ヴィクトリア朝と屋敷とメイドさん

家事使用人研究者の久我真樹のブログです。主に英国ヴィクトリア朝の屋敷と、そこで働くメイドや執事などを紹介します。

同人誌即売会で得られる「創作を続けやすい環境」

電子書籍について、出版社やプロ漫画家、作家や編集者、ジャーナリストの方による活動や発言が相次いでいます。そんな中で、プロではないアマチュアの延長で表現機会を得て作品の評価・代価を得る可能性について、以前、電子書籍のインフラ普及が「同人活動」に及ぼす影響を考える(2010/02/04)を書きました。



今回は、上記エントリを書いた時に考察を深めたかったものを書いていきます。まず、「表現の場」としての同人活動同人誌即売会への参加)の魅力は何だろう、という点を掘り下げます。一般的に同人活動は商業出版より規制が少なく、誰もが自由に始められる所に魅力があります。



しかし、それはウェブでも同じですし、電子書籍でも同じことは出来ます。それでも、同人イベントは表現の場として優れた点を持ち、創作を続ける上で極めて大きなメリットを与えてくれます。プロとして食べていくのは難しいとしても、趣味として続けながら読者と出会い、活動の幅を広げる上で、同人はプラスになる循環や体験を積む機会となると私は捉えています。



ウェブにせよ、電子書籍にせよ、創作を行う方にとって同人には他にない機会がある、というのを描き出すのが今回の趣旨です。私の体験を踏まえ、同人誌即売会(以降、同人イベント)の魅力を3点、書きます。



なお、私の同人活動は「創作」「評論」「歴史」に含まれる、オリジナルでの英国に実在したメイド・執事などの使用人の生き方や仕事と、今も残るイギリス貴族の屋敷での暮らしを紹介する資料本作りです。また、資料で扱う時代の雰囲気を分かりやすく伝えるため、超短編小説の創作もしています。


目次

  • 同人イベントの特色
    • 1:既に読者がいる・読者のシェアが行われる
    • 2:成長を見てくれる(見せたい)読者との出会い
    • 3:人と出会える・結果が出やすい
  • 個人が続けやすい環境としての同人


同人イベントの魅力・特色

同人活動電子書籍についてのエントリを書いた時、はてぶで指摘を受けた点は「電子書籍になったからといって、売れる・読者がいるは限らない」「どれだけ読者と接点を持ち、見つけてもらえるか」の問題は解消しない点です。いわゆるプロモーションの問題で、ただ本が増えても見つけられなければ、読まれません。



この点は同意します。同人イベントでも、状況はまったく同じです。同人イベントに参加しても、読まれるとは限りません。読まれなければ作品としての評価は、存在しないも同じです。



電子書籍を個人で出版する場合、読まれるための努力としてウェブによる情報発信は必須となるでしょうし、最近読んだ『電子書籍の衝撃』あたりでは、個人によるコンテキスト作り(文脈・個人によるピックアップ・書店化)による露出機会の増大を期待されているようでした。(出版社ブランド・リアル書店の媒体認知としての価値の大きさがどれぐらいなのか知りたいところです)



同人はその点で既に「コンテキスト」の中で作品は発表されており、恵まれたポジションにいます。なぜならば同人誌であることと、同人イベントの地形効果(コンテキスト的なもの)を借りられるからです。


1:既に読者がいる・読者のシェアが行われる

私が主に参加しているコミケコミティアなどは何十回も開催される歴史あるイベントです。コミケの場合はここ数年で3日間の開催で60万人、1日20万人が来訪するといわれています。コミケ77では1216万冊の同人誌がサークルによって持ち込まれ、944万冊が頒布されました。(『COMIKET PRESS31』P.6に依拠) 主催者と参加者によって維持されてきた場は、実に巨大です。



同人イベントに参加すれば、まずこの場の力を借りられます。よほど珍しいテーマを選ばない限り、自分が所属するジャンルには他のサークルがいて、大小あれども一定数の読者がいます。参加すれば、読んでもらえる可能性が高くなります。



