自身を表現するメディアとしての側面を、同人は備えていると思います。だからこそ、ここまで想いがこもり、作品に接した人間を楽しませようとする「空間」に滞在できたことは、清々しいものでした。
清水寺を舞台に描かれた武内先生のキャラクターに瞬殺され、平野神社の凛々しさ、高瀬川の街並みや桜の美しさ、そして最後の両者の邂逅に魅了されています。春が、待ち遠しいです。
ページごとの絵とストーリー、そしてそれらが集合することでの物語の表現方法は好きですし憧れがありますから、英国メイドや屋敷を研究する立場として、いつか(メイド×屋敷) or (メイド×屋根裏部屋)のように、別の形で本を作ってみたくなりました。
――読み直していたら、また「桜」の香りがしてきました。