既存のアニメやコミックスなどの原作を利用した二次創作の場合は、このメリットが最大化されます。同人イベントを訪問する参加者は個々の作家のファンであるだけではなく、ジャンルのファンとして、ジャンル全体の作品を見ようと試みます。


私が参加している「創作少年」ジャンル自体は様々な表現が混在していますが、そこに含まれる「メイド」をテーマにした集合体に所属しているので、イベントに参加していると周囲は「メイド」作品を求めている方々に出会いやすくなります。また、コミケの場合はそもそも参加者が多いので、多くの人が通り、興味を持ってもらえるようなディスプレイや伝え方を行えていれば、読んでもらえる可能性が高くなります。



この点で、同人イベントは「コミケ」というブランドや「ジャンル」という地形効果、そして作家個人のファンなどが集合場となり、ゼロから始めた人でもその中に自分の作品と響き合う可能性を持った方と出会える機会を与えてくれます。地元のライブハウス的、かもしれません。



そして集まる参加者の多くは、同人イベントという「場所と時間を拘束される環境」にあえて参加している点で、同人そのものを好きで新しい作品との出会いに積極的な方の比率が高いのではないでしょうか。読まれやすい環境自体は、存在しています。



さらに、同人イベントは参加が難しい分、「出口」までが遠いです。イベント会場に来るがゆえに、イベントに閉じ込められる結果、同人誌を探すことに能動的になります。全員が全員そうではありませんし、有名サークルしか回らない方もいますが、折角来たことから、何か良い本に出会いたいと熱心に探す方もいます。



私がコミケの参加時に配置される「創作少年」ジャンルでは、だいたい時間の流れがあって、午後3時を過ぎたあたりで、スペースに来る方の雰囲気が変わります。創作の島を片っ端から歩いて気になった本を手にして、新規の本を探す方々が増えます。


周り終わってから残りの予算を確認し、自分のスペースに再度戻ってきてくれる方がいると嬉しくなります。私の経験として、コミケは「自分の好みのジャンルの本を買う」「好きな作家の本を買う」場だけではなく、「同人誌として面白いものを探している」人たちがいます。そうした一見の方に出会えるのは、一つの醍醐味です。



この同人イベントが持つ機能は出版社が刊行する雑誌に似ています。多種多様な作品が掲載されていて、連載してきた・連載している作家が雑誌のブランドを作り、読者との繋がりを築いてきました。新規の作家は中に入り、読者に読んでもらう機会を得ます。ある読者が読みたい作品は1つしかなかったとしても、雑誌として買うことで全部読み、興味がなかった作品を読み、ファンになる可能性を秘めています。



同様に、同人イベントは先人が積み重ねてきた資産が非常に大きいと感じていますし、同人誌において同人イベントが果たす「一定の読者がいる」場は電子書籍ではロングテールで形成されるとは思いますが、私にはまだ見えません。



作り手のサイトやブログによる個人の宣伝か、ユーザを囲い込んでいる「pixivやニコニコ動画的なコミュニティ」か、ニュースサイトなどがヘッドになるでしょうが、同人イベント的、あるいは雑誌的な意味で「表現機会を提供し、かつ読者との出会いを提供するメディア」の価値は重要になると思います。



もちろん、同人と電子書籍を切り離す必要は無く、両者を相互の宣伝手段として読者と出会う機会に用いるのも十分にありますし、相互を活用していく道筋については、今後、自分自身が実験したいと考えています。


2:継続的な活動を支えてくれる(頑張りを見せたい)読者との出会い

同人イベントは、創作者が成長しやすい環境です。同人はアクセスしにくい環境で「閉鎖されている」ゆえに、その世界に踏み込んできた人たちは基本的に同人表現に対して肯定的で、親切だからです。創作は自分をさらけ出すことで、自分が傷つけられる側面も持っていますが、同人の場ではファン同士の交流で庇護される要素も持っています。



これはサークル参加者としての経験ですが、参加し続ける限り、そして自分が成長する限り、期待を裏切らない限り、次第に読者は増えていきます。作品が受け入れられなければ、批判をされはしないものの、次のイベントで来る方が減ります。その点で、以前来た方とお会いできるかは、自分にとってのバロメータです。



ある意味、信頼をやりとりしているというのでしょうか。参加するたびに新刊を出すことも、来てくれる方との交流になります。新刊が面白くなければ当然のように次に来てもらえる可能性は低くなりますが、年に2度開催のコミケの度に新刊を出すだけでも、読者の反応は大きく違います。



ある方のブログを読者として更新・変化を期待して、定期的に訪問される経験や、掲示板やコメント欄、あるいはTwitterで「誰かに何かを書いた」方は、「返事」という変化をどこか期待します。ウェブで期待される「何か起こっているかもしれない変化」は、同人イベントでは「新刊」や「ペーパー」で、創作者と読者のコミュニケーションに昇華しているように思います。



同人イベントで「新刊ありますか?」と聞かれて「あります!」と言えるのは嬉しいですし、「新刊下さい」と中身を見ずに買っていただかれる方に出会うと、自分がやりとりしているものは同人誌だけではなく、信頼や期待なのだと感じる次第です。人気を得ることは難しくとも、信頼を積み重ねることはできると実感しています。



何よりも、サークルを訪れて下さる方々がいてこそ、同人活動が続けやすくなります。



私が『英国メイドの世界』という1冊1キログラムあるバカみたいな同人誌を1トン作り、その上で出版社からの出版化を実現できたのも、「総集編」を読みたいと言って下さった方々や、イベントで出会ってきた方々を驚かせたかったり、期待に応えたかったからでした。同人活動を始めた当初、そもそも総集編を作るぐらい活動が続くことなど思いしませんでした。



もしも、同人イベントによる積み重ねや繰り返しがなければ、読者の方々に出会っていなければ、その先には何もありませんでした。



今、商業出版に向けての作業を重ねていますが、そのプロセスを今まで出会ってきた方々にブログや同人誌を通じて伝えようとしてきたのは、自分が受け取ったものを返したい気持ちや、関わってくれたことで「ここまで来られました」という感謝を伝えたいからです。続けることの大切さは後日書くつもりですが、続けやすい環境であることは社会に出てから表現を続ける上でとてもありがたいものです。


3:人と出会える・結果が出やすい

ここ数年、イベントでの出会いの大きさに気づかされました。自分と同じジャンルに興味を持つ方との出会いは同人を始めた時点で思い描いていたもので、実際に得たものでしたが、ジャンルに興味のない方にも出会う機会があり、接点を持てるかもしれないことには驚きました。



これまでに同人イベントへ40回程度参加し、購入・未購入含めて「スペースを訪問して下さったことで出会った」累計の読者数を考えると、延べ5000人になるぐらいになるはずです。プロ作家にならなくても、コミケコミティアといった同人イベントに参加し続けることで、これぐらいの人に出会えるのは、同人の良さだと思います。



自分の仕事や他の趣味で、ここまで人と出会った経験は思い当たりません。しかも自分の作品を見に、時間を使ってくれているわけです。その全員すべてを覚えることはできていませんが、たとえばそうして接点を持った人からお話を伺うのは大好きですし、その方の人生のほんの短い時間にせよ、自分が関わりを持てるのは幸せです。さらに、そこで接点を持った自分が今後、いろいろなことをして頑張っていけば、「あ、あの時の」と思いだしてもらえるかもしれません。



自分の意思がなければ来ないある種の「辺境」に来ている、いろいろな何かの選択の末に同人イベントにいるわけで、そうした多くの参加者の人生とすれ違える場にいることは素晴らしいと思いますし、ある意味、その方々の人生ですれ違う「登場人物」にもなれるでしょう。



同人イベントでは必ず「結果」が出ます。結果が部数なのか売上なのか何なのかは人によりますが、何か思い描くものがあって参加するわけですから、自分が期待したその何かが「叶ったのか、叶わなかったのか」は、イベントが終われば分かります。



多くの情報も得られます。たとえば「どの本がどう読まれているのか」は、スペースにいることで分かります。短い時間で作品を伝えるのは不可能にせよ、どうやったら伝わるかを考え、サークルスペース上で工夫をしています。サークルスペースの展示も、「同人誌の中身を伝えるメディア」です。何かを伝えたくて表現をしているはずで、その表現を伝える同人誌の魅力を伝えるのはスペースにいる自分です。



話しかけて伝わることもあれば、そうでないこともあります。しかし、手に取られないと思ったら、本の付加情報の伝え方を工夫したり、言葉を変えてみたりする工夫ができます。実際、同じ本でも伝え方を変えたら、動きが変わりました。何か気になることがあればその場で調整可能なものは変更したり、次のイベントの新刊の内容・伝え方を再考したり、必ず次に繋げるように意識します。参加するだけで、何かは得られます。



本を手にする方の動きにも情報が込められています。これまでの経験上、読者の方に手に取ってもらい、読んでもらった際には内容で売れ行きが全く違います。短い時間で、伝わる情報は確かにあります。「買っていく方々」だけではなく、「読んで、買わなかった方々」と接点を持ち、学ぶことができるのも、同人イベントで実際に出会っていればこそでしょう。



人と出会える場所にいるだけで普段と違う経験をできます。


個人が続けやすい環境としての同人

「本で伝える」(読者にテーマを伝える)ことと、「本の存在を伝えること」(読者と出会う)は、同人も電子書籍も同じだと思います。本以外のプロダクトも同様で、良い物を作ったとしても使ってくれる方に出会えなければ評価されません。



その点、同人は「本の存在を伝えやすい」場であると思います。



結果の出やすさについてはウェブの方が可視化されやすい面もありますが、読者の顔が見える点で、非アクティブな読者にも出会えることが同人イベントの面白い点です。何よりも、訪問して下さる方から教わるストーリーや、読者の方の反応が大好きですし、そこで驚きを見たいので、出版化が決まった時には告知を先に同人イベントのみで行いました。



個人として「媒体・紙」が好きではありますが、実際のところ、同人の魅力で他でなかなか実現されにくいことは、自分で本を作り、読者に手渡せることではないでしょうか。また、場に対する帰属意識・仲間意識を持てるのも、今、感じている同人の魅力です。私がサークル参加者としてできることは、期待を裏切らないものを作り、「自分が参加する場」の価値を高めることへの協力や、先人が築いた場を引き継ぎ、バトンのように次に受け継いでいくことだと意識しています。



私はかつて、異常にマイナーな歴史の同人誌と出会いました。「こういう本、ありなんだ」と思ったことは、同人で資料本を作るきっかけのひとつになっています。同様に、私の本を手にした方が「あ、こういう本、ありなんだ」と思い、そこから新しい本や表現が生まれていけば創作をしていて良かったと思えます。また、誰かの本を買いに同人イベントに来てくれる方が新しくひとりでも増えれば、それは他のサークルにとっても新しい読者と出会う機会の増加に繋がります。同人への理解者が増えれば、創作の裾野も広がっていくでしょう。



この点でアマチュアにとって成長を促してくれる魅力的な場としての電子書籍の可能性は、私にはまだ明瞭に見えません。そもそも、両者で得られるものや置かれている環境はまったく違っています。



しかし、同人イベントに電子書籍が参入してくる可能性はありますし(試みている方もいます)、電子書籍メディアがあって成立するリアルイベントも登場してくるでしょうし、同人イベントが持つ創作がしやすい環境と構造をウェブや電子書籍で実現すれば、状況は変わるでしょう。



電子書籍が同人イベント的にコンテンツ制作の母体となっていくには、「1:多くの読者と出会う場の創出」「2:創作活動の評価を得られやすい(売上以外も)」「3:成長機会と読者のコミット」の3点が満たされることだと思います。2はウェブでの様々な機会で感想を得られますし、3の成長機会は個人の意識次第、読者のコミットは『電子書籍の衝撃』で分析された携帯小説の存在を見る限り(あるいはニコニコ動画など)、既に実現している点も多々あります。



個人が専業ではないレベルで物を発表する場として、どんな形が良いのかを考え、自分が参加している同人イベントの魅力を考察しました。音楽業界の構図で重ねると、また違って見えそうですね。